第16節
そろそろ後半戦ですね。
ここからアキト君を、落として、貶して、堕として行きたいですね!
第16節
あの後、彼らの襲撃を警戒しつつカッツィオ家を目指した俺達。執念深そうな彼らのことだ、あれで諦めたと考えるのは流石に安易だろう。
だが、その予想に反して彼らが再び俺達を襲って来る事は無かった。
難なくカッツィオ家に辿り着いた俺達は、今日あった出来事をタケシ、ユウキを含めた全員に話した。
「………、そうか。なにはともあれ、無事で何よりだ。この事は私から女王陛下の耳に入れておこう。証拠が在る訳では無いから処罰することは出来ないが、睨みを効かせるくらいは出来るだろう」
大きな溜息と共に、そう言ってくれるタケシ。ユウキもいつもの軽薄な態度はなりを潜めて、真剣な顔で顎に手を当てて何事か考えている。
「とりあえず、外出はしばらく控えておいた方が良いだろう」
ヒカルが冷静にそう判断する。
「相手の狙いはシノと言う事だが、何故シノが狙われているのか。心当たりが有り過ぎて相手の思惑が読めない。そうである以上、下手に動く訳にはいかない」
「…そうだな」
この事態を解決しようにも、その糸口が分からなかった。
なんせ、シノは教会にとっての神様なのだ。その神様をこんな強硬な手段でさらおうとするとは、尋常の事では無い。
流石に殺すつもりでは無かったようだが、そうなると捕まえてどうする気なのだろうか。そんな風にしてシノを連れて行ったって、教会にシノが大人しく協力するとは思えない。
その時、部屋のドアがノックされ、おそらくユウキの侍女なのだろう少女が部屋に入って来る。
彼女は一礼するとユウキに近寄り、彼に何事かを耳打ちした後、部屋を後にする。
タケシ以外の全員が不思議そうな顔をする中、ユウキが重い口調で話し始める。
「…今、私の手の者から報告が入った。どうやらアキト君の話は概ね正しいようだ。君達を襲ったのは、どうやら教会の子飼いの兵士のようだ。よく言えば僧兵、悪く言えば暗殺者、と言ったところか。まあどの道、非公式な存在だが」
どうやらさっきの侍女はそれを伝えに来たらしい。
「ん?なんだ、その顔は?」
「い、いや…」
俺達は全員がポカーンとしていた。
無理も無い。今まで、ただの変態の、獣人趣味の、放蕩者の、遊び人だと思っていたユウキのあまりの変わりように声も出ないようだった。
「もしかして。私の事をただの変態で、獣人趣味で、放蕩者で、遊び人の駄目人間だとでも思っていたのかい?」
その言葉に全員が頷く。すると、ユウキは若干涙目になりながら、こう続ける。
「そ、そうか…。だが、それは世を忍ぶ仮の姿なんだよ!実際には影に日向に兄を支えるのが私の仕事なのさ!獣人趣味は否定しないけどね!!」
否定しないのか。若干感心していた俺達の間に、しらけた空気が漂う。
この間、わずか十数秒。短い尊敬だった。
そんな俺達の様子に焦りながら、ユウキはこう言う。
「と、とにかく、相手は教会で狙いはシノ様だという事は確かなようだ。だが、その狙いまでは掴めなかった」
「そうか…」
部屋に沈黙が降りる。
そんな沈黙をタケシの重たい声が破る。
「こんな時に大変心苦しいのだが、私は数日したら国境に戻らなければならない。屋敷の警備は万全だと思うが、相手の思惑が分からない以上用心に越したことは無い。十分注意してくれ」
その言葉に、俺達は頷く事しか出来なかった。
そんな沈痛な面持ちの俺達にタケシは声を和らげてこう言う。
「なに、彼らがこんなにも強硬な手段に出たのは、おそらく時間が無いせいだろう。つまり時間が解決してくれる可能性も無きにしも有らずってことさ」
だが、俺の中には一抹の不安が燻り続けていた。
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「失敗しただと!」
そこは大司教に与えられた一室。密議のとり行われる一室に彼の声が響いた。
「どういう事だ!確実に捕えるのではなかったのか!?」
そんな大司教の泡を喰った物言いとは反対に、双子の司教は淡々と答える。
「報告によりますと、あのアキトと言う男が不可思議な術によって窮地を脱したとか」
「それも魔術の類ではなかったとか。おそらく太陽竜様のお力を利用しているのでしょう」
実際には彼自身の力なのだが、彼らがそれを知る由も無い。
報告は淡々と続く。
「おそらくこの話はカッツィオ家を通して女王の耳に入るでしょう。太陽竜の確保にはまだしばらくの時間が掛かるかと」
「噂の方は緘口令を布いていますが、他国に知れ渡るのも時間の問題かと」
「時間、時間か…」
大司教がぶつぶつと呟く。
目下、それこそが最大の障害なのだ。
(外部と連絡が取れなくなってしまうが仕方が無い…)
この際手段は選んでいられない。
大司教が彼らに宣言する。
「これより私は儀式の為に神殿の奥殿に籠る!次に私が出て来るまでに太陽竜を捕えておくのだ!」
「「ははっ!」」
見事なユニゾンで司教達が答える。
彼らの目は既に狂気に染まっていた。
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カッツィオ家中庭。
そこでは奇妙な光景が展開されていた。
「あの…。何をなされているんですか?」
その光景を目にしたナギが、アキトに恐る恐る尋ねる。
「ん?ああ、鍛練だよ」
対してアキトは特に気にした風も無く答える。
そう、『鍛練』。
例の件の事もあり、無闇に表を出歩く訳にもいかなくなったので、当初の予定通りアキトはヒカルに鍛練を施す事となった。
もちろん、拝無神流の技を教える訳ではない。あれは長い年月を掛けて己の肉体も鍛えなければ扱う事ができないからだ。
今アキトが教えているのは、基本的な『真実』だ。
あの白銀の世界に存在するために必要な『真実』を重点的に身に付けさせる鍛練なのだ。
だが、ナギの表情は晴れない。
何故なら―――
「あの…、鍛練なのは分かりましたが、どうして…」
そう言いながら、中庭に転がっているものを見る。
「どうして、ヒカル様は縄でグルグル巻きにされて転がされているのでしょうか?」
そう、中庭に無造作に転がされてモゾモゾと蠢いているのは、全身を縄でいい感じにグルグル巻きにされたヒカルだった。膝は折り畳まれており、立つことも出来ないようだ。
正直何を鍛えているのか分からない。あれが芋虫の気持ちを理解する訓練だとするならば別だが。
だが、アキトは事もなげにこう答える。
「ああ、あれは歩く『真実』を理解するための鍛練だ」
「歩く!?」
どう見てもそうは見えなかった。歩く事を理解するどころか、逆に歩けなくなっているような…。
「あれで、本当に歩く『真実』というのが得られるのですか?」
あまりにあんまりな光景に、思わず疑問を差し挟んでしまう。
それに対して、アキトは意味深にニヤリと笑うと。こう答える。
「視覚を鍛えるには目を塞ぎ、耳を尖らせるには耳を塞ぐ。使わない事によって見えて来る物も有るのさ」
「そういうものでしょうか…?」
不安そうにナギが呟く。アキトを疑っている訳ではないのだが、どうも彼には違う思惑が有るように思える。
それが何かは分からないが。
「ま、建前はね…」
「?」
その時、顔をしかめる彼女の耳がアキトの呟きを捉える。
が、その意味を尋ねる前に、地面に転がっているヒカルからアキトに向けて声が掛かる。
「アキト!これではどうやっても歩けないぞ!」
「どうした、ヒカル?この程度の事で音を上げるのか?さあ、立て!立って歩いて見せろ!!」
どうやら、あの状態から立ちあがって歩く為の鍛練らしい。
だが、ヒカルの言い分ももっともだ。あんな、全身グルグル巻きで、足も膝から折り曲げられて縛られている状態では歩くどころか立ち上がることだって出来はしないだろう。
だが、アキトは容赦のない言葉を浴びせる。その言葉の隅々(すみずみ)に彼の真剣な想いが込められているかのようだ。
「どうした?そんな状態じゃあ歩けない?そんな事は『当たり前』だろうって?それこそが『真実』を得るのに最も邪魔な物だ!『当たり前』を乗り越えて見せろ!!」
これは鍛練なのだ。そうである以上、優しくする訳にはいかないのだろう。いつもの彼からは考えられないような口調でヒカルを叱咤する。
「いいか、ヒカル?『真実』を得る為に必要なのは『理性』だ!考えろ!思考を停止させるな!『当たり前』だと諦めるな!!」
おそらく彼もそうやって己の流派を修めてきたのだろう。彼は決して遊びでヒカルに鍛練を施そうとしている訳では無いのが分かる。
実際に彼が受けて来た『鍛練』はこんな物では無かっただろう。
だって、彼の使う力を使うためにはどんな鍛練をすればいいのか想像も付かないのだから。
ヒカルもそれが分かるのだろう、唇を噛み締めると再び立ち上がろうと地面をのたうち始める。
その様子を見守るアキト。
鍛練に必死なヒカルは気付かなかったが、傍から見ていたナギにだけは彼の表情が苦しそうに歪んでいるのが分かった。まるで、何かを必死に堪えるような、何かに謝罪するようなその表情。
「くっ!ぐううぅぅぅ!!」
「どうした!『理性』を忘れるなと言っただろう!感情に任せてもどうにもならないぞ!」
彼らの鍛練は、日が沈み月が昇って来るまで続けられた。
途中、ユウキが「急に中庭の絵を描きたくなった」とか言って、キャンパスと絵具を持ってやって来たが、その下心丸出しな目論見はアキトの跳び蹴りによって粉々にされていた。
キャンパスに頭を突っ込みながら飛んで行く彼の姿はなかなかに見物だった。
まあ、確かに今のヒカルはその身体に縄が深く喰い込んで、なにやら肉感的な見た目になっているのだが。
今、月明かりの下、ヒカルの縄をアキトが解いてあげている。一日中地面をのたうち回ったせいで、彼女の服は砂まみれになり、おまけにボロボロだった。
縄を解かれたヒカルは、しかしすぐには立ち上がらず、唇を噛み締めて俯いている。
鍛練の有効性への疑問、全く見えて来る気配の無い『真実』、アキトへの不満。
それらとアキトへの信頼がせめぎ合っているのだろう。
アキトもそれが分かっているのだろう。決して自分からは声を掛けない。まるで声を掛ける事を禁じられているかのように。
ただ辛そうに俯くヒカルを見ているだけだ。
「これで…」
ポツリ、とヒカルの口から言葉がこぼれる。
それはヒカルにとっても意図した事ではなかったようで、慌てて自分の口を押さえつける。
しかし、アキトは穏やかにその先を問う。
「いいよ。その先、言って御覧?」
決して、彼女を責める訳でも無く、むしろ己を責めているかのようにすら聞こえるその言葉。
そんなアキトに背中を押されるように、ヒカルは一旦止めてしまった言葉を絞り出す。
「これで、こんな事で!本当に『真実』とやらが、得られるのか!?今日一日、私は芋虫のように無様に地面を這いまわっただけじゃないか!!これで私は一体何を得たと言うんだ!?これは本当に意味のある行為なのか!?」
絞り出していたはずの言葉は次第に決壊し溢れだし、アキトをに叩き付けられる。
アキトは黙したまま、あらかじめ侍女に用意してもらっていたおしぼりを取り出して、ヒカルと目線を合わせるようにしゃがみ込み、彼女の砂まみれになった顔を拭こうとする。
しかし、ヒカルはその手を払いのける。
「答えてくれ!!」
ヒカルの瞳から一筋の雫が垂れる。
彼女は本来我慢強い少女のはずだ。しかし、今日一日の鍛練はそんな彼女にさえ疑問を抱かせるのに十分だった。
けれど、アキトはそれに対して何の弁明も無いまま、こう言う。
「じゃあ、止める?」
やはり穏やかな、人の心を落ち着かせる声。
この言葉は大抵の場合、相手が止められない事情が有って、それを逆手に半分脅しのように使う台詞であるはずなのだが、彼の言葉にはむしろ止めて欲しいと思っているかのような響きが含まれていた。
「これはまだまだ、ほんの序の口。むしろ入り口にすら立っていないんだ。ヒカルが踏み込もうとしているあの場所は、そういう場所。だから、ここで諦めてもそれは全然悪くない。むしろ、そっちの方が正しいのかもしれない。だから、どうする?」
実際、彼の戦っている『敵』とはそういうモノなのだろう。
ナギは『死の霧』を思い出す。
あの、竜すら殺す圧倒的な『死』の化身。そして、あれを討ち祓った白銀の人狼。
そのどちらに対しても、ナギは身震いしてしまう。
一方には圧倒的な『恐怖』から。
そしてもう一方には圧倒的な『畏怖』から。
水竜であるナギからしてすら、そうなのだ。ましてやヒカルはをや、である。
ヒカルは何も言わない。
ただ、俯き唇を噛んで沈黙している。
アキトもひたすら沈黙を保ち、彼女の言葉を待っている。
「――めない…」
「………」
そうして、ようやく彼女が絞り出した答えは。
「諦めない!!」
「………。そっか」
アキトが少し寂しそうにその答えに了承を返す。
「『諦めない』。これもまた、俺の流派では重要な事。『諦めずに』、『理性でもって』、『真実』へと至る。それを忘れちゃいけないよ?」
「…え?」
それはつまり、
「この鍛練はそれを教える為の…?」
つまり、そういう事。私にその『大事な事』を教える為の、気付かせる為の鍛練。
ヒカルはまるで目の中に光が射して来るかのような気分になった。
この一見、何の意味も無い不毛な鍛練は、つまりそういう事だった―――――
「え?違うよ?」
………。
「これはちゃんと、歩く『真実』を得る為の鍛練だから。それが得られるまで何度でも何日でもやってもらうよ?」
目の中の光は、目の外へと溢れて行った。涙として。
そんな彼女に、アキトは幼い頃の自分を幻視して少し懐かしくなる。
アキトはそんな思い出に苦笑しながら、先ほど打ち払われたおしぼりを彼女の顔にあてがって、砂と一緒に涙も拭き取ってあげる。
優しく、優しく。
(大丈夫、ヒカル。ヒカルは『真実』を得る為に必要な物は全部持ってるんだから。諦めさえしなければ、必ず辿り着く。必ず)
アキトは心の中で彼女に語りかける。
(それが良い事か、悪い事かは分からないけれど。けれど、最後まで見届けるから)
そんな彼をむくれ顔で睨んで来る彼女に、さらに苦笑を強めてアキトはヒカルの顔を拭き続ける。
そんな彼らを明るく月が照らしていた。
その様子を傍らで見ていたナギはスッと立ち上がり、夜空の月を見上げる。
そのほとんど満月に近い月を見上げながら、ナギはこう呟く。
「もうすぐ満月、なのですね…」
その表情は逡巡と不安、そして悲愴な決意が入り混じっていた。
次回、ナギがヤンデレる。
アキト君が(色んな意味で)ピンチ。




