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白銀のスコール  作者: 九朗
第一章『アキト=オガミ』
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第20節

 予告通りのシノ回です。


アキト君の悩みの種も増えてます。増し増しです。



第20節


 フワリ、フワリと白い綿毛わたげが飛んでいる。

 まるでタンポポの綿毛わたげを何倍も大きくしたようなそれは、「ケープ」と云う植物の種子らしい。

 目の前のケープは、その綿毛わたげの塊が今にも風に吹かれて飛び立とうとしている。


 俺とシノはそれを今か今かと「ジ―」っと見ていた。



 グレイベアを倒してから、既に一週間経っている。俺がこの世界に来てからだと、もう十日だ。


 俺達は負傷した騎士たちを護衛して、彼らの基地が有ると云う“ノーレ”という街を目指していた。

 怪我人が居るため無理も出来ず、ゆっくりとした道行だったのだ。


 そして、俺達は今火竜の国の「領域エリア」の内側に居る。


 地球で言う典型的な地中海性気候である火竜の国は、ぶどう等の果実の栽培に加え、牛や羊などの牧畜も盛んだ。


 ちなみに、今俺達が見ているこのケープという植物。

 これは、牧草の一種で、多年性のこの植物は毎年春と秋にこうして種子をばら蒔き、子孫を残す。

 綿毛わたげで勝手にあちこちに繁茂はんもしてくれるので、わざわざ飼料用の植物を育てる必要も無く、特にその新芽は豊富な栄養素を含んでいるため放牧している動物も病気に掛かりにくいという優れモノらしい。


 ただ、大陸ではこの火竜の国の気候にしか適さないらしく、火竜の国以外の国で栽培しようとしても上手くいかないそうだ。

 だから、このケープによって支えられた牧畜産業は、食肉供給だけでも大陸の半分以上を占め、乳製品も質の良さから各国で重宝されており、火竜の国はそれらの輸出で大儲けしているらしい。

 ケープ様々(さまさま)だ。


 で、俺達はそのケープ様が種子を飛ばそうとしている所を見ている訳だが…。


 季節は春。ほのぼのとした陽気の下で俺達一行(+騎士団半分)は休憩を取っている。

 目の前のケープは今にも種子を飛ばしそうなのに、良い風が吹かないのか、はたまた子供たちが親との別れを惜しんでいるのか、中々飛び立とうとしない。


『お前達、元気でやるのよ』


『やだよ、おっ母さん。俺達、まだおっ母さんと一緒に居たいよ!』


『あらあら、困った坊や達ねえ。あんまりおっ母さんを困らせないで』


『でも、俺達まだおっ母さんに、何も恩返しをしてないよ!』


『そんなこと…。私はあなた達が元気に育ってくれれば、それで良いの。それで良いのよ』


『おっ母さん…』


『まだまだ、泣き虫が抜けないのね。でも、これでお別れよ…。元気に育つのよ。葉磨はみがきを朝晩ちゃんとすること。早寝早起きを心掛けなさい』


『いやだ、いやだよ!おっ母さん!!』


 ひゅ~~



「―――あ」


 どうやら、脳内劇場をやっている内に風が吹いてきたようだ。

 それでも必死にしがみついていた子供達も、やがて風に流されるように飛んで行った。

 それを、俺とシノはポカンとした顔で見ていた。


 しばらくして、シノから声が掛かる。


「ふわふわ。飛んでっちゃった…」


「そうだね…」


「ふわふわ、どうなるの?」


「う~ん。きっと、どこかの地面に落ちて、お母さんみたいな立派な草になるんじゃないかな?」


 シノの無邪気な問いに答える。


 この数日の間に、シノはさらに流暢に言葉を話せるようになっていた。

 もはや、以前のようなたどたどしさや、片言みたいな調子は見受けられない。

 俺や、ヒカルが喋っているのを聞いてあっという間に成長してしまった。


 勿論、俺だってこの数日間何もしていなかった訳じゃない。

 以前に約束していたように、ヒカルがこの世界の文字を教えてくれていた。

 もちろん、スパルタで。最近遠慮が無くなって来たヒカルは、問題を間違えると雷を使ったお仕置きをしてくれるのだ。ありがたくて、涙が出るね!

 まあ、おかげでこの世界の文字を粗方覚えられた。


 と言っても、俺が優秀な訳ではなくて、この世界の文字は日本語と同じような文法で構成されているし、文字の方も五十音を使った文章だったのだ。


 簡単に言うと、この世界の文字は日本語の平仮名とカタカナに当たる文字で表されており、動詞や形容詞、名詞をカタカナに相当する文字で。それ以外を平仮名に相当する文字で書くそうだ。


 要は、「俺はシノを撫でた」と云う文章をこの世界風に書くと、「オレはシノをナデた」となる。もちろん五十音の文字は日本語とは形が違うが。


 最初のうちは、ついつい漢字の部分だけをカタカナに直してしまって、ヒカルの雷撃をよく喰らっていた。

 だが、文字の形さえ覚えてしまえば、それほど難しい物でも無い。これは、数少ない幸運の一つだったろう。


 ちなみに、漢字に相当する文字も有るのだが、貴族や神官などの一部の人間しか使わないので、普通に生きていく分には問題ないらしい。


 ついでに言っておくと、シノも既に文字が読める。

 俺のように、例え違う形であろうと五十音の全てを知っている訳でも無いだろうに、本当に聡明な子だと思う。


 そんな事を考えていると、シノがさらに疑問を口にする。


「お母さん?お母さんって何?」


「――え?」


 そういえば、この子にはお母さんがいるのだろうか…。そんなシノに俺はどうやって答えようか迷ってしまった。 


「お母さんって云うのは、自分を産んでくれた存在の事…かな?」


「産んでくれた存在?」


「う~ん。もっと言えば自分を愛してくれる存在…かな?」


 俺はどう答えて良いのか分からず、とりあえず当たり障りのない言葉を選ぶ。…が。


「じゃあ、シノのお母さんはアキトだ!」


「――え!?」


「それに、アキトのお母さんはシノだよ!」


「―ええっ!?」


「違うの?」


 純粋に聞かれてしまった…。


「や、違わないけど、ちょっと違うというか…。そもそもお母さんは女性に付けられる呼称である訳で…。俺はどちらかと云うとお父さんじゃ…」


「お母さん!」


 聞いて無いし…。


「お母さん、シノの事『お母さん』って言って良いんだよ?」


「もう、訳が分からん…」


 俺が頭を抱えていると、後ろから声が掛けられる。

 真面目そうな、それでいて高貴さをにじませる凛々しい声。クルスだ。


「アキト様。そろそろ出発したいのですが、宜しいでしょうか?」


「そのアキト様って言うのを止めてくれたら、良いよ?」


 そう彼は、と云うか彼ら騎士団の面々は俺を様付けで呼ぶのだ。

 一週間近くも一緒に行動する事になる以上、シノの存在を隠し切る事は難しい、と判断した俺達は、早い段階でシノの事を明かした。


 勿論、最初は阿鼻叫喚だった。

 騎士の面々は皆、地に膝を付き、胸元から火竜をあしらったメダリオンを取り出して、額にくっつけて、礼拝をするように祈りの文句を唱え始めたのだった。

 あの時は、シノが凄い怯えてたっけ…。


 そして、シノの事を説明する上で俺の説明を避けて通れる訳も無く…。

 太陽竜と、その言葉を理解する謂わば『使徒』がワンセットになっているのだ。

 再び彼らは、火竜をあしらったメダリオンを(以下略)。


 とにかく、そのせいで俺は「様」などという最も俺と縁遠い呼称が付けられる事となったのだ。

 何度も注意して止めてくれるよう頼んでいるのだが…。


「分かりました。宜しいのですね。では出発しましょう」


 俺の台詞の前半部分を完全無視された!それは不敬に当たらないのか!?


「良いけどね!?」


 俺の方が涙目だった。


―――――――――――――――――――――――――――


「ふわふわ~。ふわふわ~」


 謎の歌を歌いながら、頭の上のシノは肩に後ろ足で立って、前足でもって綿毛わたげを捕まえようとしているようだ。身体を支えるように尻尾は俺の背中に張り付けられている。


 俺は歩く速さを調節して、丁度良い所に綿毛わたげが来るようにしてやる。


 すると、どうやら上手く捕まえられたようで、「キャッキャッ」という嬉しそうな声が聞こえてくる。

 すぐさま、肩口まで降りてきて俺に見せてくれる。


「アキト!ふわふわ捕まえた!!」


 器用に前足で掴んだ綿毛わたげを見せてくれる。


「お~、凄い凄い!でも、後で放してあげるんだぞ?」


 頭を撫でて褒めるついでに、教育をしておく。命大事。


「うん!」


 シノもそう言って、また俺の頭に張り付いて綿毛わたげを弄り始める。


 っと、そうこうしている内に目的の街が見えて来たようだ。


「あれが、私達が駐屯している街、ノーレです」


 そう言って、横からクルスが説明してくれる。


 ノーレは、別名「火と水の交わる街」と呼ばれ、その名の通りこの街は火竜の国と水竜の国を繋ぐスチム街道を通る旅人達なら必ず訪れる街であるそうだ。


 街には温泉も湧くので、火竜の国の年中温暖な気候も相まって、越冬地としての人気も高いそうだ。


 スチム街道のおかげで、水竜の国から新鮮な魚介類も運ばれて来るそうだが、今は野盗騒ぎのせいで交易が滞っており、しばらくしないとその恩恵には与れそうに無い。

 おのれ、野盗。


 とにかく、なんとか全員無事に街に着けた訳だ。


 街に着く前に一つ確認しておかなければならない事が有る。


「シノと俺の事は口外しない約束でしたよね?」


「ええ。ここに居る者達は皆、心得ております。アキト様達にご迷惑の掛かる事が無いようにいたしますので、ご心配無く」


 それが聞ければ安心だ。仕方なく明かした事だとは云え、態々広めたい訳では無いし。


「我々は街に着いた後、報告に行かなければならないので、護衛の謝礼はその後という事にさせて下さい」


 俺達だってロハで騎士たちを護衛していた訳ではない。グレイベアの件も含めて、冒険者であるヒカルを通して謝礼をくれると言うので、こうして一緒に行動していた訳だ。

 この世界の通貨を持っていない俺としても、ヒカルに頼りっきりと云うのは情けないと思っていたので、渡りに船と引き受けたのだ。


「分かりました。良いよな、ヒカル?」


「…ん」


 特に興味が無さそうに答えるヒカル。


 そう云えば、ヒカルの依頼はどうなるのだろう?ゲームとかなら全ての街にギルドって有りそうだけど、この世界じゃギルドは非公認組織らしいし…。

 疑問に思ってヒカルに聞くと。


「…一応ギルドの支部は、ほとんどの街に存在している。けれど、今回の依頼は個人からの物。ギルドを通せば報酬は受け取れるけど、今回は場合が場合だから、依頼者に直接報告しないといけない」


 らしい。


「依頼人って…。どこに居るんだ?」


「…火竜の国の王都『フランベル』」


「じゃ、次は王都か…って『王都』!?王様がいるのか?」


「…ん。でも、この国は宗教の力が強くて、既に王は飾り物に近い」


 世知辛い…。異世界であろうと、現実の何と世知辛い事か…。

 獣人の差別が強いのも、そのせいなのかもしれない。


「うん?貴方達は次に王都へ向かうのですか?」


 俺達の会話を聞き付けたクルスが尋ねてくる。


「はい。そうらしいです」


「フム…。ならば、私も連れて行ってくれませんか。王都には実家が有るんです。野盗が討伐されて、しばらく非番になると思いますし、里帰りをしたいのです。個人的にお礼もしたいですし」


「どうする?」


 俺はヒカルに聞いてみる。


「…獣人と一緒が嫌でなければ、好きにすると良い。ただ、あの街には三日しか留まるつもりは無い」


「らしいです」


「そうですか、ありがとうございます。三日の内に支度をしておきましょう」


 そう言って、俺達はノーレの街へと近づいて行くのだった。

「シノ様、アキト様、ヒカル様。ようこそ、ノーレの街へ!」


「………。いいかげん、その『様』は止めませんか?」


「いえいえ。竜と話せるのは高貴なお方の証。失礼が有ってはいけませんから」


「若干、楽しんでないですか?」


「いえいえ、とんでもない!」


「こんな芝居掛かった台詞は聞いた事無いよ…」


「ゴホン!とにかく、あなた方は我々の命の恩人なのですから、あまり遠慮をなさらないで下さい」


「遠慮してないよ!純粋にやめて欲しいと思ってるよ!!」


「…そうか?悪くないぞ?」


「ヒカルさん!?」

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