終章
ハーレム物は心臓に悪い…。
終章
水竜の国、王都の大通り。寡黙で無愛想な店主の金物屋は、しかしその接客態度に反して繁盛していた。
「ここで英雄様がお買い物をされたというのは本当ですか」
「英雄様のお眼鏡に適う品とは…、是非私も見せていただきたい」
「………」
「このみずぼらしいネックレスも、なんだか素敵に思えてきましたわ」
「店主!それとこれ、あとその指輪もだ!」
「………」
いつもであれば、日に数点売れれば良いような商いなのだが、最近は飛ぶように売れていき在庫もほとんど無くなってしまっていた。
商人としては喜ぶべきなのだろう。
だが、店主の顔色は優れない。
何故なら、売れる理由が『自分の作品だから』ではなく、『この国を救った英雄御用達の店の品だから』だろう。
売れるのは勿論嬉しい。庶民だけでなく貴族らしき人物が来る事も有り、値段に糸目を付けずに買って行くので、こちらが吹っ掛けた値段ですら嬉々として払ってくれる。
しかし、やはり鍛冶師である店主の顔は渋くなるばかりなのだ。
だから、この国での商いは今日を最後にしようと決めていた。実際在庫も底を尽きてしまい、今露店に並んでいるのが最後だ。
あとは、稼いだお金で次の作品の材料を買い、故郷に戻るだけだった。
そして、今日も店主の顔色に反して商品は飛ぶように売れていき、まだ日が高いというのに品切れとなってしまった。
無言のままに店じまいを始める店主に、客も掃けていく。しつこく残っているのは商人や貴族だろう。片方は金儲けの為、もう一方は自身のステータスの為に店主とお近づきになろうという連中だ。
連日やって来ては儲け話と自慢話を耳にたこが出来るほど聞かされる。
だが、それも今日で仕舞いだ。店を畳んだら、さっさとこの街を去る事にしよう。
その時だ、まだまだ残暑も厳しいというのに全身を黒マントとフードで隠した人物が訪ねて来たのは。
「すいません、もう店じまいですか?」
「………」
正直この手の客には辟易としていた店主は、見れば分かるだろという意味を込めてその人物を睨んだのだが…。
「ども、お久し振りです」
「あ、あんた…!」
フードを少しずらして一礼するその男は、この国で『英雄』ともてはやされる人物その人であった。
驚きで思わず大きな声を出してしまいそうになるが、目の前の人物が唇に人差し指を当てて、黙秘のジェスチャーをするので慌てて音が出そうになる口を押さえる。
『英雄』はそんな店主に申し訳なさそうに手と目線で謝ると、周囲に聞こえないように小さな声で店主に語りかける。
「なんかすいません、迷惑…ですかね?」
一瞬彼が何に対して謝っているのか分からなかったが、それが今の店主の状況を指しているのだとすぐに気付く。
「いや、商品が売れるのは良い事さ。ただ、まあなんだ…」
言葉を濁す店主。今の状況は確かに彼に起因するのだが、売れる事は別に悪い事ではないし、彼も悪気が有った訳ではないのだ。
ただ自分の作品がそうでもしないと評価されないという憤りを勝手に抱いているだけなのだから。
だから、店主はあくまで気にしていないという表情を作る。
「で、なんだい?見ての通り今日は店じまいだ。何の御用だい?」
「ええっとそれなんですが…、これ直りますか?」
そう言って彼が取り出したのは、以前彼が小さな少女とやって来た時に買って行った首輪だった。
その首輪は何か強い力で歪み、完全に壊れていた。
店主はそれを受け取り、しげしげと眺める。正直どうやったらここまで壊れるのか想像が付かない。
「これだと買い直した方が早いが…」
「いえ、これじゃないと駄目なんです」
「うーむ…」
これじゃないと駄目、か。なかなか嬉しい事を言ってくれる。彼はそんなつもりでは無いのかもしれないが、それでもそこまでの思い入れを自分の作品に感じて貰えるのは素直に嬉しい。
ならば、手を尽くしてみようか。
「うん、板金が少し歪んでいるだけだな。革が少々酷いが何とかならない訳じゃない。止め具は付け替えるしかないが、良いかい?」
その店主の言葉に彼は表情を綻ばせる。
「はい、お願いします!」
その顔に店主も久し振りの笑顔とやる気を浮かべ、頷く。
ただ、問題が一つ。
「こいつの修理は流石に工房に戻らないと出来ないが、どうするね?」
「工房…ってのはどちらに?」
「ちと遠いぞ、風竜の国だ」
店主の答えにしばし考え込む。
(もともと水竜の国は出るつもりだったし、これは渡りに船ってやつかもしれないな)
あとで皆と話さないといけないが、とりあえず問題は無いだろう。
アキトは一つ頷く。
「その、風竜の国にはいつお戻りになるんですか?」
「ん?ああ、出来れば今すぐにでも、と思っていた所さ」
「なら、二・三日待っていただけますか?迷惑でなければ御一緒したいので」
「そりゃ、構わないが…良いのかい?」
店主はアキトに気遣わしげな視線を送って来る。この水竜の国を離れていいのか、という意味だろう。
「大丈夫ですよ。自分は元々冒険者ですし、ほとぼりが冷めるまで水竜の国から出ようと思っていた所ですから。道中の護衛くらいは出来ますよ?」
「そういう事なら、まあ…」
そう言って了承してくれる。
そういえば、先に聞いておかなければいけない事が有る。
「仲間に獣人の少女が居るのですが、大丈夫でしょうか?」
「ああ、俺は大して気にしないよ。こんなだが、客は選ばない主義でね。ただ、この国に居ると忘れそうになるが、他の国では獣人の扱いは酷いからな…。気を付けなよ」
どうやら大丈夫のようだ。
店主の言う通り、この水竜の国に居るとついつい忘れてしまいがちなのだが、獣人は差別の対象なのだ。
この王都は人口の約三割ほどが獣人だ。今も買い出しの途中なのか、大きなかごを持った猫耳の主婦が通り過ぎて行く。
だが、もしここが火竜の国の王都だったらそんな平凡な光景は見られない。というか、王都に獣人はほとんど住んでいなかった。
それを思うと、この水竜の国を後にするのは後ろ髪を引かれる思いだが、こればかりは仕方が無い。
気分を切り替え、店主といくつか打ち合わせをして、彼はその場を後にした。
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「アキト様達はもうすぐ王都を出られるそうですね」
近衛の隊長がさりげなく(少なくとも本人はそう思っている)口にする。彼の腕にはまだ痛々しい包帯の塊が巻き付けられているが、仕事には支障が無いと言い張って復帰していた。
「ん~そうじゃの…」
しかし、彼の主はと言えば、心ここに在らずといった調子で、ただ淡々と職務をこなしていく。
そんな彼女に痺れを切らしたように隊長が問う。
「よろしいのですか?」
「むしろ、何が悪い?」
「いえ、その…陛下としてはアキト様にお側にいて欲しいのではないかと…」
普段から最も近くで彼女を見ていた彼だからこそ知っている。この女王をして、それをただの少女のように初心にしてしまう感情の機微を。
だが、ミズキはそんな彼にカラカラといつものように軽快な笑みを返す。
「余がそのようなか弱い心の持ち主と思うてか?そもそも、あの男は既に三人も女を囲っておるのじゃぞ?英雄色を好む、とはよく言ったものじゃな」
そう言って不敵な笑みを浮かべる少女。
だが、近衛の隊長は気付いていた。彼女が自分の心の中身を一言も口にしていない事に。
だから、隊長は言い募る。
「ですが陛下…」
だが。
「よい。これはアキトと余の問題じゃ。お前が気にする事では無い」
「………」
そう言われてしまえば、黙るしかない。
ただ。
「後悔だけはなさらないで下さいね」
その言葉に、少女はまるでおかしな事でもあったかのように大きな声で笑った。一応老婆心からの言葉だったのだが…と近衛の隊長は憮然とした表情になる。
それを見て、少女はさらに腹をよじらせ笑う。
そして、ひとしきり笑った後にこう言うのだった。
「人はどのような選択をしても大なり小なり後悔するものじゃ。じゃから、後悔するなというのは無理な注文じゃ」
「そうですか、そうですね」
やはり憮然としたままの隊長。
その隊長に聞こえないように彼女はそっと呟いた。
「そう、無理な注文じゃ…」
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「約束じゃぞ。必ず余を奪いに来い」
一週間時間をいただきます。
頑張ってステップアップしたいと思いますよ?




