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白銀のスコール  作者: 九朗
第一章『アキト=オガミ』
32/115

第31節

 いまさらですが、あらすじは嘘あらすじです。すみません…。


 騙して悪いが(ry


 第1章が終わったら、ちゃんとしたのを書きたいと思います。






第31節


 私は言葉も無くそれを見ているだけだった。


 あの時もそうだった。父が死に、母が死にくその時も。


 もう二度とそれを繰り返さない為に、力を求めたのに。


 また私は同じ事を繰り返そうとしている。


 けれど、どうすればいいのだろうか。私の『すべて』を賭けても彼を止める事が出来ないのは実証済みだ。このままでは彼は何の知識も理解も無いままに『死の霧』に近付き、何も分からないまま死んでしまうだろう。それ程までに『死の霧』を纏った竜の苦しみは深く、その狂乱は激しい。


 通常であれば、討伐軍のように遠距離から徐々に竜の鱗を削ぎ、肉をえぐり、そして致命の一撃を加えるのが竜討伐のセオリーだ。だが、彼はそんな様子見はしないだろう。彼の目的は竜の『命』を救う事だ。そもそも、そんなセオリー通りにやっていれば数カ月と云う長い月日が掛かってしまう。

 ただ竜を『救う』だけでもそれだけの時間が必要になってくる。『命を救う』となればどれだけの時間が掛かるのか、成し遂げた者の存在しない事を成し遂げるのにどれだけの時間が掛かるのか。


 私が何年もかけて探し求めて来たその答え。それを彼がその場で見つけられる可能性は低い。否、皆無だと言ってもいい。彼は間違い無く死ぬだろう。そして私は独りになるだろう。


 そんな私に、私の心が囁く。


 彼を見捨ててしまえば良い。彼など最初から居なかった事にすれば良い。以前の私が両親の死を忘却の彼方へとおしやっていたように。また彼の事も忘れてしまえば良い。


 そう囁きかけて来る。

 だが、


(…嫌だ。嫌だ、嫌だ。いやだいやだいやだいやだ!)


 彼の事を忘れて、『以前』の私に戻る?あの孤独に?あの恐怖に?


 ああ、そうさ!彼の事を忘れてしまえば、今私が抱いている苦しみは無くなるだろう!!

 だが、それは私を再びあの孤独の恐怖の中に戻す事と等しい。私の腕を強引に引っ張ってくれる力強い腕も、笑いかけてくれる言葉も、悪夢を見た時優しく頭を撫でてくれるてのひらも無い。そんな世界に再び戻る?


 『誰がそんな事を望んでいる!!』


 彼は私の『希望ひかり』なのだ!

 孤独の闇の中、射して来た一筋の『希望ひかり』、それが彼なのだ!!


 私はその煌めきから目を背け、その温かさから遠ざかる事など二度としたくない。

 そんな事をするくらいなら、死んだ方がマシだ!! 


 その想いだけで、遠ざかる彼の背中に言葉を発する。


 私の『恐怖てき』と相対する、その覚悟を秘めたその言葉を。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


「待て!!」


 部屋を出ようとする俺の背中に掛けられたのは、悲痛の声でも、非難の言葉でも無く、確かな『決意』を感じさせるヒカルの声。

 その声に、思わず振り向いてしまう。


 その俺の目に入って来たのは、まだ涙を流し続けるヒカルの瞳。涙に濡れるその瞳は、しかし確かな決意を秘めていた。


 それを見て取った俺は、足を止めて静かに彼女の言葉の続きを待つ。


「待て…!私も…、私も往く!!『アレ』に大事なものを奪われるのは、もう沢山だ!!だから、私も往く!!もう、何も奪わせない!奪われはしない!!」


 決意と覚悟を込めたその言葉。

 それこそ、俺が求めていた物。それこそ、俺が彼女の中に見ていた『真実ほんとう』。


 だから、俺はただ黙って頷く。大丈夫、決して奪わせたりしないと。必ず護り抜くと。そう言外に語って。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 街を出た俺達は、一路スチム街道を急いでいた。ヒカルの話によると、竜が出ると、付近は騎士団によって完全に封鎖されてしまうらしい。当然の措置と言えるが、今の俺達にとっては障害にしかなりえない。

 そうなる前に竜の元に辿り着きたかったのだが…。どうやら事態はそうそう上手くは運びそうに無い。


 数日の後、スチム街道のなか程に在った跳ね橋まで辿りついた俺達を待っていたのは、先に到着した騎士団だった。まだ昼であるのに跳ね橋はすでにげられている。


 俺達はしばらく迷った後、正面から隠れる事無く騎士団に近付く事にした。

 どの道、橋を掛けてもらわないと河を渡る事など出来ないのだから。


 橋に堂々と近付いて行く俺達を、騎士の一人が見つけて慌てて駆け寄って来る。


「そこの者達!!止まりなさい!!今ここは騎士団によって封鎖されている…って、アキト様!?」


「もしかして、クルスか?」


 声を掛けて来た騎士はどうやらクルスのようだ。まあ、二カ月も有ればとっくの昔に非番は終わっているだろう。どうやら俺達は運が良いらしい。彼なら話を聞いてくれるだろう。


 俺達に気付いたクルスは甲冑の兜を外し、顔を見せこちらに近付いて来る。そして単刀直入に問うて来る。


「皆様方、一体どうしてここへ?このスチム街道で現在『死の霧』を纏った竜が暴れているのはご存知の筈です」


「ああ、知っているよ。俺達はその竜に用が有るんだから。ここを通してくれないか?」


「…一体何を考えていらっしゃるのですか?今その竜に近付けば、ただではすみません」


 ここを封鎖している身としては、そうそう簡単に通す訳にもいかないのだろう。すぐに断わるような事はしないものの、なんとか俺達が引き返すように説得しようとする。

 けれど、引けないのは俺達も同じなのだ。

 クルスの問いに俺は簡単に答える。


「竜を助けに行くんだ。だから通してくれ」


「ッ!?何を言っているのですか!『死の霧』にまれた竜はもう助かりません。私達人間はその苦しみが永く続かないように、楽にしてさしあげる事しか出来ません。知らない筈が無いでしょう!?それとも、助けると云うのは『殺す』という意味ですか?それなら討伐軍にご参加ください。今貴方達だけを通す事は出来ません」


 突き放すように言い切るクルス。だが、俺達に討伐軍に参加している暇は無い。一刻も早く竜の元に辿り着かなければ。それこそ、討伐軍が来るより早く。


 だから、俺は最後通告を言い渡す。


「通してくれないなら、ここに居る騎士全員を倒してでも進ませてもらう。俺の強さは知ってるだろ?」


「ッ!?しかし!!」


「『しかし』も『けれど』も通用しない。俺達は何が何でもここを通らなきゃいけないんだ」


「………」


 俺達だってクルスに迷惑の掛かるような真似はしたくない。けれど、今はそれどころじゃ無いのだ。


 クルスは迷っている。その迷いがクルスにその疑問を口にさせた。


「貴方達は出来ると思っているのですか?竜を助ける事など今まで誰も成した事が無いのですよ?私には貴方達が命を捨てに行くようにしか見えない」


 それはそうだろう。この世界の者にとって、『死の霧』とは絶対不可避な死の象徴でしかない。それを助ける事など不可能にしか思えないのだろう。それを成し遂げた者が居ないのならなおさらだ。


 けれど、それは『世界』の『欺瞞ほんとう』であって、俺にとっての『真実ほんとう』では無いから。だからこそ、行かなければならない。


 だから俺はクルスの問いに答える。


「誰も成した事が無いと言っても、それが不可能である事は誰にも証明出来ないはずだ。もしかしたら案外簡単に出来るかも知れない」


「それは詭弁です!!」


 クルスが反論して来る。

 確かに俺の言っている事は無茶苦茶だ。誰にも出来ない事にはそれなりの理由が有るはずなのだから。

 けれど。


「けど、不可能だからって諦められるか!!それが不可能じゃ無いならなおさらだ!!俺はこの手で、この足で、この目で、この耳で!!ちゃんと『真実ほんとう』を確かめるまで、諦める事なんて出来ない!!いや、確かめたって諦められない!!だから、通してくれ。この先には『真実ほんとう』が有るんだ!!」


「ッ!!」


 凄まじい俺の剣幕に、クルスは言葉を失ってしまう。ただ確かな事は、彼が決して進む事を諦める事が無い、と云う事だけ。

 しかし、彼をここから先に進ませる訳にはいかなかった。それこそがクルスの『義務』だから。


 どちらも互いに引く事は出来ない。


 ならば――――


 彼は腰に帯びた剣の柄に手を掛ける。互いに引けないのなら、こうするしか無い。


 アキトは一瞬苦しそうな顔を浮かべたが、それを振り払い構えを取る。ここで立ち止まる訳にはいかないのだから。


 一触即発の空気が辺りに漂う。私闘は避けられない、かに見えた。

 それはクルスの視界の外、彼の後ろから伸びて来た手によって止められる。


 それは、暴走する竜の居るこの死地に進んで配属されるのを望んだ彼の『同志』のてのひらだった。


「クルス殿。お止めください。彼らは彼ら自身の意志でもって、この先へ進もうとしています。彼らは私達が守らなければならないような『か弱い一般人』ではありません。彼らは一人の『人間』としてこの先へと進もうとしています」


「だからどうしたと言うのだ!!私達はここを守る『義務』が有る!!」


 頑として構えを解こうとしないクルス。

 しかし、その年配の騎士は穏やかに言葉を続ける。


「お分かりになりませんか、クルス殿?彼らは私達と同じです。ここに無理矢理連れて来られた訳では無い。ここに自らの意志で来たのです。『義務』では無く、ね」


 その言葉に、信じられない物でも見るようにクルスはその騎士を見る。


 クルスは彼らを『同志』だと思っていた。同じ志を持つ者達だと。


 だが、違ったのだ。それは自分の大きな勘違いだったのだ。彼らは御大層な『義務』ではなく、自分の『意志』でここに居た。

 『義務』と『意志』。『やらなければならない事』と『やりたいと思う事』。この二つは全く違う。似ても似つかない物の筈なのに。

 どうして私は『彼らと同じ』などと誇らしげに言えたのだろうか?


 『義務』で『やらされている』私と、自らの『意志』で『やっている』彼ら。


 滑稽だ。あまりに滑稽だ。これでは私もあの『世間体』とやらばかり気にしている連中と大差無いではないか。

 

 そして、目の前の彼らも私とは全く違う。そんな彼らの歩みを私ごときが阻もうなどと、笑い話にもならないじゃないか。


 いつしかクルスの腕は剣の柄から離されていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


「行ってしまったな…」


 クルスは茫然といった調子で呟く。


「ええ、行ってしまわれましたね」


 その言葉は先ほどの年配の騎士。


 既にアキト達は橋を渡り終えて、道の向こうに消えている。


 自らの『意志』でもって進む彼らを止める事など、私には出来なかった。その姿を茫然と見送る事しか出来なかったのだ。


「私は愚かな騎士だった。『義務』に縛られ、『意志』を持たなかった…」


 そんな自嘲の言葉を吐いてしまう。


 そんな彼に年配の騎士が言葉を掛ける。


「そうですね。『義務』は確かに大事ですが、その責任の在り処は『自分』では無く、『他人』です。『義務』にもとづく行動は、いつしか『誰かのため』では無く『誰かの所為せい』になってしまいます」


「………」


 確かにそうだ。返す言葉も無い。このままだったら、いつか私はこの世の不条理を誰かの所為せいにしていた。それが、『義務』に縛られ何もしなかった『自分の所為せい』だったとしても。


 そう考えて、さらに落ち込むクルス。

 そんな様子を見かねたのか、年配の騎士が言葉を続ける。


「ですが、貴方はまだまだお若い。いくらでもやり直す事が出来ます。私のような老人と違って、ね。貴方がこれからどんな『意志』を持って行動するのか。私はそれが楽しみで仕方ありません」


 そう言って、年配の騎士は笑っていた。


 私の『意志』か…。私が今『義務』で無く、自分の『意志』でやりたいと思う事。それは一体何だろうか?分からない…。


 分からないけれど、ただ気になるのは先ほどここを通って行った彼らの事だ。


 おそらく彼らは、彼らの言葉通りに竜を救おうとするだろう。それはとても危険な事であるし、何より誰も成し遂げたことが無い事でもある。


 そんな事をなそうとする彼らが心配なのも勿論有る。


 だが、今自分が抱いているこの気持ちは何だろう?ただ彼らが心配なだけでは無い。不思議な高揚感をともなったこの気持ちは。


 その気持ちを素直に言葉にしようとする。


「私は…。私は彼らがなす事を見てみたい…。しかし…」


 言葉の最後に出かかったそれを、年配の騎士が遮る。


「しかし?ここに残る『義務』が有る、ですか?言った筈です。私は貴方がどんな『意志』を持って行動するのか楽しみだ、と」


「………」


「大丈夫ですよ。ここに居る者達は皆、自分の『意志』でここに居ます。だから安心してお行きなさい」


「しかし、隊長が来たら…」


 そう、私が居なかったら私だけでなく彼らに迷惑が掛かってしまう。それだけが彼の足をここに縫い止めていた。

 そんなクルスの様子に、年配の騎士は笑って答える。


「なに、あの方は部下の顔や名前など覚えてはいませんから。適当に代返しておきますよ」


 その言葉にクルスは頭を下げて、彼に兜を預けて走り出したのだった。


 自分の『意志』でもって。

 超頑張る。

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