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白銀のスコール  作者: 九朗
第三章『砂漠の華』
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第26節

話が進まないのは、大体作者の所為。




第26節


「―――嫌です」


 そう言うだろうな、と予想していた言葉を、予想以上に死んだ魚の眼で言われ、アキトは少々面食らった。


 昨日までの基礎訓練は終わりを告げ、今日からは打って変わって実際の操船訓練を行う事となったアキト達。

 操船、となれば当然役割の分担が必要となり、それを決めようという話になり、そして事前の打ち合わせの通り、フーカを操舵手ヘルムスマンへと持ち上げる予定だった。

 しかし、その話が出た途端にこれだった。


「フーカ、―――」


「嫌です!!」


 アキトが説得の言葉を連ねようとするが、何かを口にする前に、今度は悲痛な叫びにかき消される。


「なんで私なんですか?なんで私なんかにそんな事をさせるんですか?」


 どこか…いや、完全に責める口調となったフーカが怒りを隠そうともせず、アキトを責め立てる。


「私なんかより、ずっと適任の方がいるのに、なんで私なんですか?」


 死んだように虚ろだと思っていた瞳は、激情による強いギラギラした光を放ち、か細いてのひらふしが浮き出るほどに強く握り締められていた。


「ナギさんがやればいいじゃないですか!それがダメなら、それこそアキトさんがやればいいじゃないですか!!」


 ―――『私なんかが』『私よりも』

 ネガティブな自己肯定を続けるフーカ。その姿はあまりに痛ましい。


「私なんかがそんな事をやったら、勝てる物も勝てなくなってしまいます!アキトさんは勝ちたくないんですか!?」


 おそらくこの強烈過ぎる自己否定こそ、彼女の祖父が真実をひた隠しにしてきた理由の一つなのだろう。

 その自己に対する、強迫観念にも似た否定的な感情が、一体何に起因しているのかは分からない。

 捨て子だったせいなのか、それとは別の理由が有るのか。

 だがその性質故に、セツカ老は彼女に本当の事を話せなかった。

 そうすれば、彼女が自分を責め立てるのは目に見えていたから。

 それも、ただの責め立て方ではない。徹底的な自己否定の行き着く先。

 その結末から彼女を護る為に。


 そんな事を考えていたせいか、二の句を継げない俺を置き去りに、フーカはどんどんヒステリックにヒートアップしていき。

 仕舞いには、


「アキトさんのバ――カ!! 人でなし!! 毛むくじゃら!! ハーレム性不純男!! 鬼!! 悪魔!! 変態!!」


 思い付く限りの罵詈雑言を吐き、逃げるようにどこへともなく走り出してしまったのだった。

 ポカンとしている俺の背中に、シノとヒカル――事情を知らない二人の冷たい視線が浴びせられ、何故か非常に居たたまれない気分になった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(バーカ!バーーカ!!アキトさんのバーーーーーーカ!!)


 心の中で何度も何度も繰り返し悪態を吐く。


(良い人間ヒトだと思ってたのに、頼りになる人間だと思ってたのに―――)


 ――裏切られた、という気分になりどんどん気持ちがささくれ立っていく。


(私に舵を握らせようなんて…、あのに何かあったらどう責任を取ってくれるのよ!!)


 自分のダメさ加減は自分が一番良く知っている。

 そんな自分が船の舵を握った日には――――、


(座礁、沈没、大破の三連コンボを見事に決めてしまうにきまってるんだから!!)


 それはすなわち、祖父に遺されたあの船を失う事に他ならない。


(あのは、私の命よりずうううぅぅっと大切で価値の有る物なのに!)


 それを危険に晒そうと云う彼の考えが分からなかった。


(ううううぅぅ…、なんであんな事言うの?他の事なら何でもするのに。身体だって、命だって差し出せるのに!)


 アキトさんになら―――、良いかもしれない…とまで考えていたのだ。

 そりゃあ、三人もの女性と関係を持つようなハーレム男だし、なんと言っても”人間”だし。

 それでも、そんな事すら忘れてしまうほどに彼は優しかったし、自分の事をかえりみずに私の”願い”を聞いてくれた、しかも命の恩人だ。

 恋愛感情はともかく『嫌いじゃ無い、むしろ好き』と思えるくらいには、彼を信頼していた。

 それに、彼らといると祖父を亡くした喪失感を忘れる事ができた。


 それなのに―――。


(なんで、あのを危険に晒すような事を言うの?)


 それだけはダメだ。それだけはどうあっても許容できない。

 あの船が私にとってどれだけ大切かは、彼だって分かっているはずなのに。


「――――っ!」


 強く唇を噛む。

 信頼と腹立たしさがないまぜになって、自分を把握できない。


 そんな時だ。


(――っ!?これ、アキトさんだ!)


 どうやら自分を追って来たらしい。

 先ほどの事を謝罪するつもりなのか、それとも彼女を説得するためか。

 ともかく、今は彼と顔を合わせられる気分では無い。

 彼と顔を合わせたら、自分が何を言うのか分からなかった。


 悪態を吐くくらいなら良い。彼に酷い事を言うのは気が引けるが、それはまだ良い。

 一番まずいのは、彼の説得を聞き入れ、承諾してしまうことだ。

 不思議な事に、私は彼の言う事を否定すると同時、アキトさんの言う事なら…と受け入れてしまいそうな気持もあわせ持ってしまっていた。

 だからさっきは、彼が何かを言う前にさっさと逃げ出してしまったのだ。


 彼が近付いて来る。それは私の居場所が分かっているかの如く、正確で迅速だ。

 ―――とにかく今は、彼をかなければ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「う~ん、駄目か…」


 アキトは鼻をこすり上げながら呟く。

 脱兎のごとく逃げ出したフーカを追ってここまで来たのだが、見失ってしまったようだ。いや、正確には()失ってしまったと言うべきか。


「スパイシーなのは嫌いじゃないんだけど…」


 彼女が逃げてきた路地裏までは追跡出来たのだが、その後どうやら大通りへと紛れてしまったらしい。

 大通りには今日も幾つもの露店が開かれており、特に食べ物系の屋台の匂いがキツイ。

 腐りにくいように香辛料をふんだんに使用している為、その分匂いも凄いのだ。

 フーカの匂いも、その中で混ざり合い識別できない程だった。


「つーか、追い付いたとして俺は何を言うつもりなんだか」


 説得しようとしても、先程のような激しい拒絶に遇うだけだと分かってはいるのだ。

 そして、そんな彼女に届く言葉を持ち合わせていないのも。


 しかし、これは勘でしかないが、今彼女を一人にするべきではない気がするのだ。

 孤独は人を変える。ようやくではあるが、少しずつ心を開いてくれかけている彼女を一人にする事は、あまり良い事ではない気がした。


「まあ、俺の腕が治るまでもう少しかかるから、それまでになんとかすれば良い話ではあるんだけど…」


 そうひとりごちてみるが、やはり不安は拭えなかった。


「鼻が役に立たないなら、眼と耳を使え! 『捜査の基本は脚だ』って誰かも言ってたし!」


 アキトは再び走り出す。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(上手く撒けた…かな?)


 アキトが通り過ぎていくのを感じながら、フーカは胸を撫で下ろす。

 彼女がいるのは、大通りから一本はずれた裏路地だ。近くには露店の廃棄物を集積する穴が掘ってあり、酷い匂いを放っているが、それが功を奏したようだ。

 アキトはしばらくキョロキョロと視線を巡らせていたが、フーカを見つけられなかったのか、再びどこへともなく走り出してしまう。


 それを見て、申し訳なくなる一方で、彼を出し抜けた事に密かな愉悦を感じてしまう。

 普通の子供が興じる”隠れ鬼”とは、こんな感じなのかもしれない。


 そんな事を考えながら、彼が返ってこないのを確認し、身を潜めていた場所から移動を開始する。

 今、大通りに出ればアキトさんに見つかってしまう可能性が有るので、路地の裏をこそこそと。

 こんな時ばかりは、常日頃から疎ましく思っていた身体の小ささがありがたい。


「ふふ…、うふふ……」


 自然と口がほころんでいた。

 これまで感じた事も無い高揚が、胸を駆け登り、口から漏れ出したかのように。

 これでは、”まるで”隠れ鬼、ではなく本当に隠れ鬼のようだ。

 子供のころに憧れた遊びに、この歳になって興じているというのに、その興奮と歓喜は真新まあたらしくフーカの胸を震わせる。


 何より――そう、なにより隠れた自分を探しに来てくれる人がいる。その事実が、彼女を高揚させた。

 祖父を失って欠けてしまった何かが満たされていく感覚がした。


 まるで子犬がはしゃぎ回るように、彼女は路地裏を駆ける。帽子からはみ出した大きな耳が、その度に陽気に揺れる。

 路地裏は、薄暗く、暑苦しく、匂いも酷かったが、それでも彼女の喜びを損ねる事は無かった。


 その興奮に任せ、路地裏の角を曲がろうとして――――、


「―――キャッ!?」


 角の先からやって来た人影にぶつかりそうになり、慌てて身をひねる。

 しかし、避けきれず相手の脚に当たり、姿勢が崩れ、倒れこんでしまう。

 路地裏の薄汚れた地面に彼女の小さな身体が投げ出される。

 その上から、今し方彼女がぶつかりそうになった男達の声が降りかかる。


「――っと、ぶねーな」


「こんな狭い所で走ってんじゃねーぞ、ガキ!」


「お遊びなら、他所でやれよ!」


 どうやら、三人組だったようだ。それぞれが、声を怒らせフーカを叱咤する。


「ご、ごめんなさい…」


 先ほどまでの高揚が嘘のように萎んで行くのを感じながら、フーカは立ち上がり謝罪の言葉を口にする。男達の言葉は、口汚くはあったが正しい。

 フーカが視線を上げると、着崩した服装をした幾つか年上の男達が彼女を威嚇するように睨んでいる。

 仕事をするような格好ではない。どうやら、職人の家の次男・三男のようだ。


 職人の家では、家督を継ぐのは基本的に長男の役目だ。余程腕が良いか、それとも長子がよほどボンクラではない限り、原則的に長子以外が家を継ぐ事は無い。

 となると、次男以下は修業をしたとしても、兄の補佐か、他の街で店を持つしか道は無い。


 そうなると、そんな現実に対して斜に構え、なにもせずにブラブラする連中も現れる。


(まあ、私もヒキコモリのニートなんですけどね…。うふふふふ…)


 内心で暗い笑みを浮かべながら、態度だけは謙虚に。

 本当は、おじいちゃんをないがしろにした街の人間に頭を下げるのは嫌だったが、今回は私が悪いのは明白だったから。

 本来なら、それで終わりだったのだ。


 ―――しかし、男達は気付いてしまった。

 少女の大き過ぎる帽子からはみ出た、獣の耳に。


 それにほぼ同時に気付いた男達は、互いに顔を寄せ合い、声を潜めて言葉と視線を交わす。


「…おい、こいつ……」


「…ああ、この前親父が言ってた……」


「…あ?なにがだ?……」


 ヒソヒソ、と。


「…ほら、セツじいんとこの……」


「…でさ、……だと思ってんだぜ……」


「…なんだそりゃ、バッカじゃねーの……らえる……」


 交わされる、なにか。


「…ホントは親父に口止めされてんだけどな……」


「…ねーよな、マジで~。少し考えりゃ分かりそうな物なのによ……」


「…?」


 彼らが何を話しているのか、そもそももう行ってしまっても良いのか分からず、フーカが首を傾げて立ち尽くしていると、


「あ、なら言ってやりゃ良いじゃんよ!口止めっつっても、肝心の爺さん死んでんだろ?」


 三人の内の一人が顔を喜色で満面にして言った。


「バカッ!手前は良いかもしれねえが、バレたらしこたまぶん殴られるのは、こっちなんだぞ!?」


「うちなんか、金槌持ち出して来るんだぞ!?親父、あの爺さんに借りがあるらしくて、この話を兄貴に話してるの偶然聞いただけでしこたま打たれたんだぞ!?」


 残る二人が顔を青くして引き止める。

 しかし、


「だから、その爺さんはもう居ないんだろ?じゃあ、困るのはこいつだけじゃね?むしろ、手前らの親父の胸のつっかえを取ってやるんだから、むしろ親孝行?それに、話の出所なんて分かりゃしねえよ。手前らの親父が我慢できなくなったように、他にも黙ってられなくなってる奴はいっぱいいるだろうしな!」


「…けど――」


 いまだに反論を続ける二人に、ひとりがトドメの一言を放つ。


「じゃあ、考えてもみろ。”他の奴が話すまで黙っておくのか”、”今話して、こいつが壊れんのを特等席で見るのか”、どっちが面白そうだ?」


 その言葉に、残りの二人の瞳にもくらい歓びの光が宿る。

 普通なら、そんな事がそこまで面白いとも思わないけれど、この事を知った親父達がどんな反応をするのか。

 いつも、自分達を叱りつけてばかりいる親が、自分達がバラしたとも知らずに、憤ったり、嘆いたりするのを真横で見るのは、さぞ胸がすく思いだろう、と。


 異様な気配に、フーカはジリっと後ずさる。何か、自分にとって致命的な何かが始まってしまう予感に。

 それは分かっているのに、逃げられない。祖父の名前を出されては。


 その場において、もはや誰もそれを止める者はいなかった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「いない…」


 アキトはいまだに街を駆けずりまわり、フーカの姿を探していた。

 と、その時。


「お?あれは………」


 視界の端にそれを捉え、近付いて行くと向こうもこちらに気付いたらしく、満面の笑みで声をかけてくる。


「やあ、奇遇だねアキト君!」


 カインだった。

 と、言うか。


「おい、お前。こんな時間から街をフラフラしてて良いのか?砂船の訓練とか無いのか?」


 同じく雇われの身のレオ達は、最近は毎日のように領域エリア外まで出ていくのをよく見るというのに、こいつが訓練している所を見た事が無い。

 そもそも、船に乗っている所すら見た事無かった。

 そんなアキトの質問にも、カインは満面の笑みを崩さず、答える。


「いや~、それなんだがね、アキト君」


「いちいち語尾に『アキト君』を付けるのを止めろ」


「まあまあ、聞いてくれたまえよ、アキト君」


「(イラッ!)」


 相も変わらず、癪にさわる奴だった。

 そんなアキトの内心を他所に、カインは騙り始める。


「それがだね、アキト君。この話は、聞くも涙、語るも涙なお話でね、アキト君」


「手前……、わざとだろ!?」


「なんの事だい、アキト君?」


 天然なのか、すっ惚けているのか。もし、これが演技だったら、俺はこいつに弟子入りしてもいい。《拝》の技にも、感情を操る技は数が少ないから。

 技名は、そうだな…《火因カイン》とでも名付けよう。


 そんな事を考えながら、深呼吸。天然にしろ、演技にしろ、こいつのペースに乗ってたら、身がもたない。

 もうツッコマない、と心に決めてカインの話に耳を傾ける。


「それがね、アキト君」


「ああ」


「実は、ツァール家の護衛をクビになっちゃってね」


「そ、そうか…」


 衝撃の事実だった。


「まあ、僕もゴールドランクの冒険者だから、食べるのに困る事は無いんだけどね、アキト君」


「……。なんで、クビになったんだ?まさか、あの時どっか怪我したのか?」


「いや、そういう理由ではないんだよ、アキト君」


「……。じゃ、なんで」


「それがね……」


 そこで、カインは満面の笑みを崩し、悲しそうに目を伏せると、訥々と語り始めた。


「僕も良く分かっていないんだけど、あちらの言葉を借りるなら、曰く『君は一人の女を追いかけまわし、訓練をないがしろにしたから』だそうだよ?一体何がいけなかったんだろうね?」


 普通に自業自得だった。

 つーか、やっぱり訓練してなかったんだな。


「まあ、君との勝負も有るし、どこか普通のチームに入れて貰うさ。そこで質問なんだが、どこか良いチームを知らないかい、アキト君」


「知らん」


「良いチーム、知らないのかい、アキト君」


「五・七・五風に言っても知らん!!」


 こうして、俺がくだらない奴とくだらない会話をしている間に、最も恐れていた事が起ころうとしていた。

次回から、急転直下の『心傷トラウマ編』スタート!!


《風竜走》はいつ始まるのか!?そして、作者の迷走はどこまで続くのか!?


乞うご期待!!

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