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白銀のスコール  作者: 九朗
第二章『東雲の少女』
54/115

第15節

 久しぶりの戦闘回。


 の、はずだったのに…。


 女王陛下…、あくまでも邪魔をするというのかっ…!




第15節


 ひとつ、ふたつ、みっつ。


 ワン、トゥ、スリー。


 ダンスを踊るようにステップを踏む。右へ左へ、その身体を揺らしながら舞う。


 ワン、トゥ、スリー。


 ひとつ、ふたつ、みっつ。


 それは絶える事無く、留まる事無く続く。


「わっ!」


 少し高めのジャンプの後の着地の拍子に、腕の中のシノが小さな悲鳴を上げる。どうやら少し激し過ぎたようだ。

 アキトはそんなシノを安心させるように、シノを抱きかかえる腕の力を少し強くする。シノもそんなアキトに答えるように、アキトの着物の襟を強く握り締める。


 そうしている間にも、アキトの身体は狭い路地を右へ左へと踊らせている。


 まるで緩慢なダンスを踊っているようなそれ。しかし、しばらく見ていればそのダンスに回転ターンが無い事に気付くだろう。

 しかし、今はそんな事に気を掛ける観客オーディエンスは居ない。

 アキトは無人の劇場でスポットライトも浴びぬまま、ただひたすらに踊っている。


 一見、ゆっくりとした動作に見えるそれ。しかし、それは左右へのゆったりとした動きのせいでそう見えるだけであり、実際は飛ぶように走っている。

 それが、ときたま揺らぐように左右へと身体を泳がせているのだ。


 もしこれを見ている者が居たとしたら、最初は何がなんだか理解できないだろう。こんな人気のない路地で少女を抱きかかえて踊る青年。そのままにしか見えないだろう。


 しかし、そいつは彼が見えなくなってからようやく気付くのだ。あのダンスの意味を。きっとそいつの頭には二文字の言葉が浮かんで来るだろう。


『逃亡』


 ――――と。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 アキトが『ソレ』に気付いたのは少し前。シノから首輪を掛けられて、嬉し泣きをしていた時の事。


 人気のない路地、シノがアキトに首輪を渡す為に移動してきた、そこ。


 だが、考えてみれば大通りから少し外れただけのこの場所に、いつまで経っても人がやってくる気配が無いのはおかしい。


「えへへ~!どう?似合う?」


 シノは銀のチョーカーを身に付けてはしゃいでいる。そんなシノを驚かさないようにアキトは言葉を紡ぐ。


「ああ、よく似合ってる。まるで天使みたいだ」


 そう言って、シノをお姫様だっこの形で抱き上げる。

 そして、周囲に聞こえないようにそっと耳打ちする。


「シノ、慌てずによく聞いて。どうやらおかしな事になってるらしい。いつでも逃げられるように俺の服をしっかりと握っておくんだ」


 シノは一瞬驚きと恐怖の色を浮かべそうになったが、しかし必死で我慢して平静を装ってくれたらしい。代わりに俺の服をその小さな手でギュッと握りしめている。


 さて、これからどうするか。


 まずは大通りに戻る事ができれば良いのだろうが…。


 どうやら、それも出来ないらしい。

 大通りにへと向かう路地から数人の足音がする。まだこちらが気付いていることには気付かれていないようだ。

 その程度の人数ならどうにでもなるのだが、それで全員とは思えない。シノを守りつつ、伏兵の存在を気にかけて、そいつらを撃破する。それは敵の規模の判らない今は少々無謀だと言わざるを得ない。

 もう少し相手の情報が欲しい。


 ならば。


 アキトは路地の奥へと向けて走り出した。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ヒラリ、ヒラリとアキトが舞う。


 それはただ相手を挑発している訳では無い。『避けている』のだ。


 アキトが不規則に揺らいで移動したその場所を、数瞬前までアキトの存在していたその場所を、何かが通り過ぎていく。


 それは小さな矢じりのような円錐形の物体。おそらく吹き矢なのだろう。


 アキトは後ろを振り返る事無く、己の耳に入って来る微細な風切り音だけを頼りに避け続ける。


 避けながらも、情報の収集に努めていた彼は既にいくつかの結論に辿り着いていた。


 一つ、彼らの会話から察するに、彼らは教会の差し金であるらしいこと。


 一つ、彼らの狙いは太陽竜、つまりシノであること。


 一つ、この路地を封鎖している人数は分からないが、自分達を追っている実動部隊の数は十三人であること。


 一つ、その十三人の全員が相当な手腕であること。


 一つ、吹き矢の匂いから察するに、神経性の麻痺毒が塗られていること。


 一つ、自分達はどうやら誘導されているらしいこと。


 これらの事実を踏まえても、アキトはあえて逃亡を選択した。


 こんな風に人目を避けるように遠ざけているのは、彼らが見られては困る類の人間だからなのだろう。

 逆に言えば、第三者に見られた場合その第三者の命が危険に晒されると言う事だ。これがシノを狙った犯行ならば、原因は俺達なのだからあまり他人に迷惑を掛けるのは遠慮したい。


 よって、彼らの用意した人目の無い路地を逃げ続けるしか無い。

 そのうち、壁か運河に阻まれて行き止まりになっているであろうこの道を。


 もちろん勝算が有っての事だ。


 もし壁ならば、三角飛びの要領で彼らの裏をかけるだろうし、運河ならば船が通りかかるだろう。カッツィオ家の在る貴族街までは運河を船で移動した方が断然速いのだし。


 アキトはそう考えスピードを上げる。先ほどから吹き矢は弾切れになってしまったのか、飛んで来る気配が無い。もちろん足音はいまだにしているので諦めた訳では無いようだが。


そして、走り続け、路地の角を曲がり切ると、途端に視界がひらける。どうやら運河に出たようだ。だが、当然道はそこで終わっている。わざわざ誘導されて連れて来られたのだから、ある意味では予想通りではあるのだが。


 だが、その運河を前にしてもアキトの速度は一向に衰えない、なおもスピードを上げて運河へと走る。


「よっ!」


 そして、大きく足をたわめて、その驚異的な脚力と跳躍力でもって、数メートル先を今まさに通り過ぎようとしていた船に飛び移る。


「わわ!?なんじゃ?」


 突然の事に船頭が慌てて船の姿勢を保とうと必死になっている。そして、船が落ち着いてから顔を上げると、いつの間にか見知らぬ青年と少女が乗り込んでおり、そして笑顔でこう言うのだった。


「貴族街までお願いします」


――――――――――――――――――――――――――――――――――


「逃げ切ったの…?」


 シノが不安そうな声を上げる。一方でアキトがお気楽そうにこう答える。


「さあね~。ま、俺が付いてるから大丈夫だって」


 そう言って、首輪をいじっている。なんだかんだ言っても気に入ったようだ。


「それにしても、首輪ってけっこう蒸れるな…。慣れるまできつそうだ…」


 一人ぼやくアキト。

 しかし、シノはなおも不安そうだ。


「やっぱり、気に入らなかった…?」


 そう、その事が気になっているのだった。いくらシノでもこれを渡した時のアキトの顔が好意的なそれでは無いことぐらい分かっている。

 けれど、つい何かをアキトに渡したくて、与えたくて、無理矢理に着けさせてしまったのだ。


 そんなシノの様子に苦笑しながら、アキトが答える。


「いや、別に?シノがくれたんだ、嬉しいよ」


 これはさっきの無理をした言葉では無く、心からの言葉だった。


(与えるばかりだと思ってたら、いつの間にか与えられるようになってるんだもんなぁ)


 別にこの首輪が初めて、と言う訳ではない。物ではないけれど、シノには色々なものを貰って来た。

 思えば、この世界に来て最初にアキトを救ってくれたのはシノだったし、それからも何かと俺の事を心配してくれたいた。もちろん、今だって。


 この子が俺に与えてくれるのは、いつだって大事な気持ちなのだ。


 それが、今回は何を間違ったのか『首輪』という形になっただけの事。込められている想いは同じなのだ。


「ありがとな、シノ。大事にするよ」


 そう言って、シノの頭を撫でてやる。そうしてもらって、ようやくシノの表情が晴れる。


「うん!シノだと思って大事にしてね!シノもこれ、アキトだと思って大事にするから!!」


 そう言って、自分の首に巻いたチョーカーを大事そうに撫でるのだった。


 しかし、ふとその顔が曇る。


「あれ?シノのおうち、こっちじゃないよ?」


 そう、船はいつしか貴族街とは異なる方角に進んでいる。


 しかし、船頭はこう答える。


「いやいや、こっちの方が近道なんでさぁ!」


「そ、そうなの?」


 ここら辺に詳しい訳でもないシノはその言葉に釈然としないものを感じながら、しかし納得せざるを得ない。


 アキトはと言うと、さっきから暢気に口笛を吹いているくらいだ、きっと問題無いのだろう。


 船は運河を進んで行く。

 だが、行けども行けども貴族街につく様子は無かった。


 焦れたシノが再び船頭に声を掛ける。


「ねえ、本当に近道なの?全然着かないよ?」


「お嬢さん、安心なさって下さい。私は船頭歴30年のベテランですよ?道を間違えたりしませんって」


 そうは言っても、この船が向かっている方角が貴族街では無い事くらいシノにも解る。


「でも、こっちは貴族街じゃないよ!」


「ですから、近道だって言っているでしょう?」


「教会への、だろ?」


 それまで黙っていたアキトが言葉を発する。

 その言葉に、船頭は不自然な笑顔を顔に張り付けたまま停止する。


 だが、それはすぐにいやらしい笑みに変わる。


「流石に気付かれますか…。ですが、もう遅いです。あなた方がこの船に乗った時から、既に手遅れです」


 クックック、といかにも悪党といった笑みを浮かべる船頭。その豹変ぶりに、シノが怯えてしまっている。


「河に逃げようとしても無駄ですよ?水中には私の仲間が潜んでいますから」


 ご苦労な事だった。


 シノは岸に跳び移れないかと両岸を見るが、船は河の真ん中を走っており、飛び移ろうとしても、いくらアキトとはいえ助走無しにはどちらの岸にも届かないだろう。


 万事休す。完全に詰んでいた。


「誰の差し金だ?」


 アキトが船頭に問う。だが、そう簡単に情報を洩らすはずも無い。


「さて、何のことやら?」


 予想通りの答え。まあ、これが誰の仕業か、など大体想像が付いているのだが。


 アキトは先日、命からがら食事を終えた後、ミズキが言っていた事を思い出す。


『今日はなかなか愉快じゃったぞ?じゃが、愉快ではなかった連中もおるようじゃ。身の周りには気を付けるんじゃぞ』


 愉快ではなかった連中、すなわち大司教の事だろう。

 そして、この件もその大司教が絡んでいるのだろう。


 大方、失態の弁解をするためにシノを捕えようという算段なのだろうが…。

 こんな方法に出て来るとは、よっぽど切羽詰まっているらしい。


 教会には兵力が無い、ということだったが、どうやら『表に出せる』兵力が無い、と言う事だったようだ。どう見ても、こいつらは高度な訓練を積んでいる。『兵士』、と言うよりは『暗殺者』と言った方がしっくりくるが。


 水中であろうと負ける気はしないが、今はシノが一緒なのだ。あまり無茶は出来ない。

 しかし、このままむざむざ捕まる訳にもいかないだろう。それはシノの護衛としてあまりに情けなさ過ぎる。


 と、言う事で。


「シノ、おいで」


 そう言って、シノを招き寄せ、先ほどと同じように抱き上げる。

 それを見た船頭は、しかし慌てもせずに忠告する。


「何をするおつもりですか?水中に仲間が居るのはハッタリではありませんよ?」


 だが、無視。

 俺は船の縁に足を掛ける。


 そうなってから、慌てて船頭が俺達を逃がすまいと腕を伸ばして来るが、俺はそれをかわして、運河へと身を躍らせる。


 それを船頭が呆然と見ている中、開幕宣言コール


「拝無神流、」


 既に『気』は十分に溜まっている。


「奥義がいち


 おそらく他の者にはただの口笛にしか聞こえなかったであろうアレ。

 アキトはこの船に跳び乗った時から、己の失策に気付いていた。

 だって、運河にはこの船以外の船が『一つも見当たらなかった』のだから。アキトは自分が誘導されてこの船に乗せられた事をすぐさま察していた。

 しかし、同時にすぐに何とかできる状況でも無かったのだ。


 何故なら、この状況を打破するには『相手の思惑のさらに上を行かなければならないから』だ。


 手段は有る。だが、準備が必要だった。


 そして、既に準備は終了していたのだ。


 その演目の名は――――


「『ニギリ』!」


 ここに驚天動地、前代未聞の演劇の幕が上がる。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


「っ!?」


 シノは咄嗟に目を閉じていた。これから来るであろう着水の衝撃と、水没に備えて息を止める。


 しかし、


「………え?」


 いつまで経っても水は彼女の脚にも触れない。

 おそるおそる目を開けてみると…。


「ええ!?」


 アキトが水の上に立っていた。


 『水の上に立つと沈む』。それくらいシノだって解る。

 しかし、現実にはアキトが堂々と水面に両の脚で立っているのだ。


「っ?、??」


 自分の中の常識と、眼の前の現実とがせめぎ合い、彼女の脳が混乱状態に陥る。


 それはどうやらあの船頭も同じのようだ。彼は腕をシノ達に伸ばしたその格好のまま停止していた。その口はポカーンと開かれたまま、閉じる気配が無い。


 この世界には魔術が有る。だから別に水面に立つことは難しくは無い。

 しかし、それは水面を凍らせたり、何らかの支えを得て実現出来る事だ。


 だが、アキトのそれはそういった魔術の常識にすら当てはまらない。


 彼の足元は凍ってはいないし、風の魔術によって飛んでいる訳でもない、ましてやワイヤーなどのトリックでも無いのだ。


 種明かしをするならば、彼のやっていることは氷の魔術に近い。近いが、現象が似ているだけで、その根底にあるものは全く違うのだが。

 いや、逆か。『根底にあるもの』は同じでも、『現象』が違った。


 今彼が使っている『かたり』の一つ、『ニギリ』。これは文字通り、『物』を掴む技だ。


 物質には基本的に三つの位相が存在する。

 「気体」、「液体」、「固体」がそれだ。


 これらの位相の違いは「温度」や「圧力」であるのだが、もっと言ってしまえば物質間の距離、分子間距離の違いに他ならない。


 分子同士の距離が遠ければ「気体」となり、近ければ「固体」となる。


 本来それは温度や圧力によって変化するのだが、彼の使った奥義『ニギリ』は、その分子間距離を『騙し』、掴み、握り潰して、物質の位相を変化させる。


 位相を変化させる、と言ってもその『在り方』が変化するだけで、外見上の変化は無い。

 水の「固体」は『氷』だが、今彼の足下に在るのは『氷』ではなく、『水という固体』と言うなんだか中途半端なモノになっていた。


 その効力は彼を中心として大体半径1m、厚さにして数センチ。これがただの氷だったなら、浮力と張力が足りずに沈んでいるところだが、『ニギリ』によって騙された水はそんな己の『有り様』すら忘れて停止してしまっている。今、彼は文字通り『水の上に立っている』のだ。


 この奥義を使えば空も飛べるが、効果時間が非常に短い事と、必要な『気』が多いことから、あまり実戦的では無い。


 『ニギリ』って名前のくせに足で使って良いのかって?

 大丈夫。最初にこれを考えたご先祖様以外、一族全員が手だけでなく足でも使ってるから。最初に考えたご先祖様…哀れ…。


 とにかく、これで水中の敵を気にせずに逃げる事が出来るという訳だ。


 さっきから、異変に気付いた船頭の仲間が俺に攻撃しようと短刀のような物を水中から打ち付けているのだが、それは『固体の水』に阻まれて俺に届かない。


 このように、防御技としても使えるのだが、コストがでかい割に、効果時間が短いので、咄嗟の場面では使えない。


 アキトはいまだに呆然としている船頭に向かって船賃の銅貨を指で弾いて渡す。


 それは呆けている船頭の額に当たって鈍い音を立て、彼の意識を刈り取る。昏倒し、崩れ落ちる似非エセ船頭。


 そんな船頭に俺はこう言ってから、その場を悠々と後にしたのだった。


「こっから先は自分で歩いて帰るよ、お釣りはいらないから取っといて」

「アキト」


「ん?なに?」


「これ、渡しとく」


「?…ってこれ、首輪の鍵じゃないのか?」


「うん。ちゃんと大事にしてね」


「………。ん、分かった」


「うん!でも、水の上を走れるなんてすごいね!!」


「ああ。けど、見た目ほど余裕が有る訳じゃないんだよ?」


「え?」


「今、効果時間ギリギリ」


「ええ~!?」


「もうすぐドボンだな」


「は、早く岸に上がろうよ!!」


「いや、待て!あいつらから、まだ見えてる!『こっから先は自分で歩いて帰るよ』とかカッコつけておいて、それは流石に格好悪いだろう!?」


「このままドボンも同じくらいカッコ悪いよ!!」


「いや、ちょっと待って!!今『気』を練るから!!」


「間に会うの!?」


「いや、間に合わん」


「アキトのバカーーーー!!」


「作者が『その場を悠々と後にしたのだった』とか書いたせいだ!俺のせいじゃ無い!!」


「メタいし、何言ってるか分かんないよ!!」

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