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白銀のスコール  作者: 九朗
第三章『砂漠の華』
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第30節

対レオン戦は短く済ますつもりです。





第30節


 レオは右腕を無造作に軽く振る。

 少女を捕まえていたはずのその腕は、軽い麻痺状態にあった。

 だがそれも、僅かな時間で回復する。


(すれ違いざまに俺の握力を奪い、あの子を盗ったのか…)


 奇襲による肘の付近に軽い打撃、完全に視界外・意識外だったため反応が遅れた。


(いや…違うな…)


 自分の考えを苦い思いと共に打ち消す。


(視界の外、意識の外――なんて、言い訳にはならねえ)


 己が冒険者である以上、そんな言い訳の仕方は不様以外の何物でもない。

 つまり―――、


(知らず知らずの内に、手前の『勘』に頼ってたって事か!)


 こんな時だと云うのに、自分の未熟さを思い知らされる。

 そして、その『勘』をかいくぐって来た相手の器量も。


 『勘』というのは決して第六感のような霊魂的スピリチュアルな物では無い。

 それは膨大な量の知識と経験の積み重ねから来るものだ。

 それらを無意識下で統合し、計算式として成立している場合、外部からの数値――すなわち視覚・聴覚・嗅覚・触覚などを当てはめる事により感覚としての出力アウトプットを得る。

 それこそが、『勘』。


 だが、相手は――アキトはそれをくぐり抜けた。

 それが意味する所とは…。


(俺にとっても、”未知”の相手――って事か!!)


 高揚する。

 今まで多くの修羅場をくぐって来た。多くの敵と相対してきた。

 それこそが彼の『勘』を裏打ちしていた物でもあったし、彼の強さの証明でもあった。


 ―――だが、奴はそれ以上だ。


 『勘』が――それが反応しなかった事が――そう示している。


 ならば、どうする。

 問うまでも無い、答えは一つだ。

 状況はこちらに味方している。

 状況というのは有利、不利の事では無い。


(こういう理由がねえとる気にならねえ奴を闘る気にさせるには、”理由”で逃げ場を無くすしかねえからな!)


 そして、その為には今の状況は千載一遇とすら言える。

 どう切り崩す…、そうレオが思考していると、先じてルルが口を開いた。


「保護者のご登場…といった所かしら」


 対し、アキトは何も答えない。左腕に少女を抱きかかえ、雨の中に立ち尽くしている。

 呆然と…と云う訳でもなく、どちらかと云うとこちらを窺っているようだ。

 もしかしたら、彼自身この状況に戸惑っているのかもしれない。

 ならば、勝負は速攻に限る。

 レオは薄っすらと、笑みを浮かべてアキトに問う。


「おいアキト。うちの旦那の命を狙うたぁ、どういうつもりだ?」


「………」


 なかば挑発も兼ねた一言。だが、アキトは沈黙を保っている。

 しかし一方で、レオもアキトの眉がピクリと僅かに動いたのを見逃さなかった。

 どうやら今回の暗殺まがいは、少女の独断で間違いなさそうだ。

 理由は分からないが、今はどうでもいい事だ。

 その少女が、たとえ未遂であろうとも”旦那を殺そうとした”という事実さえ有れば。

 だから、レオは言葉を続ける。


「おい、んまりはよした方が良い。別に俺達はそのガキをこの街の騎士団詰め所に突き出したって良いんだぜ?」


 その言葉に、アキトはチラリと腕の中の少女に視線をやる。

 少女はもはや相手が誰なのかすら理解できていないのだろう。

 彼女を護るように掻き抱くその腕にさえ、敵意を剥き出しにして手当たり次第に噛みついていた。

 アキトの左腕―――砂避けのマントの下には昨日のカインとの私闘において負った傷口があるはずだ。

 それでも、表情にも声色にもそれを出さず、アキトは淡々と告げる。


「ゴールドランクの冒険者ともあろう者が、非武装のこんな少女に恐喝された程度で騎士団沙汰とはね。世間体とか、少しは考えたらどうだ?」


 ようやく彼の口から出た言葉は、しかしそこには以前のような温かみがほとんど含まれてはいなかった。

 おそらく少女を護るために、こちらを”敵”として認識したのだろう。

 だが、それで良いと思う。別に馴れ合いたいわけじゃない。

 だからレオは言葉を紡ぐ。


「別に俺が狙われたんなら良いが、そいつが狙ってたのはうちの雇い主でな。”護衛”の任務上、無視する事は出来ねえな」


 間違いは言っていない。

 まあ、アキトの言う通り面子めんつは有るが、今は都合良く無視する。

 ”無視する”のに、”無視出来ねえ”とはこれいかに。


(っと…バカな事を考えてる場合じゃねえな…)


 自粛しつつ、アキトを見る。

 彼はしばし黙考した後、睨むようにこちらに問うて来る。


「で、俺にどうしろと?」


 ―――喰いついた。

 まあ、これだけあからさまなら気付いて当然か。

 つまり―――、


「そう言いつつそうしないのは、他に用が有るんだろ?」


 そう言う事だ。

 その言葉を得られたので、俺はさっき都合良く無視した”面子めんつを、今度は都合良く持ち出すことにする。

 反論されたとしても、問題無い。

 なんせ向こうは現行犯だ、言い逃れの余地も無い。


「そうだな…、っとその前に旦那?」


「あ、ああ、なんだね?」


 急に話を振られて戸惑うテスト。

 だが、今はそれに構っている暇は無い。


「この件の決着、俺に一任してもらって良いですか?」


「ああ、彼女を止めたのは君なのだし、それは構わないが…」


 了承も得た。

 そこでレオは改めてアキトに向き直る。


「本人の了承も得た事だし、今回の件は不問にしてやってもいい。…ただ―――」


 アキトが怪訝な表情を浮かべているが、それも今はどうでもいい。


「お前の言う通り、俺達にも面子が有る。そのガキを騎士団に突き出せば傷付くかもしれねえが、同時に保つ方法が有る」


 突き出せば傷付く”面子”を突き出さないで保つ方法……完全に前後関係が矛盾しているが、それでも彼は何も言わない。


「それがアキト、お前だ」


 レオは大きな指を彼に向ける。


「俺達冒険者の間でも話題になってるぜ?”竜殺し”、”暫定最高位保持者プラチナホルダー”、”鬼神”、等々。挙げればキリがねえ」


 特に”鬼神”はこいつの通り名として定着しつつある。

 ”死神”を手懐け、無手にて血路を切り開く、まさしく”鬼神”。


「そんなお前と相対したとなりゃ、俺達の面子も保たれるってわけだ」


 レオは一息入れると、アキトに問いかけた。


「さあ、どうする?」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 その問いに対し、アキトは間を空けず頷いた。

 もちろん、了承の意だ。

 特になにか考えが有ったわけでは無い。むしろ逆だった。


 アキトの左腕、そこに収まっているフーカは理性を忘れたかのように猛り、滅多やたらと歯を立てている。

 その所為で、まだほとんど繋がっていない左腕は傷口が開き、マントの下では出血と激痛を発している。

 嫌な脂汗が身体を伝うが、雨のおかげでバレてはいない。


(さっさと終わらせないと、まずい…)


 痛みを押し殺した無表情で彼が頷くのを見ると、レオは逆に満面の笑みを浮かべた。

 最近はこんなのにばっか目を着けられるな…、と内心で溜息を吐きながら私闘の条件を告げる。

 昨日みたいに無条件で放り出されるのは御免だ。


「勝負は有効打撃一つでいいか?」


「ああ、問題ねえ。審判にルルも付けてやろう」


 そう言って、彼が相方に目配せすると、『仕方ないわね』といった調子でルルが頷いた。


「んじゃ、決まりだ!」


 嬉しそうにそう言うと、彼は両の腰に装着していた魔法の鞄(マジックバック)へ自分の両腕を交差させるように突っ込んだ。

 そして、何かを掴み、それを引き抜きざまにえる。


「吼えろ――《獅子心王ライオンハーティード》!!」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 レオは自身の武装である《獅子心王》を抜き放った。

 肘までだった紅鋼の装甲は、金獅子の意匠を施された肩当てが噛みつくように二の腕、そして肩を覆う事で腕全体をカバーする。


 ―――それは腕鎧ガントレットだった。


 レオはその感触を確かめるように、手を浅く握り込む。

 すると内側に施された身体強化の魔術刻印が作動し、不思議な高揚感を生む。

 両拳の打撃インパクト部位には、猛々しい獅子の当て金。

 それを己の猛りに任せて打ち合わせ、打ち鳴らす。


 ガウォンという鈍い響きと共に、腕鎧の表側に施された魔術刻印が作動。

 その起動を示す赤の燐光が発生する。

 次いで発生したのは、ジュッという雨粒が蒸発する音、その蒸気、そして陽炎。


「そういや、まだちゃんと名乗って無かったな…」


 ユラリと立ち昇る熱気の中、術式の駆動を確認する。

 レオは己の名を体現するその武装を頼もしく思いながら、名乗る。


「俺は《氷炎》が一翼――」


 ユラリ、と構え無き構えをとる。


「《炎獅子》、レオン=スタンレイだ」


手負いの狼と爆炎の獅子。


勝負は一撃、まさに一瞬。


次回、『銀狼VS炎獅子』


ご期待…するほど長くないと思われ…。

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