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白銀のスコール  作者: 九朗
第一章『アキト=オガミ』
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第13節

 大丈夫です。ちゃんといつか爆発させます。アキト君覚悟したまえよ…。






第13節


 一難去ってまた一難。騎士団去ってまた騎士団。


 火竜の国へと向かう俺達を待ちうけていたのは、今度は火竜の国の騎士団だった。


 赤い鋼で造られた鎧を纏ったその一団に出会ったのは、水竜の国の騎士団と分かれて火竜の国へと歩みを進め、太陽もおおよそ真上に登り切ろうか、と云う時だった。

 

 そろそろ昼食にしないか、というヒカルの提案を受ける形で街道脇の木々の木漏れ日に腰を降ろし、彼女が出してくれたパンと付け合わせのベーコンを即席の焚き木で炙っていた時の事だった。


 パチパチと音を立てて燃える焚き木に、木の串に刺したベーコンを近付けると燻製肉が炙られ、香ばしい匂いと共にジュワっと肉汁が染み出してくる。あとはそれをパンに乗せて食べるだけだ。

 俺の頭の上のシノは匂いだけで待ちきれなくなり、既にその尻尾は千切れんばかりに振られている。


「アキト!アキト!」


 シノの急かす声が聞こえるが、燻製肉といっても肉は肉だ。きっちりと火を通さないとお腹を壊してしまうだろう。

 ちなみに、このパンとベーコンは件のバックから取り出したものだ。なんて便利。どう云う理屈で明らかに容量がオーバーしている物が入るのかは分からないが(ヒカルに聞いてみたが、答えは「…専門外」とのことだった)、いずれ俺も一つは欲しいものだ。


「よし、焼けた。ちょっと待てよ、熱いからな」


 そうこうしている内に良い具合にベーコンが焼けたようだ。しかしシノが舌を火傷してはいけないので、息を吹きかけ熱を冷ましてからパンに挟んだそれを小さく一口ほどの大きさに千切ってシノに与える。


「ほら、アーン」


 そう言うと、シノはこれでもかと云うほど大きく口を開き、俺の手からパンとベーコンを咀嚼していく。気分はまさに雛に餌を与える親鳥だ。親鳥がせっせと雛に餌を運ぶ理由が分かるようだ。これは止められない、というか病みつきになりそうだ。


 そんな事を考えていると、どうやらまた俺の顔はデレデレになっていたらしい。隣で無言のままに食事をしているヒカルの視線が痛い。


「……じっ」


「何でしょうか。言いたい事は言えば良いじゃないか」


「…いや、本当に仲が良いなと思って。私は竜の研究をしていると言ったが、人の手から食べ物を食べる竜は初めて見たな、と」


 そもそも、竜と人が共に居る事が稀なのだけれど、と彼女は呆れたように呟いた。


「なんだ、ヒカルもシノにアーンしたいのか。別に遠慮なくやってもいいんだぞ?」


「貴方は……。まあいい、神様に餌付けするというのも貴重な経験だろう」


 そんなそっけない言葉とは裏腹に、珍しく瞳を輝かせて嬉々として俺の隣に近づいて来るヒカル。


 そして、自分のぶんのパンを千切り、「…アーン」と言いながらシノに向けて差し出す。

 やや恥ずかしそうにしながらのその「…アーン」がやけに可愛くて、ついつい俺も口を開いてしまう。

 それをシノは嫌がる様子もなく素直に口を開くと、彼女の指から食べ物を受け取り、モグモグと咀嚼する。

 その様子を見ていたかヒカルの表情に、純粋な嬉しさや喜びが浮かぶのを俺は口を開いたまま見ていた。というか見惚れていた。


(こんな表情もちゃんと出来るんだよな…。じゃあ、あの時の無表情は何だったんだろう。いつか、あの無表情の意味が分かる時が来るんだろうか)


 ムギュ。


 どうやら、口を開けたまま考え込んでしまった俺の口にやや強引にパンが突っ込まれる。

 俺は慌てることなくそれを咀嚼しながら、パンを突っ込んできた張本人を見やる。


ふぁにをふる(何をする)


「…いや、随分能天気な顔を晒しているな、と思って」


「…そうか」


 一人シリアスな事を考えていた自分が馬鹿みたいだ。あの無表情の意味が分かるかどうかはともかく、俺はこの何を考えているのかイマイチ良く分からない少女から眼が離せなくなってしまいそうだ。その感情を何と呼ぶのかは知らないが。

 まだ出会って一両日も経っていないのに、随分と手の早いことだ。俺らしくもない。この世界で初めての味方だからなのか、ねこみみに頭をやられたか知らないが、最低限の節度と理性は保とうと心に決める。ねこみみの破壊力はそれ程なのだ。

 

 そんな事を考えながら、やられっぱなしなのは悔しいのでお返しをする事にした。


「俺ばっかりがして貰うのも悪いし。はい、お返し」


 そう言って自分のパンを大きく千切り、「アーン」と云う言葉もちゃんと付けてヒカルに差し出す。

 

 ヒカルはまさか反撃があるとは思っていなかったのか、琥珀色の眼をまん丸に見開いて驚いていたが、何やら悔しかったようで、顔を赤く染めながらも俺の手からパンを食べる。

 その時に指先に触れた唇の感触にドキリとしてしまうが、どうやら気付かれなかったようだ。

 

 俺から受け取ったパンをモグモグと咀嚼しているヒカルの姿にシノとは別の可愛らしさを感じ、気付けば俺の手はヒカルの頭をシノにするように撫でていた。


 赤かった顔を見る間に真っ赤にさせながらこちらを睨んで来る。どうやら調子に乗りすぎたようだ。


「あ、貴方と云う人は――――」


 ねこみみ火山(なにそれ可愛い)が、今まさに噴火せんとした時――――


――――――ザッザッザッ


 俺の耳は聞き覚えのある音を拾っていた。


 彼女の真っ赤にしている顔の前に手のひらを出して続く言葉を遮る。ヒカルもその俺の様子に気付くと、真っ赤にしていた顔をすぐさま冷静な無表情に切り替える。

 

 その様子を少しばかり残念に思いながら、事態を説明する。


「また団体さんの足音がする。今度は進行方向」


「…となると、火竜の国の騎士団か。やっかいだな」


「やっかい?」


「…あぁ、火竜の国の人間はこの大陸でもっとも獣人を嫌っているからな。耳を晒したまま鉢合わせるとやっかいそうだ」


「じゃあ、隠れてやり過ごす?」


「…焚き木の後を残して――か?あまり建設的とは言えないな」


「けど、黒フード二人組ですれ違う訳にもいかないだろ?」


 しばしの黙考。そして――――


「…フム。よし、では貴方に応対して貰おう」


「えぇっ!?」


 何を言っているんだ、このねこっみみっ娘は?


「…言っただろう、私はスパルタだと。この世界に慣れるためにも頑張ってくれたまえ」


「あれは、文字の話じゃ…」


「…この世界に慣れさせる、という約束事の一環だ。何、フォローくらい入れるさ」


 そう言って手を出して来る。


「何?この手は」


「シノを人目に晒す訳にもいかないだろう?私が預かる」


「………」


 この子本当はシノを抱きたいだけなんじゃ?


 とはいえ、他に選択肢も無いようだ。それに、いきなり彼女に斬りかかって来るような人間も少数ではあるようだが存在するようだし、そんな事でヒカルが怪我をするくらいなら、自分が矢面に立つくらいやぶさかではない。


「分かった、はい」


 シノをヒカルの腕に渡す。シノは最初俺から離れるのを嫌がるように足をジタバタさせていたが、俺が安心させるように頭を撫でてやるとおとなしくヒカルの腕に収まった。

 一方ヒカルの方はシノを抱けてご満悦のようだ。


「…うむ、良い手触りだ。ずっと思っていたのだが、貴方一人が独占するのはズルイと思っていたのだ」


 喜色満面の笑みでそう答える。竜を研究していると言っていたし、相当竜が好きなのかもしれない。


 一方俺はフードを外し、再び焚火に向かい合う。


「…何をしているんだ?」


「別に騎士団といっても最敬礼で迎えなきゃいけない、って訳でもないんだろ?なら、堂々と焚火を続けてりゃ案外素通りしてくれるかもよ」


「…してはくれないと思うが。まあ、好きにやりたまえ」


 ヒカルもそう言って焚火を続ける。追加のベーコンとパンをバックから取り出し、こちらに手渡してくれる。

 どうやら、シノを抱くだけでは飽き足らず、再び「アーン」をするつもりのようだ。


「別にいいけど、人目に触れないように頼むよ?」


「…分かっている。そんなヘマはしない」


 もくもくと作業を続けながら言う。

 俺も騎士団が来るまでの間、それに倣う事にするのだった。

「………」(なでなで)


「…なあ」


「………」(なでなで)


「…なあってば!」


「何だ」


「いや、騎士団が来るまで時間が有りそうだし、シノ返して」


「嫌だ」(きっぱり)


「何故っ!?」


「決まっているだろう?今は私が抱いているからだ」


「意味分からん…」(げんなり)


「こうして撫でていると、シノの言葉が分かるような気がして来たぞ!」


「さいですか…」(げんなり)


「では、シノに言葉を教える事にしよう。いいか、シノ?これはパンと言うのだ。言ってご覧?パ・ン」


「パン?」


「そうだ、偉い偉い!」


「マジで分かんの!?」


「いや、勘だ」


「………」

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