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白銀のスコール  作者: 九朗
第二章『東雲の少女』
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第34節

拝啓


 木々の緑が深くなり、愛に道理を通すのがハーレム物の難しさだと気付いた今日この頃。


 いかがお過ごしですか。私は正気です。





第34節


「…ん、ぅん」


 寝台から起き上がると隣のヒカルが寝返りをうつ。どことなく満ち足りた、というのは俺の願望かもしれないが、とりあえず以前のようにうなされてはいない寝顔を見る。


 俺はそんなヒカルを起こさないように、そっと指で汗で額に張り付いた前髪をはらってやる。


 既に窓の外は暗い、というかおそらく深夜に近いだろう。


「どんだけだよ…」


 自分に突っ込む。


 ヒカル達に引きずられ、この部屋に入ったのが大体昼頃だったのを考慮すると、ほぼ半日近くヒカル達と過ごした事になる。


 自分の『欲望』の深さは理解しているつもりだったが、よもや他の三人も負けず劣らずだったとは…、嬉しいやら恐ろしいやら、複雑な気分だった。

 いや、正確には嬉しいし、愛おしいのだ。今、こうして暗くなってしまった外をぼんやりと眺めていると、なんだかずっとこうしているような、ずっとこうしていたいような、不思議な気分になるのだから。


 ただ、一つ反省しなければいけないのは…


「加減間違えた…」


 そう、それだ。


 三人と関係を持つにあたって、三人の誰も(もちろん俺を含めて)そういった事の経験が無かった。

 これはまあ、嬉しいし、誇らしい事ではあるのだが、それでもやはり行為の円満な進行が難しい事には違い無かった。


 そこでアキトは小細工をする事にしたのだ。


 人を騙す『カタリ』。人を知り、人体の特性を理解し、それを応用するこの技。それには勿論もちろん、と言って良いのかどうかは知らないが、そっち方面の技もちゃんと存在していたのだ。


 アキトも経験は無いが、知識は有る、という謂わば耳年増みみどしまでしか無いが、一応その系統の技も使えるのは使えるのだ。


 だが、それでも初めて使う技だった為、軽く加減を間違えてしまった。


 初めて、という事で苦痛を軽減するだけに留めておこうと思っていたのだが、どうやら興奮の波に溺れて、無意識の内に大ハッスルしていたらしい。指技に舌技、その他色々、あらゆる技能を駆使してしまっていた。


 結果、半日にわたるほどに長時間に及ぶ行為になってしまった。


 これが普通の人間だったなら、途中で力尽きる所なのだろうが、幸か不幸か俺は人狼の力により回復力(意味深)が半端無かった為、彼女達の要求に応える事が出来てしまった。


 なんとか彼女達が満足、というより力尽きてくれたのでこうしてぼんやりと出来るのだが。


「厳しい戦いだった…」


 そう、もしかしたら俺の戦歴の中でも五指に入るほどに凄まじい戦いだった、色んな意味で。明日この部屋の掃除に来た王宮の召使さん達はきっとこの凄まじい戦場跡を見て顔をしかめるだろう。


「痛てて…」


 少し身体を動かすと、ちょうど先ほど出来た傷が痛んだ。ちょうど肩口の辺りにまるで吸血鬼に噛まれたように歯型が残っている。よく見ると血が垂れていた。


「ヒカルの噛み癖には困ったな…。可愛いからいいけど」


 そう、この傷はヒカルに付けられた物だった。


「何と言うか、本性が出るなぁ…」


 この行為をして気付いたのだが、三人ともそれぞれ行為の最中の性格が違う。


 例えば、シノは俺に依存しがちだがこの中で一番積極的だったし、逆にナギは普段からは考えられないほどに奥手だった。躊躇ためらいながらも、求めて来る姿は大変扇情的だったが。

 中でも一番ギャップが凄かったのはヒカルだ。ヒカルは行為の最中は物凄い甘えん坊になる。なるべく俺と密着したがるし、密着したらしたで俺の肩に歯を立てる。本人は声を抑えているつもりなのだろうが、あんまり意味は無い。


「傷付け、傷付けられ――――、か」


 歯形にそっと指を這わす。


 俺の選択は正しかったのだろうか、なんてもう悩んだりはしない。それは俺と繋がった彼女達を侮辱する行為だし、俺もこれで良かったと信じたい。


 だから、たとえ正しく無かったとしても、この選択が正しい物になるよう努力しなければならないのだ。


 それに、俺にはもう繋いだこの手を離す事なんて出来そうに無かった。


 愛は人を強くも弱くもする、というのは本当だなと思う。

 だって、俺はこの子達の為なら俺の命ぐらいいくらでも懸ける事が出来るだろう。

 だって、俺はこの子達を失ってしまうのをこんなに震えが来るほどに恐れている。


 俺は強くなった、そして弱くなった。


 けれど、決して元には戻りたくない。繋いだこの手を離したくなんかない。


 それにはきっと、いな、必ず痛みを伴う。俺だけの(・・・・)ではなく、俺の愛する全員の、だ。


 だからせめて、俺の与えてあげられる全てを全力でもって与えてあげたい。痛くても、辛くても、それでも手放したくない程の幸福をあげたい。


 それが俺の覚悟。これはその第一歩。


「風呂、入って来るか…」


 ミズキがいつでも入れるようにしてくれているはずだ。


 俺は体液でベトベトになった身体を簡単に拭くと、これまた簡単に衣服を纏い部屋を出る。


 本当は他の三人も誘おうかと思ったが、折角寝ているのに起こすのは悪いし、起きたら起きたで、またハードな戦いが幕を開けるのは明白だった。


 俺は皆を起こさないようにそっと部屋を後にしたのだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


「あ゛あ゛あ゛あぁぁ」


 物凄い溜息とも吐息ともつかない音が口から漏れる。半日近くも激しい運動をしていたのだから、ある意味では仕方が無い。


 風呂の湯は温泉なのか、それとも入浴剤が使われているのか、白く濁っている。


「いい湯だ…」


 流石王宮の大浴場、と言うべきなのかとにかく広い、大きい、美しいの三拍子揃った素晴らしい風呂場だった。


 一応部屋にはシャワールームが完備されているが、この気持ちよさを知ったらあれで満足できようはずもない。


 一人きりなので完全に貸し切り状態だ。


 いっその事泳いでやろうか、と考えていたその時だった。


 ガラッ、と大浴場の入り口が開け放たれ誰かが入って来る。次いで衣類を脱ぎ捨てる衣擦れの音。


 そして、ガラガラピッシャーン!という脱衣所と浴場を隔てる戸をいささか乱暴に開いて入って来たのはミズキだった。


「あの、入ってるんですが…」


「うむ、知っておる。じゃが、ここは余の城の風呂場じゃぞ?余が遠慮をする道理がどこにある?」


 いつかのようなやり取り。それに苦笑している内に彼女はさっさと湯船に入り、俺の隣に腰を降ろす。言動は乱暴なのだが、その所作には一々気品を感じさせるのだから始末が悪い。湯船に入るのだって、まるで水鳥がその歩みを進めるがごとき優雅さを纏っている。あと、例によって全裸だ。


 湯船に浸かったミズキは、しかし何も言わない。

 そしてしばらくの間はどちらも何も言わないまま、時間だけが過ぎて行った。


 最初に口を開いたのはやはりミズキだった。


「行くのか?」


「ん?うん、ほとぼりが冷めてもしばらくはこの国を出た方が良さそうだから」


 この国に留まる、という選択肢ももちろん有る。だが、それは―――


「別に王宮にずっと留まっておっても良いのじゃぞ?」


「そう言ってくれるのは、本当に嬉しいんだけどね」


 そう、それはカッツィオ家かこの王宮に厄介になる事が前提な訳で、もう一カ月以上お世話になっているこちらとしてはそれは大変心苦しい。

 彼らは気にするな、と言うのだろうがそれでも気になってしまうのだから仕方が無い。これは性分のような物だから。


 それにヒカルの鍛練も一段落した所だ、ここから先は俺に出来る事はあまり多く無い。個人的に色々な国を見て回りたい、というのも有るのだが。


「俺なりに色々考えて、皆で話し合って決めた事だから」


「そうか…、寂しくなるの…」


 本当に寂寥感せきりょうかんを感じさせるミズキの言葉が嬉しくも苦しい。

 だから。


「また王都に来た時は遊びに来るよ」


「う、うむ…、そうか…」


 ちょっとした約束。

 しかし、なんだかミズキの歯切れが悪い。


「ミズキ?」


 ちらりと隣の少女を覗き見るのだが、その顔は俯き表情は見て取れない。

 だが、湯船の中でアキトの指にミズキの指が絡められる。


 それは狂おしく何かを求めるように強く、痛いほどに握り締めて来る。


「礼を…まだ礼を言っておらなんだな!」


 まるで恥ずかしさを誤魔化すように大きな声を出すミズキ。その頬は湯当たりではない要因によって赤く染まっていたが、それでも絡めた指を離そうとはしない。

 そして、突然バッと顔を上げ、俺の眼を正面から睨むように見詰めると早口で告げて来る。


「危ない所を助けてもらったのじゃ!うむ!流石の余も死を覚悟したが、こうして無事でいられるのはぬしのおかげじゃ!余の兵達も全員無事であった事じゃし、それもこれも全てアキトのおかげじゃな!!」


 そんな彼女にこちらの方がタジタジになってしまう。


「いや、まあ無事でなによりです」


「うむ!それで、じゃな…何と言うか、その…お礼をしたい、というかしなければならないというか、恩が大き過ぎてどうやったら返せるのか分からないというか、つまり何か要望はないか、と云う事なのじゃが…」


 最後の方はしどろもどろになり、顔をますます朱に染めて俯いてしまうミズキ。


 お礼と言われても、あの神竜を産み出してしまったのはこちらに非が有るのだからそこまでかしこまられると逆に困ってしまう。


 皆無事でそれで良かったじゃないか、と思うのだが。


 いや、彼女が言いたいのはそういう事では無いだろう。


 それは彼女の桜色に染まり切った顔と、強く握られた手が証明している。


 つまり、だ。


「何でも良いの?」


「う、うむ!余に出来る事なら何でも言ってみるがよい!」


 これが小説や漫画の主人公ならば、何やら無欲で無害な事を言うのだろうが、生憎と俺はちゃんと『欲望』を抱えた一人の人間だったから。


 だから、知らん顔なんて出来ないし、したくない。


 俺は繋がれた手にそっと力を込めて、自分の意志と彼女の意志を確かめて、こう言った。


「じゃあ、ミズキが欲しい」


 最近の俺は何だか、こんな感じの台詞ばっかり吐いてる気がする。


 一方ミズキはというと、ただでさえ真っ赤な顔をさらに真紅に染め上げながら、『真実ほんとう』を確かめるように指に力を入れる。


「っ~~!!ほ、本当にそれで良いのか!?」


 可愛らしい。なんだか今日の彼女はいつもの偉々高々な感じが薄れ、本当に同年代の少女のようだ。いや、正確にはこちらの方が地なのだろう。となると、いつもはどれだけ気を張っていたのだろうか。


 その事に想いを馳せ、少し複雑な気分になりながらも、俺は答える。


「ああ、ミズキが嫌で無いなら勿論」


「そうか!!ならば、―――」


 そう言って、ミズキは眼を閉じ、顔を反らしキスをねだる。

 可愛らしい桜の蕾のような唇が迫って来る光景に、何度も経験した事であるのに脳髄が揺さぶられ、思考には霞がかかったように朧になる。


 だが。


「――――え?」


 ミズキの口から疑問が漏れる。

 それはそうだろう、今まで自分を求めてくれていたと思っていたアキトは彼女と己の間を隔てるようにもう一方の手で彼女の唇を阻んでいたのだから。


「アキ、ト?これはどういう…?」


 ミズキは信じられないという眼をしていた。目の前の現実を受け入れられず、ただただ戸惑っていた。


 だから、俺は告げる。


「俺はミズキが欲しい。そして、ミズキも俺を求めてくれる。けど、ミズキは女王様だから」


「なっ!?」


 その言葉にミズキは羞恥や陶酔ではない理由で顔を朱に染める。それは『怒り』、以前シノとのキスを拒んだ時のような『愛しさ故の憎悪』。


「女王だから、なんじゃ?女王はいた男とキスすら出来ぬのか!?」


 彼女を縛る『女王』という足枷、その重さは彼女自身が一番良くしっているのだろう。そして、その理不尽さも。


 彼女はアキトを嘲るように唇を歪ませる。


「ははん、アキトよ。ぬしは女王に不敬をはたらくのが恐ろしくなったな?ならば気にする事は無い、ぬしがどのような事をしようと余は微塵も気にはせん。ほれ、言うて見よ。アキトはどのような手段で余を辱めるつもりだったのじゃ?どのような事でも余は受け入れてやるぞ?」


 そう言う彼女だが、その言葉とは裏腹に俺の言う事を聞く気は無い。ただ、俺を求めて手を蠢かせ、俺を求める言葉を吐きだし続ける。


「良いのじゃぞ?余は今宵ばかりは『女王』では無く、ただの女、ただのミズキじゃ。どのような行為も不敬にはあたいせん」


 今彼女の眼に俺はどのように映っているのだろう。

 彼女を喰らうよろこびに唇を歪ませ、舌舐めずりしている雄の顔だろうか。

 それとも、女王に不敬をはたらくのを恐れる小心者の、卑屈な表情だろうか。


「ほれ、言うてみよ!どうすれば良いのじゃ?口か?胸か?それともさっさと奪われてしまえば良いのか?苦痛に歪む顔が見たいのか?愉悦に蕩ける表情が見たいのか?それとも獣のごときはしたない姿を晒せば良いのか!?」


 次々と彼女の口から、普段の彼女からは考えられないような言葉が吐き出される。


 そのどれか一つにでも頷けば、きっと俺も彼女も楽になれる。もしかしたら、それこそが正解なのかもしれない。


「アキトに求めて貰えないのなら、女王などや―――――」


 バチィィィィィィン!!


 俺はその言葉が彼女の口から出る前に、彼女の額にデコピンを炸裂させ、黙らせる。


「っ!?――!?」


 突然の衝撃と痛みに彼女は額を押さえ、涙目になる。そして、まるで『さっきまで撫でて貰っていたのに突然蹴られた子犬』のように涙目で訴えて来る。


「な、何をする!?」


「ミズキが勝手に勘違いして暴走するからだ」


「なんじゃと!?余が欲しいというのは嘘じゃったのか!?」


 そして、再び暴走し始める彼女を再びデコピンで黙らせて、俺は話し始める。


「俺がミズキが欲しいと言ったのは本当だよ。けど、今すぐにミズキを求める事は出来ない」


「……それは余が女王じゃから、か?」


 ようやく冷静になったミズキが口を尖らせて問う。

 俺はそれに頷きながら、答える。


「そうだね。ミズキは女王様だ、それは誰にも、ミズキにすら変えられない『真実ほんとう』だ」


 そう言って、俺はミズキの指が絡められた手を湯船から上げる。


「ミズキのこの手には見えない糸がいっぱい絡まってる。そして、それはミズキの一挙手一投足によって望むと望まざるに関わらず引っ張られてしまう。だから、今はまだミズキを求められない」


「じゃが!!」


 ミズキが否定の声を上げる。


「じゃが、アキトは余の恩人でこの国の『英雄』じゃ!余の伴侶となっても問題無いじゃろ!?」


「そうだね、そうできたら『楽』なんだけど…」


「では、何が問題なのじゃ!?」


 そう、きっと問題なんか無い。問題無いからこそ、俺は踏み止まるのだ。


「俺はミズキに相応しく無いから」


 そう言って、苦笑するアキト。


「俺はただの『冒険者』でしかないし、国政とかさっぱり分からない。ミズキはそれでも良いと言ってくれるかもしれないけれど、やっぱり“相応しく無い”よ」


 身分の違いでは無い、能力の有無。

 ミズキはその言葉に耳を塞ぎ、イヤイヤをするように首を振る。

 そんな言葉は聞きたくない、とでも言わんばかりに。


「だから、待っててくれる?」


「―――え?」


 一瞬その言葉の意味が分からず硬直するミズキ。俺はそんな彼女に畳み掛けるように告げる。


「俺がミズキに“相応しい”人間になるまで、待ってくれるかな?」


 そう、それこそが俺の出した答え。


 “相応しく無い”のなら“相応しく”なればいい。


 たった、それだけ。


 不安は当然ある。彼女が待ってくれるか、そもそも“相応しい”人間になれるのかどうか、自分の身勝手ではないか、誰かの心を踏みにじっているのではないか。


 色々な不安が俺を押し潰そうとしてくる。


 けれど、俺はそれ以上に諦められないのだ。


 醜いと思う、浅ましいと思う。『欲望』のままに彼女を求め、そしてこんな要求をしているのだから。


 だが、手を伸ばさずにはいられなかった。この手を取って欲しいと、望んで欲しいと。


 だから、俺は手を伸ばす、これからもきっと伸ばし続けるだろう。


 その覚悟を持って、彼女を見る。


 ミズキの答えは――――。


「―――――――――――――――」

 第三章に入る前に、一週間くらい時間をかけてお話を練りたいと思いますので、この章が終わったら一週間は更新が途絶えると思います。


 まあ、文章を書いていないと色々鈍るので早めに上げたいと思います。


 読者さんの期待に応えられるよう、精一杯頑張りたいです。


 ちなみに、三章は風竜の国でレースする予定です。


 海○紀の王海走みたいな感じに書いてみたいですね…。

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