エルドラ家
そろそろ日が沈み始める時間帯となったので見学を切り上げ、学園の外に出てところで別れようとしたのだが、帰ろうとする俺をユキナが呼び止めた。
「あの……クエスさん。これから予定はあるのですか?」
「特にないな。宿に戻ったら、道具作りの続きをしようと思ってたくらいだ」
「それなら、私の家に来ませんか? やっぱり先日のお礼がし足りなかったので、家でお茶でもご馳走させてください」
そうだった。記憶の手掛かりを求めてユキナを探していたのに、学園の見学に浮かれて本来の目的をすっかり忘れてしまっていた。
だからユキナの実家に招待してくれるというのはありがたい話だ。彼女の家族や親族と会えれば、夢で見た女の子がいるかもしれない。
「なら、お言葉に甘えようかな? どうせならユキナの家族に会ってみたいし」
「あはは……母さんの反応がちょっと怖いですけど、クエスさんを招待出来て嬉しいです」
反応が怖いって、突然槍を向けられた利、いきなり手合わせとか……ないよな?
だが、初めて友達を家に招待出来て嬉しそうなユキナの笑顔を曇らすわけにもいかないし、すでに断る選択肢はない。
今にもスキップしそうなユキナの後を追いつつ、俺は静かに覚悟を決めるのだった。
というわけで、俺はユキナの案内で上流階級が住まう区画へと向かい、彼女の実家である屋敷へとやってきたわけだが……。
『おおー……広いし大きいねぇ!』
「……想像以上だな」
立派な正門に始まり、数百人は入りそうな広大な庭に、そして派手さはないが巨大な屋敷ときたものだ。もちろん別宅も数軒見られ、エルドラ家の大きさを嫌でも理解させられる。
学園とは違う緊張感に身が引き締まる中、正門へと近づくと扉が開き、使用人らしきスーツを着た老年の天族が出迎えてくれた。
「おかえりなさませ、ユキナお嬢様」
「ただいま。こちらは私のお客様ですので、よろしくお願いしますね」
ユキナに柔らかな笑みを浮かべていた老執事は、続いて彼女に紹介された俺へと視線を向ける。
笑みはそのままだが目はこちらを見透かそうと鋭く、何か粗相をすれば即座に排除されそうだ。
まあ、年頃の娘が急に男を連れて帰ってきたのだ。敵意くらい向けられてもおかしくはないと思っていたのだが……少し様子が違う気がする。警戒はされているのだが、彼の目には俺への疑問や興味が含まれている気がした。
「……なるほど、畏まりました。お客様、エルドラ家にようこそいらっしゃいました。私、この家の執事長をしている『ウル』と申します」
「俺……私はクエスと申します。ユキナお嬢様には、色々とお世話になった縁で呼ばれまして……」
「むぅ……」
「クエス様はお客様なのですから、そこまで畏まる必要はございませんよ。お嬢様にも普段のように接してくださいませ」
ユキナが俺のお嬢様呼びに不満そうなのを察したらしい。こんな大きい屋敷で働くだけあって、色々と優秀な人のようだ。
広大な庭を横目に屋敷までの道を歩いていると、庭の片隅に大型の鳥がいる牧場のような場所がある事に気付く。
「あれは……町で見た鳥か? にしては、少し細いような……」
「ケティールですね。あの子たちは家で飼っている、騎乗しての移動や戦闘用のケティールなんです。町で見る子たちより小さく見えますけど、足と力が強い優秀な子たちなんですよ」
エルドラ家自慢のケティールらしく、一般のより強く賢い種なのだが、その分気難しく乗りこなすのは容易ではないらしい。
遠目だが興味を惹かれて眺めていると、一頭のケティールが鳴き声を上げてこちらにアピールしている姿が見えた。
「何だ? 妙に元気なのがいるな」
「あの子は……ふむ、お嬢様が戻られて喜んでいるのでしょうな」
「あはは、今朝も遊んであげたのにな。あの、少しだけ寄り道してもいいですか?」
「いいよ。俺も近くで見てみたいしな」
そんなわけで牧場へと近づけば、一頭のケティールが柵を飛び越えそうな勢いで迎えてくれた。
何でもユキナに一番懐いているケティールらしく、少し特殊な羽毛をしたその子は彼女に撫でられて幸せそうに喉を鳴らしている。
「近くで見るとでかいが、可愛いもんだな。俺も触ってもいいかな?」
「あ、気をつけてくださいね。この子は少し気難しいー……え?」
「よしよし。何だ、結構人懐こいじゃないか」
俺も頭を撫でてやれば、ユキナ程じゃないが心地良さそうにしていた。
何やらユキナが驚いているが、聞いたところ自分と母親以外に撫でられて喜んでいるのは珍しいらしい。
「やっぱりクエスさんは不思議な人ですね」
「そうか? まあ、変なのに懐かれたしなぁ……」
『ねえねえ、この子の上で寝たら気持ち良さそうじゃない?』
俺の頭に乗る謎の存在への皮肉は、残念ながら聞こえていなかったようだ。
そしてケティールと別れて今度こそ館へと向かっていると、すぐ後ろを歩いていたウルが口元に手を添えて不思議そうに呟いた。
「ふむ……しかしこの大陸にいて、ケティールを知らないとは妙ですな」
「あのね、ウルさん。クエスさんはちょっと事情があって……」
ユキナから俺が記憶喪失だというのを説明されると、さすがのウルも気難しい表情となっていた。
「それは難儀な状況ですな。しかしお嬢様、差し出がましい事を申し上げますが、彼を本当に招待してもよろしかったのでしょうか? せめて当主様に話を通した後の方が……」
「俺もそう思う」
「何でクエスさんまで!? だ、大丈夫だよ。確かに急に決めちゃった事だけど、クエスさんが悪い人じゃないのはわかっているから」
「お嬢様がそこまで言うのでしたら……」
俺を招く事だけを考えていて、記憶喪失なのを忘れていたのだろう。
素直な面も含め、一度心を許した相手には結構明け透けになる子なので、逆にこちらが心配になるタイプだな。
「うーん、でも問題はやっぱり母さんかぁ。何て説明すればいいんだろう?」
「アイラ様でしたら、本日は遅くなるそうです。戻るとすれば、おそらく深夜になるかと」
「あ、そうなの? うーん……でも母さんにクエスさんを紹介したかったような気も……」
「ですが、先程戻られたー……」
「おお! 帰って来たか、ユキナよ!」
突然響く大きな声に振り返れば、屋敷の扉が勢いよく開かれて天族の青年が現れた。
年は俺より上だろうか? 背が高く、服の隙間から見える筋肉は日々の鍛錬を表すかのように鍛え抜かれている。
とにかく強者であると自然に理解させられる雰囲気に、俺の中に僅かながら緊張が走る。
「え、あれ? 兄さん、戻っていたの?」
「ああ、訓練が予定より早く済んでな。早く家の飯が食いたくて急いで戻ってきたのだ」
外見はほとんど似ていないが、あれがユキナの兄ってわけか。
そんな彼が、数日前から訓練の為に遠征していたとユキナから聞いたところで、ユキナの兄は妹へ向かって両手を広げた。
「聞いたぞ、ユキナ! 母上から出された課題を見事に達成したそうではないか! さすがは俺の妹だ!」
「あ、あはは……でも、私一人でやったわけじゃないから」
「信頼出来る者を集め、依頼を共に達成するのを学ぶのも課題だったのだ。それに目標のオウガはお前一人で倒したのだろう? ならば課題は達成したと言えるさ」
とにかく豪快というか、逆に暑苦しいくらい熱と勢いがある人のようだ。
「使用人たちから奇跡や盾を使わず槍で倒したと聞いたが、そうか……お前もようやく盾を置けるようになったのだな。エルドラ家の者として、やはり槍を考えなければな」
「置いていないよ! 盾はこれからも使うんだから!」
「何だと? ええい、強情な奴め!」
兄に褒められて照れるユキナであるが、やはり盾の事は見過ごせないのか反論していた。学園の時と違い積極的なのは、やはり家族が相手だからだろう。
その後も二人の言い合いはしばらく続くが、執事のウルが何も言わず見守っているって事は、これが日常なんだろうな。
それにしても、学園では盾に関してかなり厳しいというか、槍が絶対的な言い方をしていたが、家族の方はそこまで否定していない気がする。
「はぁ……はぁ……というわけで、この人が世話になったクエスさん。恩人なんだから、酷い事はしないでよ」
「ふぅ……うむ! 恩人であるならば、相応の礼を返すのは当然だ。私も全力で歓待しようではないか!」
いつの間にか状況の説明まで済んでいたのか、妙に圧のある二人の視線が同時に突き刺さり、俺は思わず一歩下がっていた。うん、外見はあまり似ていなくとも、二人は間違いなく同じ血を引いているようだ。
「さて、客人を歓待するとなれば、まずこれからであろうな」
そう言いながら渡されたのは、刃が潰された鉄製の槍だ。
おそらく訓練用の物だと思うが、先程まで何も持っていなかったのに、いつの間にこんな物を用意したのだろうか?
そして有無を言わさぬ内に連行され、エルドラ家の敷地内にある訓練場でユキナの兄と向かう合う事となった。
「俺は口でごちゃごちゃ語るより、槍でぶつかり合う方が相手を理解出来るのだ。というわけでクエスよ、遠慮なくかかって来い!」
「ええ……」
ユキナに助けを求めるが、無情にも彼女は首を横に振るばかりである。
「百の言葉より、一の槍だ! さあ、お前の心を槍で見せてみろ!」
「そんな言葉、俺は知りません」
ふぅ……仕方がない。逃げても追いかけてきそうな雰囲気だし、覚悟を決めて模擬戦をするか。
まあ実力者であれば加減はしてくれるだろうし、それに俺の振るう槍がどこまで通じるのか確かめる好機なのかもしれない。
「わかりました、それでは少しだけ。ですが、勝負の前に一つお聞きしますが、まだ名前を窺っていませんでしたね?」
「おお、それは失礼した! 俺の名前は『エイジ』だ!」
「エイジさんですね。彼女から聞いているとは思いますが、俺はクエスと言います」
名乗りながら槍を構えたのだが、俺のその動きを見ていたエイジが不思議そうに呟く。
「ほう、お前はエルドラ家の槍術を使うのだな」
「ん? ああ……はい」
言われてみれば、俺は自然とこの構えを取っていた。
オウガと戦っていた時のユキナに見惚れてもいたので、それが印象に残っていたのかもしれない。
「まあ、我がご先祖様が広めた最強の槍術だ。人族のお前が使っていてもおかしくはあるまい」
「そういう事を覚えてはいないんですけどね。では、行きます!」
こういう相手は下手に手加減すると怒りを買いそうなので、初手から全力で行くべきだな。もちろん寸止めが可能な範囲までだが。
そして先手を譲っているのかエイジは微動だにしないので、俺は一気に踏み込み下から掬い上げるような突きを放つが、エイジは槍の穂先を側面から叩いて軽々と流す。
「ふむ……物足りないというか、お前の槍は何か抜けている感じがする。記憶がないのは間違いなさそうだな」
え……まさか本当に槍を通して俺を理解しているのか?
そんな馬鹿なと呟くよりも先に、今度はこちらの番だと言わんばかりに槍の一撃が放たれたので、慌てて受け止める。
「ふむ、やはり防いだか。ではもう少し強く行くか!」
掛け声と共に、唸りを上げて回転する槍が俺に襲い掛かってきた。
穂先による突きだけでなく薙ぎ払いや石突きと、変幻自在の槍は回転の速度を落とさず振るわれ続けるので俺は防戦一方である。
それでも何とか防げているのは、以前にユキナの槍を見ていた御蔭だろう。
「ははは、面白い! どこまで付いてこられるか見せてくれ!」
「に、兄さんの槍をあんなに……」
「これはこれは……」
見物しているユキナとウルが何やら興味深そうに呟いているが、すでにそちらを見る余裕はない。
というか、更に速く鋭くなってきているようなー……いや、速過ぎるって!
「ふっ! はっ! いいぞ! このような逸材がいたとはな!」
「そりゃ……どう……も!」
最早考えるよりも、体が反射的に動いて辛うじて……というレベルだ。
互いの槍がぶつかり合う音の間隔が更に加速し、握った槍が軋んでいるので限界が近いのがわかる。
だが防いでいる俺の方から止める事は出来ず、突然強い一撃を受けた事で遂に槍の一部に罅が入ったのを感覚で悟った。鉄製だというのに何て馬鹿力だ!
「兄さん!」
槍の罅と同時にユキナの慌てた声が響く中、エイジが大きく槍を振りかぶる姿に嫌な予感を覚えて俺は上段に槍を構えー……いや!
「こっちか!」
エイジの槍は雷の如く軌道を変えて側面から襲い掛かってきたので、上に向けていた槍では間に合わないと俺は咄嗟に腕で防ぐ。
そして痛みに備えるが……その時は来なかった。
見れば俺の腕に当たる直前で槍は止まっており、顔を上げてみればエイジが満足気な笑みを浮かべていたのである。
「……すまんな。お前の実力が予想以上だったから、つい熱くなってしまった」
「エイジ様。さすがにそれはアイラ様に叱られますよ」
「そうだった! ウルよ、母上には黙っておいてくれ」
「…………」
そしてよく見ればエイジの背中から光の翼が発生しており、その放たれる威圧感に俺は無意識に息を飲む。
思い返してみれば、ユキナもー……。
「よし! 槍を振ったら腹が減ったな! 一緒に食事でもどうだ、クエス!」
「えっ!? いや、俺はお茶を飲みに来ただけで……」
「お前のような面白い男をただで返す筈があるまい。いや、寧ろ親友にならねば俺の気が済まん! 今日からお前は俺の友だ!」
エイジはこちらに近づいて来るなり、俺の背中を何度も叩きながら大声で笑い出した。認められたのは嬉しいが、ちょっと背中が痛い。
「あのユキナが連れて来るわけだな。よし、屋敷に戻るぞ。ウルよ、準備だ!」
「畏まりました。仕込みはすでに済んでいるそうなので、すぐにご用意します」
槍を置き、上機嫌に笑うエイジが訓練場を出ようと歩き出したところで、ユキナの様子が変わっている事に気付く。どこか上の空というのか、目を伏せて何か考え事をしているようだ。
「ユキナ、どうしたんだ? 置いて行かれるぞ?」
「あ……いえ、何でもないです。それよりもクエスさん、兄さんに気に入られるなんて凄い事ですよ!」
「凄いというか、何か色んなものをすっ飛ばして友になってしまったんだが、いいのかそれで?」
「兄さんは槍を通じて相手の心を見透かしてしまいますから、クエスさんは認められたって証拠でもあるんです」
隣に控えるウルも同意するように頷いているので、エルドラ家としてはかなり信憑性の高いものらしい。
模擬戦は予想外だったが、今後は多少の失礼は許してもらえそうだな。
しかし一つだけ気がかりなのは、ユキナの態度だ。何でもない……は間違いなく嘘だろうし、後でもう一度話をしてみるべきだろうか?
そこまで踏み込むべきか悩む中、普段の笑みに戻ったユキナと一緒に俺は訓練場を出るのだった。
続きは、明日の17時投稿予定です。
おまけ
ケティールを撫でていると、いつの間にかルルが俺の頭からケティールの頭部に乗っていた。
『ふむふむ……中々悪くないわね。クエスの頭とは違った魅力だわ』
魅力って……何だ?
よくわからない内容に微妙な表情を浮かべていると、ルルがそんな俺の顔を見るなり仕方がないなと言わんばかりに指を振っていた。
『なーに? もしかして嫉妬? ふふん、心配しなくてもあんたの頭は私のお気に入りー……あーっ!?』
……近くにいた別のケティールにルルが食われた。
何だろうな、ルルが触り心地を確かめようと触れられるようになったのを、動物の本能が捕らえてエサだと思われたのだろうか?
もちろん、妖精の体は通り抜けるので本気で食われたわけじゃないが、傍目には食われたようにしか見えなかった。




