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白銀のスコール  作者: 九朗
第一章『アキト=オガミ』
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第28節

 シノはアキト君としか話せないから、なかなか他のキャラと絡ませにくいですね。


 まあ、第2章に入れば彼女の言葉が分かる人間が増えるのでそれまでの辛抱です。自分がイジメたいのはアキト君だけですから。




第28節


 この世界の事、獣人の事、ヒカルの事、そして俺の事。色々な事を考えている内にどうやらすっかり夜も遅くなってしまったようだった。隣に寝ているヒカルからも、スウスウという穏やかな寝息が聞こえて来る。けれど、俺はいまだに寝付く事が出来ずにいた。


「アキト?起きてるの?」


 そんな中聞こえて来たのは俺の傍で丸くなり、とっくの昔に寝てしまったと思っていたシノの声だった。どうやらこんな夜中に不意に目が覚めてしまったようだ。そんなシノに苦笑しながら、俺はその背中を優しく撫でてやる。


「ん。起きてる」


「寝れないの?」


「いや、ちょっと考え事」


 シノが気遣わしい声を上げる。どうやら要らぬ心配を掛けてしまったようだ。大した事じゃ無いと云う口調で答える。


「アキト、お腹入れて?」


「ん?いいけど、暑くないか?」


 既に春は終わり、今は初夏だ。夜とはいえ、日々少しずつ暖かくなってきている。


「ん~ん。それにアキトのお腹、安心する」


「…そっか」


 それならば、と俺は懐を開いてシノをそこに収める。そこに収まったシノはまるでカンガルーの子供のように俺の上着の衿元えりもとから顔を出す。


 このように、最近シノは以前にも増して甘えん坊になった。こういった『お願い』だけじゃなく『我が儘』を言うようになった。


 別にそれは悪い事なんかじゃ無い。この子は今成長していて、少しずつ『自分』というものを形作っているのだから。俺は素直に感激してしまうのだ。少し前までは言葉も話せなかったシノが、今はこうやって自分のやりたい事や出来る事、つまり『可能性』を探っているのだから。


 この子は日々成長していて、俺はそれに付いて行くので精一杯だ。それが嬉しくもある。


 もちろん俺だって、シノの言う事を何でもかんでも聞いてやっている訳では無い。最近食べ物の好き嫌いをするようになったシノに、それでもちゃんとバランス良く食べさせるのは俺の役目だ。ヒカルはいつの間にか、俺よりこの子にデレデレだから援護は期待できない。この子の健康は俺が守るしかない。


 それでも、こういった可愛い『お願い』にはついつい頷いてしまう。まあ、別に悪い事をしている訳では無いのだし。


 しばらく、モゾモゾしていたシノだったが、よい場所を見つけて腰を落ち着け、俺に聞いて来る。 


「ヒカルのお話の事?」


 どうやら、俺の考えていた事はバレているらしい。本当に聡い子だと思う。


「うん。そんな所」


 この子に対して隠し事をするのは気が引けるので、正直に話す。そうすると、シノもヒカルの話に思う所が有ったのだろう。俺に尋ねるように話しかけて来る。


「シノね、ヒカルのお話あんまり分からなかったの。でも、ヒカルがみんなに意地悪されてるのは分かるよ。どうして、ヒカルはみんなに意地悪されるの?みんなと違うから?」


 その幼い問いに、俺は俺なりに真剣な答えを返す。


「いや。違う事は悪い事じゃないよ。だって、誰だって誰かとどこか違うんだ。俺とシノだって、全然違うだろ?」


「うん。アキトはシノと違って良い匂いがする。シノと違って温かいよ」


 その答えに「ありがと」と言って頭を撫でてやる。


「シノも俺と違って綺麗な鱗が有る。俺と違ってとっても優しいな。ほらな?違う事は悪い事ばっかりじゃないだろ?」


「うん。じゃあ、なんで?ヒカルもシノと違って良い匂いがするよ?」


「そうだね、なんでだろう」


「アキトにも分からないの?」


「うん。分からない。でも分からない事は『分からない』で良いんじゃないかな。分からない事を『分かった気になる』よりはずっと良い」


「?」


 俺の要領を得ない答えに、シノは首を可愛らしく傾げている。そんなシノを撫でてやりながら、言葉を続ける。


「シノにこれから大事な事を教えてあげる」


「大事な事?」


「そう、とっても大事な事。本当はうちの門外不出の流派の極意なんだけどね」


「いいの?」


 シノが心配してくれる。だが、ここは異世界だし問題無いだろう。

 それに―――


「いいんだ。本当は誰にだって出来る事だから。う~ん、違うか。『本当は誰もがやらなくちゃいけない事』だから」


「やらなくちゃいけない事?」


「そう、やらなくちゃいけない事さ」


 そんな俺の言葉に、やっぱりシノは首を傾げている。そんなシノに優しく、諭すように語りかける。


「いいかい、シノ?この世界はいつだって俺達を騙しているんだ。平然とした顔で。当たり前のように。それが世界にとって都合が良いから。だからね、シノ。世界に騙されちゃいけない。世界を騙すんだ」


「世界を、騙す?」


「別に難しい事じゃ無い。ただ、世界がそう在るから、と云ってそこで考える事や確かめる事を諦めちゃいけない。ちゃんと、自分の手で、足で、目で、耳で『真実ほんとう』を求め続けるんだ。シノから見て、ヒカルはどう見える?皆から意地悪されなきゃいけないような悪い子に見える?」


「ううん!ヒカルはね、シノに美味しいものいっぱいくれるよ!シノのこと、いっぱい良い子良い子してくれるよ!」


「そっか。なら、それがシノにとってのヒカルの『真実ほんとう』だよ」


「うん!」


 そう言ってシノが頷くのが分かる。そんなシノの頭を優しく撫でてやる。どうかこの子がこのまま優しい子に育ちますように。そんな事を考えながら。


 そうしていると、シノがソワソワした様子で聞いて来る。


「じゃーねー、じゃーねー。アキトはシノのこと好き?」


 その質問を微笑ましく思いながら、心からの答えを返す。


「ああ。好きだよ」


 俺の答えにシノは嬉しそうに声を弾ませる。


「じゃーねー、じゃーねー!アキトはシノのこと大好き?」


「うん。大好きだよ」


 なるべく優しく聞こえるように、出来るだけ気持ちが伝わるように、俺は答える。その答えにシノが『キャッキャッ』と喜んでくれるのが嬉しくて。


 しかし、その次にシノから出て来た言葉は予想外だった。


「じゃあ、やっぱりアキトはシノの『お母さん』だよ!」


「――え?」


「それでね、シノはアキトの『お母さん』なんだよ?」


 それまだ引っ張ってたのか…。でも、まあいいか。それはつまり――――。


「じゃあ、シノも俺の事大好き?」


「うん!大大大好き!!」


 そう言って、シノが笑ってくれるのだから。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


 それから俺は夜通しシノの質問攻めに遭ってしまった。


 シノは色々な事に興味を持ち始めているようだった。特にシノが聞きたがったのは俺の元居た世界の話。科学技術に支えられた文明、地を走る鉄の車、海を渡る大きな船、空を飛ぶ鋼鉄の鳥。それらを、何だか懐かしいような想いでシノに話してやる。


 そんな話をしながら、俺はふと思うのだった。そう云えば、ヒカルは俺の元居た世界の話を聞いてきた事は無かったな…、と。おそらく気を使ってくれていたのだろう。そんな事にいまさら気付かされる。頭が下がる想いと同時に、お互いに仕方が無い事に気を使っていたのが可笑しくて、笑みがこぼれてしまう。


「ねーねー!じゃあ、シノは?シノの名前はどう云う意味なの?」


 シノがまた疑問を発して来る。そういえば、シノという名前は俺が勝手に付けたんだったな…。この子にも『自分』と云う物が芽生え始めているのだから、今からでも自分の名前を決めさせるのもいいかもしれない。


「シノ、って名前は俺が勝手に付けちゃったんだ。だから、もし嫌ならシノが自分の名前を決めていいんだぞ?」


 しかし、シノは不思議そうに首を傾げる。


「なんで?シノはシノだよ?シノがまだ何でも無かった時にアキトが付けてくれたんだもん。だからシノはシノ以外の何かじゃないもん。シノはこれからも、ずーーとシノだもん」


「そっか…」

 

 その答えにしばし言葉を詰まらせてしまう。

 もしかしたら、俺はこの子の何かを勝手に大きく決定付けてしまったのかもしれない。そんな罪悪感を抱いてしまったのだ。

 時々忘れてしまいそうになるけれど、シノは太陽竜と云うこの世界においてとても大きな存在なのだ。そんなシノに俺は『シノ』という名前と人格を与えてしまった。それ自体は後悔なんてしていない。けれど、それがこの子が本来持っていた物を歪めてしまったのかもしれなかった。それが俺の罪。

 だからせめて、この子が往く道を決して『世界』なんて物に邪魔させない。この子には自分の往く道を自分の意志と足で歩いていかせるんだ。それがきっと、『太陽竜』を『シノ』にしてしまった俺の責任だから。そんな決意を胸に芽生えさせる。


 そんな俺の胸に芽生えた新芽に水を与えるように、シノが問うて来る。


「ね、ね!そんなことより、シノの名前の意味は?」


「ああ、そうだな…」


 そう言って、俺はシノから顔を上げ、空を見る。


 ヒカルの睡眠の邪魔をしないようにテントの外に出ていた俺達の目の前には、薄っすら明るくなっている空が見える。それは綺麗な茜色の空。


 俺はその空を指して言う。


「あんな風に綺麗な夜明けの空を『東雲しののめ』って言うんだ。それから貰って、『シノ』。シノと同じで綺麗だろ?」


 そう言うと、シノも一緒にその空を見ていた。


「本当だ!綺麗な空!シノと同じでキラキラしてる!」


 そう言って、しばしその東雲しののめに見惚れる俺達。


 しばらくそうしていると、再びシノが声を掛けて来る。


「ありがとね、アキト!」


「ん?」


「シノをシノにしてくれて、ありがとう!」


「うん」


 それから、俺達はその朝日が昇り切るまで、そうして一緒に眺めていた。

「シノはアキトが大好きで、アキトはシノが大好き!」


「うん、まあそうなんだけど、何回も言われると流石に照れるな…」


「嘘じゃないよね?」


「………(何このプレッシャー?)。大丈夫、俺の一族は騙すのは得意だけど、嘘は下手だから」


「そうなんだ~♪」


「(ホッ…)」


「じゃあ、チューして!」


「は?」


「大好きな人と大好きな人はチューするんだって!」


「どこからそんな知識を…」


「前にヒカルがぶつぶつ言ってた!」


「ヒカルさん!?」

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