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白銀のスコール  作者: 九朗
第二章『東雲の少女』
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第14節

 折角作中での季節は夏、場所は水竜の国なんだから水着回とかできればいいんですけどね~


 それやったら、確実に予定量をオーバーしてしまう…。




第14節


「アキト!次はこっち!!」


「ま、待って…。ホント、ちょっとで良いんで待って下さい…」


 シノが俺の手を引っ張って、人ごみを掻き分けて進んで行く。その表情は喜色満面の笑顔で彩られている。


 一方、アキトといえば顔色がヤバい。優れないとか、悪いではなく、『ヤバい』。注意報ではなく警報。イエローではなくレッド。そういうヤバい顔色だった。


 シノはそんなアキトを心配そうに見ていたが、それでも目的の露店が気になったのかソワソワしている。


 既に謁見があったのは昨日の事となっていた。

 今日は謁見の前にアキトが約束していたシノへの贈り物を買いに来たのだ。来たのだが…。


「なんでシノはそんなに元気なんだ…」


 そう、謁見の後に山のように振る舞われた肉料理を決死の思いで完食したため、一日過ぎた今となっても胃が重たい。軽く頭痛もするのだ。

 そのせいで、ヒカルとナギはいまだにカッツィオ家にてダウンしている為、今ここにはアキトとシノしか居ない。


 正直アキトもそうしたかったのだが、約束を破る訳にもいかない。


 そう自分に言い聞かせて街に出たはいいものの、ほんの少し動きまわっただけでグロッキー状態になっていた。


 そもそも、昨日の料理の半分近くを一人で食べていたシノがどうしてこんなに元気なんだろうか?この子の胃袋はブラックホールなのだろうか?

 そういえば、太陽竜は原初に最初に産まれたんだったっけ。つまりビックバンな訳だ。と言う事は、腹の中にブラックホールの一つや二つ抱えていてもおかしく無いんじゃなかろうか?


 自分で考え始めた事に、背筋を寒くするアキト。


 とはいえ、いつまでも情けない姿を晒している訳にもいかないだろう。

 ここは一発ビシッっと決めて、さっさとカッツィオ家に戻ろう。


 しかし、問題も一つ。

 シノはどうやらヒカルと違い、欲しい物を自分で選ぶつもりのようだ。先ほどから、あっちこっちの露店に装飾店を引き回されていた。


「う~ん、う~ん」


 さっきからシノはうんうん唸りながら露店の商品と睨めっこをしている。見ているのは派手なピアスやネックレスなどの装飾品だ。だが、どれも納得のいく物ではないらしい。


 確かにシノには悪いが、シノはそういった装飾品の類は似合いそうに無い。


 今、シノは白いワンピースといういたってシンプルな格好をしているのだが、むしろそのシンプルさこそが彼女の魅力だと思う。

 白いワンピースに彼女の白金の髪が垂れている姿は、まさしく天使のようだ。その髪のあまりの美しさの前では、どんな装飾品も色あせてしまうだろう。


 だって、想像してみてくれ。

 シチュエーションはは天上の世界。そこは天使の住む世界。

 そこに居る美しい天使達が、指輪やらネックレスやらピアスやらをジャラジャラさせている姿を。


 な?俺の言わんとしている事が少しは伝わったと思う。俺もそんな俗っぽい天使は嫌だ。


 とにかく、俺としてはもうちょっと大人しめのアクセサリーにして欲しいのだ。


「う~ん。なかなか、『これ!』っていうのが無いよ…」


 どうやらシノもお気に召さなかったようで、一安心だ。再び俺の手を引いて立ち上がる。


 そうして、また人ごみの中へと突っ込んで行く。

 この頃になって、アキトはようやく調子が戻って来た。


 そういえば、以前ヒカルに指輪を買った露店もこの辺りだっただろうか。流石にもうあの露店は無いだろう、と思っていると。


「あ!アキト、次はあそこ!」


 そう言って、シノがアキトを引っ張って来た先は。


「お?この前指輪を買って行った旦那じゃないか!」


 まさかのあの鍛冶師の店主の露店だった。

 鍛冶師の店主は以前とは打って変わって、気の良い挨拶をくれる。どうやら気に入られたらしい。

 だが、俺が連れているのがこの前のヒカルとは違う女の子だと気付くと、あからさまにいやらしい顔をする。


「いや~旦那も手が広いねぇ!」


「いや、そういうんじゃ無いんで」


 またまた~、という顔をする店主。シノだけが事情が分からずキョトンとしている。


「アキト?知り合いなの?」


「ヒカルの指輪を買ったのがこの店なんだ」


「そうなの!?」


 シノはパッと顔を輝かせる。


「おじさん!私にもあの指輪ちょうだい!」


 どうやら、そういう事らしい。指輪はダメって言ったのに…。

 だが、俺が諌める前に店主がこう言うのだった。


「おや?あの嬢ちゃんと知り合いかい?けど、ごめんね~!あの指輪はあれ一つだけでね。エーデルライト鉱は滅多に手に入らないんだ」


 そう言って、シノに謝る店主。ほっと胸を撫で下ろす俺。


 だが、シノは諦め切れないようだ。露店に並んだ商品に目を走らせている。

 と、その時シノの眼が止まる。それを指差して、店主に問う。


「おじさん、これは?」


 シノが指差したのは、白金の板が埋め込まれた一つの首輪だった。

 そう、首輪。ネックレスではなく、首輪。

 おそらく、貴族の飼う大型犬用の首輪なのだろう。造りはしっかりしていて、革も良い物を使用しているのだろう。一目でその頑丈さが解る。

 その、少女が着けるにはあまりに無骨な首輪は、しかしそれ故にどこか美しい。


 しかし、首輪は首輪だ。それを指差された店主は困惑した顔で答える。


「そりゃあ、人の着ける物じゃ無くて、人みたいにでっかい犬に着ける物だよお嬢ちゃん?」


「う~ん、でもこれ…」


 シノが諦められない、といった調子で呟く。その呟きが終わらない内に、店主が別の商品を勧めて来る。


「そんなに首輪みたいなのが良いんだったら、こっちのチョーカーはどうだい?その首輪の姉妹品で、こっちは白金じゃなくて銀を使用しているが、なかなか良い品だよ?」


 店主が取り出したのは、黒い革製のベルトに銀製板のトップが付けられたシンプルなデザインのチョーカーだった。

 それを見たシノは一目で気に入ったらしく、瞳を輝かせるが、それでもさっきの首輪が気になるのか、視線がその白金の首輪と銀のチョーカーの間で揺れ動いている。


 そんなシノを見かねた俺は店主にこう尋ねる。


「あの、それとこの首輪、両方合わせていくらですか?」


「え?う~ん、二つ合わせると銀貨7枚って所だが、旦那はお得意様だし、セット価格で銀貨5枚って所かな」


 銀貨5枚なら、ちょっと良い感じの宿に一泊するのと変わらない値段だ。決して安くは無いが、この王都では宿代の心配をする必要が無いのでこれくらいの値段ならばなんとかなりそうだ。

 俺はシノの頭にポンっと手を置いて、こう言う。


「そんなに気に入ったんなら、両方買ってあげる。けど、首輪は人前で着けちゃ駄目だぞ?」


 もしそんな事になったら、社会的に死ぬのは俺なんだから。


 そんな俺の言葉に、シノは嬉しそうにこう答えるのだった。


「うん!約束する!シノ『は』首輪着けたりしない!」


 ………。


 もし、過去に戻る事が出来ると言われたなら、俺は真っ先にこの瞬間に立ち戻り、こう言うだろう。


『すいません。チョーカーだけでお願いします』


 ――――と。


 だが、この時の俺はこの先待ち受ける恐ろしい未来すら知らずに、こう言ったのだった。


「よし、良い子だ!じゃあ、それとこれ。御勘定お願いします」


 ――――と。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 露店を後にしたシノはその胸にチョーカーと首輪の入った包みを大事そうに抱えている。その顔には満足そうな笑顔が浮かんでいる。それを見れただけでも、この買い物の価値があったというものだ。


 だが、今回といい、ヒカルの時といい、少々浪費が激しい。懐にはまだまだ余裕があったが、それでもこの先まだまだ旅を続けるのだから、お金は無いより有った方が良いに決まっている。

 これはヒカルに鍛練を施している内に、ギルドから依頼を受けて幾らか稼いでおいた方が良いかもしれない。『鍛練』と言ったって、なにも付きっきりでやらなければならない訳では無いし。


「えへへ~」


 シノの嬉しそうな声が聞こえる。

 どうやらシノはとても嬉しい事が有ると、その可愛らしい顔が極限まで緩み、口から「えへへ~」という笑いが勝手に出てしまうらしい。

 そんな浮かれ切ったシノが転んでしまわないように、俺は繋いだ手を強めに握り、こう言った。


「足元には注意するんだぞ。それにしても、そんなにそれが気に入ったのか?」


「うん!えへへ~」


 嬉しそうに頷くシノ。そして、こう言うのだ。


「ありがとね!アキト!」


「ん。どういたしまして」


 重ね重ね言うが、この笑顔には千金の価値が有る。こちらまで嬉しくなって、笑顔になってしまうのだから。


 そんな感じにデレデレになった俺に、シノはこう言うのだ。


「それでね、アキトにお礼がしたいんだ!」


「お礼?別にいいよ」


 そう、お礼ならこの笑顔で十分だ。それになんか嫌な予感がするし。

 だが、シノはそれでもこう続ける。


「いいの!シノがお礼するって言ってるんだよ?それにもう用意してあるの!」


 そうなのか。なんだか強引な気もするが、既に用意されているのなら断わる方が悪いだろう。


「そっか。じゃあ、遠慮なくお礼して貰おうかな?」


 そんな風に軽い気持ちで承諾する。

 シノの用意したお礼、というのが何なのかは分からないが、きっと彼女らしい些細で、しかし十分心が温まるようなお礼なのだろう。


「うん!」


 跳び上がらんばかりに喜ぶシノ。どうやら、よほど俺にお礼がしたかったらしい。なんだか照れてしまう。


 そして、こちらに向き直ったシノは、周囲を窺うようにキョロキョロしている。どうやら人目が無いか確認しているようだ。『お礼』というのは人に見られると恥ずかしい物らしい。


 人目が無い事を確認したシノは、俺にこう言う。


「アキト、ちょっとかがんでくれる?」


「?ああ、良いよ」


 そう言って片膝を地面に付けて、目の高さをシノと同じにする。

 そうすると、次にシノが恥ずかしそうにモジモジしながらこう言う。


「じゃ、じゃあ、次は目を閉じてくれる?」


「?ああ、分かった」


 そう言って、俺は目を閉じる。

 この時点で俺は一つの推測を立てる。この体勢、そしてシノの恥じらった表情。

 『お礼』とは、もしかしてキスの事ではないだろうか、と。


 うん、シノなら有りそうだ。


 だが、問題はそれが唇に来るのか、それとも頬に来るのか、と言う事だ。

 もし唇に来た場合、俺のファーストキス、と言う事になる。別に嫌とかそういう訳では無いのだが、やはり見た目的に歳の離れた妹にしか見えないシノと、となると色々と問題が…。


 ………。


 そんな事を考えていた時期が俺にも有りました。


 唇か、頬か、そんな事を考えて悶々としていた俺を現実に引き戻したのは、シノの唇の感触――――ではなく、


 ――――カチャカチャ、ガチャン!


 という、金属質な音だった。


「え?」


 あんまりに予想外の音だった為、つい目を開いてしまう。


 すると、目の前一杯にシノの顔が広がっている。これからだったか!と慌てて目を閉じようとしたが、何かおかしい。


 シノの目は真剣な色を帯びており、その視線は俺の唇でも頬でもない場所に注がれている。

 そこで、ようやく俺は首の異物に気付く。


「え?何これ?」


 既に首にピッタリと装着されているため、見えにくいが、それはどうやら先ほどシノに買った白金の首輪だった。


「あ!まだ目を開けちゃダメ!!」


 視線に気付いたシノが慌てて俺に注意するが、俺にしてみればそんな場合では無い。


「え?ちょっ、シノさん?これは一体…」


 よもやシノを『さん』付けで呼ぶ日が来ようとは…。

 だが、シノは全く悪びれた様子も無く、むしろ善意100%の笑顔でこう言うのだった。


「えへへ~。露店で見た時からアキトに似合うって思ってたんだ~。うん!凄く格好良いよ!色もシノの色と同じだから、いつも一緒だね!」


 首輪が似合うって…。どんだけ奴隷根性丸出しな顔だ、それは。それならナギにでもはめてあげて下さい。お願いします。


 そんな思考もシノの笑顔に気押されて、言葉にならない。


「と、とにかく、ちょっと待て!」


 そう、呆けている場合では無い。早くこの首輪を外さないと、俺は社会的に死ぬ。シノにマウス・トゥ・マウスでキスされた訳でも無いのに。


 なんとか、首輪を外そうとするのだが…。


「あれ?あれれ!?」


 外れない。というか、外せない。

 どうやらこの首輪、大型犬用の物だからなのか、それともあの鍛冶師の趣味なのか、止め具がピンで止める、所謂いわゆる尾錠止めではなく、複雑な鍵の付いた施錠式のバックルだった。

 つまり、鍵が無いと外れない。


「シノ。鍵を渡しなさい」


 当然、鍵はシノが持っているはずだ。

 だが、


「なんで?外しちゃうの?」


 そう涙目になって聞いて来るのだ。それはそうだろう、シノにしてみれば善意でやったのに『何故か』嫌がられているのだから。シノの善意を受け取れないような、そんな外道は俺が懲らしめてやるところだ。それが俺自身でさえなければ。


 だが、この瞳と言い争ったところで負けは見えている。


 ………。


 まあ、ポジティブに考えてみれば、見ようによってはファッションに見えなくも無い。見えなくも無い。見えなくも無い。


 半分以上、自分に言い聞かせるように念じる。


 例え、ファッションに見えたとしても、それは『最近の若いやつは』という枕詞が必ず付く類のファッションでしか無いのだが。それはありったけの意志の力を用いて無視する。


 まあ、ネガティブに考えてみれば、狼の自分にはお似合いなのかもしれない。


 ………。


 ポジティブに考えても、ネガティブに考えても、結果は同じだった。この首輪はきっと着けたら外せない呪いの掛かった呪いの首輪に違い無かった。今すぐクーリングオフしたかった。むしろ金を払ってでも返品したかった。


 だが。


「気に入らなかった?嫌だった?」


 そう涙目で聞いて来るシノの前でそんな事が言える筈も無く。


「いいや!?シノが選んでくれたんだ、嬉しく無い筈が無い!!シノのチョーカーとペアルックだな!!」


 無駄なハイテンションでそう言う事しか出来なかった。


 笑えよ。

「…で、鍵を渡してくれませんか?」


「なんで?」


「いや、手入れとかするのに必要でしょ?」


「その時はシノが外してあげるよ!」


「いや、風呂とか入る時も外さないとだし…」


「シノが外してあげるよ!」


「俺がやってはいけないのか?」


「シノが外してあげるよ!」


「………」

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