序章
プロローグです。彼と彼女の名前が出てくるのは結構先なので平にご容赦を。
序章
「…ッ!……!」
『彼女』は走っていた。必死に。ひたすらに。
唯唯『脅威』から逃れるために。
その『脅威』が何なのか、産まれて間もない『彼女』には分からず、しかしソレが自分にとっての『脅威』であると訴える本能に従い、暗い森をひたすら走っていた。
ズキリ、と肩の傷が疼く。
パックリと裂けたそこからはルビーの様に真っ赤な血が『彼女』の四肢を伝い滴っている。
『脅威』から受けたその傷は『彼女』を少しずつ蝕み、その動きを止めようとする。
崩れ落ちそうになる身体を、「走れ!逃げろ!止まるな!」と叫ぶ本能に叱咤され、ひたすらに四肢を動かし続ける。
一体何が起きているのか?一体何から逃げているのか?
何の知識も持たない『彼女』はその答えすら得られぬまま、ただ走り続ける。
孤独に。
今はまだ夜明けではない。
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「…〜ッ。あ〜疲れた〜」
『彼』はまるで魂ごと吐き出そうとするかのような溜息を一つ吐くと「よっこらせ」とばかりにベットに腰を下ろした。
およそ大抵の事では疲れどころか息一つ上がらない『彼』だが、祖父と父に囲まれて行う『鍛練』の時間だけは別だった。
「イテテ…。最近さらに容赦が無くなってきたな…」
成長期もあと残り僅かとなった『彼』の身体は大人のそれと大差なく、それ故に『鍛練』が厳しいものになっているのは『彼』自身理解していた。
しかし、それとこの痛みはやはり別だ。
「必要な事だと分かってはいるんだが…。とりあえずいつか逆に泣かしてやる…」
若干半眼になりながら、今は目の前に居ない「痛みの原因」に向けて呪詛を吐き出す。
もっともそれが現実となるには、まだまだ時間が必要なようである。
それは『彼』の右肩から左わき腹へと袈裟がけに走る裂傷が証明していた。
まるで鋭利な刃物で切られたかのようなそれは、実際にはただの素手で付けられたものだ。
「ハァ…。今日はもう寝よ寝よ」
理想と現実のギャップにいともあっさり冷静にさせられ、その身をベットに沈める。
傷の手当てはしなくても明日の朝には治ってるだろ、なんて事を考えつつ泥のような眠りのなかに沈んでいく。
その異常さを頭の片隅に追いやりながら。
孤高に。
今はまだ夜明けではない。
物語の始まりはじまり、です。どうか最後まで付き合っていただけますように。