第19節
アキト君をイジメるのは楽しいですね。
前節のあとがきを見てないと分からない所があるかもしれないので、まだ読んでない方はそちらから読む事をオススメしますよ。
次はやっとシノ回です。最近シノをあんまり書いて無かったから頑張る。
まあ、シノがあんまり喋れなかったからでも有るんですが…。
第19節
昔、昔。といっても、そんな大袈裟なほどの昔ではなく、俺がまだまだ小さくて、無邪気で、今よりもっともっと子供だった頃のお話。
その頃の俺は、まだ命と云うものがよく解らなくて。
自分にもそれが一つだけ宿っている事すら理解していなかった頃。
俺の家に一匹の燕が迷い込んだ事があった。
その馬鹿な燕は、田舎ではよくある事なのだが、防犯という概念をいっさい無視したように大きく開け放たれた我が家の窓から、まさしく青天の霹靂のように現れた。
幼いながらも、その燕を逃がしてやろうとした俺は、家中の窓という窓の全てを開けてやった。
けれど、その燕は本当にお馬鹿だったのだ。
せっかく開けてやった窓には近寄ろうともせず、あちらこちらの壁にどったんばったんぶつかって、まるで自分の身体をわざと痛めつけているようだった。
その痛々しさを見かねた俺は、その頃愛用していた虫取り網を持って来て、その燕を捕まえようとした。
重ね重ね云うのだが、その燕は本当の本当にお馬鹿さんで、十にも満たないような俺の振り回す虫取り網にいともあっさりと捕まえられてしまったのだった。
虫取り網に捕えたままで、燕を外に連れて行く小さな俺。
さて、逃がしてやろうと思ったら…。
重ねて云うのだが、その燕は本気でアホの子で、虫取り網の中で暴れまわったせいでその細い足が網に絡まってしまっていた。
俺は呆れつつも、その足に絡まった網を丁寧に解いてやる。
そうして、虫取り網から解放された燕を両手で抱えて、空に向かって放してやろうとした、その時だった。
この時が俺の初めてだった。初めて命と云う物を理屈ではなく、直感で感じ取ってしまった。
俺の小さな両の掌の中、さらに小さな命が収まっていた。
その命が、この小さな掌を握るだけで掻き消えてしまうという事実。
正確には、この小さな掌を握った時に掻き消えてしまうのが『命』というモノだと気付いてしまった。
幼い俺には、それが恐ろしくて恐ろしくて堪らなかった。
おそらくその時、俺は『無邪気な少年』ではいられなくなってしまった。
その時俺が得たのは、命の重さとその重い命を簡単に消してしまえる掌を俺が持っているという事実だった。
いつの間にか場面が切り替わる。
俺の掌の中にいた燕はもう居なかった。
その代わり、俺の掌は深々と何かの腹に食い込んでいる。
俺はその掌越しに命が消えていくのを感じ取っていた。
俺は絶叫していた。
俺は小動物が好きだ。
彼らは俺を殺そうとしないから。俺も彼らを殺してしまわなくて済むから。
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とっくの昔に気付いている。
これが俺が見ている悪夢だと。
けれど夢は俺の物であって、俺の物じゃないのだ。
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俺はどことも知れない森に居た。幼い姿そのままで。
辺りの暗がりから正体の知れぬ獣の唸り声が響いてくる。
幼い俺は恐怖から走り出した。
突然、暗がりから何かが現れる。幼い俺の背丈の何倍も大きな熊だった。
無我夢中で腕を振るう。それはあっさりと熊に突き刺さり絶命させる。
幼い俺は恐怖から走り出した。
突然、暗がりから何かが現れる。幼い俺の背丈の何倍も大きな熊だった。
無我夢中で掌を振るう。それはあっさりと熊に突き刺さり絶命させる。
幼い俺は恐怖から走り出した。
突然、暗がりから何かが現れる。幼い俺の背丈の何倍も大きな熊だった。
無我夢中で拳を振るう。それはやっぱり熊に突き刺さり絶命させてしまう。
俺は願った。
(帰りたい、帰りたい、帰りたい、帰りたい、帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい)
けれど、俺はどこにも帰れず、どことも知れない森に居た。
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夢は所詮、夢だ。
どうせなら楽しい夢を見たいのは山々だけど、こればかりはどうしようもない。
おそらく、これは罰なのだ。
そう言って、彼は心の防御を固める。自分の夢が相手ではどこまで意味が有るか分からない。
けれど、こんな夢を見て、落ち込んで、起きた時に彼女たちを心配させる訳にはいかないから。
実際には心で涙を流そうと、血を流そうと、俺は自分自身を騙し切る。それが、出来る筈だ。否、出来なくてもやらなくては。
そんな、時だった。
ふわり、と誰かの手が俺の頭を撫でるのを感じた。
悪夢の中に在ってそれは確かな温かさと柔らかさでもって、悪夢を塗りつぶし、世界を造り替える。
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そこは楽園だった。
あたり一面、猫やら犬やら、おおよそ俺が考え付く限りの小動物が溢れかえっており、俺は彼らに揉みくちゃにされながらも彼らを撫でる。
まさしく、夢の中だからこそ実現するような夢の国。
彼らは自分の舌やら、頭やら、顎やら、肩やら、背中やら、尻尾やらを無邪気に俺に擦りつけてくる。
俺はそれが嬉しくて嬉しくて。出来うる限りの愛撫を返してやる。
けれど、そんな輪から少し外れた所にポツンと一匹の猫が寂しそうに座っている。
だから、俺は小動物達の輪から逃れ、その猫に近づいて行く。すると、その猫は警戒するように、あるいは怯えるように地面にペタンと伏せてしまう。
俺はそいつを怖がらせないように、そっと手を伸ばす。俺が思うに、この時こそが人間の心が最も他者に対して開かれる瞬間であると思う。俺は敵じゃないよ、俺は仲良くしたいんだよ、そっと触れさせて、そっと撫でさせて欲しい。そんな、動物が好きな人なら一度は抱いた事の有るであろう感情。
俺はそんな気持ちを込めて猫に手を伸ばす。
けれど、猫はそんな俺の手に、ガブリと噛みつく。毛を逆立てて、その瞳には憎しみが宿っている。
痛みは無い。夢の中だ、当然痛くは無い。けれど、俺の心が痛むのを感じる。
その猫は、少し臆病なだけなのだ。決して俺や人間が嫌いな訳ではない。怖いから、恐ろしいから、その猫は俺に牙を剥いたのだ。動物にだって心は有る。人間と同じ、もしかしたらそれ以上に豊かな。
だからこそ、怖い、恐ろしい、と云う感情から憎しみが出てきてしまうのだ。
だから、俺は空いている方の手でもう一度猫を撫でようとする。
猫はそちらの手が、今噛みついている方の手より自分に近づいた途端、今度はそちらの手に噛みつく。
その瞬間、俺は解放された方の手を素早くその子の頭に乗せて、そっと撫でてやる。
そのまま何回か、優しくなでてやる。俺には君を害するつもりは無いんだよ、という心を込めて。
やがて、猫の方も俺に自分を害する気が無いのが分かったのか、そっと手から口を放し、謝るように、労わるように、俺の指を舐めてくる。
やがて、他の小動物達も俺の周りに追いつき、同じように俺の身体のあちこちを舐めてくる。
それに怯えたように、猫は座り込んだ俺の膝元に避難してくる。
俺はそっとその背中を撫でてやるのだった。
その毛並みは愛らしい、トラ柄であった。
ん?黒かと思ったか?残念、トラでした!
俺は動物達を改めて撫でてやりながらこう思った。
やっぱり、俺は小動物が好きだ。
何故なら、彼らと一緒に居るとどこまでも優しくなれるから。こんなにも自分が優しい存在になれる事を感謝できるから。
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俺はその感触を額に感じながら、思い出していた。
『――――私の前で自分を騙すのはダメ』
そういや、そんな事言ってたな…。結局返事して無かったけど。
でも、おかげで自分を騙す必要は無くなった。
ありがとう、と心の中で呟く。まあ、口に出したところで、ここは夢の中なのだけれど。
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俺はそのトラ猫の背中を撫でながら、大人しく撫でられるトラ猫に彼女を思い出していた。
そう云えば、初めて会った時より大分感じが変ったよな。
多分、俺が竜と話せる事が分かってからだった気がする。
おそらく、それこそが彼女の素なのだろう。研究者と名乗った彼女らしい、ハッキリとした物言いをするようになったのは。
勿論そんな彼女も悪くないのだが、いつも叱られるこちらとしては、初めて会った時の『猫を被っていた』彼女が懐かしい。
まるで、膝の上のトラ猫と同じく、まさしく「借りて来た猫のように」大人しかったっけ。
いつかまた、あの時と同じようにしおらしい彼女も見てみたいと思った。
当然、過去には帰れないのだけれど、いつかきっと。
帰ってみたい気持ちは、勿論あったが。
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そんな、事を考えていた時だった。
突然、俺の頬をつねる感触と痛みで、夢の世界から現実に引き戻されたのだった。
ちょっとだけ、それを惜しく思いながら、俺は夢の世界とお別れした。
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「痛ッた――――――――!!」
「起きたか」
彼女の声が近くから聞こえた。
「何?何すんのさ!?」
俺は涙目で抗議する。せっかく良い夢を見ていたというのに。
しかし、返って来たのは不機嫌そうな彼女の言葉。
「いや、何。悪夢にうなされていたようだったのでな」
確かに、最初の方は嫌な夢だったが、最後の方は良い夢だったのに…。
そんな気持ちを込めて彼女に文句を言ってやろうと、そちらを向いたのだが…。
虎が居た。
夢の中のトラ猫とは比べるべくも無い、まごう事無き虎が居た。
あれ?俺何かしたっけ!?
確かに、寝る前に彼女の仕草を笑いはしたが、その時の罰は既に受けているはずだ。
あの時はクルスが仲裁に入ってくれるまで、ずっと拷問を受けたっけ。
しかし、彼女も一旦は怒りを収めたはずだ。
それで無いなら、一体何に怒っているのだろう?
「あの…。怒ってます?」
恐る恐る確認する。勿論確認するまでも無く、怒気が伝わってきているのだが、この時の俺に他の言葉が発せたとは思えない。
「何故?」
彼女は笑って返してくる。しかし、目は笑っていない。
「涙を流してうなされていたからな。あまりに可哀そうだったので、起こしただけさ。余程酷い悪夢だったようだな?」
泣いてたとか…、恥ずかしい。
けど、そう云う事ならお礼を言わなければ。なぜ怒っているのかはともかく。
「そうか、ありがとな!いや~ホント酷い悪夢だったよ。けど、最後の方は―――――」
気恥ずかしさも手伝って、少しおどけて言う俺の言葉は、「ピシリ」という怒気によって空気が割れるような音で遮られる。
「――え?」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺はヒカルの生みだす雷撃に焼かれていた。マジ死ぬ。
杖を使わなければ、彼女と言えどもこの程度の雷しか出せないそうだが、それでも俺を拷問に掛けるのに十分だ。
当のヒカルと云えば――――
「男と云う奴は、男と云う奴は―――――!!」
と、謎の呪詛を吐きながら俺を焼いている。
周りの騎士さん達も起きてきて、驚いて見ている。
いや、見てないで助けて。お願いします。
「アキト、ダイジョウブ?」
「うん、大丈夫。はぁ、最近はシノだけが俺の癒しだ…」
「何か言ったか?」
「いえ!何も言ってません!」
「アキト!シノ、アキト癒ス!」
「シノ…。なんて優しい子…」
「まるで私が優しくないとでも言いたげだな」
「…シノの教育に良くないから、拷問はあっちでお願いします」




