初依頼
早速ギルド証が活躍し、町の東の門からあっさりと外に出られた俺たちは、目的であるメイプ草を求めて森へと分け入った。
森には何度も訪れているのか、迷いなく先導してくれるユキナの後に続いていると、こちらへ接近してくる気配を捕らえてお互い武器を構える。
「四体……ですね。おそらく先程話したウルフェだと思いますが、少し任せてもいいですか?」
「もちろんだ。ユキナこそ、本当に前を任せていいのか?」
「大丈夫です! 何度も戦った事がありますから」
ウルフェとはこの森に生息する犬型の魔物で、少ないながらも群れを作って獲物に襲い掛かるらしい。
しかしウルフェ単体はそれほど強くはなく、冷静に戦えば対応は難しくないので初心者向けの相手らしい。
ここへ来る途中で互いの戦い方を確認し合ったところ、ユキナが前に出て魔物を惹きつける方向に決まった。
「行きます!」
ユキナが合図を出すと同時に、近くの藪から四足歩行の魔物が数体飛び出してきたので、打ち合わせ通りユキナが前へ出た。
予想通りユキナへと魔物が集まる中、少し遅れて続いた俺に一体だけ魔物が迫ってきたので剣を振るうが、獣の勘と俊敏性により避けられる。
「これで!」
剣は半分程度の力で振るっていたので、避けられるのは想定済みだ。
本命は次であり、渾身の力で剣を返して魔物の避けた方向へ振り抜けば、一刀で魔物の首を斬り落とせた。
「よし! 悪くない」
武器屋の店主は売れ残りの剣と愚痴っていたが、中々の切れ味と使い勝手じゃないか。
続いてユキナへ加勢しようと、前で戦う彼女へ視線を向けるが……。
「必要……ないかな?」
先程の自信を体現するように、彼女は三体の魔物を同時に相手しながらも全く危なげがなかったのだ。
盾で魔物の一体を完全にいなしながら、槍で残り二体を同時に牽制しつつ軽い一撃も与えているのである。
片手で振るいながらも、変幻自在に動く槍は相手の接近を許さず、思わず見惚れるような見事な槍捌きだった。
なのに……彼女の動きに俺は違和感を覚えてもいた。
理由はわからないが、無意識に何か違うと思ったのである。
しかしその疑問も、彼女の盾の扱いを見て消えていた。何せ彼女の盾はただ攻撃を防ぐのでなく、受け流したり相手の動きを阻害したりと、槍以上に盾を使いこなしているのだ。
そして槍で一体を仕留めた後、残った敵が距離を取ろうと離れたのでユキナはそちらへと指先を向ける。
「『光弾』!」
すると彼女の指先から小さな光弾が複数放たれ、魔物の体を二体同時に撃ち抜いた。
こうしてあっさりと魔物を倒したユキナの実力に驚かされたが、俺は彼女が放った不思議な力に目を奪われていた。
『ふーん、今のが光の奇跡かな? 発動が中々速かったね』
「奇跡? ああ、あれが天族の使う力なのか」
昨日ルルから聞いた話だが、天族は体内で生み出される『天力』を使い、『奇跡』と呼ぶ特殊な力を発動出来るそうだ。
今放った光弾だけでなく、水や風も発生させる事が出来るらしい。更に攻撃だけでなく生活面でも使用される能力だとか。
『あの子の奇跡、凄く練習したんだろうね。前に見た天族の奇跡ってもっと発動が遅かったもん。やるじゃない!」
「何でお前が上から目線なんだ?」
いつの間にか採ってきた木の実を齧りながら、天族でもないくせに玄人のような発言をするルルに突っ込みを入れていると、槍に付いた血を振り払ってからユキナはこちらへと振り返る。
「ふぅ……終わりましたね。クエスさんも簡単に倒していましたし、頼もしいです」
「いやいや、それはこちらの台詞だ。俺の出番なんかほとんどなかったよ」
「私なんかまだまだです。あ、傷とか負ったのであれば見せてくださいね。私、治療の奇跡も使えますから」
天族が使う奇跡の一つで、ちょっとした傷ならすぐに治せるらしい。致命傷ばさすがに難しいそうだが、どこでも治療が出来るのは強みだろう。
前衛を任せられる実力に加え、回復まで出来る……か。仲間としてこれ程心強い子はいるまい。
その後も再び魔物と遭遇はしたが、ユキナの活躍もあって苦戦もなく撃退出来た。
何だか任せきりで申し訳ない気分となってきたので、今度は俺が前に出ようかと提案したのだが、ユキナは寧ろこちらの方がいいと首を横に振っていた。
「私の盾は人を守る為にあるんです。それにこれも鍛錬ですから、気にしないで頼ってください」
「そこまで言うなら任せるよ。しかし記憶がない俺が言うのもなんだけど、君の奇跡や盾の扱いは見事なものだな」
「本当ですか!」
世間話程度の軽い賞賛なのだが、ユキナの喜びようはまるで初めて褒められた子供のようだ。
「私、盾が好きなんです! 盾って攻撃を防ぐだけじゃなく、受け流したり跳ね返したり、使い方次第で何でも出来ますし!」
「そ、そうだな……」
盾への拘りが相当に強いようで、その勢いに若干気圧される程である。
「何より、盾で大切な人を守ろうとする姿が凄く恰好いいというか、英雄の盾と呼ばれる作品の主人公がー……って、ああ……ごめんなさい。盾の技を褒められた事がほとんどなくて、つい……」
目を爛々と輝かせながら盾についてまくし立てるユキナだが、俺の唖然とした表情を見て冷静になったのか、勢いが段々と尻すぼみになっていく。
最後には俯いて黙ってしまったが、別に恥ずかしがる事はないと思う。
「いや、いい事じゃないか。好きな事を極めるのは何も悪い事じゃないだろう?」
「そう……ですか?」
「ああ。実際、ユキナの盾の御蔭で俺は傷一つ負わずにいるんだ。もっと自信を持っていいと思う」
「……はい!」
しまったな、まだユキナの事を碌に知らないのに、少し口を挟み過ぎか俺は?
けどユキナが笑ってくれたし、今はそれで良しとしておくか。
そんな風に世間話をしながら森を進み続け、魔物の撃退を数回繰り返したところで、ユキナが倒した魔物を見ながら首を傾げていた。
「……こんなに襲われるなんて、やはり変ですね」
「変って、何がだ?」
「いえ、最近魔物が活発というか、人々が襲われやすいという話がありまして」
「そうなのか? ギルドで聞いていないが……」
魔物が活発とか、そんな重要な事ならギルドで説明くらいされると思う。
そんな俺の呟きに、ユキナはしまったと言わんばかりに慌て出した。
「あ!? えーと……あくまで噂で、まだ確定した話じゃないからギルドには伝わっていないんですよ、きっと」
「……なるほどな」
妙に慌てているが、まだ一部しか知らない重要な情報だったのだろうか?
つまりユキナは……いや、何か気にしているようだし、この考えは止めておこう。
「でも活発とは言うが、どう違うんだ? 魔物に襲われるくらい普通だと思うが」
「そうですね。実は先程襲われたウルフェですが、普段はもっと集団にならないと人を襲ったりしないんです。もちろん空腹とか例外はありますが、たった四体で襲ってくるのは珍しいと思います」
他にも、ゴブリンも六、七体でいるのが当たり前なのに、さっき遭遇したのは四体しかいなかった点も気になったそうだ。言われてみれば、前に俺が襲われた時も一体だったり、三体しかいなかったな。
とはいえ、ただの偶然で片付けられそうだから、ユキナも煮え切らない様子なのかもな。
そんな気になる点がありつつも、俺たちは順調に森を進み続け、目的の一つであるメイプ草の群生地へと辿り着いた。
「メイプ草は主にこの辺りに生えていますよ。では集めましょうか」
「いや、これは俺の依頼だから、集めるのは一人で十分だ。ユキナは周囲の警戒を頼むよ」
「わかりました。あ、メイプ草ですけど、実は似たような草がありまして……」
「ああ、偽物みたいな物があるんだろう?」
葉の向きが違うというか、何も考えずに集めていたら確実に間違えるからこそ、依頼紙に精密なイラストが描かれていたのだからな。
「知っていたんですね。余計な口出しでした」
「気にするな、声に出しての確認は重要だからな。えーと……これが本物で、こっちが偽物だろう?」
ユキナに言われ、採取したメイプ草と酷似した別の草を指せば、彼女は感心するかのようにこちらを見ていた。
「よ、よくわかりましたね。このメイプ草は間違う人が多くて、森を往復する人もいるそうですが……」
「そうなのか? よく見ればすぐわかると思うんだが。じゃあ、ささっと集めて来るよ」
俺はメイプ草を見るのが初めてじゃないって事なのだろうか?
これも記憶の手掛かりかと思いつつメイプ草を集めていると、ルルが数本の草を抱えてやってきた。
『暇だから私も手伝ってあげる。存分に感謝しなさい!』
「……せめて、一つくらいは本物を拾ってきてくれ」
偽物は言わずもがなだが、毒草も交じっている事実に頭痛がしてきたよ。
本物を見せたらルルも間違えず持ってきてくれるようになったので、依頼分はあっという間に集まったのだが、せっかくここまで来たのだから少し余分に採取しておくか。
『まだ集めるの? もう十分じゃない』
「余ったら少額でも買い取ってくれるかもしれないし、他に使い道がありそうだからな」
確か……メイプ草は磨り潰すと特殊な油となり、調合の素材として使えた筈だ。
その調合内容をぼんやりと頭に浮かべていると、少し離れて周辺を確認していたユキナが戻ってきた。
「クエスさん。近くに魔物はいないようなので、もうしばらくは大丈夫ですよ」
「いや、もう十分集まったよ。後はこいつを提出すれば、俺の依頼は達成だ」
「良かった。それでクエスさんは……」
町に戻りますか……と、言えず少し寂しそうな表情をするユキナだが、ここまで来てさよならはさすがに……なぁ?
「後は討伐だろう? ユキナには色々と助けられたし、君さえ良ければ俺も付き合うよ」
「いいんですか?」
「あまり役に立てそうにはないが、やれる事はやってみるよ」
ユキナの討伐対象は『オウガ』と呼ばれる二足歩行の大きな魔物で、ここからもう少し森の奥に向かった場所を縄張りとしているそうだ。
何でも背丈は俺の二倍くらいはあるそうで、本来は中級者向けの魔物だそうだが、ユキナの実力を考えると苦戦する程の相手とは思えなかった。それなのに俺との同行を喜んでいるのは、寂しいとかそういう精神的なものなのだろう。
嬉しそうに再び先導してくれるユキナの後に続きながら、オウガについて色々と聞いてみた。
「討伐依頼が出るって事は、オウガから何か特別な素材でも取れるのか?」
「いえ、特別と呼べるような素材はないですね。今回討伐する理由は間引く為のようでして」
本来、オウガは食料が豊富なもっと森の奥に生息しているらしい。
だが、縄張り争いに負けて逃げて来たのか、あるいは別の要因で生息地域を変えたのか、とにかく一体のオウガが町に近い場所へ住み着いてしまったらしい。
つまりギルドの新人や非戦闘員への安全と、周囲の生態系を崩しかねないから討伐依頼が出たってところかな?
「そういえば、これは君にとっての課題なんだろう? 本当に俺が手伝ってもいいのか?」
「あはは……確かに討伐が課題ですが、一人でとは言われていませんので」
「なるほど、物は言いようだな」
少し屁理屈だろうが、彼女がそう言うのであれば俺から言う事はあるまい。
それにやはり人数が多い方が安全だし、俺はサポートを中心に立ち回れば彼女の役には立てるだろう。
改めて武器の調子や手持ちの道具を確認しながら歩いていると、ふと思い立った事があり前方のユキナへと話し掛けた。
「ユキナ。水とか、小腹とか空いていないか?」
「え? 水は先程飲みましたが、お腹は……そういえば少し……」
「ならこの干し肉でも食べるといい。この調子だと、落ち着いて食べられるのはオウガを倒した後になりそうだしな」
「あ、ありがとうございます」
携帯食の一つでもある干し肉を渡せば、困惑しながらもユキナは食べ始めた。
「ついでにこれもどうだ? 疲れた時には酸っぱい物もいいんだ」
更に一口サイズの干しフルーツを差し出したのだが、それを見るなりユキナは手で口元を隠しながら笑っていた。
「あはは、こんな事を言うのは失礼かもしれませんが、クエスさんってまるで保護者というかお母さんみたいですね」
「そうか? せめて準備が良いと言ってほしいものだが」
「はい、もちろんそう思っていますよ。ですから、ありがたくいただきますね」
渡しておいてなんだが、今日出会ったばかりの男から貰った物を簡単に口にするユキナも大概な気がする。
まあ本人も喜んでいるし、体調が万全そうなら別にいいか。
そして更に森の奥へと向かい、木々が減って少し開けた場所が見えたその時、前方を歩いていたユキナが足を止めた。
「いました。まだ気づかれていないようですね」
藪に隠れながらそっと窺ってみれば、頭部に立派な角と牙を持ち、そして筋肉の塊みたいな人型の巨体が、開けた場所に座り込んで何らかの肉を貪る姿が見える。
風上かつ食事に夢中なせいかこちらに気付いていないようなので、落ち着いて周囲の様子を確認出来た。
「他に魔物はいないようだな。これなら邪魔は入らなそうだが、どうする?」
「あれなら……行きます!」
普通は奇襲するべきだろうが、ユキナの課題なので正面から挑むようだ。
盾と槍を構えてゆっくりと歩き出すユキナだが、俺が後を追おうとすると止められてしまった。
「すみません。やはり私一人で挑ませていただけませんか?」
「いや、しかしだな……」
「実は一人ではありませんが、あれよりも大きいオウガと一度だけ戦った事があるんです。その強さは理解していますし、何より奇跡の余波でクエスさんを巻き込んでしまう可能性がありますので」
少し釈然としないが、戦闘経験があるユキナがそう言うのなら……。
「……わかった。厳しいと感じたら、遠慮なく呼んでくれ」
俺が再び茂みに隠れると同時にユキナの存在に気付いたオウガは、すぐに立ち上がると同時に咆哮を上げ、迫る彼女へと拳を振るう。
しかしその攻撃を読んでいたのか、ユキナは横へ飛んで拳を避けたが……。
「えっ!? 本当に大丈夫なのかあれ?」
外れた拳は地面を軽々と砕き、俺の体がすっぽりと入りそうな穴が空いていたのである。あんなのまともに受けていたらさすがのユキナも不味いのでは?
「はっ!」
再び拳が振るわれるが、ユキナは盾で受け止め……いや、受け流していた。しかし受け流したとはいえ負担はあったのか、ユキナは痛みに堪える表情を見せる。
「くっ!? 完全に流したのに……」
苦戦しているようだが、何かユキナの様子が変だな。
知っている筈なのに、オウガの強さに驚いているというか……何か予想外の事が起こっているような気がする。
それでもユキナは攻撃に転じ、魔物の攻撃の合間に槍を突き出すが、硬い筋肉に阻まれて致命傷には程遠いようだ。
「やっぱり……なら、『光弾』」
先程も見た光弾を飛ばす奇跡を放つが、魔物の体に小さな穴が空くだけである。更に風を圧縮してぶつけたり、勢いのある水を放って相手の動きを阻害したりと色々試しているようだが、奇跡による攻撃はどれも効果が薄いようだ。
『うーん、さっきから駄目駄目だね。助けに行った方がいいんじゃない?』
「……判断が難しいな」
長期戦であれば勝機はあるだろうが、相手の攻撃を防ぎ切れなければ簡単にひっくり返されそうだ。
そして単純な突きと奇跡の効果が薄いという事は、隙を見て強力な一撃を当てる必要があるのだが、彼女はそういう手を持っているのだろうか?
さすがに何も手がないとは思えず、邪魔をする可能性を考えて介入するかどうか悩んでいると、ルルが不思議そうに呟く。
『……ねえ、あの子って本気で戦っていないよね?』
「いや、必死に戦っているだろ。何でそう見えるんだ?」
『あ、クエスは知らないんだったね。あのね、天族が本気で戦う時は翼が生えるんだよ。こう……私の羽みたいに、背中からぶわーってさ!』
翼って……ユキナどころか、町で見た天族たちの背中に翼なんて生えていなかったが?
どういう事だと首を傾げる中、急にユキナが敵と距離を取ったかと思えば、彼女の周囲から風のようなものが巻き上がったかと思えば……。
「あれが……翼?」
金色に輝く光の翼が、彼女の背中から生まれていたのである。
鳥が大きく翼を広げたかのような光の翼から放たれる圧は凄まじく、強敵だったオウガが格下に見える程の力強さを感じる程だ。実際、オウガがその圧に呑まれて動きを止める程である。
これがユキナの切り札なのか。確かにこれ程の力があれば、俺の手伝いなんか必要なさそうだ。
『あれ? 何かあの子の翼って……あっ!?』
ユキナの勝利を確信したその時、彼女に再び変化が見られた。
光の翼が不安定な動きを見せたかと思えば、急にユキナが片膝を突いて苦しそうに悶えたのである。
「う……く……だ、駄目ぇ!」
そして何かを必死に堪えているかのような、苦悶の表情を浮かべていたユキナが大きく叫ぶと、あれ程の力を放っていた光の翼が消えてしまったのだ。
「はぁ……はぁ……やっぱり……」
更にユキナは力を出し尽くしたかのように荒い息を吐いており、不味い状況なのは明らかだった。
『ね、ねえ……』
「わかってる! おい、こっちだ!」
反射的に茂みから飛び出した俺は、走りながら拾った石をオウガへ向けて投げつけた。
幸いにも投石はオウガの肩付近へと当たったので、敵の意識をユキナからこちらへと向ける事に成功したようだ。
「はぁ……クエス……さん?」
「ったく、俺って奴は!」
今の俺で敵うとは到底思えないが、ユキナを放っておける筈もない。
大丈夫……奴の動きは多少は見たのだ。技術もなにもない、力任せの一撃なら冷静に動けば……。
「ここだ!」
目の前まで迫った事で振るわれる大振りの一撃を、俺は姿勢を低くしながら回避する。
そしてオウガの横を駆け抜けると同時に剣を振るい、ふくらはぎ付近を斬りつけるが、俺の安物の剣では浅い傷が出来た程度だ。しかしこれでオウガの意識は完全に俺へと向いただろう。
「さあ……どうする?」
やはり俺の武器では攻撃力が足りないので、結局オウガを倒すにはユキナに頼る他がない。
ほぼ勢いで飛び出してしまったが、こちらの手札で使えるのは……。
「ユキナ! 水だ!」
「えっ!? でも水は効かなくてー……」
「大きい水の玉だ! あいつの顔を包んでやれ!」
「は、はい!」
意図はわからなくともユキナは奇跡を発動してくれて、俺の要望通りオウガの頭部を水の玉で包み込んでくれた。
このまま溺れてしまえば御の字だが、水はその場に生み出しただけなので、オウガが上半身を大きく動かしただけで水から逃げられてしまう。
だが俺の狙いは水攻めではなく、オウガの体勢を崩す事だった。
「そら! こいつでも踏んでろ!」
水で視界が塞がれていた間に接近していた俺は、鞄の中身……メイプ草をオウガの足元へ撒き散らした。
実はこのメイプ草……磨り潰したり強い力で圧縮すると、特殊な油が染み出て来るのである。
そしてその油は非常に滑りやすい潤滑油でもあるので、そのメイプ草を思い切り踏んでしまったオウガは大きく足を滑らせ、背中から勢いよく倒れていた。
その際に頭部を打ったのか、転んで悶えるオウガを確認しつつユキナの下へ戻った俺は、息を乱している彼女の隣へと並ぶ。
「大丈夫か? 仕切り直すぞ」
「あ、ありがとうございます。でも、あの魔物は私一人で……」
「討伐して来いと言われただけで、一人でやれとは言われていないんじゃなかったのか?」
「それは……そうですが……」
本当に一人で討伐しないといけないのなら、その辺りはきちんと伝えると思うし、ユキナもまた俺を同行させなかった筈だ。
どこか他の天族より浮いている点を始め、課題と言ってギルドへの登録からやらせている事から、おそらくこの課題の本質はユキナの社会勉強のような気がするのだ。
こう……世間を知らないお嬢様に外の厳しさを教えるみたいな感じだな。
だとしたら、仲間と協力して敵を倒しても問題はあるまい。もちろん俺の勘違いという可能性もあるが、そうなれば後で謝罪しに行く覚悟は決まっている。
「もしかして、一人で倒したい理由でもあるのか?」
「……証明したいんです。槍だけじゃないって、盾があっても十分戦えるんだって!」
どこか悔しそうに彼女は己の盾へと視線を落とす。
なるほど……彼女の様子から、これまでの戦闘から感じた違和感の正体がはっきりした。
「ユキナ。もしかして君の槍は、本来は両手で振るうものじゃないのか?」
片手持ちでも十分に戦えていたが、どことなく窮屈な印象を感じていたのだ。
きっと盾に拘り過ぎて、片手持ちでも何とかしようとした結果なのだろう。その指摘にユキナは罰が悪そうに視線を逸らしているので、俺の考えは間違ってはいないようである。
だが、俺は別に彼女を攻めているわけじゃない。
他人である俺が言う資格はないだろうが、本当に伝えたい事は……。
「盾に拘るのは悪い事じゃないとは思う。でもな、持っている技や手段を使うべき時に使わなかったせいで、大切なものを守れなかったらどうする?」
「あ……」
「盾を使うのもいいが、臨機応変に使い分ける方が強いに決まっているじゃないか。そもそもどちらも諦める必要はないし、どうせなら生き延びて両方極めてみればいい」
寧ろ槍と盾を極めて、更に強い戦法とか作るとかすればいい。そうすれば槍だ盾だの関係なくなるんだから。
そんな自然と浮かんだ言葉を伝えてみたところ、ユキナは少し目を閉じてからゆっくりと立ち上がった。
「そう……ですね。我儘を通そうとして他の人を危険に晒すなんて、盾を使う者として許されない事でした」
「その意気だ。じゃあ、どうやって倒すか……」
「いえ、もう大丈夫です」
緊張が解れたかのような笑みを浮かべたユキナは、持っていた盾をこちらに差し出してきた。
「あの、少しだけ預かっていただけませんか? そして、今度こそ私に任せてください」
盾ならそこら辺に置いておけばいいとは思うが、それだけ彼女にとって大事な物なのだろう。
信頼の証みたいなものと思って盾を受け取れば、ユキナは前に出てオウガと再び対峙していた。その頃にはオウガも完全に体勢を立て直していたが、先程と違いユキナの後姿から不安は感じなかった。
そして両手で握った槍を軽やかに振り回してから構えを取ったユキナは、先手は譲らないとばかりに駆け出す。
「はあ!」
オウガが迎撃しようと拳を振るった時、ユキナは更に加速して一気に相手の懐へ飛び込み、突くのではなく槍の穂先でオウガの胸元を斬りつけながら背後へと回り込んでいた。
凄まじいのは、通り抜けただけで胸の切り傷が一つではなく複数もある点だ。あの速さは、槍を回転させる勢いを一切緩めない技術の高さ故だろう。
背後に回られたオウガは振り返りつつ手を振り回すが、その攻撃が届く前にユキナは移動しており、死角へ回りながら更に相手を切り刻んでいく。
後はもう、ユキナの一方的な戦いだった。
時折攻撃が当たりそうになる危うい場面はあったものの、速さと技による自在の槍で攻撃を積み重ね、動きが鈍ったところへ止めの一突きが決まる。
致命傷となる一撃でオウガは遂に倒れ、相手が絶命したのを確認してからユキナはその場で膝を突いた。
「やったな、ユキナ」
「ふぅ……あはは。やりました!」
危なかったら手を貸すつもりだったのに、一方的過ぎて介入する隙もなかったな。
とはいえかなり疲弊したのかユキナは肩で息をしていたので、その間に俺は事前に聞いていたオウガの討伐証明を剥ぎ取る事にした。
『うーん……凄い槍捌きだったね。でも最初からこうやって戦えば良かったのに』
「人ってのは、理屈じゃない時があるんだよ」
言葉じゃ納得させられなかったから、ユキナの指導役は敢えてこんな課題を出したのかもしれない。ああ見えて、彼女も強情な面があるんだろうな。
そんな事を考えつつ大きな牙や角を剥ぎ終えたところで、休んで息を整えたユキナもやってきた。
「ごめんなさい。私の依頼なのに任せてしまって」
「気にするなって。俺たちは一緒に依頼を取り組んでいるんだから、仲間みたいなものだろう?」
「それでもです。クエスさんがいなかったら我儘を通し続けて、私は後悔していたと思うんです。本当にありがとうございます」
礼を言われて少し気恥ずかしくなってきたので、俺は預かっていた盾を返しながら質問をしていた。
「そういえば、君が魔物の攻撃を盾で防いだ時に驚いているように見えたが、何かあったのか?」
「き、気付いたんですか? 凄い目ですね」
「いや、何か見えたと言うか気になってさ。それで、驚いた理由は何だったんだ?」
「実は、あの一撃が予想以上に重かったというか、以前戦った大きいオウガより強敵だと思いまして。それにどこか好戦的と言いますか……特殊な個体だったのかな?」
最後はユキナの独り言だったが、好戦的……ね。
先程の魔物の活発化といい、何かの予兆なのだろうか?
何か引っかかるもが残ったものの、とにかくこれで依頼は達成というわけだ。
「しかし結構な大物っぽいが、そもそもオウガはギルドでどれくらいの強さと認定されているんだ?」
「オウガですか? ギルドの判定だと確かランクは中級……私たちの四つか五つくらい上だと聞いた事がありますね」
「そんな相手を槍で戦えば一方的に……か。君の強さには本当に驚かされるよ」
「いえ、私なんてまだまだです。私の母さんと兄さんなら、一撃で仕留めていましたから」
あれを……一撃?
ユキナの謙遜かと思うが、よく考えたら天族が本気で戦う時の光の翼がないまま彼女は戦っていたのだ。そんな自分より強いと断言する家族なら、それくらい出来ても何ら不思議ではないか。
そんな家族に目を付けられないようにと静かに祈っていると、討伐証明の牙と角を袋に入れたユキナが改めて俺の前に立った。
「あの、何かお礼をさせてくれませんか?」
「お礼って、俺は助言しただけで一番大変だったのはユキナの方だぞ」
「私の気が済まないんです。あ、今回の報酬の半分をー……」
「いやいやいや! そういうのはいいから」
ああもう……この子はいい所のお嬢様というか、お金には困っていない暮らしをしているのだろうな。
天然というか嫌味は一切感じないのだが、報酬の半分はさすがに貰い過ぎだろう。盾の時のような強情さがこんなところで発動しているようだ。
しかし何か礼を受けないと引き下がりそうにないので、こちらから何か指定した方が良さそうか。
「じゃあ……あれだ。町に戻ったら、あの店の串肉を一本……いや、二本奢ってもらおうかな?」
「メリルちゃんが食べていたあれですか? 他に何かあれば遠慮なく言ってもらいたいのですが……」
「それと、依頼のメイプ草が全部駄目になったから、今度は採取するのを手伝ってくれないか?」
この辺りが落としどころじゃないかと目で伝えてみたところ、ユキナは少し残念そうにしながらも頷いてくれた。
「……わかりました。任せてください!」
大変な目には遭ったが、天族について勉強になったりと得るものは多かったと思う。
何より、不思議と信頼出来る上に、実力者であるユキナと親しくなれた点は大きいだろう。
こちらへ向けてくれるユキナの笑顔に満足感を覚えながら、俺は彼女と共に採取を始めるのだった。
おまけ
町へと戻り、約束通り串肉を二本奢ってもらったのだが、ユキナも一本買ったので俺たちは近くの公園でそれをいただいていた。
「うん……美味しい。課題も達成出来たから、美味しさも格別ですよね」
「だな。ちょうど腹が減っていたし、堪らないな」
「ふふ……そのようですね。もうそんなに食べていますし」
「え?」
ユキナの笑い声に串肉へと目を向けて見れば、俺はまだ一口しか食べていないのに、片方の串肉の半分がすでに消失していた。
犯人は言うまでもあるまい。
「あ、ああ……つい美味くてな……ははは」
『もぎゅ……もごもご!』
ユキナとは反対側にいるルルが肉の一切れを両手に持ちつつ、更にもう一つ口に咥えたまま俺に『どうしたの?』と言わんばかりの目を向けていた。
お前……森の中でも木の実とか採って食べていたのに、何故そんなに食べられる?
ぱっと見た感じ、明らかに自身の質量以上の量を摂取しているのに、一体こいつのどこに食べた分が入っているのだろうか?
精霊の謎は増えていくばかりである。
続きは明日の17時投稿予定です。




