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白銀のスコール  作者: 九朗
第二章『東雲の少女』
41/115

第2節

 新キャラプロフィール発表。


『水竜の女性』  名前:不明

         年齢:不詳


                                    追記:露出狂




第2節


 話は少々遡る。


 俺が救った竜の頭を、皆で撫でている時の事。

 その時、どうやら俺の推測通り火傷によるダメージで俺は気を失い、倒れてしまったようだった。


 ヒカルが慌てて駆け寄ると、もの凄い汗と高熱を出していたらしい。


 しかし、場所はスチム街道。しかもそのなかばだ。一番近くの街まで早くても数日の距離だった。意識を失った俺を連れてゆくとなればどれだけの時間が掛かるか分からない。


 途方に暮れるヒカル。


 かといって、いつまでもこのままで良い筈が無い。とにかく、彼を安静に出来る場所まで運ばなければ。

 そう決意し、彼を支えて立ち上がろうとしたその時だった。


 ―――ズ、ズン…


 重厚な音を立てて、目の前の水竜が目覚めたのは。

 水竜は立ち上がると、静かにこちらを見詰める。ヒカルはその神々しい姿に、いつしか懇願していた。


「水竜よ!私の言葉が分かるなら応えて欲しい!彼は貴方を救わんと戦い、傷付き、そして倒れ、苦しんでいる。それに少なからず恩を感じているならば、彼を助けて欲しい!!」


 そう言って、地に膝をつけたまま頭を下げる。それはくしくも土下座の形。今までの人生で、彼女が一度だってした事の無いような懇願を、今一人の男を救うためにやっていた。


「どうか…、どうかお願いだ…」


 水竜からの返事は無い。否、有ったとしても彼女には聞こえないのだが。


 そのはずだったのだが。


「どうか、顔をお上げ下さい」


 声が聞こえた。透き通った水の如き、清廉で慈愛に満ちた響きを持つその声は、確かに自分の耳に入って来た。


「…え?」


 訳が分からず、言葉通りに頭を上げる。

 しかし、上げた視線の先に水竜は居なかった。どうやらいつの間にか去ってしまったようだ。はばたきの音も、去ってゆく足音も聞こえなかったが、あれだけの巨体を見間違えるはずもない。先ほどの声もやはり幻聴だったようだ。


 小さく無い落胆が彼女を縛り付ける。


「あら?え~っと、どこを見ておられるのですか?」


 いまだに幻聴が聞こえる。未練、というやつだろうか。だが、居ない者を当てにしても始まらない。


「あの~。下です、視線をもっと下に!」


 太陽が昇り切った空が、やけににじんでいる。私は泣いているのだろうか?ああ、きっとそうだ。こんな時ですら彼の力になれないなんて。己の無力さ加減に腹が立つ。


「あの!無視しないで下さい!脱ぎますよ?仕舞しまいには脱ぎますからね!?」


 やけに騒がしい幻聴だ。騒がしい上に破廉恥だ。


 そう思い、視線を『竜の顔の高さ』から『普通の高さ』に戻すと、すぐ目の前に一人の女性が立っている。何故か涙目だ。そして半裸だった。羽織っている美しい『青いヴェール』を脱ぎ捨てようとしている。


「って、やめんか!!」


 ヒカルの突っ込みに、ようやく自分が気付いてもらえた事に気付く彼女。こんな時だというのに瞳を輝かせて居ずまいを正す。

 そして、深々とお辞儀をして、こう言うのだった。


「この度は、わたくしめの命を救っていただきました事、心より感謝します」


「命を救った…と云う事は、貴女は竜の化身のような物なのか?」


「はい、そうで御座います。しかし、今は長々とお話をしている場合ではありません」


 そう言って、彼女は私の腕の中のアキトを見る。先ほどより汗がひどく、表情も苦しそうだ。


「その方を早く安静に出来る所まで運ばなくては」


「ああ。だが、どうやって?」


わたくしがお運びします。水竜の国で宜しいでしょうか?」


「どこでも構わない。今は少しでも早く彼を安静な場所で寝かせてやりたい」


「かしこまりました」


 そう言うと、ヒカルから少し距離をとると深呼吸の後になにか呟く。だが、それはヒカルには聞こえない。どうやら竜の言葉のようだった。


 変化は一瞬。


 いつの間にかそこには神々しい水竜が顕現していた。


 アキトが人狼の姿から人の姿に戻った時もそうだったが、彼らの『変身』は身体が徐々に変化するような物では無く、『いつの間にか』そうだった、とか『元からそこに存在していた』かのように、姿が切り替わる。もしかしたら、竜とアキトの間には何らかの関係が有るのかも知れない。


 ヒカルが研究者らしい思考に没頭しかけるが、それでもすぐさま腕の中のアキトを思い出し、意識を戻す。


 竜の姿に戻った彼女は、『乗ってください』と言わんばかりに姿勢を低くし、首を下げている。


 その背中に、アキトを引きずりながらも何とか乗り込む。しかし、掴む物が何もない。このままでは落ちてしまう。


 それに気付いたのだろう、水竜は己の羽根を微弱に震わせる。『掴まれ』ということだろうか。


 ヒカルはポーチからダンジョンの探索用に買っていたロープを取り出すと、自分の身体にアキトをくくり付け、そして羽根の付け根にしっかりと結ぶ。風に飛ばされてしまわないように、シノを懐に入れるのも忘れない。

 ロープの結びの強度を確認してから、水竜に向けて頷く。


 それを確認した水竜は、ゆっくりと羽根をはばたかせ空へと舞い上がる。あっという間に離れてゆく地表がなんだか気分を高揚させる。


 少し離れた丘の上で誰かが手を振っているのが分かる。クルスだ。こちらも片手で手を振り返す。


 しかし、そんな光景もすぐさま遠ざかってしまう。水竜が水竜の国に向けて飛び始めたのだろう。凄いスピードだ。風が耳元で唸りを上げている。


 風に飛ばされないようにロープにしがみつきながら、クルスの事を考える。もしかしたら、彼も付いて来たかったのかもしれないが、これから向かうのは水竜の国だ。それに彼は騎士団なのだから、仕事を放りだす訳にもいかないだろう。


 どの道、今からではどうしようもないけれど。


 ただ、ヒカルの目にはクルスの身振りが、見送る者のそれに見えた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「いってしまったか…」


 少しばかりしんみりしてしまう。飛び去った方向を見るに、水竜の国に向かったようだ。


「しかし、竜の背に乗って去ってゆくとは、つくづく規格外な方達でしたね」


 苦笑が漏れる。そして、本音を言えば付いて行きたかった。

 けれど、それは『甘え』だ。もう既に自分は自分の進むべき道を見つけたのだから。これ以上彼らと居たいと思うのは唯の『感傷』に過ぎない。


 クルスは彼らの向かった方角に背を向け歩きだした。


 自分の進むべき道を、自分の『意志』で進むために。


「ありがとう」


 ただ、その一言。決して今からでは届かないだろう一言を残して彼は進む。


 彼もまた、『真実ほんとう』を手にしたのだから。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 空の旅は快適とは言い難かったが、それでもあっという間に国境を越え、ものの数時間で水竜の国の王都に辿り着いてしまった。


 最初、王都は大混乱だった。

 それはそうだろう。『死の霧』に包まれた筈の水竜が、突如王都に飛来したのだから。誰もが破壊され尽くす王都を頭に浮かべた。


 そして出て来たのは『近衛兵』と呼ばれる王族直属の兵隊達だった。


 『近衛兵』は騎士団とは異なり『王族』に仕える軍隊だ。


 そもそも、領域エリアの中心に位置する王都にはほとんど魔獣が出現しないので騎士団を置く意味が無い。

 しかし、何の戦力も置かないのではあまりに無防備に過ぎる為、置かれているのが王族の身を守るための軍隊、『近衛兵』と云う訳だ。


 その成り立ちの性質上、良く訓練されているが、実戦経験は少ない。


 ついでに言うと、貴族の御曹司のような温室育ちが多いためあまり勇敢では無いのも特徴だった。


 しかし、この水竜の国の近衛だけは別だった。


 この水竜の国は、火竜の国とは逆に王族が強い力を持っている。近衛も完全な実力主義という事も相まって、忠誠心の高く、勇敢で屈強な兵が揃っていた。


 今回も、なんとか王族が王都から逃げる為の時間を稼ごうとしたのだろう。百にも満たない人員で竜の前へと立つ彼ら。それはもう勇気や蛮勇を通り越してしまっている。実際、決死の覚悟なのだろうが。


 だが、決死の覚悟で竜の前に立ちはだかったはいいものの、目的は時間稼ぎだ。無闇にあちらから仕掛けて来なかったのが幸いした。


 水竜がゆっくりとした歩みで彼らに近付いてゆく。


 近衛の兵達も『死の霧』に侵されているにしては何かがおかしいと気付いたようだ。皆困惑した表情を浮かべている。


 そして、水竜は彼らの目の前で姿勢を低くする。その背中には誰かが乗っているのだった。


 ヒカルがその背中から降りると、水竜はどこかへと飛び去ってしまった。


 そんなヒカル達に近衛が恐る恐るといった調子で近付いて来る。だが、アキトの様子が気になる。早くゆっくり寝かせてやりたい。


 そこで、ヒカルは近衛に声を掛ける。


「すまない!!誰か手を貸してくれないか!怪我人がいるんだ!」


 その声を聞いた近衛が慌てて近付いて来る。当然聞きたい事が山ほど有るのだろう、隊長格の男が問うてくる。


「君達は一体何者なんだ?それに水竜様に乗っていたが、あの水竜様はもしかして…」


 しかし、そんな質問に答えていられるほど暢気な状況では無いのだ。ヒカルは声を荒げて答える。


「疑問に思う事はいくらでも有るだろうが、今は彼を安静に出来る場所まで運んでくれ!!そうしたら、いくらでも質問に答える!!」


 その言葉の勢いは屈強な水竜の国の近衛の隊長をすら縮みあがらせる物だった、としばらくの間彼らの酒飲み話になるのだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 近衛の騎士達に手伝われ、担架に乗せて王都一の診療所に運ばれたアキト。今は病室で医師の診断を受けていた。


 ガチャリ、とドアが開きアキトの診断をしていた医師がヒカルの居る待合室に入って来る。

 ヒカルはその医師に詰め寄った。


「先生!アキトの容体は!?」


 その言葉に医師は表情を曇らせ、こう言った。


「…もう私に出来る事は有りません」


「そんなっ!?」


 手遅れ、だったのだろうか?

 ヒカルは床にペタンと座りこみ、涙をこぼし始める。


「そんな…。アキト…アキトぉ」


「あ、いや、出来る事が無いっと云うのはですね…」


 そんなヒカルを見た医師が慌てて何か言っているのだが、今のヒカルには届かない。


「竜を助けて、貴方が死んだんじゃ意味無いじゃないか…!馬鹿者!馬鹿者ぉ!!」


 涙が止まらない。いくら罵倒しても、彼に届く事は無いのに…。私はどうしてここでのうのうと生きているんだろうか?『死の霧』に対抗出来る彼が逝き、無能の私だけが取り残されてしまった。彼に何と詫びれば良いのだろうか。否、そもそも詫びる事も出来ないのだ。死なない限り。そうだな…、死のうかな。彼が居ないと云う事は私は再び独りになったと云う事だ。『そんなのは死んでも御免』だったっけ。


「死のう…」


 ポツリと呟いた私の言葉に、医師がビックリして肩をゆすって来る。


「死んじゃ駄目ですから!!彼生きてますから!!出来る事が無い、というのは治療の必要が無い、と云う事です!!」


「は?」


 ようやく頭に入って来た医師の言葉に、ヒカルが愕然とする。


「どういう…事だ?」


「それが…。もうほとんど治ってるんです」


 治ってる。何が?この状況ならば、主語は彼の怪我の事だろう。それが治ってる?


「馬鹿なっ!?あんなに酷い火傷だったのだぞ!?」


「はあ、しかしもうほとんど皮膚が再生しています。熱も治まっていますし、直に目を覚ますでしょう」


「そ、そうか…」


 明らかに安堵した表情を浮かべるヒカル。


 そんなヒカルに後ろから声が掛かる。ずっとヒカルに付き添っていた近衛の隊長だった。


「どうやら彼の方は問題無いようで良かったです。それでは約束通り、事情を説明していただけますか?」


 事務的な調子で問うて来る。そう云えばそんな約束もしていたっけか。


 ヒカルは冷静さを取り戻し、姿勢を正し、近衛の隊長と向かい合う。


「いいだろう。何が聞きたい?」


「では。まず、先ほど『竜を助けて、貴方が死ぬ』と言っていましたが、これは?」


 そんな事を口走っていたのか…。誤魔化すのは無理そうだった。それに彼をここまで運んでくれたのは彼らだ。約束を破る訳にもいかないだろう。

 ヒカルは正直に答える。


「言葉通りの意味だ。今意識を失っている彼は『死の霧』に侵される水竜を救った。『死の霧』を打ち破る事で」


「馬鹿なっ!?」


 驚きの声を上げる近衛。それはそうだろう、そんな事は前代未聞どころか、これから先の未来永劫ありえないと思っていたのだろうから。

 しかし、


「先に言っておくが嘘では無い。確かに彼は『死の霧』を打ち破った。私の目の前で、な。それに貴方達も見ただろう、私達が水竜に運ばれて来たのを。あれこそ、彼が救った水竜だ」


「………」


 近衛の隊長はしばし沈黙すると、信じられないと云った風に頭を振る。


「とてもではありませんが、信じられない話です…。ですが、貴女方が水竜様に運ばれて来たのも事実」


 しばらく考える時間を下さい。そう言って彼は部屋をあとにした。


 気が付くと、その待合室にはヒカル一人になっていた。先ほどまで居た筈の医師の姿がいつの間にか見当たらない。


 その意味を、ヒカルはすぐに知る事になる。

「まだまだ続くぞ」


「誰に言ってんの?」

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