第12節
お気に入りが増えてて SKY HIGH! ということで、若干強引ながらも2節投稿。
世界観説明回ですね。あと、ここら辺から喋るキャラが増えたのでテキスト量も増えてきます。
第12節
互いの自己紹介と竜の命名を済ませた俺達は、小屋を発つための身支度をしていた。といっても俺の持ち物はほとんど無いので、ヒカルのそれが主だったものであったが。
どこへ向かうのか聞いてみると、「…火竜の国へ」と短い返事が返ってくる。
話を聞くところによると、この大陸には四つの国が存在するらしい。それが、地竜・水竜・風竜・火竜がそれぞれ治める国々がそれだ。
正式には火竜の国には『タイタス・フォキシハンス=ミレイク某《なにがし》』と云う名前がちゃんとあるのだそうだが、長いし(某の部分にはさらにめんどくさい長ったらしい横文字が続く)、永い時の中でその意味を知る者はほとんどいなくなってしまったので、単純に『火竜の国』と呼ぶらしい。
四つの属性の竜が治める、と言ったが別に竜が政治を行っている訳ではなく、人々は竜の云わば「縄張り」に間借りするように暮らしているらしい。
この世界には「魔獣」という凶暴な獣が多数生息しており、基本的に人間の歯の立つ相手ではないらしい。
そこで人々は、ほとんど魔獣の寄り付かない竜の縄張りに街や村を作り、この世界に居場所を設けているらしい。
「領域」と呼ばれるそれは四属性の竜の長、大四竜と呼ばれる存在が作った云わば結界のようなものであるらしい。ちなみに大四竜は各国の信仰の対象となっており、それぞれの国に対応した属性の竜が一番人気があるらしい。人気という意味では『太陽竜』よりも上だそうだ。なんだか即物的だが、まあそんな物なのかもしれない。
「縄張り」といってもかなり広大な土地のようで、話を聞く限り地球の物差しで考えるとそこそこの国くらいの大きさであるようだ。
ちなみに俺達が今いる場所は、火竜の国と水竜の国を繋ぐ、「大竜脈路」と云う謂わば領域が細長く伸びたような道にいるらしい。
正確には道と云う訳ではなく、大四竜が結界を張る時の余剰のエネルギーを大地に循環させているという事だが、領域と同じく魔獣がほとんど寄り付かないので、もっぱら交易の為に使われているらしい。
俺達が今いるこの街道はスチム街道と呼ばれている。人が少ないのは昨日の野盗の件も関係あるのだろうが、火竜の国と水竜の国を繋ぐこのスチム街道は大竜脈路の中でもかなりの長さがあり、もっと云えば交易の中心である風竜の国を経由した方が効率が良いため交易にはあまり使われる事がないらしい。
主だった使用者は四つの国の大教会を巡るための「巡礼」を行う巡礼者達か、生ものを扱う商人くらいのものだという。
巡礼者たちはそれなりの額の路銀を持っており、昨日の野盗たちはそれを狙って彼らを襲っていたらしい。
………。
―――――ザッザッザッ。
死んでいった巡礼者の人たちの事を考え、少ししんみりとしてしまった俺の耳に微かな音が聞こえる。
何やら規則正しい複数の足音が行進するような音。
不審に思い準備がもう少しで終わるであろうヒカルに声を掛ける。
「ヒカル、何か来るみたいだ」
「…ぬ。どっちから?」
「えーと、あっち」
そう云って俺は南西の方角を指す。
「…野盗の討伐に来た水竜の国の騎士団かも。でも、火竜の国寄りのこんな所までやって来るなんて。今回はかなり本気なのかも」
「騎士団」と云うのは各国が抱える魔獣に対する常駐戦力らしい。領域といっても完璧ではなく、魔獣が領域内に入ってしまうことがある。そう云った事に備えて配備されているのが彼ら「騎士団」ということらしい。
ただ、国に属するだけに、その腰は重く迅速な対応が出来ない事も多い。
その為、非公式ではあるものの「冒険者ギルド」という組織があり、騎士団が対応しきれない案件を独自に解決しているらしい。
先ほども言ったように、非公式であるため、国や教会には良い顔をされないが、彼らもその有用性は理解しているのか黙認しているのが現状である。
ともかく、本来騎士団の仕事であった野盗の討伐を冒険者であるヒカルがこなしてしまったのは拙いらしい。最悪二つの国家を敵に回すことになる。
慌てて俺は聞いた。
「どうする?逃げた方が良いのか?」
「…う~ん。水竜の国の騎士団なら何とかなるかも知れない」
僅かな逡巡の後、ヒカルは答えた。
「…とりあえず、話をしてみる」
そう云って立ち上がるヒカル。俺もそれに倣い、小屋から出ようとする。
「…待って。その子を人目に晒すのは良くない」
「ッ、けど――!」
「………。なら、これ着て」
そう云ってヒカルは自分が着ていたフード付きのマントを渡してくる。確かにこれならシノごと頭を隠せるだろうが…。
「その…耳は隠さなくていいのか?この世界では差別の対象なんだろ?」
「…大丈夫。水竜の国は比較的風当たりが弱いから。いきなり斬りかかって来る事は無いはず」
斬りかかって、って。獣人の差別の度合いを見誤っていたらしい。この世界の人間に対して少なからぬ憤りを感じていると。
「心配無い。そこまで酷い人間は本当に少数」
どうやら、顔に出ていたらしい。俺を安心させるためか、クスリと微笑んでそう言ってくれる。
強いな…、と純粋にそう思ってしまった。
「その…ごめんな」
「…何故貴方が謝るの?」
「いや、なんとなく」
そう、なんとなくではあったが謝らなければならない気がしたのだ。例えそれが自己満足だったとしても。同じ人間として。
「でも、俺は好きだよ?そのねこみみ」
「…ありがと」
暗くなってしまった雰囲気を払拭するために、軽くおどけてみる。可愛いと思っているのはホントだが。
その「ありがと」が可愛らしくて、少し救われた気分になる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
小屋の外に出ると街道の南西側から、重そうな甲冑を着付けた一団がやって来るのが遠目にも分かる。既に常人にもその規則正しい行軍の足音が聞こえる程の距離だ。
俺はヒカルに貸してもらった黒いマントを羽織り、フードを頭にしがみついているシノを隠すように被せる。最初はむずがるようにモゾモゾしていたシノだが、彼らがここまで来る間に落ち着いたようだ。
フードを脱いだヒカルはロングブーツにミニスカート、上着にはまるで物語の中に出てくる学生が着るような腰のあたりまである黒いローブを羽織っている。黒い上着のせいでミニスカートから覗く白いふとももが眩しい。
「…む、邪な視線を感じるぞ」
俺の視線に気付いたヒカルが軽く睨んで来るが、フードを取り日光にさらけ出されたその顔は本当に可愛らしくて、若干迫力に欠ける。
そんなやり取りをしている内に――
――――ザッザッザッ
その一団は俺達の眼と鼻の先まで来ていた。
薄っすらと蒼い鋼で造られた甲冑を着けた三十人ほどの一団がこちらに近づいてくると、昨日の野盗のなれの果てが転がっている辺りでその行軍を止めた。その洗練された動きは日々の厳格な訓練を思わせ、アキトを感心させる。
一団の先頭で先ほど行軍停止の命令を出した人物が近付いて来る。どうやら、一団の長であるようだ。しかし、そちらから近付いて来るとはなんとも剛毅な事だ。俺達が例の野盗の一味だったらどうする気なのだろう。もちろん違うのだが、もし罠であっても切り抜けられるという自信の表れだろうか。
彼は俺たちの目の前まで来ると、
「私は水竜騎士団第4師団所属、スチム街道方面警備隊隊長タケシ=カッツィオ。現在、スチム街道に出没する野盗の討伐の任を受けております。貴方がたに事情聴取をさせていただきたいのですが、協力をお願いします」
甲冑の兜の中からは予想外に若々しい声が聞こえ、簡単な事情を説明する声が聞こえる。その丁寧な言葉遣いの内に、騎士らしい潔癖な響きを含んでいる。
その言葉に俺の隣にいたヒカルが懐から銀色のプレートを取り出して、答える。
「…私は冒険者ギルド所属、ヒカル=エーデルライト。彼はアキト=オガミ。この場で構わなければ事情聴取に協力する」
どうやら身分証明書のようなものらしい。プレート表面に浮かび上がった文字を確認した騎士は軽く頷いた。
「確認した。事情聴取に関しても、この場で口頭にて済ませよう」
そう言った彼は甲冑の兜を取る。中から現れたのはまず素朴な顔立ちと青い瞳。鎖帷子を脱ぐと、真っ赤な赤毛が眼に焼き付くようだ。
兜を後ろに控えていた従者に預けた彼はこちらに改めて向かい合う。
「それでは単刀直入に聞こうかエーデルライト嬢。このスチム街道は現在、賊による襲撃事件が多発しており、水竜・火竜の両国から騎士団が派遣されているのは知っているはずだ。そんな場所に何故冒険者である貴女がいるのか」
騎士のその問いに、再び銀のプレートをかざし、
「…これが今回の私への依頼、野盗の討伐。彼らは全員、賞金首扱いだったから冒険者の私が始末しても問題ないはず」
どうやら手のひらに収まるほどのプレートには依頼の内容まで記してあるらしい。
それを見た騎士は、眉をよせて難しい顔を作る。
「確かに。依頼も既に達成状態にあるようだ。では、野盗はどこに?可能なら引き渡して欲しい」
その問いにヒカルはその細い指を、スッと上げて道の途中に転がっている黒い塊を指す。
ただちに騎士が従者に確認するように言い渡す。その命令により従者と数名の騎士が完全に炭化している野盗達の遺体を調べ始める。
アキトがよくやるな~、と思っている内に検死は終わったようだ。従者が何事かを騎士に告げる。
「遺体から少なくない量の金品が見つかった。おそらく巡礼者達の持ち物であろう複数のメダリオンと一緒に。どうやら本当らしい」
しばらくそのメダリオンの持ち主であろう巡礼者達を悼むように黙祷すると、改めてこちらに視線を送る。
「しかし、狡猾で用心深い彼らをよく一網打尽にできたものだ。我々も今回の派兵は本腰を入れるつもりだったが、野盗達のうちの幾人かを討伐できれば上出来だと考えていた。奴らはそれほどまでに手強い相手だ。それをどうやって?」
その問いはもっともだろう、自分も昨日のアレを見ていなければこんな少女に彼らを一度に屠る力が有るとは思えないだろう。
その問いに対してヒカルは、俺を指さし淡々と答える。
「…彼が野盗に追われている所を魔術で奇襲しただけ。特別なことは何もない」
確かに間違ってはいないが、アレを特別なことでないと言い切る彼女に内心で舌を巻く。
「…そうか。ともあれ野盗を討伐していただき感謝する」
騎士はひとまず納得したのか頷くと、頭を下げて礼を述べた。
…あれ?野盗を勝手に倒すと不味いんじゃないのか?
俺がそう思っていると――
「何か褒章が出せればよいのだが、あいにく手持ちが無くてな。――――何か希望は有るだろうか?」
成程。要は見逃してやるから手柄は置いて行け、ということか。
まあ、褒章が欲しい訳でもないし、なにより厄介事はごめんだ。
窺うようにこちらを見ていた彼女に頷き返す。
「…では、できれば野盗を討伐したのはそちらの騎士団ということにして欲しい。私達冒険者としても国と事を構えるのは遠慮したい」
「了承した。そのように取り図ろう」
騎士はすまなそうに頭を下げると、こう続けた。
「冒険者であるなら、いずれ水竜の国を訪れることも有るだろう。その時は是非個人的に、もてなしをさせて欲しい」
私からのせめてもの謝礼だ、と言って彼は連絡先を告げ、野盗達の遺体を荷馬車に乗せると、ザッザッザッという規則正しい音を響かせて去って行った。
彼らが去った後の静寂の中、俺はポツリと呟いた。
「あれで良かったの?」
「…ん。物分かりの良い人物で助かった。獣人である私への態度も悪くなかった。おそらく高潔な人物なのかも」
警備隊の隊長というのがどれほどの地位であるかは分からなかったが、確かにあの若さでそんな重要そうな地位に付けるのだ、よほど優秀に違いない。
「依頼の方はどうするの?」
「…問題無い。依頼主からしてみれば『野盗が討伐された』という結果さえ得られれば良いのだから」
「そうじゃなくて、依頼ってことは報酬があるんでしょ?それは?」
「…さあ、どうかな。個人的に報酬を受け取ることはできるけど、野盗を討伐したのは水竜騎士団という事になるから。依頼主がそれを信じるかどうか、と言ったところ」
「そっか」
「…ん」
少ししんみりしてしまった。
それを感じたのか、彼女にしては珍しく慌てた声を出す。
「別に無駄ではなかった。この依頼を受けていなかったらアキトには会えていなかっただろう」
「ハハ、それは確かに。もしヒカルに出会ってなかったら、さっきの騎士団に連行されてたかも」
笑えない冗談だったが、現実にはヒカルと出会い、今こうして無事であるのだ。きっとこの出会いには意味が有るのだろう。そう思うことにする。
「さて、そろそろ火竜の国へ向かいますか!」
場の空気を払拭するように声を上げる。
ヒカルもそれに頷き、返事を返してくれる。
「…うん。そうしよう」
俺達は騎士団が去った方向とは逆に歩き出したのだった。
「あ、マント返すよ」
「いい、どうせこれからもシノを人目からある程度は隠す必要がある」
「でも、ねこみみを隠さなくていいのか?」
「問題無い。もう一着有る」(エッヘン)
「…なんでさっき着なかったんだ?」
「考えても見ろ、野盗が出没する街道に、黒マントにフードの二人組。貴方はどう思う?」
「怪し過ぎる…」(げんなり)
「だろう?」(ウェッヘン)
「………(なんでそんなに偉そうなんだ?)。ところで、今どこから取り出した?」
「ここからだが?」(ぐいっ)
「明らかにマントが入りそうにないポーチを指されても…」
「これは、魔法のポーチだ」
「なんと云うテンプレ…」
「…? かなりの量が収納できて便利だぞ」
「じゃあ、空飛ぶ道具を出してもらおうか」
「そんな物はない。馬鹿か貴方は」
「おかしいのは俺の方か…?」