第38節
いつの間にやら50万PV達成してました。
いや、まあ、百話以上投稿しといて今さらかよ、みたいな所はありますが。
それでも、一つの節目として。ドンドンパフパフ。
では、第38節始まるよ。
第38節
軽快なノックの音は二回。単調なその響きは、頑丈な木の扉に吸い込まれた。
程なくして、金属のこすれ合うような音と共に扉は解錠される。
(はぁー。いつもなら、この音で心が躍るんやけどなぁ…)
例えばダンジョンの隠し扉、例えば未だに開かれていない宝箱。そんな前人未到の領域に、前代未聞のお宝を。この手に掴む、その快感。
それは、何物にも代え難い。そんな場所に己の身一つ、まるで投げ捨てるように飛び込んで往ける身の軽さも心地良い。
(けど、今回はそんなこと言っとられへんやろし…)
大事の前の小事…もとい、ダンジョンの前の商事。いわゆる、金策である。
有体に言えば、金が無かった。有体に言わなくても、すっからかんだった。
(あーもー、儀礼装剣のモノホンやって言うから買ったのに、買ったその日に塗装剥げとるとか、文句言ったろおもて6号さん大量に作っとったら、店ごとおらんなるとか!あのおやじ…、今度遇ったらパンチパーマじゃすまさんで…)
パンダみたいな腹と顔の店主を思い浮かべながら、今日も決意を更新完了。こうして、復讐心は日々熟成されていくわけだ。
有体に言えば騙された。有体に言わなくても、詐欺られた。
と云う事で、都合良く舞い込んで来たこの仕事を引き受けたのだが――――。
(また、妙な話もあったもんやな…)
自惚れかもしれないが、一部の業界ではそれなりに名は売れている…と思う。
だが。
「主の許可が下りた、入れ」
扉から白髪の老執事が身を滑らせるように出て来て、そう告げた。そこには敬意も、客人に対する気遣いも一切含まれてはいない。
それはそうだろう、向こうがこちらを気遣う訳が無い。同時にこちらも、向こうさんを気遣うつもりは無い。
「ほな、遠慮なく」
執事の鋭い視線を袖で払いつつ、重っ苦しい扉を飄々とくぐる。
部屋の中は、このクソ暑い街の中に在って、涼しい。どうやら空調術式を施してあるらしい。
その部屋の中央、理解不能な程に大きい机。そこに鎮座する、この部屋の、そしてこの屋敷の主に挨拶をかます。
「リッカ=タチバナ、参上したで~」
「来たな、《遺跡泥棒》。歓迎はしない」
「いや、こっちも期待しとらんし」
「そうか、では単刀直入にいこう」
部屋の主―――壮年の貴族シバ=ツァールは相貌を一切揺らがせる事無く、告げた。
「―――ビジネスだ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「射程に入ったわ。風と相対距離は?」
ルルが物見に声をかけた。《風位取得戦》で最も重要なのは、やはり風だ。当然の如くとして、こちらが風下でなければならないし、《風取》にかまけて本来のレースを蔑ろにするわけにもいかない。
それに応えて、マストの上の船員が声を張り上げる。
「風位、風速、問題無し!船長!!」
「ああ」
テスト=ロイガーが頷いた。
「久し振りの《風取》だから、あまり無茶はしないように。これより私達は前方の砂船に対し、《風位取得戦》を仕掛ける。”宣誓旗”挙げ!」
『イエス、キャプ!!』
テストの号令により、船員一同が配置と意識を改める。操船にあたる人員が最小限に削減され、余剰の船員は戦闘の余波から他の船員を護る為の簡素な盾を装備した。
そんな最前線に立つのは―――
「おっしゃぁ!もっと寄せろ!!白兵戦だ!!」
「バカなの?これは訓練なのよ。そこまで本気でやりあってどうするの?」
「また俺の出番ナシかよ!!」
《氷炎》の通り名を持つ、最高位冒険者達だ。
「それじゃあ、挨拶でもしてみましょうか」
ルルが魔力を練り上げ始める。余剰な魔力が周囲に溢れ、真昼の砂漠に一時の厳冬を呼び込む。
「危ないから無詠唱でいくわよ?」
「…あ~、任せた」
「…途端にやる気無くさないでくれる?あなたが言い始めた事でしょうに…」
呆れつつ、ルルは杖の触媒に集中させた魔力を変換、解放する。
「さて、氷柱合わせて16本。挨拶としてはまずまずかしらね」
「お前はお前で、えげつねえな…」
彼女の言葉通り、現出した氷柱の数は16本。それぞれ長さは一m、太さはヒトの腕程度だ。通常、彼女が造り出す物にくらべれば、随分と可愛らしいものだ。それらが横一線となって白い船体へと射出された。殺傷力を抑える為に先端は尖っていない。まさしく氷柱…氷の棒だ。
その時だ。
「――――天を穿ちて十二柱」
白の船、射出された氷柱に相対するように黒い人影が立つ。驚異的な魔力集中。
「――――地を貫いて十三柱」
「…おいおいおいおい!」
横でレオが慌てた声を上げた。
「アレをぶっ放すつもりか!?」
「―――レオ?何を言っているの?」
「…そうか、あの時お前は逃げてたんだったか」
三年前、いまだ未熟だった時とは言え、レオンの心に深い傷跡を残したあの”光景”。それが再び現実のものになろうとしている危機感をどうルルに伝えたものかと思案している内に。
「締めて天地二十五柱!」
詠唱完了。同時、レオ達の船と、白の船の間を二分するように雷光が走った。だが雷は霧散する事無く、一つの―――否、二十五の形を取り始める。
「―――なによ、これ…」
ルルが掠れた声を上げる。それはそうだろう、三年前二人のゴールドランク冒険者の精神に非常に大きな、大き過ぎる衝撃を与えたあの魔術。
それは巨大な顎だった。牙の一本一本が十mを超える円錐でできている。それらが天蓋に十三本、砂塵の大地に十二本。それらは全て形の無い雷で構成されていた。
それらに、主たる黒の少女が命を下す。
「――――遍く喰らえ」
その言葉に従い、雷の牙達は互いに引き合うようにその口蓋を動かす。
「《暴食の雷》!!」
――閃光。――衝撃。――砂煙。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「―――ん?」
アキトはその音と震動を感じた。それは、ごく僅かなものでしかなかったのだが。
あれほどに群がっていた猿たちの姿は、もう見えない。最後尾であった彼らが、距離をはなしアキトによって散々に石飛礫をぶつけられた結果、諦めてくれたようだった。
ガラガラと幾分速度を落とした馬車の荷台、そこに唯一残った空の木箱に腰を降ろしながらアキトは御者台の青年に声をかけた。
「なあ、この馬車は何処に向かってるんだ?」
「え?あぁ、それは―――えぇと…」
青年は問いに答えようとして、不意に言葉を濁した。
「なんだ?聞いちゃまずかったか?」
「そういうわけじゃ、無いような…あるような…」
「どっちだよ…」
「…とりあえず、今は風竜の国に向かってるとこだ」
「…”とりあえず”って事は、目的地では無いんだな」
「うっ、それは…」
青年が声を詰まらせるのを尻目に、アキトは嘆息を一つ。話を進める。
「まあ、それはいいや。それより、風竜の国か…。なら、もうすぐ領域に入るな」
随分と走ったので、おそらくあと数刻もしないうちに到着できるだろう。
青年も同意の頷きを返した。
「あ、あぁ。あんたも、そこまでだったら乗せてやってもいいぜ。なんせ、命の恩人だしな」
「”命の恩人”…ねえ」
感謝されるのはどうにも筋違いな気がした。この青年を”救った”というより、俺が”救わなければならない”状況にさせた人物に問題があるように思うが、どうやら今はそれについて言及している場合ではないようだ。
「申し出はありがたいが――――どうやらそう云うわけにもいかなくなった」
「は?」
青年は訳がわからず、アキトを振り返る。アキトは既に座っていた木箱から立ち上がり、揺れる荷台に仁王立ちしていた。片腕の袖が風にはためいているのを見て、ようやくこの時青年はその少年が隻腕であることに気付いた。
同時に違和感を感じた。少年に―――ではない。
「…なんだ?」
屹立する少年のその向こう、背景である色付いた雑木林と草原。そこに在る、酷い違和感。あまりに大き過ぎる違和感を受け入れるのに、数秒を要した。
少年がどこか諦念を含めて呟いた。
「少々騒ぎ過ぎたらしいな」
「おい…なんだよ、アレ…」
「ここら一帯の”ヌシ”らしい」
《丘》が―――動いた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
動揺と疑念が無かったと言えば、嘘になる。
《風竜走》と《ツァール家》。双方が両方とも、単体で十二分の知名度を持っている。
《風竜走》は言うに及ばないが、《ツァール家》も家柄、実績、巷説、どれをとっても話題に事欠かない。
《ツァール家》は風竜の国の王家に仕えてきた大貴族だ。国政に深く関わる一方で、その直轄地では様々な技術発展が領主…つまり《ツァール家》によって推奨され、推進されている。
《風竜走》はそういった最新技術のお披露目の場でもあるわけだ。
(ま、未熟な技術も多いちゅう話やけどな)
最新ではあるものの、最良ではないといった所だろう。特に造船技術では、ここ《クラフストン》に大きく及ばない。
「で、詳しい話に移る前に、聞いておきたいんやけど」
そんな《ツァール家》だが、それでも《風竜走》で常に優勝を狙える位置に在った。その立役者こそが、《旋風》の通り名を持つ冒険者カイン=ホィールの存在だったのだが…。
「外面を気にするような貴族様が、どうして最高位冒険者をクビにして、ウチらみたいな《流れ者》を雇うのか。その理由を聞かへんことには、仕事の話やこぉできんよ」
「……フン」
壮年の貴族、シバは大きく鼻を鳴らした。それでも想定通りだったのだろう、淀む事無く話し始める。
「貴様らのような盗賊崩れを雇うのには、大きく分けて二つ理由がある」
「…聞かせてもらおか」
「当然、そのつもりだ」
そこで言葉を切ったシバは、一度目を瞑る。まるで瞑想するように、数瞬沈黙した後、口を開いた。
「これはまだ極秘だが…」
「ウチらみたいなのに話した時点で極秘でもなんでもなくなるのは理解しとるんやろな?」
茶化すようなリッカの言葉を無視して、シバは言葉を続けた。
「《疑似・装剣》が完成した」
百話以上か…。
次の章に移るタイミングで小説ページを新しくした方がいいのだろうか…?