第13節
陛下…。本気で予想外すぎる…。
まあ、書いてて楽しいからいいけど。アキト君を困らせてくれるからもっといいけど。
第13節
「おのれ…おのれ、おのれおのれおのれのれ!!」
彼の口から怨讐に満ちた言葉が漏れだす。それは王宮の荘厳な廊下に響き、跳ね返り、自身に降りかかる。
「何故、『あんな者』が存在している!!」
『あんな者』すなわち。
人の姿をとり人の言葉で喋る太陽竜に、竜の言葉を理解する人間。それらは両方ともこの世界に存在しないはずのもの。
そうだ、有り得ない。『竜の言葉が解る』人間など居ない。
大司教の彼だからこそ、それが分かる。
『竜の言葉を理解する大司教』。そんな者は存在しない。それは教会が長い長い月日を掛けて隠し、騙し、偽り続けて来た『事実』だった。
この大陸のどこを探しても『竜の言葉を理解できる人間』など存在しないのだ。それ故に『竜の言葉を理解する大司教』というのも、教会が長い年月を掛けて作り上げた偶像に過ぎない。
そもそも、だ。
竜の言葉を理解出来る『だけ』の、どこの馬の骨とも知れない輩に『大司教』という重要な役職を任せられる訳が無い。
彼が大司教となったのも、その狂信的とも言える信仰心と、彼自身の能力、そして『竜の言葉を理解する者が大司教となる』という慣習をあたかも真実であるかのように振る舞う為、教会が無造作に選んだ年齢に適合していたからだった。
もちろん彼の来歴の偽造や風評の流布など、ある程度の仕込みは必要だったが。
だが、それで十分だったのだ。
彼の言葉は竜の言葉と同義となり、それを疑う者など、否、『疑える』者など存在しないはずだった。
しかし、そんな『欺瞞』はあの者達のせいで脆くも崩れ去ろうとしている。
「おのれ…!あの小僧め!!あの小娘め!!」
怨嗟の声が次々と吐きだされる。いくら自分が若いとはいえ、そんな自分よりもさらに若いガキに手玉に取られたのだ。
そう、手玉に取られたのだ。
この謁見は大司教である自分を罠に掛ける為の物だったに違いない。
何故なら、『竜の言葉が解る人間など居ない』からだ。
そんな人間が居ない以上、あの小僧の言っている事は事前に打ち合わせてあった事で有り、それはつまり大司教である自分を陥れ、教会の力を削ぐための芝居だったに違いない。あの油断ならない小娘の考えそうな事だ。
大司教は現実逃避の為、自分から『太陽竜様の言葉を聞きましょう』と言った事すら忘れて、責任を他の誰かに押し付けようとしていた。
「おのれ、太陽竜め!!」
呪詛の言葉は続く。その矛先はとうとう彼らの信仰の対象である太陽竜にまで及ぶ。
「太陽竜ともあろう者が、あのような下賤の者どもと行動を共にするなど有ってはならない!!太陽竜ならば大人しく教会に協力し、その力を正しく振るわなければならないのだ!!」
神話に聞く太陽竜の力を以ってすれば、この国どころかこの大陸すべてを教会の名の下に支配することだって出来るのだ。そうすればこの私は太陽竜を招き、大陸に平穏と永久の繁栄をもたらした者として永遠に崇められるだろう。
しかし、今の自分はどうだ!?神殿を造るなどという無茶な約定をとりつけられ、こうしてみじめに周りに喚き散らすしかない不様な姿は?
ようやく己の現状に頭が追いつく。
そうだ、今はこのように取り乱し、泡を喰っている場合ではない。この窮地をどう脱するか、それを考えなければ。
だが、この状況をどうにか出来るような手札を彼は持っていなかった。
神殿の建設はもう拒否のできない所まで来てしまった。もし断ればこの国の教会の信用も信仰も地に落ちるしかない。
かといって、当然この国の教会にそんな資金は無い。となると、他国の教会に泣き付くしかない訳だが、それも出来ない。
もし、そんな事をしようものなら今回の経緯を話さなければならない。そうなると、『少なくとも水竜の国の大司教は竜の言葉が解らない』事がバレてしまった事を話さなければならない。
そうなれば、他の教会の大司教達は自分に飛び火する事を恐れて、彼を大司教を騙った『詐欺師』として処刑するに決まっている。
だがそんな事よりも、時間的な猶予が無い事の方が重要だった。
人の口に戸は建てられないのだ。この話はすぐにでも噂話として貴族の口から洩れてゆくだろう。それはすぐに王都中に広まり、国中に拡散し、国境を越えて他国の教会の耳に入る。そうなってしまえば結局は同じ事だ。
彼はすぐにでもこの状況をなんとかしなければならないのだ。だが、その方法は無い。
もちろん時間稼ぎは出来る。儀式と称して神殿の奥深くに籠ってしまえば、たとえ大司教といえどそうそう踏み込む事は出来ない。
だが、それは所詮時間稼ぎに過ぎず、根本的解決には繋がらない。永遠に神殿に籠っている訳にはいかないのだから。
完全に万事休すだった。残された道は『処刑』か『自殺』か。どちらも死ぬのは確実だが。
「どうすれば、どうすれば!!」
彼は頭を掻き毟る。しかし、どうやっても良い案など浮かんでこない。
その時だった。
「大司教様」
従者の一人である司祭が彼に進言して来たのは。
「大司教様、私共に良い考えが有ります」
「な、なんだ、それは!?」
正直、藁にもすがる想いで大司教が問い質す。
司教は狂信的な大司教が選んだだけ有って、有能だが同時にどこかねじの外れた狂気じみた信仰心をもつ男だった。名はギラン=ベクティムとドラン=ベクティム。名から分かるように兄弟だ。兄弟で司教をしている二人は同じ顔をしている。双子なのだ。彼らは、どちらが兄でどちらが弟なのか、長らく共に居る大司教自身にも判別の付かないほどに似ていた。
彼らは一見人の良さそうな笑顔を浮かべ、人畜無害そうな声音で話す。
その双子の一方が言う。
「あの太陽竜様は『死の霧』を討ち払ったそうですね」
「あ、ああ」
大司教が答える。しかし、その問いにどんな意味が有るのか。
すると、双子のもう一方が続ける。
「『死の霧』とは永遠を生きる竜すら殺す、まさしく『死』そのもの」
「その『死の霧』を討ち払うとは、流石全ての創造主たる太陽竜です」
彼らは交互に言葉を続けていく。
「だが、それがどうしたと言うのだ?」
しかし、大司教は彼らの言わんとしている事が分からない。
そんな大司教に優しく微笑みながら双子の司教は話を続ける。
「ですから、我々も討ち払っていただくのです」
「それはどう云う意味だ?」
まさか、文字通り太陽竜に処刑されろと言う訳ではあるまい。
双子は同時に首を振る。それは完全にユニゾンしている。
「『死の霧』は『死』そのもの」
「つまり、我々の『死』も討ち払っていただこう、と言う事です」
「っ!?」
大司教はあまりに想像を超えた提案に息を飲む。
「『死』を討ち払われた我々は、まさしく『永遠の命』を手にする事になります」
「それはくしくも竜と同じ存在となる、と言う事です」
「つまり我々は、信仰する側から」
「信仰『される』側へと移る事になります」
「そうなれば」
「他の大司教など」
「恐れる事はありません」
「そう、太陽竜に祝福された我々こそが」
「大四竜にも匹敵する新たな神となるのです」
次々と繰り出される司教達の夢物語のような言葉。しかし、太陽竜は現実に存在しているのだ。
じわじわと彼の脳にその事実が浸み渡っていく。まるで麻薬のように。
それに、このまま手をこまねいているだけでは己の『死』は逃れられない。それだけは確実なのだ。
ならば―――
「そんな事が、本当に可能なのか?」
大司教が震える声で問う。
「太陽竜の力を以ってすれば息をするより簡単な事でしょう」
「事実、あのような下賤の者どもですら『死の霧』を祓ったのですから」
何の根拠も無い、否、根拠は『太陽竜だから』の一点だけの話。
しかし、この場の誰もそれを不思議には思わない。それが『当たり前』だから。
再び大司教が震える声で言葉を発する。
「そうか…。そうだな」
だが、その震えは恐怖や怯えから来るものでは無い。
「私自身が神となれば良いのだ!その権利も!価値も!方法も!!私には有るのだから!!」
それは歓喜から来る震え。狂信的な思想に囚われた者が発する狂気の笑い。
その哄笑と狂気に遮られ、その場の誰もが気付かなかった。
音にもならない音、『世界』が『欺瞞』を差し挟むその音を。
『世界』は俺達の『当たり前』の間に、気付かれないようにそっと『欺瞞』を差し挟む。
そして、『真実』を求めない者はそれに気付く事すら出来はしない。
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「女王様…。一つお聞きしたいのですが…」
「なんじゃ?」
アキトの言葉に女王陛下は首を傾げる。
「もったいないお化け、って知ってますか?」
「?」
そして彼の質問に意味が分からない、という顔をする。
場所は王宮の食堂。アキト達は女王の招待で、食事にやって来たのだった。
「お化け、と言うくらいなのだから妖物の類なのじゃろうが…」
「いえ、分からないなら良いです」
アキトはげんなりした表情を浮かべて、視線を目の前に移す。
そこには、
「確かにシノは『お肉食べたい』って言ったけどさあ…」
肉料理が所狭しと置かれている。
ただ、その量が尋常では無かった。
「見ただけで胸やけしそうな量って、初めて見たかもしれん…」
そうなのだ。約束通り、アキト達に肉料理を振る舞ってくれている事に違いはないのだが、その量はどう見てもこの人数で食べきれる量ではなかった。と言うか、見ているだけでお腹いっぱいだった。既にアキトを含め、女王とシノを除く全員が目の前の肉料理の山に圧倒されて、全く食が進んでいない。
もちろん、宮廷の御用達料理人の作った料理だ。どれもこれも舌が落ちそうな程に美味しい。
美味しいのだが…。
「この量は無いわ…」
確実に物理法則を無視しないと、身体の内に収まりきらない量だ。
だが、これは女王陛下から振る舞われた料理なのだ。残す事が許されるのかどうか…正直五分五分だと思う。
隣に座るヒカルも全く手が進んでいない。呆然と目の前の肉の山を眺めている。まるでそうする事で、山が小さくなると信じているかのように。当然、そんな事が有る筈が無いのだが。
「アキト!これとっても美味しいよ!!」
ただ一人、シノだけが嬉々として肉の山に挑んでいた。そんなに肉が好きか。いくら好きでも、これを見たら二度と肉料理が見たく無くなるような光景を前にしても、その食欲は衰える事を知らないらしい。
しかし、このまま見ていても仕様が無い。肉の山に気押されながらも、それを飲み込み、果敢に挑んで行く。
正直、この物量の前では微々たる抵抗だが、それでも剣も銃もとり落とし、降伏したところで命の安全など保障されていないのだ。いや、マジで。
他の面々もそれに倣い、少しずつではあるが肉の壁に挑んで行く。
「さて、と。じゃな」
シノ以外が沈鬱な表情で肉料理の大軍勢に挑んでいると、女王が唐突に言葉を発する。
「では、改めて、と言う事になるかの?」
「?」
突然の事に全員キョトンとした顔をしている。女王が何を言いだしているのか理解できない、という表情だ。
だが、そんな一同を他所に女王は話を進める。
「改めて、問おう。『水竜を救った』という話の真偽をな」
「っ!?」
そのあまりの唐突さに、アキトは食べていた肉を喉に詰まらせる。慌てて水を飲む。
そんなアキトを横目に、彼女は謁見の間でのやりとりを反復する。
「そちらは、『アキトと言う男と、太陽竜の力によって「死の霧」を祓った』と言っていたな」
ゆっくりと彼女の視線がアキトと、その隣で肉にかぶり付くシノを捉える。
「ふむ、確かに太陽竜の力を以ってすればそんな事も可能なのかもしれん」
じゃが、と言葉を切って彼女は場を制するように言葉を操る。
「そんな言い訳で納得出来るほど、余は甘くないぞ?」
ギラリ、と彼女の眼が光る。だが、その場の誰も声を発する事が出来ない。
アキトは必死で思考を巡らせる。
(どうする?これ以上誤魔化せる雰囲気でも、そんな事を許してくれる相手でもなさそうだ。なら、本当の事を話すか?確かに、それは有効な手だ。しかし、できればそれは最後の手段にしておきたいんだが…)
あーでもない、こーでもない、と唸るアキト。おそらく他の面々も同じなのだろう。
だが、いつまでもこうしている訳にはいかない。長すぎる沈黙は疑心を生むだろう。
(どうする?)
アキトが本当の事を話す覚悟を決めようとしたその時だった。
「ぷっ!」
女王が、心底可笑しそうに噴き出したのは。続くのは再びあの豪笑。
「アッハッハッハッハッハ!!」
正直その場の全員が置いてけぼりだった。そんな一同を気にする様子も無く、彼女はひとしきり笑うと、表情を真面目なものに戻して、こう言うのだった。その目じりには笑い過ぎたせいで浮かんだ涙が残っているが。
「いや、すまない。そなたらがあまりにも深刻な顔をするのでな。つい我慢で出来ずに笑ってしまった」
「あの?女王陛下?」
アキトが何とか彼女の意図を探ろうとするが。
「なんだ、なんだ?『女王陛下』などと、他人行儀な。そなたらは余の客人なのだから、余の名前で呼んでくれて構わないのだぞ?」
いや、そもそも名前知らないし。名乗られてないし。
そんな思考が表情に出ていたのだろう。彼女がそういえばそうだった、みたいな顔で言葉を続ける。
「そういえば、名乗っていなかったか?余は水竜の国の女王、『ミズキ=ウィルデンス』じゃ。見知りおけ」
「はあ」
ミズキ…か。どんな字を書くのだろうか。水に『貴い』なのか、それともまんま『姫』なのか。
「いや、そうじゃなくて!正直、陛下の言動について行けて無いんですが!?」
そんなアキトを彼女が睨む。
「陛下、では無く、ミズキと呼べ」
怖いよ!呼ばなかったらどうなるか分かったもんじゃ無かった。
アキトがビビっていると、ミズキはその視線を和らげて、続ける。
「ふむ、どういう事か、か?つまり、噂の真偽など正直どうでも良いのじゃ」
いや、ごめん。全く意味が分からない。
「つまり、こう言う事じゃ。余は既に大水竜様より、事の顛末を聞き及んでいる、ということじゃな」
え?今何て言った、この御方?大水竜?
「え?それはどういう事ですか?」
あまりの脈絡の無さに内容が全く理解できない。
間抜け面を晒すアキトに苦笑しながら、彼女は答える。
「鈍いのう。要は、王族と大水竜の間には太いパイプが有る、ということじゃ」
そもそも、と彼女は語り始める。
「そもそも、この水竜の国は水源が豊富であるという利点と、水害に遭いやすいという危険が同居した国じゃ。その為、農法が他の国と比べて特殊になるし、漁業などにおいてはほとんど独自の物じゃ。それら全てを人間だけの手で産み出した訳では無い。その内のいくつかは大水竜様によって考案された物も多い。昔は教会と王族を通じてそういった助言をなされていたそうじゃが、教会が宗教的な面に留まらぬ力を求めるようになり、自身の存在を利用されるのを恐れた大水竜様は教会との接触を絶ったそうじゃ。今では我ら王族に時折助言をなされる程度の接触しかされなくなった」
そこで何かを惜しむように言葉を切る。
「おそらく、大水竜様を含め、竜達は穏やかな生活だけが望みなのだろう。彼らの『永遠』という永い人生における価値観は余程度には計り知れぬが」
少しばかり悔しそうにする彼女。
アキトは王都の片隅に隠れるように存在したあの酒場を思い出していた。
あそこが酒場である以上、おそらく客を招き商売をしているのだろう。それこそ『普通』に。 おそらく大水竜にとってはそれが、それこそが彼女の『永遠』という時間の一部を捧げるに値すると思っているから。
以前あそこを訪れた時は昼だったが、夜になれば大勢の常連がやって来て、その日の疲れを癒すのだろう。きっと彼女も笑いながら客に酒を注ぎ、彼らの愚痴を聞くのだろう。
それは何の変哲も無い日常。喧騒は有っても、波乱など無く、親愛は有っても、信仰などとは無関係な『日常』。
俺だって『永遠の命』を持つ物の価値観は分からない。分からないけれど、思ってしまった。『いいな』、と。
きっと彼女もそうなのだろう。
まあ、俺を主人と仰ぎ、自身を奴隷などと言う露出狂の変態も居る事には居るのだが。
「そんな大水竜様が先日そなたらを呼ぼうとしていた余を訪れて、こう言ったのだ。『可愛らしい太陽竜と、訳有りの男の子が来るからよろしくね』と」
「そう、だったのですか…」
ナギが呟く。どうやら彼女も知らなかったらしい。
「だから、噂の真偽などどうでもよいのじゃ。我らは大水竜様を信用しておるからの。そなたらを呼んだのは、単純に顔を見てみたかっただけの事なのじゃ」
そういって、彼女は笑っていた。
「余は早くに両親を亡くしたため、こうして女王などやっておる。じゃから、年の近い友人も少なくてな。噂の『英雄』が年の近い青年だと聞いて、少々興味を惹かれたんじゃよ」
その笑顔は、彼女が初めて浮かべるような年相応の少女の笑顔だった。
「ところで、料理を食べる手が止まっているようじゃが?」
「え?あの俺、お腹いっぱ―――」
「お腹が一杯の者が居るならば、余が無理やりにでも詰め込んでやるぞ?」
「………」
「食べ物を粗末にするようでは、料理人に申し訳が無いからの」
「じゃあ、なんでこんな量を作らせた…」
「何か申したか?」
「いえ!何も!!」
「うむ!頑張って、目を白黒させながら、顔を赤と青に染めながら、完食してくれたまえ!」
「確信犯じゃねーか!」
「何か申したか?」
「いえ!何も!!(泣)」




