第28節
あらすじ、改変いたしました。
新規読者が増える事を祈って。
第28節
アキトは駆ける、フーカを追って。
豪雨によって、彼女の姿は見失ってしまっていた。
唯一、濡れてぬかるんだ地面に残された足跡だけを頼りに。
激しい雨に流されて今にも消えてしまいそうなそれを追いながら、アキトは考える。
(たぶん、フーカが事の真相を知ったのは、十中八九間違い無い…)
それに付随する、彼女の”自害”が行われていないことに安堵しつつも、思考を加速させる。
(ならば今、彼女は何をしようとしている?一体どこへ向かおうとしている?)
『復讐』―――、その可能性はゐの一番に考えた。
だがそれでは、今の彼女の行動が不可解だ。
マサさんの話によれば、彼女の祖父を貶めたのは《風竜走》の大口のスポンサーになる人物だ。その人物の獣人嫌いが高じて、フーカを養女として迎え入れたセツカ老は職を失い、船大工の、そして《風竜走》という表舞台から退場させられた。
その人物に対して、彼女が復讐心を燃やす事は想像に難くない。
しかし先程も言ったように、そう考えると彼女の足跡が向かう方角がおかしい。
フーカの足は、居住区がある方角でも、VIPが宿泊するような高級宿が存在する区画でもなく、砂漠へと迷い無く向かっていた。
彼女は何をしようとしているのか。
もしかしたら、自殺を誰にも見咎められぬ為に砂漠に向かっているのか―――、とも思ったが、そうすると彼女の鬼気迫る姿と一致しない。
―――ならば、やはり復讐か。
―――だが…
―――しかし……
―――とすると………
幾つもの自問と自答が繰り返される。
それは徐々に、”ある可能性”を浮かび上がらせてゆく。
(けど…)
だが、それとは別の問題としてアキトは想うのだ。
(―――俺に、彼女の復讐を止める権利が有るのだろうか?)
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先程、分厚い豪雨の中に見知った優しい顔の青年を見た気がしたが、フーカは全く構わずに街を駆け抜ける。
虚無感から来る怨恨と憎悪だけで足を走らせている彼女に、そんな”人間”の事を慮っている余裕は無い。
これから向かう先に存在している”そいつ”に、自分のありったけをぶつけてやる。この世で最も惨めで、無残で、残酷な死を味わわせてやる。
方法論など、とっくの昔に捨て去っている。
この雨に紛れて接近し、それこそ野犬のように喉笛を食い千切ってやればいい。
大事なのは殺す事だ。
だって、
―――こんな、無意味で無価値で虚無的な自分に殺される以上に、惨めで、無残で、残酷な『死』があるだろうか?
これからそいつは、無意味に死ぬ。無価値に死ぬ。それらの虚無を抱えて死ぬ。
ただわたしに殺される。他の誰でも無い、”わたし”に殺されることで、そいつはいままで自分が積み上げてきた物を無に帰すのだ。
”殺す”とはそういう事。
だからこそ、わたしも殺し甲斐が有る。
そいつの喉笛を噛みちぎるその瞬間、わたしは無意味でも、無価値でも、虚無でもなくなり、それら一切合財を”そいつ”に押し付けることが出来る。
最後の最期に、わたしは全てを得る。
そういう意味で、私はその”共犯者”に感謝してもいい。
ありがとう。あなたのおかげでわたしは―――、
最高の”復讐の装置”になれました。
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俺、”拝 暁人”は『復讐』に対して、否定も肯定もしない。
ただ理不尽に人が死に逝くなら、《拝》はいくらでもそれに抗うだろう。
だが、『復讐』はどうだろう?
”理不尽”とは、『理が尽く不い』と書く。
では、『復讐』は”理不尽”だろうか?
否、『復讐』にはそこに至るまでの”理”が有るはずだ。”理由”が有るはずだ。
では、俺は『復讐』を肯定するのかと問われれば、それもやはり『否』だった。
《拝》において、”理性”は何よりも優先される。
そんな《拝》が、『理性が尽く不い』―――、”理不尽な復讐”を肯定する事はできない。
俺がヒカルの復讐を手助けするのも、彼女に両方の”理”が有るからだ。
それに何より、《アレ》は《拝》の『敵』でもある。
では、フーカのそれはどうだろう。
《拝》として、俺は彼女の復讐を全肯定することは出来ない。
同時に、全否定することも出来ない。
俺達が《拝》という存在だからこそ、消し去る事の難しい”境界線上”。
幾多の割り切れない事象、その一つ。
――ただ…
そう、ただ。
《拝》とは関係無い、ただの”アキト”という青年はこう想うのだ。
(それは駄目だ…)
彼女を護り切れなかった後悔と悲哀に苛まれながら、彼は想うのだ。
(それじゃ、駄目なんだ!)
だからこそ、彼は走る。
《アキト=オガミ》ではなく、ただの”アキト”として。
その想いを彼女に伝えるために。
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「うへぇ…、ブーツん中までグショグショだぜ…」
「………」
「さっさと宿に戻って、ひとっ風呂浴びてえぜ…」
「………」
レオ達は急に降りだした豪雨の為、急遽訓練を中止し、揃って宿への道を駆けていた。
《風竜走》は過酷なレースだ。雨が降ろうが、槍が降ろうが決行されるが、開催二週間前というこの時期に体調を崩すのはいただけない、という判断によるものだ。
それにより、船の整備班を除いたチーム・ロイガー商会のほぼ全てのクルーが激しい雨の中、己の宿泊施設へと向かっていた。
といっても、彼らの使用している宿はほとんどがロイガー商会系列なので、向かう方向も大体一緒だ。
打ち付ける雨から逃れるように、十数人の小集団は小走りで砂漠から街へと続く道をゆく。
その集団の中、屈強な海の男達の中でも頭一つ突き抜けた身長・体躯を持つレオが愚痴を漏らすが、その隣にいるルルは全く反応を返さない。
いつもならば、呆れながらも(←こう書くと良い事をしているように聞こえる不思議!)冷たくあしらうのだが、今日は不機嫌に口を閉ざし、レオの方を見ようともしない。
そんな彼女に、レオは呆れ気味に言った。
「ま~だ、怒ってやがんのか。今回の事は自業自得だから、俺も謝んねえぞ」
”今回の事”というのは、昨日の”暴走した魔術の竜巻から、一人で逃げた挙句、置きざりにしていた荷物(レオ含む)の内から、今まで貯めたへそくりがいつの間にか酒に換わっていた事”だ。
これに関して、レオは自身に一片の負い目も無いので、以前のように大人しく折檻を受ける理由も無い。
むしろ―――
「置き去りにした物が片方だけでも戻って来たんだし、良いとしようぜ、な?」
「………」
「いや、待てよ…?お前のへそくりも、酒となって俺と一体になってるわけだから、両方戻って来てるんじゃね?」
「………」
「良かったな、ルル!お前は何も失ってねえぞ!!」
おもいっきり、相方を煽っていた。
それまで、努めて無視してきたルルが、凄まじい形相で睨んで来るが、自身に引け目の無いレオには無意味だ。
彼らは《氷炎》。互いにせめぎ合い、互いに譲り合う事の無い存在だ。”火と油”とも、”氷と水”とも違う。
混じり合う事も、融和する事も無い。
氷は炎を鎮め、炎は氷を溶かす。どちらかが優勢になることは有っても、それが絶える事は無い。
その在り方こそが、彼らのパートナーシップそのものであり、どんな事があっても彼らが相棒で在り続ける理由だった。
そんな彼らの横合いから、声が掛かる。
「はっはっは!良いじゃないか、ルルティエ君。もし優勝できたら、その損失分も補填しよう。それよりも、君を拗ねたままにしておく方が怖そうだ」
そう言って、肩を震わせながら笑うのは、彼らの雇い主のテスト=ロイガーだ。
その言葉にルルも、
「そういう事でしたら…」
と渋々ながら、従う。
相変わらず金に弱い奴…、と思いながらレオは反論する。
「旦那!こいつを金銭的に甘やかしちゃダメですぜ!その内調子に乗って、契約金の上乗せとか、賞金の分け前を増やせとか、仕舞いにはロイガー商会の商売に一枚噛ませろ、とか言い出すに決まってるんですから!!」
「…あなたが私をどんな目で見ているか、理解したわ」
そこからは、またいつも通りの彼らのやり取りへと戻っていた。
そんなやりとりに、周囲の船員も自然と笑みを浮かべている。
そんな時だった。
「―――ん!?」
まさしく野生の勘としか言いようの無い常識外の知覚により、レオは腕を動かす。
その腕は、今まさに彼らの間を通り抜けようとしていた小柄な影を掴み取る。
捕えられたと分かったその影は、身をよじって逃れようとするが、その行動に不審な物を感じ、レオはさらに腕へと力を込める。
衣服の首根っこに当たる部分を掴んでいるため、小柄な影は容易に宙へと持ち上げられ、足は地面より引き剥がされる。
ロイガーは風竜の国きっての大商人だ。それを亡き者にしようと、刺客を差し向けてくる人物は挙げればきりが無い。
だがこいつは、刺客にしては武装の類も無さそうだった。
不思議に思いながら、レオはそいつを見る。
最初はジタバタと、足と手を暴れさせ抵抗していたが、無駄だと悟ると両手両足をだらんと不気味に垂れ下げる。
しばしの静寂――――。
そして、体内で何かが爆発するように、その爆発による血反吐を吐くような勢いで、それはこう叫んだ。
「見つけたぞ!テスト=ロイガー!!」
その場にいた誰もが、それの濡れた前髪の奥に在る血走り、憎悪に溢れたその眼を見た。
屈強な海の男達すら縮みあがらせる、その奈落を、見た。
彼は走る。
善意からでも、優しさからでも無い。
ただ、『無自覚』。
それを許容できないが故に。