第17節
珍しいのか珍しくないのか、良く分からないエーデル嬢デレ回。
第17節
日はすっかり暮れ、月明かりに照らされるスチム街道で私達は野営をしている。
グレイベアを倒した私達は今負傷した騎士たちの手当てをしていた。
宗教色の強い火竜の国では獣人に対する差別が激しく、今私が手当てをしている騎士も若干、居心地が悪そうにしている。
それでも、私達がグレイベアを討伐したのは分かっているので、決して邪険にはしない。それどころか、手当てを終えた私に向かって「…ありがとう」と、小声ながらもお礼を言ってくれる。
何だか不思議な気分だった。
グレイベアを倒したのはアキトだし、彼らを助ける為に走り出したのもアキトだ。
アキト、彼は不思議だ。不思議な青年だ。
その本質はただ「優しい」のだ。決して優し過ぎる訳では無いが、近付く者にそっと触れ、そして触れさせる。そんな類の優しさを持っている。
そこまで考えてから、チラリと騎士の手当てに走りまわる彼を見やる。
その顔には既に先ほどまでの涙の気配は無いが、それでもいつもの彼を見ていた私は夜の暗さのせいだけでない影を感じ取る。
グレイベアを倒した後、彼がポツリと洩らした言葉を思い出す。
『…やっぱり、命は大事だ。これ絶対』
その横顔を見ながら、後悔がチクリと胸を刺すのを感じる。
私は彼に「価値を決めて良い命は自分自身の一つのみ」と言った。
これは私にとって絶対の法則だし、実際私は今までそうやって生きて来た。
しかし。そう、しかしだ。私のこの言葉は彼の「本質」を歪めてしまったのかも知れない。彼の優しさを殺してしまったのかもしれない。
彼が嗚咽を漏らす姿を思い出す。あの時、シノが駆けよる前の彼はまるで死んでしまったかの様で、私は掛ける言葉を見つけられず立ちつくしてしまっていた。
あの時の私には駆けだすシノを止める事も、付いて行く事も出来ず、ただシノに縋りつき泣きじゃくる彼の頭を撫でてやる事しか出来なかったのだ。
もしかしたら、彼ならば「自分の価値も相手の価値も正しく量り、正しく天秤を傾ける事」が出来たのかもしれない。
そして私は、それを邪魔してしまったのかも知れない。
そんな事を考える。
けれど、やはり私は何度だって同じ事を彼に言うだろう。
例えそんな事が出来たって、それは変わらないように思えた。
何故なら、そんな事を続けていればいずれ彼は自分より重たい命を見つけてしまう。そして正しく天秤を傾けた結果、彼の命は失われる事になるだろう。
私は彼にそんな風に死んで欲しく無かった。
そう、死んで欲しく無かったのだ。
彼と居ると私は少し変になってしまう様だ。
今だってそう。
今回、彼は迷う事無く騎士の救援に向かって行った。
だが、もしあの時私一人だったら、どうだっただろう?
きっと救援になど行かなかった。
私の魔術は威力と規模の大きさに特化している。それを撃てばグレイベアであろうと黒焦げに出来るだろう。
ただ、同時に騎士団の面々も一緒に消し炭になっているだろうが。
そんな事を言い訳に、彼らを見捨てたに違いない。
けれど、アキトが「助けに行くか?」と聞いて来た時、不思議と頷く事が正しい事だと思えたのだ。
そしてそれは今、目の前の奇跡を生んでいる。
いつもであれば、侮蔑と嫌悪の入り混じった視線で私を見るであろう彼らが、獣人に向かって「ありがとう」と言ったのだ。
本当に、彼と居ると私は変になってしまう様だ。
そんな事が、こんなに嬉しい事だと感じるなんて―――――
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アキトは騎士の間を駆け回っていた。
幸い死者はいなかった様でほっとしたものの、怪我人の数が多く、騎士団員に混じって彼とヒカルは負傷者の治療に当たっていた。
治療、といっても大した事が出来る訳ではない。湯を沸かしたり、骨折している腕に添え木を当てたり、怪我人に包帯を巻いたり、と簡単な事しか出来ない。
それでも、そんな事は彼の動きを止める理由にはならない。
まるでさっき熊の命を奪った罰を受けるかのように走り回る。
そんな彼を心配するように頭の上のシノが声を掛ける。
「ダイジョブ?アキト、ダイジョブ?」
最近、俺とヒカルの会話から言葉を学んできたシノは、既にこういった簡単な会話が出来るようになっていた。
その聡明さに感心しながらも、アキトは返事をする。
「大丈夫だよ、シノ。あと、『ダイジョブ』じゃなくて『ダイジョウブ』だよ、言って御覧?」
優しくシノに語りかける。
「ダイジョウブ?」
「そうそう」
偉い偉い、と言って頭の上のシノを撫でてやる。
この頭の上の小さな頭を撫でる、という芸当もすっかり手に付いてしまった。
相も変わらずシノには甘くなってしまう。
そんな事をしている時だった。
彼の横合いから声が掛かる。
「君、ありがとう。とりあえず応急処置は済んだようだ。これ以上は国に戻ってからでないと、どうしようもない。彼女と一緒にもう休みたまえ」
そう言って俺に声を掛けて来たのは、あの時囮を引き受けようとしていた、ついでに言えば俺が兜を拝借した彼だった。
確か名前は、クルス=オルドウェイ。
その声に俺は答える。
「そうですか?分かりました、もう少し見て廻ってから休みを取らせて貰います」
その答えにクルスは渋い顔を造る。
「あまり根を詰め過ぎないで欲しい。我々が戦ったのは我々の国のためで、我々が負傷したのは我々の力が足らなかったからだ。そんな事で恩人の手を煩わせては、我々の立つ瀬が無い」
言われて俺は自分がやや意固地になっている事に気付く。
深呼吸をして心を落ち着かせる。
「分かりました、でしゃばり過ぎて申し訳ない…。少し頭を冷やして来ます」
「いや、そんなつもりで言った訳では…」
「分かってます。ありがとうございます」
俺の様子を気に掛けてくれる律儀な彼に礼を言い、ヒカルの方へ近づく。
「ヒカル?とりあえず応急処置は終わったみたいだ。一緒に休憩しないか?」
「…ん。分かった。ちょっと待って欲しい」
そう言うと、騎士の腕の巻きかけの包帯を器用にクルクルと巻いていく。ものの数秒で作業は完了する。
「…ん、これでいい。まだ、あまり動かさない方が良い」
そう、騎士に言って立ち上がる。
すると、後ろから
「ありがとう、お嬢さん。私達には思う所も有るだろうに…。私にはお礼を言う事くらいしか出来ないが、本当にありがとう」
年配の騎士がヒカルにそう言う。
それに対し、ヒカルは。
「別に良い。それに、お礼なら彼に言うべき」
夜目にも頬を染め、恥ずかしそうに言い放つ。
「そうか、君もありがとう。私達を助けてくれた事もだが、こうして傷を治療してくれて」
そんな騎士の真っ直ぐな感謝の言葉に対して、
「いえ、その、はい…」
と、アキトもヒカルも二人してモジモジしているのだった。
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「良かったな、大した怪我も無くて」
俺はヒカルに語りかける。
二人は割り当てられた焚火の近くに並んで座り、静かに話していた。
「…ん。それに貴方も無事で良かった」
「ム。それは俺の実力が信用されてなかった…と?」
「そうじゃない。そうじゃなくて、貴方泣いていたから…」
「あぁ…」
アキトは少し恥ずかしそうに、それでいて寂しそうに答えた。
「ごめん…。また、みっともない所を見せた。他人を騙すのは得意なんだが、自分を騙すのはまだまだらしい」
そう言うアキトの言葉に、ヒカルは首を振って答えた。
「良い。それに自分を騙すのは良くない。私はあれを『みっともない』なんて思わない。だから、私の前で自分を騙すのはダメ」
その言葉にアキトは目を丸くして驚いている。
「…何、その顔は?」
「…いや、もっと厳しい言葉が返って来ると思ってた。『あの程度の魔獣相手にあの様ではゴミ以下だぞ』、とか」
「貴方は私を何だと思っているの?」
「スパルタ星人?」
「お望みなら、そうするが?」
ヒカルの背後に虎が見える。ねこみみだけに。
「すいませんでしたーーーーーー!!」
次の瞬間には土下座をしている自分の姿があった。
ちなみに、俺の頭上にも竜が居るには居るが、ヒカルの虎と勝負させたら5秒と持たないだろう。
指先一つでちょちょいのちょい、だ。
「ハァ…。素直に褒めているのに、素直に受け取る事も出来ないの、貴方は」
「褒め…?」
「何か?」(ニコリ)
「いえっ!何でもありません!!」
「とにかく、貴方はよくやった。事実、騎士団を救ったのは貴方だし、グレイベアはBランクの魔獣。冒険者で言えばシルバーの実力があるという事になる」
「Bランク?シルバー?」
疑問符を頭に浮かべる俺に対し、ヒカルは懐からいつぞやの銀のプレートを取り出し、俺に見せてくれる。
「冒険者には、アイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナの5段階とそれぞれに下級と上級の評価が付けられている。魔獣にはGからSSSまでの等級が付けられ、魔獣の討伐にはそれぞれのランクにあった依頼しか受けられない。例えば、貴方が倒したグレイベアはBランクの魔獣だから、シルバーの上級以上の冒険者にしか討伐の依頼が受けられない、という訳」
「へ~。じゃあ、ヒカルはシルバーの上級と下級どっちなんだ?」
「…私は、シルバーの上級。と、言っても私は研究ばかりで、あんまり依頼を受けていないから、これが私の実力と思って貰っては困る」
「もしかして、プラチナレベルとか…」
「…残念ながら、現在の大陸にプラチナの冒険者は居ないから、比べようが無い」
「え?プラチナの冒険者が居ない?」
「このプレートは登録者の身分証明書であると共に、所有者の力量を表してもいる。色の変更には様々な条件があり、特にプラチナへの変更は条件が厳しい」
俺はゴクリと唾を飲み込み、ヒカルに問う。
「その、条件とは?」
「その条件は―――――」
―――――単独で竜を殺す事。
ちょっと長かったので、2つに分けました。そしたら、後半が短くなってしまったよ…。