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白銀のスコール  作者: 九朗
第一章『アキト=オガミ』
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第29節

 第29節にしてようやく「転」です。






第29節


 ここまでの、これまでの俺がこの世界に来てからの約二ヵ月間。この時間は比較的穏やかに過ぎていたのだ。もちろん当時の俺にそんな事を言えば、「濃いーよ。スゲー濃いーよ」とうろんげな表情で睨んで来るのだろう。


 それでも「濃い」と云う事は、つまりそれだけ時間がゆっくりと流れていた証拠でもあるのだが。


 ただ、これまでの事が有ったから俺はこれから起こる事件を他人事に出来なくなった。いや、違うな。『他人事で済まさずにいられた』。


 俺はシノに『真実ほんとう』を求め続ける事を教えた。己の手と、足と、目と、耳でもってそれを探し続ける事を教えた。


 けれど、そうやって見つけ出した『真実ほんとう』という物がいつでも、キラキラしていて、温かくて、優しい物ばかりと云う訳じゃない。


 もしかしたらそれは、ドロドロしていて、冷たくて、残酷な物なのかもしれない。


 けれど、ソレから目を逸らす事を俺は許されていないのだった。


 ソレこそが俺達の一族の『敵』。『世界』の『欺瞞ほんとう』だったから。


 もう一度言っておこうと思う。


 世界はいつだって俺達を騙そうとする。平気な顔で。あたかもそれが当たり前であるかのように。それが『世界』にとって都合がいいから。

 そして、俺達の流派はそんな『世界』に対する『ささやかな』反抗なのだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ヒカルの言う「ダンジョン」を目指す為、俺達は再びノーレの街にやって来ていた。「ダンジョン」は領域エリアの外に在るため、そこまでは大竜脈路沿いに歩いた方が良いからだ。そして俺達がこれから向かう「ダンジョン」も火竜の国と水竜の国の間、スチム街道のなかばから大きく外れた所に在るらしい。


 そこへ向かう為にも、その準備をするにしても、このノーレは都合がよかった。


 ほとんど二カ月ぶりのノーレの街に俺は懐かしさを覚えながら、一路宿へと向かう。この街の宿ならば、以前のようにヒカルを休ませてあげる事が出来る。


「この街でしばらく準備をして行こう。ダンジョンって所には魔獣がたくさん居るんだろ?なら休息も取っておかないとな」


 そう言って休息を促す俺。ヒカルもそれに異論は無いようだ。何も言わずに俺の後ろに付いて来ている。


 しかし、ダンジョンに行く準備か…。経験が無いので何を用意すれば良いのか分からない。やはり“やくそう”やら“どくけしそう”やら“せいすい”やらだろうか?

 ん?そう云えば…。


「そう云えばヒカルはダンジョンに行った事が有るのか?」


「…無い」


「無い!?何で?」


 ヒカルは俺と出会うまでも色々な所を旅しているのだろうと思っていたのだが…。それに「ダンジョン」って云うのは古代の文献が眠っているかもしれない場所だ。研究熱心なヒカルがそこを探さない道理が無い。


 そう思って聞いた俺の言葉に、彼女は意外な答えを返す。


「私一人ではダンジョンには潜れないから…」


 ヒカル一人ではダンジョンに潜れない…?何故だろうか?魔獣が生息しているからでは無いと思う。ヒカルの強さは知っている。

 では何故?


 そんな事を考えているのが分かったのだろう、ヒカルは苦笑しながら答えてくれる。


「私はダンジョンの探索には向いていないんだ。それも壊滅的にな」


「?」


 彼女の言葉の意味が分からず、頭に疑問符を浮かべる俺。ダンジョンの探索に向いていない?そもそもダンジョンの探索の向き不向きとは何だろうか?

 そんな俺に苦笑を強くする彼女。その笑みには若干の自嘲も含まれている。


「私が使う魔術は威力と規模の大きさに特化している。以前プチウルフの群れにむかって使った魔術を覚えているか?」


 ああ、彼女に引っぱたかれた時の事か…。そんな少し苦い感情と共に思い出すのは圧倒的な威力を持つ彼女の魔術。真昼の世界を閃光と轟音で埋め尽くしたあの魔術だ。


「ああ、覚えてる。でもあれだけ威力があるなら別に問題無くないか?」


「そこが問題なのさ。あれは『暴飲の雷』と言って、私の扱う魔術の中でも比較的制御がしやすい魔術の一つなんだ」


「ふむふむ」


 成程。確かにプチウルフ達をあっという間に飲み込んでいった雷の嵐、まさしく『暴飲の雷』だ。


「そして、あの時プチウルフ達に向かって使ったのが、私に出来る最少規模の魔術なのさ」


「ふむふむ。…ん?」


 今、このねこみみ娘は何て言った?『最少規模』?アレで?あの視界一面を埋め尽くす雷の嵐が『最少規模』?


「はあ!?」


「まあ、それが当然の反応だろうな。とにかく、私にはあれより小規模な魔術は使えない。そんな私がダンジョンに潜ってみろ。ダンジョン自体を崩壊させてしまうだろ?」


 確かに…。ヒカルの魔術によって崩壊するダンジョンの有り様が容易に想像出来てしまう。

 ん?と云う事は…。


「ダンジョンで戦うのは俺だけって事か!?」


「まあ、そういう事になるな。アキトには感謝している。アキトが居るからダンジョンという場所に行く事ができるのだからな」


 なるほどなー。まあ、いいけどね。協力するって言ったし。


 それによく考えれば、俺達はバランスの取れたパーティなのかもしれない。

 俺の一点突破力と彼女の面殲滅力。いささか攻撃力過多な気もするが。


 しかし、そう云う事であるならばヒカルにとっても初ダンジョンである訳だ。あまり彼女に頼ってばかりでもいられないだろう。

 それに彼女は言っているのだ。「アキトが居るから大丈夫だ」と。その信頼に応えるのもやぶさかでは無い。


 だから俺は軽い調子で答えるのだ。


「そっか。ではヒカルの初ダンジョンのエスコートをさせていただきますかね」


 そんな俺に彼女も笑って返してくれる。


「ああ、頼んだぞ?私はきっと緊張で何も出来ないからな」


 そんな会話の応酬を互いに笑いながら、俺達は宿への道を歩くのだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 以前泊まった宿に着いた俺達は、再び三日分の宿泊料金を払って、以前と同じ部屋を借りた。お金は大丈夫なのかって?大丈夫、俺達は火竜の国のあちこちを転々としながらも、行く先々でギルドから依頼を受けていた。それこそ手紙の配達から、外周部に出没する魔獣の討伐まで色々だ。だから、金銭的には全く問題無い。


 とにかく、宿に泊まった俺達一行。その日はもう昼を過ぎていたし、久しぶりのまともな休息と云う事も有り、俺達は全員で部屋でごろごろする事にしたのだった。


 寝室のベットですうすうと穏やかな寝息をたてるヒカルとシノ。先ほどまで、無邪気な子猫のようにジャレついていた彼女達だったが、どうやらここ最近の疲れが一気に出たのだろう、今はまるで猫の姉妹のように丸くなって寝ている。

 開いた窓から心地よい初夏の風が彼女達を通り過ぎていく。俺はその風でヒカルの顔に掛かってしまった髪を優しく払ってやると、そっと立ち上がりリビングへと出ていく。

 穏やかな時間が過ぎて行く。なんだかずっとこのままでも良いような気分になってしまう。


 俺は以前ここに泊まった時の事を思い出していた。


 あの時はヒカルの協力が終わった時の事を考えていたっけ。元の世界に帰らない『決断』はもう済ませてしまった。だからいまさらその方法を探すつもりは無い。ヒカルやシノの事も気になるし。

 だから今考えているのは、この世界に留まって何をするのか?と云う事だ。


 ヒカルやシノと一緒にこの世界を旅するのも良い。どこかに居を構えて、一生こんなゆっくりした時間を過ごすのも良いだろう。それに、獣人の人権の獲得に奔走するのも悪くない。まあ、これは完全にお節介になってしまうから、ヒカルがそうしたいと言ってくれればの話だが。


 とにかく、選択肢は無数に有る。


 一人で選ぶのは寂しいそれらの選択肢だが、ヒカルやシノが居てくれるならきっとどんな道も楽しい物になるだろう。


 『未来』と云うのは、いまだ『世界』の重力に囚われていない。だから『未来』においてはどんな『可能性』だってあり得るのだから。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


「う~、お野菜ヤダ!」


「ダメ。はい、あ~ん」


 ずっと繰り返してきた為、俺の「あ~ん」に逆らえないシノは、反射的に口を開いてしまう。その内に俺は野菜をシノの口に運んでやる。そうすれば、シノだって口に入れた物を吐き出すような行儀の悪い事はしない。いやいやながらモグモグと口を動かし、野菜を咀嚼していく。


「う~、アキトの意地悪!」


「シノの為に心を鬼にしてやってます、はい」


「ぶー」


 ぶーたれるシノの機嫌を取るために今度はお肉を食べさせてやる。シノはお肉が大好きで、逆に苦味のある野菜は嫌いだ。本当に子供みたいだ。


「はい。あーん」


「あーん」


 口を大きく開けて、俺から肉を受け取るシノ。その顔にすぐさま喜色が浮かぶ。


「おいしいね!もっとちょうだい!」


 そして、もっともっととおねだりしてくるシノ。

 だが、


「ダメ~。次はお野菜ね」


 ちゃんとバランスよく食べさせる。そんな俺に涙目になったシノは、ヒカルの方へテーブルの上を駆けて行ってしまう。


「うえ~ん!ヒカル――!」


「おお、よしよし」


 もちろんヒカルにシノの言葉は分からないが、それでも大体の事は察しているのだろう、擦り寄って来るシノの頭を撫でてやり自分の肉料理を与え始める。


「ヒカルさん?ちゃんとお野菜も食べさせてくださいよ?」


 若干睨む俺の目線をヒカルは居心地悪そうに避けて、シノに肉を与え続ける。


「ヒ・カ・ル?」


「分かっている。分かってはいるんだが…。ダメだ!この物欲しそうな眼に勝てる気がしない!」


 確かにシノの黒いクリクリしたつぶらな瞳に見つめられると、いまだに俺でもクラリと来てしまう。だから俺はなるべくシノの目を見ないようにしているのだが、ヒカルにはまだまだ出来そうに無い。


 仕方なく、俺はテーブルの反対側に居るシノの胴を両手で掴み、こちらに抱き寄せる。シノは足をジタバタさせて抵抗するが、容赦はしない。


「うわ~ん!助けてヒカル~!」


 ヒカルに助けを求めるが、ヒカルにシノの言葉は通じる訳も無い。彼女も物欲しそうな瞳でこちらを見ているが、やはりシノの為にならないと分かっているのだろう、何も言ってはこない。


「はいはい。諦めて大人しくお野菜食べましょうね」


「えーん!アキトの意地悪!大っ嫌い!」


「だ、大っ嫌い…」


 ガ―ン。前は大好きって言ってくれたのに…。反抗期か?反抗期なのか?

 少なからぬダメージを受けている俺を見て、流石に悪いと思ったのかシノが慌てて弁解してくる。


「嘘!嘘だから!ごめんなさいー!ちゃんとお野菜食べるから!」


「いや、良いんだ…。そうだよな…、俺なんか…」


「アキトーー!?」


「シノの為を思ってやった事がシノを苦しめていたなんて…。そうだよな…、野菜なんか食べなくても大きくなれるよな…。…横に」


「ごめんなさいーーーー!!」


 こうして俺達の食事は賑やかに進むのだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 異変は次の日、俺達がダンジョンの探索の為の道具の買い出しに街に出ていた時に起こった。


 それこそが俺達をとてつもなく大きな『世界』の流れに飲み込む事になる。

「…始まった」


「…始まったか」


「………」


「心配か?」


「…ええ」


「今はただ、見守ろう」


「ええ。今はただ、見守りましょう」



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