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白銀のスコール  作者: 九朗
第一章『アキト=オガミ』
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第5節

 リンゴリスペクト。





第5節


 小川に沿って歩き始めたアキト一行であったが、その道行には早くも暗雲がたちこめていた。それは生けとし生きるもの遍く全てにおいて逃れ難いもの。それは――――


≪ぐうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!≫


「お腹、スイタヨ…」


 そう、空腹である。

 彼にしてみれば早朝に3時間連続で全力疾走させられ、朝飯も抜きで歩き続けていたのだ。おおよそ成長期の男性としては間違った反応ではないが、それでもここは見ず知らずの森の中。朝になれば炊きたての白飯とみそ汁、そしてあと一品のおかずを思いっきりかきこめる自宅ではないのだ。そうそう都合よく食べ物が落ちている訳もなく――――


「おぉ?あれはリンゴ!…か?」


 そうそう都合よく食べ物が落ちている訳もなく、見つけたとしてもこうして首をかしげる事になる。


「この合成着色料で塗り固めたような色はどうなんだろう…」


 そう、そのリンゴはものの見事に『真っ赤っか』であった。形状からしてリンゴ、あるいは梨に似ているが、その色は童話に出てくる毒リンゴのごとく毒々しい。いっそのこと髑髏マークでも書いておいた方がさまになるほどであった。


「ぐっ。けど、匂いは甘いいいにほい…」


 果物に限らず人の食べる作物は普通品種改良に次ぐ品種改良によって、『人の口に合うように』作られている。ので、こんな人気のない森の中に無造作に生えているリンゴとは比ぶべくもない筈なのだが、このファンキーなリンゴは『へい坊主!俺っちはマジウマだぜぇ!!』と語りかけてくる。そこがまた怪しいのだが…。


「けど、他に食べられそうなモノ無いしな」


 半ば自分に言い聞かせるように呟く。いや、あるには有るがそのどれもがこのリンゴの赤さが可愛く見えるほどに毒々しいピンクだったりエメラルドグリーンだった。あれを食うくらいならこの毒リンゴを食った方が幾分ましな気がする。


「しかし、ずいぶん豊かな森だな」


 そう、このリンゴを始めこの森には多数の果物がなっている。日が正中線に昇ろうとしている今、森はその色鮮やか(過ぎる)一面を見せつけていた。この時点でアキトは「あぁ、完全に違う世界に来ちゃってるよ…」とか思ってたりするのだが、空腹と目の前の毒々しさ満点の果物との葛藤で深く考えている余裕が無いのが幸いだった。それは目の前の問題についつい目が行ってしまう彼の性格も大きく関わっていただろうが…。


「えぇい!ままよ!」


 覚悟完了したのか、それでも毒見のつもりか小さく一口『ガシュリ!』と毒リンゴをかじる。その瞳が大きく見開かれるのにあまり時間はかからなかった。


「わりと美味い…」


 そう、その毒リンゴはその見た目に反して素朴な甘さを持っていた。しかも味はちゃんとリンゴだ。この色を見た時「もういっそ、キムチの味がしても驚かないぜ…」とか思っていた彼にしてみれば、その普通さにビックリさせられてしまった。夢中になってリンゴをかじっていると――


「アキト!アキト!」


 と、竜がその可愛らしい前足でアキトの額を叩いてくる。どうやら一人だけ果物を堪能していたのがお気に召さなかったようだ。その子はアキトの後頭部頭に肩車のような格好でしがみついていたのだが、とうとう我慢できなくなったのか、左肩まで降りてきて催促をしてくる。


「竜って肉食じゃないのか?」


 とも思ったが、物欲しそうな瞳と好奇心から一つ与えてみることにする。毒もないようであるし、この子を連れていくのであれば、食性の把握も大切だろう。いまさら放っておくわけにもいかないし、なにより独りは寂しい。この子が付いて来る限りは面倒をみよう、と心に決めていた。


「アキト♪」


 「♪」が付いた。どうやらイケる口らしい。アキトが手渡したリンゴを小さな爪の生えた前足を器用に使い抱え込み夢中でかぶりついている。夢中になるあまり、アキトの肩から転げ落ちてしまい、慌てて抱きとめるが、当人は意に関せずリンゴを咀嚼している。


「あーもー、顔が果汁でべとべとになってるぞ」


 その愛らしさにデレッデレになりながら、包帯の余りを小川の水に濡らして顔をふいてやる。当人に自覚はないが、自分の顔が果汁じゃない別の物でデレンデレンになっているのだが、こちらはどうやっても拭きとれないだろう。


 この場に他に人が居なくて良かっただろう。小動物に馬鹿になっている人の顔は傍から見ている方が恥ずかしくなるものである。


 そのままリンゴを2、3個食べて、人心地つく。太陽はそろそろ正中線を越え、下り坂にさしかかるだろう。いつまでもこうしている訳にはいかない。

 竜を見やるとリンゴでしっかり膨れたお腹をさらして膝上でごろごろしている。どうやら満足してもらえたらしい。その様子を確かめて竜を抱き上げると、また小川に沿って歩き出す。竜はヨジヨジと腕を伝い肩に登ると、再び肩車の体勢に入り四肢を頭に回してくる。その尻尾が上機嫌に背中を左右に撫でるのを感じながら先を急ぐことにする。


 他の果物も試してみたかったが、安全かどうかの判断が難しいし、森を一刻も早く抜け、人を探したかったので好奇心をぐっと堪える。結局リンゴを4つほど採り、懐に収めておくに留めた。


「ま、これで餓死することはなくなったな」


 誰にともなく呟く。竜は既にお昼寝モードなのか、さっきまで元気に揺れていた尻尾はさっそく段々と勢いを失いつつある。そんな竜に苦笑しつつ、夕食時にまた目にするであろう竜との無邪気な食事風景に思いを馳せる。

 なんにせよ食べ物を確保出来たのは幸先がよい事に違いない。

 竜はおそらく雑食ですよ。

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