第27節
昨日は色々失敗した…。これからは気を付けたいと思います。
第27節
「ここもハズレみたいだな…」
俺は隣を歩くヒカルに話しかける。ヒカルもおそらく同じ事を考えていたのだろう、こくりと首を縦に振って答える。
今俺達が居るのは火竜の国の南外周部にあるテトラの森だ。数日前、滞在していた街で、この森に竜が出たと云う噂を聞き付け、それを確かめに来たのだが…。どうやらガセだったようだ。竜の影も形も無い。ここテトラの森を含む、火竜の国の南部は深い森も多いと聞いていたので、少なからず期待をしていただけに、残念さもひときわ大きい。
すでに、俺達は竜が居ると云われる場所を三か所も訪ねていた。ここを含めれば四か所だ。
王都にてオルドウェイ家の歓待を受けた俺達は、しばらく王都に留まり竜に関する文献を調べていたが、芳しい成果が挙がらなかった為、直接竜を訪ねる事にしたのだった。引き止めてくれるオルドウェイ家の面々に手厚くお礼を言って、俺達が王都を後にしたのは既に一か月も前の事だ。
王都を後にした俺達は、あちらこちらの街で竜の居場所に関する情報を集め、それを確かめる為にこのような場所へと足を運ぶ日々を続けていた。
けれど、なかなか竜には会えなかった。
「仕方無い。街に戻ろう」
そう言ってヒカルを促し、来た道を引き返して行く。街まで徒歩で二日程だが、それが大した事無い、と言える程度にこの一カ月は歩き通しだった。
「街に戻ったら、今回は少し休んでから次に行こう」
そう言って、ヒカルに休息を促す。それほどまでに彼女は休みなく竜を探し続けていた。俺はそこそこには鍛えてあるから大して問題では無いが、ヒカルやシノの体力の方が心配だ。ここらで一旦休憩を入れないと、いつか潰れてしまいかねない。
しかし。
「いや、すぐに次の街に急ごう。あの街には情報収集の為にしばらく留まっていたから、私が獣人であることがバレている可能性も有る。そうなれば『普通の宿』には泊まれないから」
そう言って先を急ぐのだ、このねこみみ娘は。別に俺は獣人宿でも問題無いと何度も言っているのだが、それを頑として聞き入れてくれない。そして、今回も俺の言う事は聞いてくれないだろう。
「私達獣人の問題にアキトを巻き込む訳にはいかない」
と言って。
俺も以前のように強引にでも彼女を休ませてあげたいが、それでも彼女の言う通り、一度訪れた街ではヒカルが獣人であることがバレている可能性は十分に有るのだ。聞き込みを俺に任せきりにしたがらない彼女は、いつだって自分の足と目と耳でもって真実を追求する。それが悪い事だなんて絶対に言わない。けれど、そんな彼女の姿勢が彼女の首を絞めているのも確かな事なのだ。
かと言って、俺が獣人宿に泊まろうとするのも大いに嫌がるヒカル。俺達は街から街へと、転々とするしかなかった。
何故、獣人はそんなにも迫害されているのか?
何度も口を吐いてしまいそうになるその疑問。けれど、今回も俺はそれを口から出す事無く、胃の腑に収めてしまうのだった。何故かそれを自分から聞いてしまうのはマナー違反な気がしてしまって。
そんなぎこちなさを感じながら、俺達は街への道を進むのだった。
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「ダンジョン?」
「ああ、このまま噂だけを元に竜を探しても同じ事だ。ならば、可能性は小さくても確かに存在する物を当たった方が良いだろう」
ヒカルがそんな事を言いだしたのは日も暮れて、俺達が野営の準備をしていた時だった。おそらく彼女も今まで通りのやり方では、そうそう結果が得られないと思ったのだろう。調査の方法の変更を提案して来た。
確かに今までの方法では、この先も同じ結果が続くであろう事は容易に想像できるが、それが何故『ダンジョン』という言葉に繋がるのだろうか?
「それはまあ、そうだろうけど…。でも何で『ダンジョン』?」
「『ダンジョン』と云うのは、領域外に在る古代の建造物や深い洞窟などを指す言葉だ。そういった場所は基本的に魔獣の住処となっているが、貴重な素材や古代の魔法道具が眠っている場合も多い。そして、古代の文献も残っているかもしれない」
実にRPGチックだ。だが、ちょっと待てよ?
「何で領域の外にそんな物が在るんだ?」
「それは…。この世界にはもともと領域なんて物はなかったんだ」
領域が無かった?それじゃあ、人々はどうやって魔獣から身を守っていたのだろうか?
おそらく彼女も俺が考えている事が分かったのだろう。すぐさま言葉を続けてくれる。
「この世界には元々魔獣なんていなかったんだよ。彼らは突然現れて、それまでの人間の文明を破壊してしまった。だから今、人間達は領域に引き籠っているんだ」
「突然現れた?」
それはどう云う事なのだろうか?魔獣は元々この世界にいたのでは無いのだろうか?もしかして、彼らも俺と同じく別の世界から連れて来られたのだろうか。けれど、それにしては規模が大きい。それまでの人間の文明を破壊してしまうほどの魔獣が一度にこの世界に現れた事になってしまう。俺がたった一人で連れて来られたのに対して、だが。
彼女はその質問になかなか答えなかった。辛そうに顔を歪めたままうつむいている。どうやらこの件に関してこれ以上突っ込まない方が良さそうだ。そう判断した俺は話題を変える事にする。
「で?その『ダンジョン』て云うのはどこに在るんだ?領域の外って事は結構な準備が必要そうだよな」
けれど、そんな俺の態度は逆に彼女の覚悟を決めさせてしまったようだった。その眼には明らかな決意が宿る。
「ありがとう。余計な気を使わせてしまった」
「いや、そんな事は…」
「いいんだ。魔獣が何故突然現れたのか。これには私達獣人が何故差別されているかが関わって来る。私はアキトがこの世界の事を知らないのをいい事に、それを黙っていた。すまない」
そう言って頭を下げる彼女。俺は慌てて首と手を左右に振る。
「別に良いって。それに言いたくないなら、言わなくても良い」
「そう言ってくれるのは嬉しいが、やはり言っておきたいんだ。そもそも、この程度の事でアキトが獣人を差別するようならば、とっくの昔にアキトは私の前から居なくなっているだろうしな。結局私もアキトを信頼しきれていなかったと云う事だ。すまない」
「………」
そう言って再び頭を下げるヒカル。俺は何と言っていいのか分からず、黙り込んでしまう。
それに。それに、だ。
俺だって、何故彼女達がそんな理不尽な目に遭っているのか、ちゃんと知りたかったのも確かなのだ。
何も言わない俺に、ヒカルがポツリポツリと語り出す。それは、以前彼女が「話したくない」と言っていた、太陽竜の死にまつわるお話だった。
「昔、昔。太陽竜が世界を産んだ後のお話。その世界で竜と人間達は互いに助け合い、大いに繁栄していたそうだ。大陸のいたる所に大きな都市が建造され、太陽竜を讃える神殿がいくつも建てられたそうだ。そこに魔獣なんていなかった。誰かが誰かを害する事も無く、ただ平和と繁栄のみがそこには在ったそうだ」
神話にありがちな楽園。理想郷。まさしくそう云った世界だったのだろう。
そこで、一旦言葉を切って彼女は話を続ける。
「けれど、それは突然終わりを告げた。『ソレ』の出現によって」
「『ソレ』?」
「ああ。ソレは世界すら飲み込んでしまえるような巨大な狼。後に、太陽竜の対として『月狼』と呼ばれるようになるソレ」
「ッ!?」
「ソレはどこからともなく現れて、世界を喰らおうとした。それを太陽竜が黙って見ている筈も無い。彼らは互いに争い始めた。それがこの世界で初めての『争い』」
そこで、再び言葉を切るヒカル。どうやらここからが話の肝のようだ。
「彼らの戦いは長く続く事になる。彼らが争った後には、谷ができ、山が生まれた。世界そのものすら震わせる戦いは、やがて太陽竜の勝利で終わりを告げる。月狼の身体は引き裂かれ、その目玉は空へと昇り、月となり。その肉片は世界中へ飛び散り、魔獣を産んだ。その争いで命を失った太陽竜も空へと昇り、太陽となった。そして太陽竜が死んだ後、世界には魔獣が蔓延る事になる」
月狼の肉片が魔獣になった?あまり現実的では無いが、これはあくまで神話なのだと納得する。
彼女の話は続く。
「月狼の肉片から産まれた魔獣は月狼と同じく世界を喰らおうとする。その勢いはまさしく圧倒的で、瞬く間に人間の文明は滅んでしまった。今や竜達の守護するこの領域の中でのみ人間は生存を許されている」
だからそれまでの人間の文明は滅んでしまったのか…。
でも、それと獣人に何の関係が有るのだろうか?獣の一部を持つから魔獣と一緒だ、と云う事なのだろうか?
そう思いながら彼女を見る。すると、彼女も真剣な目を俺に向けて語る。
「こうして、月狼の産んだ魔獣によって、人間の生存圏は大きく縮小されてしまった。けれど、月狼が産んだのは魔獣だけじゃなかった」
俺はその真剣な目から視線を逸らさないように、真っ直ぐにヒカルを見詰める。
彼女の覚悟に答えるために。
「月狼の肉片からは魔獣が産まれた。そして、引き裂かれた月狼の血を浴びてしまった人間は獣人となってしまった。それが、私達獣人が差別される理由。私達は魔獣と同じ存在から産み出された。穢れた血を受けし者達の末裔。それが獣人」
「………」
俺は何も言えなかった。別に彼女の話に驚いたり、彼女を気持ち悪く思った訳じゃ無い。その逆だ。
何だ、そんな事か、と。大した事じゃ無いじゃないか、と。そんな事ならもっと早く話してくれてもいいじゃないか、と。そんな事を思ってしまった。
けれど、それはこの世界の住人では無い俺の視点からであって、この世界に生きる彼女達の現実なのだ。それを「何だそんな事か」と言って、笑い飛ばすのは簡単だ。
だが、彼女達にとっては笑い事では無いのだ。この世界の多くの人々が信じている『神話』の真実なのだから。
だから。
「そっか」
それだけ。その一言だけ。
そして、彼女も。
「…ん」
それだけ。
確かに色々と考えてしまうのだけれども。それでも俺とヒカルの間にはそれだけで事足りるのだから。
そうして、言葉数も少ないままに、夜は更けていく。
「月狼の血、か…」
「…やはり気持ち悪いか?」
「いや、そうじゃなくて」
「?」
「月狼の血があったら、人類猫耳化計画が発動できるな~と思って」
「…別に獣人は猫耳ばかりではないぞ?」
「まじで!?犬耳有るの!?」
「何だその食いつきようは…」
「有るのかと聞いている!!」
「…有る」
「なんて事だ…」
「おい、どうした?さっきから変だぞ?」
「ここは楽園だったのか――!!」
「………」
「どうした、ヒカル?」
「いや、アキトは猫耳より犬耳の方が好きなのかな…と思って」
「いや?猫耳の方が断然好きだが?」
「そ、そうか…」
「?」




