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白銀のスコール  作者: 九朗
第二章『東雲の少女』
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第32節

 ハーレム物の主人公が何故鈍いのか分かったような気がする…。






第32節


 再びこちらは王都上空。二匹の竜と一匹の人狼の戦いは、その様相を変えようとしていた。


 神竜の三つの口から同時に何かが吐き出される。吐息ブレス…、と言う訳では無く。


「おい!今あいつ変なもん吐いたぞ!?」


『強酸性の胃液のようですわね…。ぉぇ』


「ナギーーー!!吐き気を覚えてる場合じゃない!!」


 ナギの言う通り、吐きだされた液体は回避した水竜の身体には当たらず、そのまま飛んでいきちょうど大聖堂の壁面へとぶち当たると、その白亜の塔を音を立てて溶かし始める。


「このままだと周囲に被害が出ちまうな…。仕方ない受け止めるか…」


『嫌です!断固拒否します!!』


「ええーー!?そこをなんとか!俺が全部消し飛ばすから!!」


『ご主人様の唾液ならいつでもウェルカムですが、あんなのの胃液なんて御免です!!』


「…そこをどうにか」


『帰ったら傷の付いた所を全部舐めていただきますからね!!』


「…善処する」


『あんな所や、こんな所までやっていただきますからね!?』


 やけっぱちになりながらも、どうやら合わせてくれるらしい。


 だが、はやくヒカルとシノに来て貰わないと、このままアブノーマルな要求を続けられかねない。


「ヒカル、シノ、頼んだぞ!?」


 こっちもやけっぱちだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「よし、ここだ」


 ヒカルとシノは予定通り王宮の中庭へとやって来ていた。


「シノ、行けるか?」


「うん、大丈夫。ヒカルは離れてて」


「…ああ」


 少し悔しそうな顔をして、それでもヒカルはシノから離れる。それは以前アキトが『死の霧』と戦った時、何も出来なかった自分を思い起こすのだろう。


 その表情を見て、シノは心の中で謝る。


(ごめんなさい、ヒカル。ヒカルにはヒカルの目的と覚悟が有るのに、あんな事言っちゃって)


 だからせめて、私もきちんと覚悟を決めよう。


 フッと身体から力を抜く。


 今、彼女の中の力は既に蓋が開け放たれ、今にもシノから溢れそうになっているのだ。だから、特別な呪文や儀式は必要ない。


 ただ、解放してやればいい。


「いくよ、アキト」


 呟きと同時に、王都の夜を白金の閃光が再び切り裂く。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


「来た!合図(・・)だ!!」


『確認しましたわ!あとは誘導して、あそこに叩きこむだけですわね!!』


 遥か下、王宮の中庭から白金の光が溢れ出す。間違い無く、あの光だ。


「よし、高度を下げるぞ!」


『はい!』


 水竜が下降を始める。それを追い、神竜も高度を下げ始める。


『逃がさん、逃がさん逃がさん逃がさん逃がさん逃がさん逃がさん!!』


 もはやまともな会話が成立しない程に神竜は狂乱していた。


 その怨嗟の声を後ろに聞きながら、二人はグングンと高度を下げ続ける。

 そして、地上100メートルほどまで下降した時。


「じゃあ、行くぞナギ!!」


『はい、お任せ下さい!!』


 アキトがナギの背中を飛び降り、そのまま追随してきた神竜の背中に飛び乗る。とっさの事に神竜が反応できない内にそのまま背中に取り付き、その翼を思いっきりへし折った。


『がああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁ!!』


 竜とは言え翼で飛んでいるのだ、当然翼を失えばただ墜ちるのみ。この時も神竜は『世界』の重力に為す術もなく、きりもみするように墜ちていくしか無かった。


 だが、しかし無理矢理なこの方法で王宮の中庭にピンポイントで落とすのは難しい、というか不可能と言って良い。


 そこで、ナギの出番だ。


『失礼いたしますわよ、っと!!』


 その頑強な四肢でもって神竜の身体を背中から鷲掴みにするると、勢いに逆らわないように若干の方向転換を行う。

 神竜は暴れるが、背中を掴まれている為どうしようもない。牙でもって噛みつこうとしてもそれはことごとくアキトに阻まれてしまう。


 まるで滑空するように王宮へと落ちていく二匹の巨大な竜と一匹の人狼。


「ナギ!あの光には触れない方が良い!!」


『よく分かりませんが、分かりましたわ!』


 白金の光は半径50メートル程に広がっており、シノを避けて神竜を落としても十分神竜全体をカバー出来る。出来なければ押し込むだけだが。


「よし、今だ!!」


 アキトの合図にナギがその手を放す。


 滑空の勢いそのままに王宮の中庭を滑っていく神竜、そしてその先には――――


「アキト!任せて!!」


 シノがその力を振るう。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 シノの力はアキトとよく似ていた。


 だが、アキトが白銀の光の中で人狼の姿となるのに対し、シノの力はシノ自身を強化してくれる訳ではない。


 その代わり、なのかどうかは知らないが、シノはこの白金の光の中でのみ『真実ほんとう』を操る事が出来る。


 正確には、曖昧になってしまったモノに『真実ほんとう』を与えてやる事が出来る。

 曖昧、つまりあらゆる可能性を内包した状態にした後で、『真実ほんとう』という方向性を与えてやる事で、曖昧な可能性を分化させる。

 まさに原初の世界から、『無』すらもない世界から、この世界を創造した太陽竜に相応しい桁外れで常識外れの力。


 神竜を産み出したのもこの力だ。


 彼ら三人の『人』であることや、『個』であることや、『有限』であることを曖昧にしてしまい、そしてシノによって再び神竜として分化されたのだった。


 今度やるのはその逆だ。


 神竜の『竜』であることや、『群』であることや、『無限』であることを曖昧にしてしまい、そして再び人間として分化させる。


 それはこの力を使うシノにとっては呼吸よりも容易いことだった。むしろ、この光の中では呼吸の方が難しい。


 喘ぐように浅くなる呼吸を押さえつけ、それでもシノは光を展開し続ける。


 それは神竜を産み出してしまった責任から、そしてアキトに『信じて』貰ったから。

 だから、彼女はそこに踏みとどまる。


 幸いだったのは、シノは以前アキトに言われた通り『当たり前』を極力『当たり前』では無くしていった為、粗方の『真実ほんとう』が身に付いていた、と言う事だろうか。


『何だこれは!?力が!?力が抜けていく?止めろ!止めろおぉぉぉぉぉぉ!!』


 神竜が最後のあがきにと光の中心であるシノを襲おうとするが、シノは微動だにしない。


 だって。


「信じてたぞ」


 振り下ろそうとした神竜の腕が何かによって切り落とされる。なんと云う事は無い、ただの人狼の爪によってやすやすと腕を切り落とされただけだ。


「アキト!!うん!シノも、シノも信じてた!!」


 そう、彼が居るのだ。彼が私を信じてくれるのなら、私も彼を信じる。

 それだけ、そう本当にそれだけなのだ。

 彼と私の間にはそれだけで十分なのだ。


 シノは神竜に向けて謝罪する。


「ごめんね、私の所為でこんな事になってしまって。だから、私が元に戻してあげるから」


『嫌だ!戻りたくない!ただの人間などに戻りたくない!!』


「うん。だから、ごめんね。でも、あなたは『人間』なの。自分以外の何者でもないんだよ」


「観念して、元に戻るんだな」


『嫌だあぁぁぁぁぁぁぁ!!』


 断末魔のような叫びと共に、神竜は光に包まれ、そして収縮していった。


 全長30mもあった巨体は見る間に消失し、残されたのは矮小な三人の人間のみとなった。


 ここに水竜の国の王都を混乱に陥れた一夜は夜明けを迎える事となる。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「あう…っ!」


 白金の世界が収縮していく。その中心に立つ少女の身体がぐらりと傾く。


「お疲れ様。よく頑張ったな」


 その小さな身体を受け止め、その頭を撫でてくれるのはこの白金の世界においても人と狼の合いの子の姿をしたアキトだ。


 その手が優しく自分の頭を撫でてくれるのを感じながら、シノは考える。


(あったかい…。アキトに撫でて貰うのホントに久しぶりだぁ)


 彼は一カ月近くシノと離れていた為、本当に久し振りの感覚だった。ほっとするような、ドキドキするような、不思議な気持ち。

 それがくすぐったくて、嬉しくて、思わず彼の身体に頭をこすりつける。


 彼もそれを受け止めて、シノが満足するまでじっとしていてくれた。


 そうしている間に白金の光は消え、代わりに東の空が輝き始める。


 シノがアキトから身を放す。若干名残惜しいが、まだ全てが終わった訳ではない。

 が、そんなシノにアキトが語りかける。


「シノ本当によく頑張ったな。頑張ったシノにご褒美をあげよう」


「え?――ん!?」


 何事か言いかけたシノの唇がアキトの唇によって塞がれる。あまりに突然の事態にシノは固まってしまい、アキトにされるがままとなってしまう。


 それは以前アキトとナギがしていたような濃厚なものでは無かったが、それでも何度も何度もついばむようにアキトのキスがシノの顔に降りかかる。

 唇に、頬に、鼻に、額に、瞼に、何度も何度も。


 その内、シノの硬直が解け彼女の求める通りに唇と唇が触れ合う。


「はう…」


 可愛らしい吐息と共に、二人の距離が離れる。

 そんなシノをアキトは抱きしめ、そして耳に息が掛かるような距離でこう言うのだった。


「ちゃんと愛してるから。嫌ってなんかいないから。だから、もう心配させないで欲しい。俺の傍にいて欲しい」


「うん。…うん!!」


 ようやくシノの顔に笑顔が戻る。

 そして、彼女の身体から白金の光が漏れ出す。


「あれ?これなに?」


 シノは首を傾げる。だって力を使った覚えは無い。

 それは同じ白金の光でも、なんだか違っていた。そう例えば、彼女が竜の姿から人の姿に変身する時の光のように見えた。


 その光が徐々に晴れていく。そこには――――


「シノ…だよな…?」


「え?え?えぇ!?」


 シノの姿が完全に別物になっていた。

 おそらく今回の一件でシノの精神年齢が大幅に上がった所為であろうが、シノの外見が大きくなっていた。


 まず、歳の頃がヒカルとほぼ同じ、もしかしたらそれ以上となり、絶壁だった胸は確かなふくらみを主張していた。それでもナギやヒカルに比べると小さかったが。だが、身長がかなり伸びた事により全体として見ればスレンダーな体形となっている。


 彼女の特徴であるプラチナブロンドと黒曜石のような瞳はそのままに、外見が一気に成長していた。


 あまりに突然の事態にアキトが呆然としていると、シノが抱きついて来る。


「すごい、すごい!!アキトがキスしてくれたらおっきくなった!!もっとしよ!もっとしよ!!」


 嬉しさにピョンピョン跳ねながら、呆然としているアキトの唇を、今度は自分から奪う。

 その感触に我を取り戻したアキトも、シノの肩に手を回そうとするが…。


「ん!んん!!」


 急に横から咳払いの音が聞こえて来る。


「おい、公衆の面前でなにをしているんだ!」


 ヒカルだった。どうやら王宮の方から事態が収拾した為近衛兵が出て来たようだ。

 アキトは慌ててシノから身体を離す。シノは何やら不満そうだが、それでも成長したおかげなのか人並みの羞恥心を身に付けたらしく、近衛兵に気付くと頬を染めて俯いてしまう。


「ヒカルもお疲れ様。ありがとな」


「…私には何も無いのか」


 ヒカルを労うアキトに、しかしヒカルはジト目で睨んで来る。

 そんなヒカルに苦笑してしまうアキト。


「じゃあ、ヒカルにもキスしようか?公衆の面前で」


「な!?な、なな、馬鹿者!!」


 そう言って、プイッと顔を背けてしまう。

 そんなヒカルを微笑ましく思いながらアキトは、そっと耳打ちする。


「ヒカルの分は帰ってからにするよ。公衆の面前だしね」


「――っ~~~~!!」


 顔を真っ赤にして俯いてしまうヒカル。


「その前にやることも有るしな」


 おそらく今気が付いたのだろう、自分の身体を確かめるようにペタペタと触っている三人の司教達を見る。


「永遠の命が…。嘘だ…、こんな、こんなはずじゃ…」


「お久振りですね、大司教さま?」


「ひっ!?」


 俺に突然声を掛けられて肩を震わせる大司教。


「一度お目に掛かっていますね?アキトです」


「アキト、だと!?な、何故生きている!?」


「生憎とそう簡単には死ねない身でしてね。ちょっと反則ギリギリの事をしたまでです」


 態々(わざわざ)こいつに教えてやる義理も無い。


 それよりも。


「さて、大司教様はこれから裁判にかけられるでしょうが、その前にやっておきたい事が有るんです」


「さ、裁判!?」


 その言葉にようやく自分がした事を思い出したのだろう、三人は慌てて身を起こし逃げ出そうとする。


 だが、それよりアキトの方が速かった。


「うちのに何してくれとんじゃぁぁぁ!!」


 アキトの罵声と共に、逃げ出そうとする三人の顔面にそれぞれ拳が突き刺さる。そのまま数メートル吹き飛び、グシャっという鈍い音と共に地面に落ちると、ピクピクと痙攣して気を失ってしまう。


 それを近衛兵達が連行していった。


「ふう、すっきりした」


 清々しいといった調子で笑うアキト。そんなアキトをシノが心配そうに見ている。


「あれで良かったの?アキトは殺されかけたんでしょ?」


「ん?ああ、殺されかけた、というか殺されたんだけど、別に良いよ。ちゃんと生きてるし、それよりもシノやらナギやらミズキやらを傷付けられた方がムカつくから」


「?どういう事?」


「その話は帰ってからという事で」


 その時ちょうどナギが滑空しながら王宮に降り立つ。民衆や近衛の兵達に讃えられながら朝日を浴びる姿は神々しく、本当に美しいと思う。


『ご主人様、わたくしは先に帰らせていただきますね!』


「ああ、別に良いけど…。どうしたんだ?」


『別にシノ様やヒカル様とイチャコラしてるのが気に食わない訳では無く、単純にここで変身する訳にはいかないだけですわ。もちろん帰ってきたら、例の約束お忘れにならないでくださいね?』


「そういう事か…。分かった、すぐ帰るから待っててくれ。約束もちゃんと守るから」


『ふふ、楽しみです。それではお先に』


 そう言って、ナギは再び飛び立っていってしまった。朝日に向かって飛ぶ姿に、人々がいつまでも手を振っていたのが印象的だった。この国では本当に水竜は人気者なんだな、と。宗教のシンボルとしてではなく、もっと身近な存在として捉えられているのかもしれない。


「それじゃ、俺達も帰ろうか」


 そう二人に言ったのだが。


「いや、無理じゃろうな。あの人ごみを抜けられるとは思えん」


 突然横から声が聞こえる。ミズキだ。


「ミズキ!怪我は良いのか?」


「こんな物、大したことは無い。それよりも、立ち話もなんじゃ、中へ入れ」


「え?でも…」


 躊躇する俺にミズキが畳み掛ける。


「じゃから、あの人ごみは抜けられぬ。『英雄』の顔も割れてしまっておるしの。今は跳ね橋を上げてしもうたから大丈夫じゃが、ほとぼりが冷めるまでは王宮から出ぬ方が良い」


 アキトはミズキと、堀の外の人だかりを見比べて、溜息を一つ吐く。


「分かったよ。じゃあお邪魔しますか…」


 後でナギに謝っておこう。


「うむ!それがよい!!」


 そう言って、アキトの腕を引く。

 満面の笑みのミズキに引きずられるように王宮へと入って行くのだった。

 明日は更新出来ないかもしれません。

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