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白銀のスコール  作者: 九朗
第二章『東雲の少女』
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第18節

 無理やり感が…。


 もうちょっといい言い訳を考えろよ、自分…。



第18節


 窓から美しい月光が射し、一つの明かりも無いこの部屋をぼんやりと照らしだすその光景はどこか幻想的ですらある。

 俺がそんな感想を抱くのはおそらく目の前に居るこの水竜の女性のせいでもあるかもしれない。


 水竜である彼女が変じたその女性は、俺の元居た世界では幻想の類であった竜の、その神秘性を表すような不思議な魅力を持っている。


 ナギはその性格、というか性癖に隠れてしまいいつもはそこまで意識しないのだが、本当は人並み外れた美貌を持っている。

 その美しさは、俺基準で言わせてもらえば『普通の人』と『人狼の俺』ほどに程度の差がある。それはすでに人外と言って良い程の魔性を秘めている。


 今、俺はそんな彼女とたった二人、俺の寝室で向かい合っている。

 俺はベットに腰かけたまま、ナギは月明かりに照らされて儚げに立った状態で。


 そこにシノの姿は無い。

 大事な話が有ると言うナギの言葉により、シノはヒカルの部屋へと移動していた。


「で?大事な話ってなんだ?」


 アキトがナギに問う。

 言葉に少々とげが感じられるのは、既に夜遅い時間であると云う事と、おそらく彼女の持っている短刀への警戒の意味が強いだろう。


 そう、彼女はどういう意図を持ってなのか分からないが、その手には一振りの短刀が握られている。


 月明かりを受けて、鈍く鋭くその光を反射するその短刀は、しかし溜息が出るほどに美しい。

 鍔の無い簡素な造りのその短刀は、刀身に一つの曇りも見受けられず、そこに存在しているだけでその場の空気を凛と張り詰める。


 その刀身がゆらりと揺らぐ。ナギが動いたのだ。


 ナギはどこか危うげな足取りで部屋のドアに近付くと、ドアにしつらえられている鍵を掛ける。

 閉じ込められた、と云う程の物でも無い。

 鍵、と言ってもそんなに複雑な物ではないし、内側からは簡単に開けられるのだからどちらかと云うと誰も入って来れないようにしただけだろう。


 だが、そこまでして誰にも聞かせたくない『大事な話』とは一体何だろうか。


 鍵が掛かっている事を確認した彼女は、再び寝台に座る俺に近付いて来る。やはりその足取りは危なっかしい。心此処にあらず、と言った調子だ。


 そんな彼女が心配になり、言葉を掛ける。


「お前、大丈夫か?調子でも悪いのか?」


 そう、いつもの彼女らしくない。

 いつもであれば、彼女の妙な性癖と相まった、謂わば『陽』の雰囲気を強く纏うナギであったが、それが今はまるで『陽』が『陰』へと入れ替わってしまったかのようにその生気が希薄だった。


 しかし、ナギはいつもからは考えられないような弱々しいかぶりを振る。


「いえ、問題ありません。それよりもお話をさせていただいてもよろしいですか?」


「ああ、構わないけど…。とにかく、ここに座れ!」


 そのあまりの弱々しさに、いつも以上に心配になり寝台に座るよう促す。


「いえ、そのような畏れ多い…」


 アキトの言葉を断わろうとするナギだが、その足が何も無い場所でふらつき、倒れそうになる。

 アキトは慌ててその身体を抱き止める。その身体は予想以上に軽く、まるで重みを感じない。存在自体が希薄になっているかのようだ。


 少なからぬ驚きを感じつつも、その身体を抱え上げ寝台へと運ぶ。そして、そっとベットに寝かせてやる。

 しかし、ナギは起き上がり寝台から立ち上がろうとする。

 アキトはその肩を押さえつけ、ナギを睨みつける。ナギはそんな視線の前に、まるで叱られた子供のようにオロオロと目を彷徨わせる。


 だが、俺はその視線を緩めてあげない。本当に怒っている。それはこんな状態になるまで何の相談も無かったナギに対してもそうだが、こうなるまで気付かなかった自分自身への怒りも含まれていた。


 ナギは竜だ。そして、おそらく俺達の中で一番年上だろう。本当の年齢を聞いたことは無いが。

 いつも妙に明るい調子で俺の事を『ご主人様』と慕い、妙な性癖丸出しの彼女に少々辟易としながらも、俺は心のどこかでこう思っていたのだ。『ナギは年上だし、しっかりしているから大丈夫だ』と。

 だから、いつも年下のシノやヒカルの事ばかり心配していた自分。


 けれど、それは俺の勘違いだったのだ。

 いや、『勘違い』などと云う言葉では済まされない。俺は都合よく無視していたのだ。

 竜が人の姿をとる時、その外見は『精神年齢』に比例すると言う事を。


 だから、実際には彼女は見た目通り俺と大して歳も違わぬ女の子そのもので。

 自分で常に幼稚だと思っている俺自身と変わらぬ精神を持つ存在であると云う事から目を背けていた。


 だから。


 俺は目を背けずに、彼女にこう言っていた。


「大事な話とやらは後でちゃんと聞いてやるから、まずは自分の身体の事だろ?そんな辛そうな状態でするほどの話なのか?」


 そう言って、ベットに押し戻そうとする俺の腕にナギの掌が触れる。

 いつの間にかオロオロと彷徨っていた目は据わっており、こちらを強い意志で、見つめ返している。


「本当に大丈夫です。それに、わたくしの体調が優れない事と、これからする大事な話とは関係のある事ですから」


 そう言って、俺の手をやんわりと押し返す。

 そう云う事であれば、と俺もそんなナギの隣に腰を降ろす。


 しばしの沈黙。


 そうして彼女が語り出したのは、以前大水竜に会いに行った時の事だった。


「ご主人様は大水竜様がわたくしにどのような事をお命じになったか覚えておいででしょうか?」


 俺はその時の記憶を掘り返しながら、あの(自称)永遠の23歳の大水竜の言っていた事を反芻する。


「たしか…俺に仕え、身命を捧げよ、だったかな?」


 少々曖昧だがこんな感じだったと思う。なにぶん一週間近く前の事だ、この一週間というもの慌ただしくしていた為、正確には思いだせない。


 しかし、改めて思いだすと随分大仰な事だと思う。もっと普通にはできないのか。


 そんな俺の苦悩を他所にナギは話を続ける。


「そうです。そして、その後に大水竜様はこう仰っていました。『血の盟約』でもって、と」


「『血の盟約』?」


 確かにあの時そんな事を言っていた気もするが、それから特に何かが有った訳でもなかったので気にしていなかった。

 それと、ナギの体調とどんな関係が有ると言うのだろうか。


「『血の盟約』とは、我々竜が人間に仕える時に結ぶ最上の契約の事です。この契約を結ぶと、竜は主人と仰ぐ人間に絶対の忠誠を誓わなければならないのです」


 なんでまた、そんな面倒臭そうな契約が有るのだろう?そもそも、竜が人に仕える、と云う所からしておかしい。

 そんな俺の疑問に答えるようにナギの話は続く。


わたくしが産まれるより、さらに昔には人間同士の戦争が有ったそうです。人々は同じ人間同士で殺し合い、滅びの寸前までその数を減らしてしまったそうです」


 以前、火竜の国で聞いた話によると、ここ数百年は人間同士の戦争が無いらしいので、これはそれよりももっと昔の話なのだろう。

 この世界でも、やはり人間同士の戦争の歴史というのは存在しているのだ。


「けど、それと『血の盟約』とはどういう関係が有るんだ?」


「我々竜は人類の守護者です。しかし、人の世に大き過ぎる干渉をする事は禁じられているのです。その為、人間同士の問題は人間の手で解決させなければいけません。しかし、そう言って手をこまねいていた結果がその滅びの寸前まで行ったその戦争だったのです」


 ナギは哀しそうにその目を伏せる。自分が産まれる前とはいえ、それなりに思う所があるようだ。


「そこで大四竜様達は考えたのです。たとえ戦争が起きたとしても、それを早期終結させる為の方法を」


 そこまで言ってから、ふらりとナギの身体が傾き、慌ててその肩を抱き寄せて、自分の肩を貸してやる。

 ナギはそれに目で礼を言い、話を続ける。


「その方法とは、戦争に勝利する『英雄』を産み出す事。そして、その英雄を産み出す方法こそが『血の盟約』なのです」


 彼女は力無くその首をアキトの肩に預けて来る。


「『血の盟約』とは、竜の持つ力の一部を人間に貸し与え、その人間に下僕しもべとして仕える事を強要する契約です。一部とは云え、強大な竜の力を得たその人間は、良くも悪くも戦争に大きく貢献し、戦争を早期終結させるのです」


 そうなのか。

 だが、少し引っかかる事も有る。


「それは分かったけれど、そもそも絶対の忠誠は必要無いんじゃないか?仕えた人間が良いやつだとは限らないんだし」


 そう、その力を使って悪しき事をしようとする輩も居るのではないだろうか?絶対の忠誠なんか誓ってしまったら、それを止める事が出来ないではないか。


 そんな俺に、ナギは優しく微笑んでこう答えてくれる。


「もちろん大四竜様達により、人選はされますし、契約している竜と大四竜様の合意があればいつでもその契約を解く事ができますから。むしろ、この契約を不服に思う竜の方が多いので、絶対の忠誠はその為の安全装置のような物なのです」


 もちろん、わたくしはご主人様に心からの忠誠を誓っておりますよ、と言って彼女は微笑んだ。

 いつもなら、それに呆れる所だが、彼女の弱々しい微笑みに何も言い返す事が出来ない。


「で、お前の不調はその『血の盟約』が原因なのか?なら、今すぐにでも大水竜の所に行って、その契約を解いて貰おう」


 正直こんなナギは見るに堪えない。俺への忠誠は分かったから、その契約を解いて貰えばいい。そんな物よりもナギの身体の方が大事だ。

 そう言って、俺はナギの身体を抱き上げようとする。


 だが、そんな俺の動きは彼女の叫び声のような言葉に止められてしまう。


「嫌です!!わたくしは死ぬまでご主人様のお側に仕えます!!」


「そんな事言ったって、お前こんなに苦しそうじゃないか…」


 その気持ちは嬉しい。ちょっと重い気もするけれど、男としてそこまで言ってくれるのは正直本当に嬉しいのだ。

 だが、今はそんな事を言っている場合では無い。別に契約が無くなっても俺の傍でいいなら居たいだけ居ればいい。

 そう、伝えようとするのだが。


「それに、この症状は簡単に直す事が出来るのです」


 ナギが幾分落ち着いた声でそう言う。


「本当か!?どうすればいい!?」


 むしろ俺の方が取り乱して彼女に問うていた。

 そんな俺の頬に彼女の手が添えられる。衰弱しているらしく体温も随分低い。


「『血の盟約』とは、文字通り『血』によって結ばれる契約の事です。この契約を結んだ竜は、主人と仰ぐ人間から血を分けて貰わなければ存在が維持できなくなってしまうのです。満月が欠け、そして再び満ちるまでの間に」


 そう言われて、俺はハッと窓を見る。

 窓の外、その天蓋のは丸々とした満月が煌々と光を放っている。


 その憎らしいほど丸々とした姿に俺は胸の中が燃え盛るように焦げ付くのが分かる。

 俺はナギを叱りつける。


「どうしてそんな大事なことをこんな土壇場まで黙ってた!!俺がお前の為に血も流せないような、そんな人間だと思ったか!!」


 そんな叱咤にナギは目を閉じ、閉じられた瞼からは二筋の雫がこぼれ落ちる。

 葛藤、後悔、苦悩。

 そんな感情が容易に読み取れる。


わたくしは、ご主人様に命を救われた身です。そんなわたくしが、御身を裂き、己の為に血を流して下さいなどと、どうして言えましょうか」


 けれど、こうして話してしまった以上同じ事なのかもしれません、そう言ってさらに涙をこぼす。


 拝無神流にとって『理性』と云うのはとても大事だ。どんな時でも己を見失わない、どんな激情にも流されない、そんな『理性』を保つための訓練を嫌と云うほど積んで来た。


 だが、この時の俺はあまりの激情に頭が真っ白になって、気付けば彼女の手から短刀を奪い、想いの丈を込めて己の手首を切り裂いていた。


 噴き出す、と云う程ではないが、傷口からは洒落にならない量の血が溢れ出す。


 痛みは無い。

 今俺の裡に吹き荒れる激情の嵐に比べたら、この程度の痛みなど感じる暇も無い。


 俺は呆然としているナギに、真紅の血の滴る腕を差し出し、こう告げる。


「飲め。これは『命令』だ。逆らえば、こんな主従『ごっこ』は終わりだと思え」


 その『命令』におずおずと俺の手首に唇を這わすナギ。

 しかし、途中からはまるで吸血鬼のように血をむさぼり始める。まるで、俺の手首からしたたる血をこれ以上一滴も地に落としてなるものか、と云う執着と貪欲さが垣間見える。


 そして彼女はそんな風に俺の血をむさぼりながら、ただひたすらに詫びていた。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 それは、今まで黙っていた事への謝罪か、結局こうして血を流す事になってしまった事への謝罪か。

 正直どうでもよかった。


 俺はみるみる血色の良くなって行く彼女の顔を見ながら安堵に包まれていたのだから。


 ただ、


「なあ、ナギ。俺の価値は俺にしか決められないんだ。だから勝手に俺を測って、勝手に決めつけないでくれ」


 そう、どこかの『誰か』の受け売りを、偉そうに語る事しか出来なかった。

 次回はナギの抱える闇のお話です。


 露出癖は闇と言えるのだろうか…?


 真剣に検討する必要が有りそうです。

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