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白銀のスコール  作者: 九朗
第二章『東雲の少女』
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第17節

 アキト君のお話は、自分が小さい頃に読んだ絵本を元にアレンジしています。


 たしか元ネタはアフリカの方のお話だった気がするのですが、なにぶん小さい頃の記憶なので結構曖昧です。


 元ネタでは瓜だったのですが、誰か題名を知っている人がいたら是非教えてください。





第17節


「で、今日はどんなお話が良い?」


 薄暗い客室にアキトの優しい声が響く。薄暗いと言っても、今日は満月らしく、部屋の窓からは少し黄色がかかった月光が射しこんでいる。

 そんな、どこか幻想的な雰囲気の中アキトは寝台を同じくする少女に穏やかに語りかける。

 そこには慈愛が多分に含まれていた。


「え~っとね、う~んとね」


 シノが目をキラキラさせながらアキトに今夜話して貰うお話について頭を悩ませている。


 このように、シノは毎晩アキトに寝る前の寝物語をねだって来るようになっていた。見た目通り、精神的な年齢は10歳前後の少女と変わらないのだろう。いや、竜とはそういう物だったっけか。


 今宵、彼女が要求してくるお話は一体何だろうか?


 それは、時にアキトの元居た世界の童話だったり、元居た世界そのものの話だったり、時としてシノが要求してくる『楽しいお話!』という曖昧なお題に添うようなアキトが即興で創った小話だったりと様々だ。


 シノは考えながらも、こちらを見てる彼の顔を見る。この薄暗い部屋の中でもこちらに微笑みかけているのが分かるその表情に不思議なほど安らかな気持ちになる。


 シノは彼女がその日のお題を口にすると、少し困ったようにはにかんで、それでも優しい声でお話をしてくれるアキトと、彼と過ごすこの時間が大好きだった。


 シノはしばらくうんうん悩んでいたが、一つ頷くとアキトにこう言う。


「じゃあ、今日は怖い話!」


 どうやら今日のお題が決まったようだ。

 しかし、怖いお話か…。

 季節は夏なのだし、ストレートに怪談話をしてもいいのだけれど、シノは見ての通り、見た目通り、精神年齢10歳前後の少女なのだからあまり怖すぎるのも駄目だろう。

 というか、かつて自分がそれくらいの年齢の時は、今の自分が観たら「ぷっ」っと吹き出してしまうようなキッズ向けの怪談映画にすらマジビビりしていた気がする。


 ここはもっとソフトにちょっと怖い童話あたりがいいだろう。


 そう考えて、アキトは話しを始める。


「じゃあ、怖い話ね」


 そう前置きして語り始める。


「昔、ある所に一人の少女が居ました。彼女の日課は少し離れた森に住む彼女のおばあさんにパンを届けることでした」


「それって、赤ずきんちゃんじゃないの?」


 シノが話の腰を折る。彼女は度々こうやって自分の疑問を話の合間に挟んで来る。それに苦笑しながら答えるのもアキトの楽しみの一つだった。


「違うよ?赤ずきんちゃんとはまた違う少女のお話。でも、もしかしたら同じ少女の話かもしれないね」


 そう言って、やさしく答えてから話を続ける。


「その日も彼女はおばあさんの所にパンを届けに森に入っていきました」


「どうしておばあさんは森に一人で住んでるの?」


 シノが再び口を開く。確かに年老いた老婆を一人で森に住まわせておくのは何かと危険だろうに。

 しかし、これは童話なのだ。

 けれど、アキトはそんな質問にも律儀に答えを返す。


「どうしてだろうね?何か感染するような病気を患っていたのか、それとも何かの役割があったのか。俺にも分からないんだ」


 決して「こうだから」とは言わない。アキトはいつだって断定を口にせず、シノに考える余地を与える。

 アキトの話は続く。


「森に入り、道なりに少女はおばあさんの家を目指します。しかし、その途中で不思議なモノに出会います」


「不思議なモノ?」


「そう、不思議なモノ。それは一見カボチャのように見えたのですが、そのカボチャには大きな口が付いておりそれをモゴモゴと動かして少女に語りかけてきます」


 そこで予想通りシノが疑問を挟んで来る。


「どうしてカボチャが喋るの?」


 確かに普通のカボチャは喋らない。喋ったとしたら、それはカボチャではなく、それ以外の何かだ。


「さあね、カボチャじゃなかったのか、それとも世にも珍しい喋るカボチャだったのか。この後のことを考えると、カボチャじゃ無い何かだったんだろうけど、それが何かは分からない」


 アキトの答えにシノが難しい顔をしている。

 その姿に少し、いやもの凄く嬉しくなる。決して『当たり前』だからで納得しない彼女の姿勢は、以前俺が言って聞かせた事を忠実に守っている証拠だ。


 俺はそんなシノを見ながら話を続ける。


「そのカボチャは少女にこう語りかけてきます。『オナカスイタ、オナカスイタ』と。優しい少女はなんだか可哀想になり、おばあさんの為に持っていたパンを一つ分けてあげる事にしました」


 シノはアキトの話を聞き逃すまいと耳をそばだてて話に聞き入っている。


「少女に差し出されたパンをそのカボチャは美味しそうに飲み込んでいきます。それを確認した少女がその場を後にしようとすると、カボチャが再び口を開いてこう言います。『モット、モット』」


 アキトはカボチャの声を真似るように裏声のような声で『モット、モット』と何度か繰り返す。


「少女は仕方なくカボチャにもう一つパンをあげます。しかし、それを咀嚼したカボチャはなおもこう言います。『モット、モット』」


 少しかん高い声でアキトが『モット、モット』と繰り返す。それは愛嬌の有るものの、同時に不気味な響きをもって部屋にこだまする。

 シノがゴクリとその白い喉を鳴らす。


「そんなカボチャの様子に怖くなった少女は逃げ出そうとしました。しかし、カボチャはそんな少女の脚に喰らい付いてこう言います。『モット、モット』」


 アキトはさっきよりも不気味な調子を強めて『モット、モット』と繰り返す。

 部屋にはアキトの語る声だけが響いて、シノはすっかり話に呑まれ、さっきから黙ってしまっている。


「少女はこのままでは自分が食べられてしまうと思い、残ったパンを次々とカボチャの言う通りに食べさせます。しかし、みるみる減って行くパンとは裏腹にカボチャの食欲はまったく衰える様子がありません。いくらパンを与えても、カボチャはすぐにこう言うのです。『モット、モット』」


 いつの間にか、おそらく無意識なのだろうが、シノのてのひらがアキトの服の裾をギュッと握っている。


 アキトの話は続く。


「求められるままにパンを与え、そしてとうとうパンは最後の一個になってしまいました。しかし、カボチャはこう言います。『モット、モット』と」


 シノの脳裏には亀裂を口のように開閉しながら、『モット、モット』と言うカボチャの姿がありありと浮かんでくる。


「少女は咄嗟にその最後のパンを遠くに放り投げ、カボチャがそれを追いかけている内に逃げ出しました。少女は必死に来た道を走ります。しかし、その後ろからはまたあの声が聞こえます。『モット、モット』」


「もういい!もういいから!!」


 シノがたまらず叫ぶ。

 どうやら、シノには刺激が強すぎたようだ。傍から見ても涙目になっているのが分かる。

 そんなシノに苦笑しつつ、アキトはこの話がまだ半ばである事を告げる。


「ここからが肝なんだぞ?」


 しかし、シノはすっかり怯えてしまっている。わずかにその細い肩が震えているのが分かる。

 どうやら、これ以上話を続ける訳にもいかないようだ。


 アキトはそんなシノを安心させるようにその頭を撫でてやる。


 シノはといえば、縋りつくようにアキトのお腹に顔を埋めている。


(そういえば、お腹は安心する、とかいってたっけ…)


 そんなシノの頭を撫でながら、少し前の事を思い出す。

 たしかシノに俺の世界の話を聞かせたのもあの時が初めてだったっけ。それからなにかとお話をせがまれるようになって、今ではすっかり日課になってしまった。

 こうしてシノにお話をせがまれるのは決して悪い気持ちでは無い。


 もし、その気持ちに名前を付けるとするなら『愛』と言う事になるのだろうか。


 けれど、俺はいつもそこで戸惑ってしまう。


 俺達の一族にとって『真実ほんとう』は大きな意味を持つ、という話はしただろうか。

 俺達は『真実ほんとう』によって力を得ている。その為、俺達の一族はどうしても『真実ほんとう』というやつに依存してしまうのだ。


 こういった『大事な事』を判断する時は特にそういった傾向が強い。


 俺が今戸惑っているのも、『恋』やら『愛』やらの『真実ほんとう』を得ていないからだ。


 『真実ほんとう』を得る、というのは何もそんなに難しい事では無い。『当たり前』を『当たり前』では無くし、理解することだ。

 だから『真実ほんとう』を得るのには『理性』と『諦めない』事が必要になってくる。


 ちなみに、今俺がヒカルにやらせているのは、そんな『真実ほんとう』を得る為の鍛練の内、もしかしたら最も難しいかもしれないものだ。


 既に鍛練を初めて数日が経つが、ヒカルは『真実ほんとう』が得られず、ずっとくすぶっている。それも仕方が無いと言えた。


 ただ、俺から助言することは出来ない。そういう鍛練なのだ(・・・・・・・・・)


 いつか、彼女があの試練を乗り越えたなら、ちゃんと謝ろうと思う。


 ん?話が逸れたな。

 とにかく、俺はいまだに『恋』や『愛』の『真実ほんとう』を得ていない。

 理由は、細かい所は省くが、要するに『理解できない』からだ。『理解できない』以上、それは『真実ほんとう』たりえない。


 なんせ、まともに女性に好意を抱かれたのはこちらの世界に来てからが初めてなのだ。


 あちらの世界では、どこかの鬼二人組との鍛練の所為でそんなことにかまけている暇も余裕もなかったのだから。


 つまり、圧倒的に経験が不足していた。ちょっと涙出て来た。


 とにかく、俺は今自分の胸の中に芽生えつつあるこの感情になんら答えを出せずにいるのだった。

 これではヒカルの事を偉そうに語れないな。


 こんな事なら父さんに母さんとのめでも聞いておくんだった。おそらくあの二人なら『愛』の『真実ほんとう』を知っているに違いないだろうから。少しは参考になっただろうに。


 そんな事を考えていたアキトだったが、いつの間にかシノがこちらを見ていることに気付く。

 その瞳には少しの不安と好奇心が見え隠れする。どうやら、やはり話の続きが気になるようだ。

 そんなシノに苦笑しながら、アキトは敢えてこう聞く。


「お話の続きはもういい?」


「うぅ…。そ、それで、結局どうなったの?」


 話は怖いけれど、結末は知りたい。そんな所だろう。

 ホラー映画を怖い怖いと言いつつも、結局最後まで観てしまう子供のようだ。

 俺は話を要約して話してあげる。


「それから村に逃げ帰った少女だったけど、その後ろからカボチャが追って来て村の食べ物を食べ始め、それが無くなると今度は家畜を食べ始め、それが無くなると、とうとう村人を食べてしまったんだ。それでもカボチャは満足できなくて、辺りの食べられそうなものを片っ端から食べて行った。やがてカボチャは海に辿り着き、海の水を飲み干そうとして、結局破裂してしまった、っていうお話」


「どうしてカボチャは満足できなかったの?」


 シノが悲しそうにそう言う。食べられてしまった人たちの事を考えているのか、それとも破裂してしまったカボチャの事を考えているのか、俺には分からない。

 けれど、彼女なりにこの話に感じ入る事が有ったのだろう、その眼は真剣だ。

 そんな彼女に俺はこの話の教訓を教えてあげる。


「このお話は、人の欲望とは果てしなく、それはやがて周囲を巻き込み、そして己の身の破滅を招くって事を伝えたいんだと思うよ」


「じゃあ、何も求めちゃいけないの?」


 ほとんど泣きそうになりながらシノが聞いて来る。シノのそんな表情に胸を締め付けられ、俺はこう答えていた。


「そんな事は無いよ。何事もほどほどが一番っていう意味だよ」


 シノが何を考えて泣きそうになっているのかは分からないが、それでも欲求というのは人が生きていく為の原動力だ。

 決して無くていいものではない。むしろ、これを無くしてしまった方が哀しい事だとおれは思う。


 シノはしばらく黙して何事かを考えていたが、顔を上げると意を決したように何かを言おうとする。


 しかし、そんな彼女の言葉はアキトの部屋をノックする「コンコン」という音によって遮られてしまう。


 こんな時間に誰だろうか?


 ノックの主は一向に入って来る様子が無かったので、アキトはベットから立ち上がり、ドアを開ける。


 ドアを開けるとナギが立っていた。

 彼女は、おそらく寝巻にしているのであろうあの『青いヴェール』に身を包み、その姿は満月の光に照らされて、実に幻想的かつ魅惑的だった。


 そんな彼女にしばし見惚れてしまうアキト。

 だが、そうしている間中ナギはずっと沈黙したままだった。


 ようやく我に帰り、しかし一向になにも話さないナギを不審に思ったアキトが彼女に尋ねる。


「どうしたんだ、こんな時間に?何か用事が有るんじゃないのか?」


 そんなアキトの言葉に、ナギは美しく、しかしいつになくか細い声でこう言うのだった。


「…契約を、果たしに参りました」


「契約?」


 全く心当たりの無いアキトが顔をしかめる。

 そんなアキトの前でナギの腕がゆっくりと動く。


 そして、彼女が後ろ手に隠し持っていた物が部屋の窓から射して来る月光を浴びて鈍く鋭く反射する。


 それは、一振りの短刀だった。

「シノ様、これからご主人様と大事な話が有るので、今日はヒカル様の所でお休み頂けますか?」


「短刀片手にする大事な話って何さ…」


「『大事な』お話です」

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