第3節
続・推理ロジック
第3章
ドラゴン。漢字表記で竜、または龍と書く。
西洋と東洋でその姿は異なるものの、爬虫類のような鱗と超常的な力を持つという点は共通している。
前者を竜、後者を龍、と表記する向きもあるが文法的な正当性は無い。
言うまでもないが、「空想上の生き物」である。
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とまあ、自分の少な~い知識を結集してみたもののしかし、というかやっぱりというか。全くもって役に立ちそうな知識が出てこない。
目の前のこの子に視線を戻す。
身体的特徴は西洋の竜に近い。爬虫類の鱗に背中の羽根。
ただ、西洋の竜は宗教的な理由から「悪しきもの」として描かれているのに対し、この子は全くそんな感じがしない。むしろその美しい鱗も相まって神々しさすら感じるほどだ。
いや、今自分が考えなくてはならないのはこの子の生物としての分類ではなく、何故そんな存在が目の前にいるのか、ということだ。
俺の居た世界では、竜なんて存在はお伽噺やフィクションの中にのみ登場するモノだったハズだ(少なくとも俺はそう思っていた)。
もし、目の前のこの子を「竜」だと仮定するならば、自分が今「俺の居た世界」とは違う世界に居ることになる。
いやいや、まてまて。
少し結論を急ぎ過ぎているようだ。
ここは某ゲームよろしく、推理ロジックを展開しよう。
まず、俺の腕の中で眠るこの子だ。
その身体から伝わる息使いも体温も、そして重みも本物だ。
この子はここに『存在』している。
そしてその生物的特徴は俺の常識に当てはまらない。
しかし、常識の外でならどうだろう?当てはまらないだろうか?
否。俺はこの生物と酷似した『空想上の』生物を知っている。
そう、竜だ。
とにかく現状で他に思い当たる生物も存在しないので、この子を「竜」と仮定しよう。
そう仮定すると、現在俺が置かれている状況を説明できる仮定が2つ浮き上がる。
仮定に仮定を重ねることに多少の抵抗があるが、今は置いておく。
その仮定とは―――――、
1.ここは「竜」という存在が実在する世界で、俺は何らかの要因でこの異世界に飛ばされて来た。
2.ここは自分が元居た世界のどこかで、俺は何らかの要因でここまで飛ばされて来たうえ、未だ発見されていない竜に酷似した「新生物」を発見した。
………。
どちらがあり得そうかというと…、
結論:どっちもありえねえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
どうやら情報が少なすぎるようだ。
これじゃあ、科学ルートにもオカルトルートにも進めない。
状況はさらなる情報収集を必要としていた。
「困ったなぁ…」
と、俺が溜息混じりに呟いた時だった。
「コマッタナァ?」
突然声が聞こえた。
まるで鈴を鳴らしたようなその声に、周りに何の気配もない事と、完全に思考に没入していたせいで俺はその声に動揺してしまう。
「だ、誰だッ!?」
どもった。
周囲に目を配ると同時に五感を総動員して声の主の気配を探るが、周囲は早朝独特の静謐さに満ちており、何の気配もしない。
目と耳と鼻には少なからぬ自信があったのだが、どうやら相手の方が一枚上手のようだ。
じっと息を殺して相手の出方を窺っていると―――――
「ダ、ダレダ?」
そんな舌っ足らずな返答が返って来た。
――と、いうか。
俺の間近から聞こえた。
流石に意識を集中させて、その上で聞き違えるような間抜けではないつもりだ。
それは、俺の腕の中、抱きかかえている竜から発せられたように聞こえた。
「――えっ?」
俺の口から疑問符が飛び出る。
それはそうだろう。俺は人間以外の喋る生き物を知らなかった。
いや、もちろんオウムや九官鳥などの鳥が疑似的に人の言葉を発することがあるのはしっていたが、まさか目の前の竜(みたいな生き物)が喋るなどとは想像だにしていなかった。
その子はいつの間にやら意識を取り戻していたようだ。
おそらく、俺が思考ロジックとかいう思考迷路にはまっていた時だろう。
先ほどまで閉じられていた瞼が開き、黒曜石をはめこんだような愛らしい大きな黒目がこちらを覗きこんでいる。
俺はこの子の形状を「猫のようだ」と評したが、好奇心いっぱいの瞳と猫耳のようにとんがった耳骨がその印象をさらに強くした。
そんな事を考えていると、その小さな牙の生えた平たい嘴のような口からまた鈴を転がしたような、
「エッ?」
という音が発せられる。
どうやら、確定のようだ。
少なからぬ驚きを持って、俺はその目を見つめ返す。
ジッ…、と見ると黒目の中に雲母に似た銀河の輝きを見つけ、しばし見惚れてしまう。
その声の主たる小さな竜は自分に注意を向けてもらえたのが嬉しいのか、これまた猫に似た細い尻尾をブンブン振っている。
というか、それは完全に犬のしぐさだ…。
いや、文句なしにカワイイけど。
次回、竜のターン!