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白銀のスコール  作者: 九朗
第三章『砂漠の華』
103/115

第28節

あらすじ、改変いたしました。


新規読者が増える事を祈って。





第28節


 アキトは駆ける、フーカを追って。

 豪雨スコールによって、彼女の姿は見失ってしまっていた。

 唯一、濡れてぬかるんだ地面に残された足跡だけを頼りに。

 激しい雨に流されて今にも消えてしまいそうなそれを追いながら、アキトは考える。


(たぶん、フーカがことの真相を知ったのは、十中八九間違い無い…)


 それに付随する、彼女の”自害”が行われていないことに安堵しつつも、思考を加速させる。


(ならば今、彼女は何をしようとしている?一体どこへ向かおうとしている?)


 『復讐』―――、その可能性はゐの一番に考えた。

 だがそれでは、今の彼女の行動が不可解だ。

 マサさんの話によれば、彼女の祖父をおとしめたのは《風竜走》の大口のスポンサーになる人物だ。その人物の獣人嫌いが高じて、フーカを養女として迎え入れたセツカ老は職を失い、船大工の、そして《風竜走》という表舞台から退場させられた。

 その人物に対して、彼女が復讐心を燃やす事は想像にかたくない。


 しかし先程も言ったように、そう考えると彼女の足跡が向かう方角がおかしい。

 フーカの足は、居住区がある方角でも、VIPが宿泊するような高級宿が存在する区画でもなく、砂漠へと迷い無く向かっていた。


 彼女は何をしようとしているのか。


 もしかしたら、自殺を誰にも見咎められぬ為に砂漠に向かっているのか―――、とも思ったが、そうすると彼女の鬼気迫る姿と一致しない。


 ―――ならば、やはり復讐か。

 ―――だが…

 ―――しかし……

 ―――とすると………


 幾つもの自問と自答が繰り返される。

 それは徐々に、”ある可能性”を浮かび上がらせてゆく。


(けど…)


 だが、それとは別の問題としてアキトは想うのだ。


(―――俺に、彼女の復讐を止める権利が有るのだろうか?)


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 先程、分厚い豪雨の中に見知った優しい顔の青年を見た気がしたが、フーカは全く構わずに街を駆け抜ける。

 虚無感から来る怨恨と憎悪だけで足を走らせている彼女に、そんな”人間”の事をおもんばかっている余裕は無い。

 これから向かう先に存在している”そいつ”に、自分のありったけをぶつけてやる。この世で最も惨めで、無残で、残酷な死を味わわせてやる。

 方法論など、とっくの昔に捨て去っている。

 この雨に紛れて接近し、それこそ野犬のように喉笛を食い千切ってやればいい。

 大事なのは殺す事だ。


 だって、


 ―――こんな、無意味で無価値で虚無的な自分に殺される以上に、惨めで、無残で、残酷な『死』があるだろうか?

 これからそいつは、無意味に死ぬ。無価値に死ぬ。それらの虚無を抱えて死ぬ。

 ただわたしに殺される。他の誰でも無い、”わたし”に殺されることで、そいつはいままで自分が積み上げてきた物を無に帰すのだ。


 ”殺す”とはそういう事。


 だからこそ、わたしも殺し甲斐が有る。

 そいつの喉笛を噛みちぎるその瞬間、わたしは無意味でも、無価値でも、虚無でもなくなり、それら一切合財を”そいつ”に押し付けることが出来る。


 最後の最期さいごに、わたしは全てを得る。



 そういう意味で、私はその”共犯者”に感謝してもいい。


 ありがとう。あなたのおかげでわたしは―――、





 最高の”復讐の装置(・・)”になれました。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 俺、”拝 暁人”は『復讐』に対して、否定も肯定もしない。


 ただ理不尽に人が死に逝くなら、《オガミ》はいくらでもそれに抗うだろう。


 だが、『復讐』はどうだろう?

 ”理不尽”とは、『理がことごとい』と書く。

 では、『復讐』は”理不尽”だろうか?


 否、『復讐』にはそこに至るまでの”理”が有るはずだ。”理由”が有るはずだ。


 では、俺は『復讐』を肯定するのかと問われれば、それもやはり『否』だった。


 《拝》において、”理性”は何よりも優先される。

 そんな《拝》が、『()性が()()い』―――、”理不尽な復讐”を肯定する事はできない。


 俺がヒカルの復讐を手助けするのも、彼女に両方の”理”が有るからだ。

 それに何より、《アレ》は《拝》の『敵』でもある。


 では、フーカのそれはどうだろう。

 《拝》として、俺は彼女の復讐を全肯定することは出来ない。

 同時に、全否定することも出来ない。


 俺達が《拝》という存在だからこそ、消し去る事の難しい”境界線上グレーゾーン”。

 幾多の割り切れない事象、その一つ。


 ――ただ…


 そう、ただ。

 《拝》とは関係無い、ただの”アキト”という青年はこう想うのだ。


(それは駄目だ…)


 彼女を護り切れなかった後悔と悲哀にさいなまれながら、彼は想うのだ。


(それじゃ、駄目なんだ!)


 だからこそ、彼は走る。

 《アキト=オガミ》ではなく、ただの”アキト”として。

 その想いを彼女に伝えるために。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「うへぇ…、ブーツん中までグショグショだぜ…」


「………」


「さっさと宿に戻って、ひとっ風呂浴びてえぜ…」


「………」


 レオ達は急に降りだした豪雨スコールの為、急遽訓練を中止し、揃って宿への道を駆けていた。

 《風竜走》は過酷なレースだ。雨が降ろうが、槍が降ろうが決行されるが、開催二週間前というこの時期に体調を崩すのはいただけない、という判断によるものだ。

 それにより、船の整備班を除いたチーム・ロイガー商会のほぼ全てのクルーが激しい雨の中、己の宿泊施設へと向かっていた。

 といっても、彼らの使用している宿はほとんどがロイガー商会系列なので、向かう方向も大体一緒だ。

 打ち付ける雨から逃れるように、十数人の小集団は小走りで砂漠から街へと続く道をゆく。


 その集団の中、屈強な海の男達の中でも頭一つ突き抜けた身長・体躯を持つレオが愚痴を漏らすが、その隣にいるルルは全く反応を返さない。

 いつもならば、呆れながらも(←こう書くと良い事をしているように聞こえる不思議!)冷たくあしらうのだが、今日は不機嫌に口を閉ざし、レオの方を見ようともしない。

 そんな彼女に、レオは呆れ気味に言った。


「ま~だ、怒ってやがんのか。今回の事は自業自得だから、俺も謝んねえぞ」


 ”今回の事”というのは、昨日の”暴走した魔術の竜巻から、一人で逃げた挙句、置きざりにしていた荷物(レオ含む)の内から、今まで貯めたへそくりがいつの間にか酒に換わっていた事”だ。

 これに関して、レオは自身に一片の負い目も無いので、以前のように大人しく折檻を受ける理由も無い。

 むしろ―――


「置き去りにした物が片方だけでも戻って来たんだし、良いとしようぜ、な?」


「………」


「いや、待てよ…?お前のへそくりも、酒となって俺と一体になってるわけだから、両方戻って来てるんじゃね?」


「………」


「良かったな、ルル!お前は何も失ってねえぞ!!」


 おもいっきり、相方を煽っていた。

 それまで、努めて無視してきたルルが、凄まじい形相で睨んで来るが、自身に引け目の無いレオには無意味だ。

 彼らは《氷炎》。互いにせめぎ合い、互いに譲り合う事の無い存在だ。”火と油”とも、”氷と水”とも違う。

 混じり合う事も、融和する事も無い。

 氷は炎を鎮め、炎は氷を溶かす。どちらかが優勢になることは有っても、それが絶える事は無い。

 その在り方こそが、彼らのパートナーシップそのものであり、どんな事があっても彼らが相棒で在り続ける理由だった。


 そんな彼らの横合いから、声が掛かる。


「はっはっは!良いじゃないか、ルルティエ君。もし優勝できたら、その損失分も補填しよう。それよりも、君を拗ねたままにしておく方が怖そうだ」


 そう言って、肩を震わせながら笑うのは、彼らの雇い主のテスト=ロイガーだ。

 その言葉にルルも、


「そういう事でしたら…」


 と渋々ながら、従う。

 相変わらず金に弱い奴…、と思いながらレオは反論する。


「旦那!こいつを金銭的に甘やかしちゃダメですぜ!その内調子に乗って、契約金の上乗せとか、賞金の分け前を増やせとか、仕舞いにはロイガー商会の商売に一枚噛ませろ、とか言い出すに決まってるんですから!!」


「…あなたが私をどんな目で見ているか、理解したわ」


 そこからは、またいつも通りの彼らのやり取りへと戻っていた。

 そんなやりとりに、周囲の船員も自然と笑みを浮かべている。


 そんな時だった。


「―――ん!?」


 まさしく野生の勘としか言いようの無い常識外の知覚により、レオは腕を動かす。

 その腕は、今まさに彼らの間を通り抜けようとしていた小柄な影を掴み取る。


 捕えられたと分かったその影は、身をよじって逃れようとするが、その行動に不審な物を感じ、レオはさらに腕へと力を込める。

 衣服の首根っこに当たる部分を掴んでいるため、小柄な影は容易に宙へと持ち上げられ、足は地面より引き剥がされる。


 ロイガーは風竜の国きっての大商人だ。それを亡き者にしようと、刺客を差し向けてくる人物は挙げればきりが無い。

 だがこいつは、刺客にしては武装の類も無さそうだった。

 不思議に思いながら、レオはそいつを見る。

 最初はジタバタと、足と手を暴れさせ抵抗していたが、無駄だと悟ると両手両足をだらんと不気味に垂れ下げる。


 しばしの静寂――――。


 そして、体内で何かが爆発するように、その爆発による血反吐を吐くような勢いで、それはこう叫んだ。


「見つけたぞ!テスト=ロイガー!!」


 その場にいた誰もが、それの濡れた前髪の奥に在る血走り、憎悪に溢れたその眼を見た。

 屈強な海の男達すら縮みあがらせる、その奈落を、見た。

彼は走る。


善意からでも、優しさからでも無い。


ただ、『無自覚』。


それを許容できないが故に。

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