暴走
次の日……いつも通りの時間に目覚め、見慣れた天井を眺めながら俺は呟いた。
「何もなかった……か」
残念ながら新たな夢は見なかったので、少し残念に思いながらも体を起こす。
テーブルの上に置かれた籠へと視線を向ければ、その中で見事な大の字となったルルが気持ちよさそうにまだ眠っている。作った時は小さいとか文句を垂れていたが、何だかんだ気に入ってくれたようだ。
さて、今日の予定だが……特にないか。
エルドラ家から呼び出しがあるかもしれないが、当主は忙しいと言っていたし、昨日の今日で呼ばれるとは思えないので、とりあえず短時間で済みそうな依頼をギルドで受けてこようかな?
結局いつも通りという事で、宿の食堂で朝食をいただき、準備をしてからギルドへと向かったのだが……想定外の事態というやつが突然やってきた。
『ねえ、あの子がいるよ?』
「ん? あれは……ユキナか。おーい!」
「っ!? クエスさん……」
ギルドの建物へと入ろうとしたその時、大通りを走るユキナの姿が見えたので声を掛けたのだが、彼女の様子が何かおかしい。
何やら必死というか、そのあまりにも真剣な表情に俺は放っておけず、呼び止められて迷う素振りを見せる彼女へと駆け寄っていた。
「どうした? 妙に急いでいるようだが?」
「あ、あの……」
「何かあったのは見ればわかるが、困っているなら力になるぞ?」
「…………あの、これを」
しばらく迷っていたユキナであるが、やがて覚悟を決めたかのように俺に一枚の手紙を渡してきた。
自分で説明するよりこっちの方が早いという事なのだろう。大雑把に書かれた手紙をざっと読んでみたところ……。
「少女を攫った……メリルか!?」
手紙の内容を簡単に説明するなら、お前の知り合いである子供を預かったので、返してほしければ指定された場所へ一人で金を持ってこい……という感じだった。
「目的は金だけか? いや、その前に一体誰がこんな事を……」
「以前、私たちに絡んできた冒険者の方たちです」
「あいつ等が?」
数日前、ユキナと初めて出会った時に絡まれた複数の種族がいるパーティーがいたが、どうもあの連中の仕業らしい。
ユキナの美貌に惹かれて粉をかけてきたが、彼女にあっさりと撃退されてしまったので、あれで恨みを買ってしまったのだろうか?
「学園へ向かう途中、あのパーティーにいた一人が私の前に現れたんです。そしてこの手紙と言伝を残していなくなりました」
「本当に攫われたのか? 連中の嘘って可能性は……」
「これも……渡されました。私がプレゼントしたリボンなんです、間違えるなんてありません!」
見せたのはメリルが付けていたリボンであり、あの子が大切にしていた物だ。これを渡されたという時点で、嘘の可能性はほぼなくなったな。
とにかく少しでも情報を得ようと、もう一度手紙を読み返してみる。
「手紙の内容からして、ユキナがエルドラ家なのを知っているようだな」
「そうみたいです。お前に手を出すのは怖いから、集めるだけの金と私の装備を持ってこいと言われました。エルドラ家の誰かに知られたり、一人で来なければあの子の命は……とも」
彼女に手を出したら、エルドラ家の怒りを本気で買ってしまうので、手に入れるのは金だけにしているのだろう。
攫った少女もただの町娘な上に貧困の出だから、命さえあれば問題もそこまで大きくならないと踏んだのかもしれない。
「ここまでやれば指名手配されそうだが、その辺りも理解してやっているようだな」
今では自分たちの悪い噂がかなり広まっているので、町を離れる前に一稼ぎ……といった感じだろうな。
もちろん何も考えておらず、欲望のまま金やユキナを得ようとするアホな連中の可能性もあるが、それでもメリルが危険な事に変わりはない。
「この場所はー……ん?」
視線を感じ、手紙を読む振りをしながら周囲を確認してみれば、少し離れた建物の陰にこちらを窺う者たちがいた。
遠目であるが、間違いない。あれはこの騒ぎを起こしたパーティーにいた連中の一部だ。数は二人だが、ユキナを見張っているのだろうか?
もしユキナがエルドラ家に助けを求めたり、仲間を集めようとしたら、すぐさま仲間への報告と逃げる為の見張り……と考えるべきか?
どうやら予想以上に狡猾かつ、危険のラインを見極められる連中かもしれない。
そうなると……今から迅速に、かつ慎重に動く必要がある。
「ユキナ、後ろを振り向かず聞いてくれ。見張られている」
「え!? は、はい……」
「とりあえず、君はこのまま一人で森へ向かってほしい。理由は……」
小声で見張られている現状を説明し、更に今後についての考えをユキナに伝える。
「……と言うわけだ。とにかくユキナは正面から堂々と向かってくれ。その間に俺は連中の隙を突き、メリルの救出を試みようと思う」
手紙に書かれた場所は、森の中にかつて人が住んでいたであろう廃屋だった。
実は先日、ギルドの依頼でそこに行った事があるので、周辺の地形はすでに把握しているのだ。とある小型の魔物を捕獲する依頼だったので、罠を仕掛けようと周辺を歩き回ったからな。
「廃屋の背後に回り込めそうなルートはわかっているんだ。だからユキナは思いっきり声を大きくして、奇跡でも何でもいいから連中を釘付けにしてくれ」
「……わかりました!」
もう少し細かい指示を伝えれば、迷子の子供みたいな目をしていたユキナが力強く頷く。
よし、目に力が戻ったな。
後は……。
「じゃあ最後に、俺を殴れ」
「えっ!?」
「あそこにいる連中に、俺に助けを求めたのを失敗した姿を見せておかないとな。おそらく連中も迷っていそうだし、早く済ませてくれ」
本来なら俺に相談するのも不味いだろうが、このまま一人で目的地へ向かえば連中の指示を違えた事にはなるまい。念の為、俺が助けを断ってユキナが怒るような姿を見せておけば、連中は俺への警戒をなくす筈だ。
気が引けているようだがメリルの為だと伝えれば、ユキナは覚悟を決めて俺へビンタを放ってきたが……やっぱり嫌だったのか目の前で外れていた。
「ぐっ!?」
「あっ!? も、もういいです!」
伝えた通り、見張りへ聞こえるような大声を出してから、ユキナは町の外へ向かって走っていく。
うーむ……優しいにも程があるな。当たった振りをしようと、かなり大げさに後ろへ飛んでしまったので体がちょっと痛い。
「おいおい、どうしたんだ? 喧嘩でもしたのか?」
「クエスさん、大丈夫すか? 女でも怒らせたんすか?」
その騒ぎにより、ギルド内にいた顔見知りのパーティーがぞろぞろとやってきた。
ちょうどいい。声を掛ける手間が省けたと思いながら立ち上がった俺は、ユキナへの見張りがいなくなったのを確認してから彼等に助けを求める事にした。
「気にしないでくれ。それより、今から手を貸してもらえないか?」
「ん? まあ、今は暇だから構わないが、どんな依頼だよ?」
「依頼じゃないんだ。個人的な事情があって、森にある廃屋へ向かってほしいんだよ」
もし戦闘になってもユキナがいれば大丈夫そうだが、万が一に備えて援軍の用意はしておいた方がいいだろう。
もちろん理由を聞かれたが、賞金首がいるかもしれないと適当に誤魔化し何とか承諾を得る事が出来たので、俺はユキナの後を追う為に走り出した。
連中が指定した廃屋は、元々木こりが住んでいたのか森のど真ん中だけでなく、少し小高い丘の上にあった。
故に本来は整備された道を迂回して向かうのだが、地形を把握していれば森を突っ切り、更にちょっとした崖を登れば大幅に距離を短縮出来る。つまり先に進んだユキナよりも早く到着出来るわけだ。
更に作っておいた匂い消しの御蔭か、魔物と出くわす事もなく進めたので、これで確実に俺の方が先に着けそうだ。
「……ったく、五つとか欲張り過ぎだろ」
知り合いのパーティーに話した援軍の条件として、治療薬を作る羽目になった事を愚痴りつつ、俺は腕に力を込めて崖を登り切った。
目的の廃屋はすでに目視出来ており、後は気配を殺しながら慎重に近づくだけだ。
「ユキナは……まだのようだな。出来れば敵の正確な数と位置を調べたいところだが……」
『どうしたの? 可愛い私に見惚れちゃった?」
「……ソウデスネ」
正直なところ、基本的に姿が見えないルルに偵察してもらえれば凄く助かるのだが、彼女はそういう事をやってくれないのである。
肉や木の実を餌に何度か頼んだ事はあるが、ルルは涎を垂らしながらも決して首を縦に振る事はなかった。
我儘とかそういうものではなく、精霊は無闇に人に使われたり、人の人生に強く干渉してはならないという掟みたいなものがあるらしい。盗み食いはするのに何だか釈然としない感じだが、精霊には精霊のルールがあるので無理強いはすまい。
とまあ、ルルは戦闘では役に立たないペットみたいなものとして、これまでと変わらない付き合いで行こうと決めていた。
「さて、人がいる気配はあるが、何人いるかだな」
連中に獣族はいるが、こちらは風下なので俺の事はまだ気づかれていないと思う。
姿勢を低くしながら進み、建物を見下ろせる距離まで近づいたその時、大きな声が響き渡り緊張が走る。
「メリルちゃん! どこにいるの!」
ユキナが到着したようで、己の存在をアピールするかのように声を上げながら廃屋へと近づいていく。
すると廃屋から男たちが現れ、ユキナと相対するように並んだ。
「数は……四人か。メリルはどこだ?」
廃屋の中に閉じ込めてあるのか、ここから見える範囲でメリルの姿は見えない。
ユキナが注目を集めている間に廃屋へ潜入するかどうか考えていると、男たちは下卑た笑みを浮かべながらユキナの足元を指した。
「ちゃんと来たようだな。それじゃあ、そこに金と装備を置きな」
「その前にメリルちゃんです! あの子の姿を見せなさい!」
緊張はしているが、相手の勢いに呑まれずはっきりと言い返しているな。内気であるが、ここぞという時はきちんとやれるのはさすがエルドラ家という感じだ。
その隙に廃屋へと更に近づいたところで、男の一人が廃屋からメリルを抱えて外に出てきた。
「ほれ、こいつだろ? よーく見なよ」
「メリルちゃん!」
どうやら薬か何かで眠らされているらしく、乱暴に抱えられたメリルは動く素振りも見せない。
そしてメリルを見せびらかすように持ち上げたので、ユキナは渋々と言った様子で装備を外し、槍を足元へと置いていた。
「いいぞ、立ち位置も悪くない」
メリルを抱えた男はやや後方……俺に近い方だ。あの位置ならば、他の連中が気付くより先に行けると思う。
打ち合わせ通り、ナイフを反射させて合図を送れば、ユキナは頷くと同時に目を閉じて大きく息を吐く。
「風よ……渦巻け!」
そして両手を前へ突き出せば、ユキナと男たちの間に大きな竜巻が生まれた。
周囲の木々を揺らす勢いの竜巻に男たちは驚きを隠せず、激しく舞う砂埃もあって目を開けるのも辛そうだ。
「な、何しやがるこいつ!?」
「この女ぁ! ふざけるんじゃねえぞ!」
連中の視線、意識が完全にユキナへ向いた今なら……。
「痛っ!? なんー……ぐっ!?」
一気に背後から駆け寄り、メリルを抱えていた男の腕をナイフで浅く切り、驚いて振り返ったところを掌底で相手の顎を撃ち抜いた。
男の意識を刈り取り、メリルを奪還した俺はすぐさまユキナの下へ向かって走る。
ここまでは上手くいったのだが、少し問題が発生した。
「く……さすがは……英雄の子孫だな」
予想以上に強い竜巻により、吹き飛ばされないように堪えなければならず、俺は中々ユキナの下へ辿り着けずにいた。
しかし派手にやれとは言ったが、これはさすがにやり過ぎだ。いや、やり過ぎどころか竜巻の勢いが段々強くなってきている。
最早立っているのも辛くなってきており、姿勢を低くしながらもう少し風を弱めてくれとユキナを見たのだが、彼女の様子がおかしい事に気付く。
「メリル……ちゃん?」
辛そうだけでなく、恐怖を覚えているかのような表情でこちらを……いや、俺が抱えているメリルを見ていた。
彼女は眠っているだけで、命に別状はないと思いつつ様子を改めて確認してみたところ、彼女の腕に先程までなかった傷が出来て血が流れていたのである。
風で飛んできた石か何かで切ったようだが、決して深い傷ではない。だが、自分のせいで友達を傷つけてしまった事実に、ユキナは激しく動揺しているようだ。
「あ、うぅ……逃げ……て」
気付けば竜巻が消えており、ユキナの背中から四枚の光翼が発現していた。
だが上側にある二枚の光翼だけが妙に弱々しく、今にも消えてしまいそうなくらい不安定に波打っている。
そして己の体を抱き締め、何かを必死に堪えているかのような状態からして……まさか!?
「暴走か!?」
以前聞いた、周辺を吹き飛ばしてしまうやつか!?
この状態のユキナを止める術どころか、何もわからない俺が出来る事は逃げるしかない。
「ルル! 入ってろ!」
『わ、わかった!』
ルルが俺の懐に隠れたのを確認し、壁に出来そうな岩へ向かって駆け出すが、それよりも先にユキナの天力が解き放たれた。
轟音と共に、全てを薙ぎ払う天力の衝撃波が全方位に放たれ、せめてメリルだけはと背中で庇いながら痛みに備える。
「くっ……がっ!?」
凄まじい衝撃波と天力が俺の全身を叩き、体が無茶苦茶に揺さぶられながら大きく吹き飛ばされていた。
だが、何故だろうか?
痛みはあるが、どこか懐かしい感覚を覚えている内に衝撃は収まり、気付けば俺は空を仰ぐように地面を転がっていた。
「くっ……無事……か?」
『平気! この子も……平気みたいだね』
「そう……か……」
『ちょ、ちょっとどうしたの? 見た感じ、酷い怪我とかないけど?』
致命傷はない……と思う。
これは……脳が揺れて意識が……。
「クエスさん! メリルちゃん! しっかりして!」
良かった。お前も……無事……なんだな。
「この子は……大丈夫。俺は……少し……寝る……」
ああ……何だ?
凄い……膨大な……それに……この光景……。
「泣くな……って……レイア……」
あの時……あいつ等と……同じ……。
続きは、明日の17時投稿予定です。




