表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白銀のスコール  作者: 九朗
第一章『アキト=オガミ』
31/115

第30節

 彼の『敵』とは。そして、彼女の『敵』とは。


 そんな彼らを『世界』だけが嘲笑う。

第30節


 ―ガラガラガラガラッ


 その日、ダンジョン探索の為の買い出しをしていた俺達の耳に最初に入って来たのはそんな音だった。いち早くその音を聞き付けた俺は、何事かと辺りに目をやる。すると、この街の門からもの凄い勢いで走って来る馬車が一台。御者台に乗っている男の風貌から、どうやら行商人らしい。

 

 スチム街道に出没していた野盗は俺達が二カ月も前に討伐したのだ、既に水竜の国との交易に使われているのだろう。彼が水竜の国から来たのか、火竜の国に帰って来たのかは知らないが。別段珍しい物では無いだろう。


 しかし、その行商人の様子が普通では無かった。街中であると云うのにもの凄い勢いで大通りを馬車で走り抜けていく。危険を感じた俺はヒカルとシノを連れて、道の脇に避難する。


 ―カンカンカンカンッ!!


 門の警鐘が鳴らされている。どうやらこの馬車は検問を突破して来たらしい。後ろを騎士達が必死になって追いかけている。


 最初の内は勢いの有った馬車であったが、そのうち道行く人に阻まれて徐々にそのスピードを落としてしまう。そして、馬車の後ろに騎士が取り付きその荷台を踏み越えて御者台に近付いて行く。御者台に居る行商人の男はそれに気付きもせず、ただ前だけを見て馬車を走らせ続けていた。


 そのうちとうとう騎士が御者台に辿り着き、行商人の男を組み伏せ、その手から手綱を奪い、馬車を止める。ここら辺の手際は流石騎士、と言った所か。


 馬車は俺達の居る場所から少し行った所に止まっており、御者台で組み伏せられている行商人の喚きが聞こえて来る。


「放せ!放してくれ!!」


「黙れ!不法な街への侵入は禁止されているのを知らぬ訳ではあるまい!!」


 騎士の言い分はもっともだ。けれど、それでも男は喚き続ける。


「そんな事を言っている場合じゃ無いんだよ!!とにかく放してくれ!少しでもここから離れないと…ッ!!」


 どうやらあの行商人の男は、何かから逃げて来たらしい。しかし、騎士の検問すら突破して逃げねばならない物って何だろうか。そもそも検問と言っても身分証明書を持っているならばあっと云う間に済むような物だ。行商人なら身分証くらい持っていて然るべき物だ。


 同じ事をその騎士も思ったのだろう。行商人の男に問い詰める。


「一体何を言っているんだ?どうやら何かから逃げているようだが…。一体何から逃げていると言うんだ?」


 周囲に野次馬達も集まっている中で、問うた騎士の疑問。野次馬達も耳をそば立て、騒がしかった大通りに一瞬の静寂が降りる。


 その静寂の中、行商人の男はとんでもない事を喚いたのだ。すなわち――


「竜だ!竜だよ!!『死の霧』に覆われた竜がスチム街道に出たんだよ!!」


 と。


 その言葉を聞いても大通りには静寂がしばらくの間、支配していた。しかし、その支配もほんのわずかな時間。次の瞬間には爆発的にざわめきが広がって行く。

 慌てて走り出す者、泣き出す者、何が起こっているか分からず茫然とする者。中でも多いのは、先ほどまでの行商人と同じく街から離れようと走り出す者だ。俺達がさっきまで見ていた露店も商品を片付け始めている。


 そんな中、騎士が行商人に問うているのが聞こえた。


「馬鹿な!?『死の霧』は五年前に既に出現している!次は再び数十年後のはずだ!何かの見間違いでは無いのか!?」


「あれは絶対に見間違いなんかじゃ無い!!俺も五年前に徴兵されて竜討伐に駆り出されたんだ!その時に見たソレと全く同じだった!!」


 俺はそこまで聞いてから、ヒカルを見る。これはチャンスかもしれないと思って。


 しかし。


 しかし、その時ヒカルの顔に浮かんでいたのは興奮では無く、いつか野盗を殺し尽くしている時に見せていた、あの無表情だった。


「ヒカル?」


 俺は心配になってヒカルの名前を呼ぶ。しかし、ヒカルは俺の言葉に返事もせずに走り出してしまう。


「ヒカル!?」


 慌ててその後を追う。方向から言って、どうやらヒカルは宿へと向かっているようだ。俺は人ごみに邪魔されながらも、その後を追う。


 宿に着くと、どうやら先ほどの話が伝わっているのだろう、今すぐにでもこの宿を発とうとする者達でフロントはごった返していた。宿泊料金を払い戻そうとする者、それすらせずに鍵を叩きつけるように返して玄関扉を出て行く者。そんな人たちでフロントは阿鼻叫喚になっていた。


 宿に着いたヒカルは、すぐさま俺達の泊まっている部屋に掛け込むと身支度を整え始める。どうやらすぐにでもここを発つつもりらしい。研究熱心な彼女の事だ。おそらく竜の居る場所に向かうのだろう。俺が教えるまでも無く、いつだって彼女は自分の手と、足と、目と、耳でもって『真実ほんとう』を追い求めて来た。ヒカルと出会ってまだそこまで長い訳ではない俺でも分かる。


 そんな彼女を誇らしく思いながら、俺はヒカルに声を掛ける。


「俺もすぐに荷物をまとめるから、早く竜の所に向かおう!」


 俺のそんな明るい調子の言葉。竜にしてみれば『死の霧』に覆われて死の危機に在る訳だ。だが、そんな竜には悪いがこれはチャンスだ。『死の霧』について調べるにしても、やはり実物が有った方が無いよりは何倍も良い。

 本来であれば、数十年後にしか出会えないはずのソレ。こんなチャンスを逃す訳にはいかなかった。そして、彼女も同じ事を考えていると思っていた俺は、彼女の口から出た言葉を最初は理解できなかった。


「…何を言っている。逃げるに決まっている。一刻も早くここから離れなければ」


「――え?」


 ヒカルの言葉の意味が分からず、フリーズする俺。頭が上手く回らず、オウム返しに聞いてしまう。


「逃げる?」


「…ああ。『死の霧』が出たのが本当だとすると、すぐにでも討伐軍の編成のための徴兵が始まる。そうなる前に身を隠さなければ」


 少しずつ思考が追いついて来る。そのスピードは本当に鈍重なまでに遅かったが、それでも彼女が言っている事の意味を理解していってしまう。


 最初に浮かんできたのは、「裏切られた」という失望。信じていたのに、俺はヒカルを信じていたのに。あの時言っていた、「私は『死の霧』を打ち倒したい」と「私の『すべて』を捧げる」と云う言葉を信じていたのに。だから俺も「命を賭ける」と言ったのに。実際俺は本気だったのだ。彼女の目的のためなら俺の命を差し出すくらいの覚悟をしていたのに。それが俺の定めた『命の価値』だったのに。この世界に連れて来られた俺の唯一つの存在意義だったのに。


 なのに、彼女は裏切った。


 そんな絶望を込めて彼女を見る俺。


 だが、すぐさまそれが間違いだと気付く。何故なら―――


「…討伐軍に参加した者は、その半数近くが生きては帰って来られない」


 そう言う彼女の、


「…何をしている。早く荷物をまとめろ」


 そう言う彼女の肩は、震えていた。


 顔は依然として、あの無表情のままだ。けれど、その肩は抑えきれない恐怖に震えていたのだ。


 だから――


「ヒカルは先に逃げてくれ。俺は残って『死の霧』ってやつをおがみに行く」


 彼女は裏切ってなんかいない。ただ、まだ『その時』では無いだけなんだ。

 だから、いつか来るであろう彼女の『その時』の為に、今俺が出来る事をやろう。


 そう思って発した言葉。けれど、それは彼女を逆上させるに足る言葉だったのだろう。


「貴方は何を言っている!!私の話を聞いていたのか!?『死の霧』に覆われた竜に近付く者は竜が暴れるその余波だけで塵のように命を落とす事になるんだ!貴方は命を捨てたいのか!?」


 そう言って、俺の胸ぐらを掴んでくる。


 だけど、そんな脅しは俺には通じない。逆に静かになって行く心で答える。


「死にたい訳じゃないよ。けど、『命を賭ける』って言っただろ?その言葉を嘘にしたくないんだ」


「命の賭けどころが違うと言っているんだ!!私達にはまだ『死の霧』に対する有効な手段は無い!貴方が命を賭けなければならないのは、その『手段』が見つかってからだ!!今じゃ無い!!」


 それはそうだ。俺だって何かが出来る訳じゃない。多分、いやきっと『死の霧』に対して手も足も出ないだろう。


 けれど。そう、『けれど』だ。


 俺は自分を騙したく無かった。このねこみみ少女の前でだけは。彼女が言ってくれたのだ。「私の前では自分を騙すな」、と。

 俺は彼女が『死の霧』を打ち倒すのが目的だ、と言ってくれた時、もの凄く嬉しかった。ああ、この子はもの凄く竜が好きなんだな、と。ああ、この子はもの凄く優しいのだな、と。この世界で初めて出会えたのがそんな彼女で良かった、と。


 だから、「俺も命を賭ける」と言ったのだ。そんな彼女の隣にずっと立っていたくて。


 ここで逃げるのは簡単だ。

 けれど、それはあの時の俺の気持ちすら『嘘』にしてしまう。あの時の俺を騙す事になってしまう。


 だから、俺は逃げる訳にはいかない。せめて、『死の霧』に覆われた竜に、俺の出来る限りの事をしてあげない内には。


 だから、俺は彼女に優しく語りかける。その頭を優しく撫でてあげながら。


「ごめんなヒカル。けど、俺は自分を騙したく無いんだ。ヒカルがあの時、ダメだって言ってくれたから。だからヒカルは逃げて。俺はヒカルの分まで竜に今俺が出来る限りの事をしてあげたい。それが俺の『真実ほんとう』だから」


 その言葉にヒカルのあの無表情が音を立てて崩れて行く。その二つの瞳からは涙があふれだす。そして、彼女の口からは悲痛な叫びが漏れる。


「…貴方も…。アキトも!私を置いて行くのか!?また私を独りにするのか!?」


 その時、俺の心にストンと何かがハマる音がした。


 ああ、ようやく分かった。この子があの無表情の下に覆い隠していた物が。


 それは『恐怖』だ。


 『死の霧』に対する恐怖。独りになってしまう恐怖。誰かを失ってしまう恐怖。

 彼女はそんな物をいつだって抱えていたのだ。


 それに気付けて、良かった。これで彼女を助けてあげられる。これで彼女を救ってあげられる。

 そんな安堵の笑みを浮かべる。


 俺はようやく『敵』を見つけた。そしてそれを打ち倒す方法も。


 けれど、そんな俺の気持ちは彼女には伝わらない。彼女は必死になって俺を引き止めようとする。


「行かないで…、行かないでくれ…!私を独りにしないで…!何だってする!何だってするから!!アキトが私に望む事は何でもするから!!だから行かないで!!」


 そう言って、まるで赤子のように泣きじゃくる。それをみっともない、なんて思わない。

 俺は自分がそうであった時の事を思い出す。確かあの時、彼女は俺の頭を撫でてくれた。そして、こう言ってくれたのだ。


 俺はヒカルの頭を撫でながら、その言葉を口にする。


「ヒカル、お願いだから本当の事を言って欲しい。『自分を騙すのはダメ』、だ。俺にはヒカルが本当は何を望んでいるのか分かるから。だから、言って?」


 だけど、その言葉に彼女は首を振って答える。


「私が望むのは、アキトが私の傍に居てくれる事だけだから!!それ以外、何も望まないから!!」


 そう言う彼女。けれどそれが本当の本当で無い事が俺には分かる。首を振っている事がその証拠だ。


 けれど、どうやら『それ』を引き出すのは一筋縄ではいかないらしい。それほどまでに彼女が抱いている『恐怖』が大きいのだ。


 だから、俺は一つの約束をする。


「居るよ。ずっと居る。ヒカルの傍にいつまでも一緒に居るから。約束するから」


 そんな俺の言葉に、彼女はイヤイヤをするように頭を振って、答える。


「嘘だっ!!私の両親もそう言っていた!けど、私の傍にはパパもママも居ない!!アキトも私を騙そうとしているんだ!!騙すのは得意なんだろう!?」


 そう言って全く信じてくれない。

 だから、俺はヒカルの身体を抱き寄せて、その泣き顔を胸に埋めてやる。


「知ってるだろ?俺はヒカルの前で自分を騙さないって。だから信じて?まだ俺はここに居るだろ?」


 そう言って自分の鼓動を確かめさせるように、彼女を強く掻き抱く。


「俺は竜を助けたい。いや、助ける事ができるかどうかは分からないけど、それでもやれるだけの事はやりたいんだ」


 それが彼女を助ける事に繋がるのだから。


 そんな俺の言葉に、彼女もとうとう自分の心を晒してしまう。


「私だって…。私だって助けたい!!助けたいけどっ…!!」


「じゃあ、助けよう」


「助ける方法が無い!!」


 彼女が叫ぶ。


「私以外にも『死の霧』を滅ぼそうとした人はいる!けど、魔術も剣も弓も効かない!!全部『死の霧』をすり抜けて、竜を傷つけてしまうだけ!!」


 竜を助けようとして、竜を傷つけてしまう。なんて皮肉。

 けど、


「けど、まだ俺は『死の霧』を見た事が無いんだ。自分で見た事も聞いた事も無い物を確かめもせずに決めつけるのは、俺の流派に反するから。だから、まずは行って確かめて来る。駄目だったらちゃんと帰って来るから」


「――あ」


 そう言って、彼女の身体を離す。


 茫然としている彼女を横目に、荷物をまとめる。


 そして、立ち上がり、歩き出す。俺の『敵』を見定めるために。

 頑張る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ