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神域超越の継承者  作者: ネコ光一
1章 天族
3/12

ユキナとの出会い


 次の日、俺は窓の外から聞こえる小鳥の鳴き声で目が覚めた。

 外の明るさからして、寝過ごして昼になっていたという感じはなく、部屋の外から美味そうな匂いが僅かに漂ってきていた。


『あぁ……ルルの……お肉……いっぱい……』


 夢でも見ているのか、ルルが幸せそうにベッドの上で寝入っている。

 起こしても騒がしいので、放っておいて体を動かしながら調子を確認していると、不意にルルが飛び跳ねるように目覚めた。


『私のお肉! 食べたでしょ!』

「食べてないし、そもそも肉はない。ほら、起きたのなら朝食に行こうぜ」


 飢えた獣のような精霊を連れて食堂へと向かった俺は、一番安い朝食セットを頼んでから空いている席に着いた。

 安いだけあって、パンが二つとスープだけしかないのだが……。


「うーん……このスープは美味いな。値段以上の味だ」

『本当? こんな肉も野菜も入っていないのに……もっとちょうだい!』

「わかったから、落ち着け。ほら」


 スプーンで小皿にスープを注いでルルに分けつつ、食事を進めていく。

 パンは少しパサついてはいるが、この濃厚なスープに浸けるとちょうどいい感じになる。安くても調理の手を抜いていないのがよくわかるな。


「具が少ないのは、具材が溶けているからか? それにこの深い味、肉……いや、骨か何かを長時間煮込んでいるんだな」

「……わかるのか?」

「おわ!?」


 急に背後から話し掛けられて振り返れば、がたいの良い中年の男が立っていた。

 この人は確か……この宿の料理長で、女将さんの旦那さんだったか?

 頭部に何らかの獣の耳……熊と思われる耳があるので獣族のようだが、体が大きいのでこうして見下ろされていると妙な圧を感じる。


「えーと、何の用でしょうか?」

「パンを一つ渡し忘れていた。ところでお前さん、そのスープだがよく骨の出汁だと気付いたな」


 どうやら付け合わせのパンは二つではなく三つだったらしく、わざわざ持ってきてくれたらしい。

 その際に俺の独り言が聞こえたらしく、何やら真剣な表情を俺に向けているのだが、機嫌を損ねたってわけじゃなさそうだ。


「いえ、何となくそう感じただけで、確証があったわけでは……」

「だとしても、こいつが骨の出汁だとすぐ気付いたのはお前さんが初めてだ。普段から料理をしているのか?」

「どうなんでしょうかね?」


 その返答に料理長は首を傾げたので、記憶がない点も含めて俺の事情を簡単に説明した。

 もしかしたら俺の事を知っているかもしれないと、服屋や防具店でも記憶がない事を積極的に話しているのだが、彼も俺については心当たりがないようだ。


「力になれず、すまないね。しかし、料理に詳しいという点は興味深いー……」

「あんた! 何時まで喋ってんだい!」


 鼻息荒く料理について語り出す料理長であるが、女将さんが呆れた声で割り込んで来た。


「すまないねぇ。うちの旦那は料理バカだから、仲間が出来たって無駄に熱くなっちまったみたいだ。騒がしいなら無視でもしておくれ」

「うるせえな、少しくらいいいじゃねえか。なああんた、このスープは俺の会心の出来だとは思うんだが、何か物足りなくてよ。こいつの付け合わせとか浮かばねえか?」

「だから料理に詳しいわけじゃ……でも、付け合わせか。スープの味からして、あれを……麺とか入れてみたらどうですか?」


 不意に脳裏に浮かんだ事を口にしてみたが、料理長も女将も首を傾げているようだ。


「めん? ああ、あの細長いやつか? 前に人族の大陸で食った事はあるが、食い辛い上にボロボロ千切れてあんまり美味くなかったぜ?」

「簡単に千切れるって事は、練る力と寝かしが足りなかったのかな?」

「練る、寝かし? もっと詳しく聞かせてくれ!」

「あんた、いい加減におし! ほら、仕事が溜まっているんだから後にしな!」

「ああもう、ったく、わかったよ。兄ちゃん、良かったら後でまた色々教えてくれよ。次は少しサービスしてやるからさ」


 女将に叱られて、料理長の親父さんは仕方なく奥へと戻って行った。

 ようやく静かになり食事を再開したのだが、パンの欠片に齧りついていたルルが興味津々とばかりに質問をしてきた。


『ねえ、さっき麺とか言っていたけど、それって美味しいの?』

「いや、麺自体に味はほとんどなくて、スープに浸けるとよく合うんだよ。必要な材料は少ないが、作るのにちょっとコツがいる感じかな?」

『そうなんだ。でも作り方を知っているって事は、あのおじさんが言った通りクエスは料理人だったとか?』

「独り身で自炊をしていれば、誰だって覚えられるものだと思うぞ」


 スープの味から、麺を入れればあれに近いと思っただけなんだがな。

 しかしこれも記憶の手掛かりになるかもしれないと思いつつ、朝食を済ませた俺は自分の部屋へと戻るのだった。


 部屋で外へ出る準備を済ませて俺が向かったのは、町の中心にある『冒険者ギルド』と呼ばれる場所だった。名前に冒険者と付いているのは、世界を旅しながら魔物を討伐する者たちが主な利用者だからとか。

 個人や商人といった様々な人が出した依頼を受け、それを達成して報酬を得るという仕組みを統括しているのがこのギルドらしい。

 今の俺のような根無し草にとっては手軽に仕事を得られるありがたい場所であり、更にギルドへ登録する事により、町へ入る際に必要だった身分証明にも使えるギルド証も手に入るそうだ。

 だから早速ギルドへの登録をしに来たわけだが……。


「では、クエスさん。こちらがギルド証となります!」

『やったね!』

「……ありがとうございます」


 必要事項の記入と質疑応答、そして荒事に対する戦闘能力の審査で合格を貰ったら、実にあっさりとギルド証が手に入ったのである。

 我ながら記憶もない怪しい男なので、もっと審査は厳しいと思っていたから、この結果は少し拍子抜けだ。


「あの、貰っておいて何ですが、こんな簡単に発行してもいいんですかね? 一応、身分を証明出来る物ですし」

「証明と言っても町に入れる最低限のものですから、大した効力はありませんよ。それにクエスさんは字を書ける教養もあり、質疑応答や戦闘能力に関して問題はありませんでした。寧ろ、何故これ程の実力を持ちながら記憶を失う程にやられたのかと、担当教官が首を傾げていましたよ」


 一応、記憶を失っている事情も説明しておいたが、そういう正直な面とか人間性も見られていたらしく、明らかな悪人でなければ大丈夫らしい。

 身分の証明に関して俺が少し考え過ぎなのだろうか?


「もちろん、ギルドが容認出来ない程の問題を起こした場合は重い処罰を下しますので、そのつもりで行動なさってくださいね」

「……はい」


 笑顔であるが、絶対に許さんぞと言わんばかりの圧に一瞬だけ肝が冷えた。悪い事をする予定はないが、色々と気をつけよう。

 とまあ、少々予想外ではあったが、掌サイズであるギルド証は手に入ったので、そのまま依頼を受ける流れについて聞いてみた。


「あちらの依頼ボードに依頼紙が張られているので、それを読んで受けたいと思った依頼紙をこちらに持ってきてください。そして依頼の受注手続きを行いますが、依頼紙に書かれたギルドランクに至っていない場合は受けられませんので、あらかじめご了承ください」

「ギルドランク……か。つまりこのギルド証で判断するってわけかな?」

「その通りです。依頼の達成次第ではギルドでのランクが上がっていき、その度にギルド証も変わっていく仕組みですよ」


 今は新人用である木製の札だが、次第に鉄や特殊な鉱石になっていくらしい。

 しかしただ依頼をこなせばランクが上がるわけではなく、相応の実績とギルドからの信頼を得られなければ上がらないそうだ。

 まあ今の俺は日銭を稼げればいいので、ランクとかは気にせずやっていこうと思う。

 その後も色々と説明を受けてから受付から離れ、依頼ボードから依頼の種類を確認してみたところ、依頼は魔物を討伐して素材を得たり、特定の品物の入手……等と実に様々である。


『見て見て! この大きそうな竜の牙と鱗の入手とかいいんじゃない? 凄くお金稼げそう!」

「そんな強そうなの、どう考えても俺には無理だろ」


 精霊の捕獲とかあれば速攻で受けるのに、残念ながらそんな依頼はないようだ。

 そして一通り依頼を確認したところ、新人向けと思われる植物採取の依頼があったので、まずはこれを受ける事にした。


「こちらの依頼を受けたいと思います」

「こちら……ですか? クエスさんの実力ならば、もっと簡単で報酬の高い討伐系とかでも行けそうですけど?」

「武器も道具も十分ではありませんので、討伐系はもう少し準備が出来るようになってからにしようと思います」

「わかりました、それではこちらの依頼を受注しますね」


 依頼内容はメイプ草と呼ばれる薬草の採取であり、珍しい物ではないがそれなりに量が必要なようだ。

 ちなみにメイプ草の姿と群生地といった情報は依頼紙に書かれていたので、もうここに用はないな。

 昨日歩き回った森周辺へ向かう必要があるので、簡単に準備が必要だなと考えながら建物を出ようとしたところで、近くのテーブルに座っていた冒険者らしき獣族や魔族の男たちが声を掛けてきた。


「なあ兄ちゃんよ。メイプ草とか聞こえたが、人族が一人で森に入って大丈夫なのかい?」

「昨日、ボロボロの人族がいたとか聞いたけどよ、もしかしてあんたじゃないのか?」

「はは、どうなんでしょうかね? でも今回は採取だけですから、危険なんてありませんよ」

「ふん、せいぜい魔物にやられないよう頑張るんだな」

「そうだな、ははは!」


 数人の笑い声を背にギルドを出たところで、俺の頭部に座っていたルルが不機嫌そうに笑った男たちへ舌を出していた。


『べーっだ! 失礼な人たちだよね。もっと言い返してやればよかったのに』

「人族なだけで下に見られやすいし、事情はどうあれ恥ずかしい姿で町を歩いたのは事実だ。笑われるくらい仕方がないさ」


 下手に揉めて絡まれると面倒になるから、笑われるだけで済んで良かったくらいだ。

 さて、気持ちを切り替えて、ギルドでの初仕事に集中するとしよう。

 まずはメイプ草の群生地である森に向かうわけだが、受付に移動時間を聞いたところ昼までに戻るのは難しそうだ。

 昨日買った水筒と携帯食料はあるし、後は出発するだけなのだが……。


『あ! この匂い……ねえ、あれ食べて行こうよ!』

「わかったわかった、だから髪をそんなに引っ張るなって」


 昨日も食べた串肉屋の前を通ったところで、ルルの我儘が発動した。

 まあ道中で携帯食料を齧るくらいなら、ここでもう少し食べておくのも手かもしれない。正直なところ、朝食が少し足りなかった気もするし。


「お、あんたは昨日も来てくれたお客さんだね?」

「はい。美味しかったので、また一本買わせてください」

「ありがたいねぇ。ほら、ちょうど焼けたのがあるから持っていきな」


 串肉を買い、露店に背を向けた時には、ルルがすでに自分の分を確保していた。

 その早業に呆れつつも、露店の近くで串肉をいただく事にする。このまま食べながら森へ向かってもいいが、残った串を適当に捨てるわけにもいかないからな。

 相変わらず少し油が強いが、どこか癖になる肉を食べ終えて歩き出したその時、背中に軽い衝撃が走ったので何かがぶつかった事に気付く。


「おっと? すまなー……」

「ああーっ!?」


 振り返ると、小さなリボンを着けた十歳くらいの天族の女の子が叫び声を上げながら尻もちをついており、その女の子の前に俺も食べていた串肉が落ちていた。

 どうやら買ったばかりの串肉を、俺にぶつかった衝撃で落としてしまったらしい。


『ああぁ……お肉勿体ないなぁ』

「そっちかよ! っと、ごめんな。怪我はないか?」

「ううん。こっちこそごめんなさい。でも、私のお肉……」


 自分が悪いとは理解しているようだが、こんな泣きそうな表情をされてしまうと俺が悪い気がしてくる。

 そんな女の子だが、服が随分と擦り切れている上に修繕の跡が目立つので、あまり裕福な家庭ではないようである。頭部のリボンだけは比較的新しいので、似合ってはいるがリボンがだけが少し浮いている気がするな。

 さて、決して俺も余裕があるわけではないのだが……。


「……ちょっと待ってな」




「ありがとう、お兄さん!」


 結局、俺はもう一本串肉を買って女の子にあげていた。

 そっと一切れ盗もうとしているルルを目で牽制しつつ、肉を嬉しそうに齧る女の子を見ていると、僅かでも渋った自分が恥ずかしくなってくる。

 勝手に罪悪感を覚えている俺を他所に、串肉を半分程食べ終えた女の子は、己の顔を指しながら俺を見た。


「そうだ! 私、メリル。お兄さんは?」

「ん、ああ、名前か。俺はクエスだ」

「クエスお兄さんだね!」


 それにしても随分と無邪気というか、人懐こい子である。

 ただ串肉を奢っただけだというのに、ここまで簡単に懐かれると逆に心配になるくらいだ。


「お兄さんって人族だよね? 最近ここに来たの?」

「ああ、昨日この町に来たばかりなんだ」

「ふーん……」


 何だ? さっきからメリルがじっと俺の顔を見ているが、何かあったのだろうか?


「どうしたんだい? 俺の顔に何か付いているのか?」

「ううん。何ていうか、お兄さんと初めて会った気がしないというか……ああ、そうだ! お兄さん、私の友達に似ているんだ!」

「友達?」

「うん! すっごく優しくて強い、私の大切な友達なの!」


 彼女にとって大切な友達なのだろう。

 メリルは誇らしそうに友達の事を語っているので、ちょっとだけ会ってみたくなった。


「それじゃあ、そろそろ行くよ。まだ肉が残っているようだが、その串は適当に捨てないようにな」

「捨てないよ。残りはママの分なんだから」

「持ち帰るのか。優しいんだな」

「そんな事ないよ。ママはちょっとだけ、元気がないだけだから……」


 母親の話が出るなり、メリルは急に悲しそうな表情となった。

 元気がないって事は病気か何かだろうか? それならもっと体に優しそうなものを持っていくべきだと伝えようとした、その時……。



「その子から離れてください!」



 勇ましい声と共に俺とメリルの間に飛び込んできたのは、透き通るような青い髪を靡かせた天族の女性だった。

 随分と立派な槍と盾を手にしているのだが、見たところ年齢は……俺より少し年下だろうか?

 まだ幼さを残しながらも、男なら思わず振り返りそうな美しい女性なのだが、彼女の姿を見た瞬間……俺の心が弾んだかのような感覚が走る。


「ユキ姉!」

「下がって、メリルちゃん!」


 謎の感覚に戸惑う俺だが、目の前の状況に困ってもいた。

 何故俺は初対面の女性に、盾を向けられて警戒されているのだろうか?

 それに二人の会話からして知り合いのようだが、もしかして彼女が……。


「何があったかは知りませんが、子供を泣かせるなんて許せません!」

「だから違うったら、ユキ姉!」

「違うって何が? あんな泣きそうな顔をして、この人に何かされたんじゃないの?」

「何もされてないってば! お兄さんはね……」


 先程メリルが口にしていた友達というわけか。

 俺が何も言わずともメリルが事情を説明してくれたので、勘違いだと気付いた女性は顔を真っ赤にしながら慌てて頭を下げて来た。


「ご、ごめんなさい! この子に何か危害を加えるつもりじゃないかって、慌ててしまって……」

「いや、気にしなくていい。そんなに慌てるって事は、それだけ大切な子なんだろう?」

「あはは……はい。彼女は私の友達でー……え?」


 何だ? 俺の顔をじっと見るなり急に固まったぞ。

 先程まで警戒していたので、ようやく俺の顔を意識して見たのかもしれないが、この反応は一体?

 いや、彼女だけじゃない。先程の不思議な感覚は更に強くなっており、俺もまた彼女が気になり始めていた。

 お互いに視線を逸らすどころか言葉もなく見つめ合っていたのだが、俺たちが動き出す切っ掛けをくれたのは、にやにやと笑うメリルの声だった。


「なーに? 遂にユキ姉も男の人に興味が出て来たとか?」

「べ、別にそんなんじゃないってば!」

「でも、家族以外に男の人と話した事がほとんどないって、前にー……むぐっ!?」

「あ、あははははは! そんな悪い事を言う口はこうだからね!」


 傍目にはお互いに一目惚れしたかのような雰囲気だろうが、それとは何か違う気がする。

 仲の良い姉妹のようにじゃれ合う二人を眺めながら、俺は内心で首を傾げるのだった。


「じゃあまたね。ユキ姉、お兄さん!」


 そろそろ帰ると言い出したメリルを見送り、この場には俺と天族の彼女だけが残された。

 しかしこのまま別れるのも何だか惜しく感じてしまい、もう少し話がしたいと提案して近くの公園へとやってきた。


「そういえば、まだ名乗っていなかったな。俺はクエス。よろしく」

「はい。私はユキナ・エー……えーと、ユキナと言います」

「……じゃあ、ユキナって呼ばせてもらおうかな?」


 何やら名前の一部を意図的に隠した気がするので、そこは気付かなかった事にしておいた。

 少し迷ったいせいで思わずユキナと呼び捨てしてしまったが、彼女は気にしないどころか目を細めながら微笑んでいた。


「ふふ……クエスさんは優しいんですね。どうりでメリルちゃんがあんなに懐くわけです」

「いやいや、俺はただ串肉を奢っただけだし、あの子がそれだけ素直で純粋だからさ」

「確かにメリちゃんは素直ですけれど、そこまで簡単には行かないと思いますよ。ところで、あの子からこの町に来たばかりだと聞きましたが、クエスさんはどこから来られた冒険者なんですか?」

「あー……冒険者なのは確かだが、さっきなったというか、ちょっと俺の事情は複雑でな。実は……」


 どうも他人とは思えないユキナにも、俺の状況について簡単に説明してみた。

 俺自身がそこまで気にしていないので、なるべく重くならないように語っていたのだが、ユキナは深刻そうな表情でまるで自分の事のように心配していた。


「……記憶がないって、本当に大丈夫なんですか?」

「確かに大変な状況だが、別に痛みがあるわけじゃないし、特に急ぐ理由もないからな」


 唯一覚えている、倒さなければいけない存在に対して焦りが生まれないって事は、おそらく急ぐ必要はないのだろう。だからこそ冷静でいられるのかもしれないな。


「ず、随分と軽いんですね。名前すら思い出せなかったのに……」

「元は細かい事を気にしない性格だったのかもしれない。とにかくさっき冒険者にはなれたから、金を稼ぎながらのんびりと手掛かりを探していく予定だ」

「冒険者……ですか」


 しまったな、ユキナたちとの出会いで依頼の事をすっかり忘れていた。

 いい加減森へ向かわないと帰るのが遅くなりそうなので、ユキナとの会話を切り上げようと思っていたのだが、冒険者と聞いたユキナが何か納得するように頷いた事に気付く。


「あの、これから依頼を受けるんですよね? どちらへ向かわれるんですか?」

「東の門から出た先の森だな。すまないが、そろそろ向かわないと遅くなりそうだから……」

「なら、私と一緒に行きませんか? 実は私もギルドに登録したばかりでして」


 そう言いながらユキナが懐から取り出したのは、俺が貰ったのと同じギルド証だった。

 何でもユキナの指導員からの課題により、冒険者ギルドに登録し、森にいる魔物を討伐する依頼を達成して来いと言われたそうだ。


「その討伐対象の魔物が、クエスさんが向かう森にいるみたいなんです。あ、手伝ってほしいとかそんなんじゃなくて、新人同士ですし途中まで一緒に行きませんか……なんて思いまして」

「そういう事か……」


 採取の依頼を受けた俺と違い、討伐依頼を受けたユキナに付き合えば、危険度は大きく増すだろう。

 だが見たところ、ユキナはかなりの実力者だと俺は睨んでいる。

 こちらよりも上質な武器防具を持っているのもあるが、先程ユキナがメリルを守ろうと割り込んだ時、彼女の動きには無駄がほとんど見られなかったのだ。つまり、きちんとした戦闘訓練を受けている者だろう。

 天族の戦い方も気にはなるし、何より彼女と一緒にいる事で色々と学べる事がありそうな気がするので、ユキナの提案に乗るのは悪くはない筈だ。


「……わかった。一人より二人の方が心強いだろうし、君さえ良ければ一緒に行こうか」

「はい! よろしくお願いします!」


 不安気な表情から一転、ユキナは花が咲くような笑みを浮かべながら喜んでいた。

 どこか人付き合いに慣れていないというか、内気な面も感じられたので、実力はあっても一人だと不安だったのかもな。

 互いに出発の準備は整っていたので、目的地の森へと向かって歩き出した俺たちだが、俺の頭の上で状況を見守っていたルルが妙にテンションが高くなっていた。


『ぬふふ……男の子って女の子と一緒に出掛けると楽しいものなんでしょ? 私は知っているんだから!」

「お前の方が楽しんでいないか?」

「えっと、何か言いましたか?」

「いや、ちょっと気になった事があってな。ほら、あの子を守ろうとした時、妙に警戒されていたなって」


 ルルとの会話を誤魔化す為の質問だが、実はあの行動が結構気になっていた。

 もちろん俺がメリルを泣かせていると勘違いしていたせいだろうが、それにしてもあの過剰な警戒は腑に落ちないのである。


「あはは……実は人違いだったんです。このギルド証を貰った時に、受付の方から最近怪しい冒険者たちが町にやってきたらしく、その中に人族の方がいると聞いたんです」


 人族だけでなく獣族や魔族といった混成メンバーらしく、気に入らない相手との喧嘩や女性へ強引に迫ったりと、かなり素行が悪い動きが目立っているらしい。

 他にも集団で相手を囲んで金を奪ったりする話も出ているらしく、近々ギルドで指名手配の動きも見られているとか。


「あまり口にしたくないのですが、メリルちゃんは治安が良くない場所に仕方なく住んでいるんです。だから、もし何かあっても町の警備の人がすぐ対応してくれるかどうかわからなくて……」

「なるほど。それだけ大切な子なんだな」

「そうなんです! 恥ずかしながら、私は友達と呼べそうな知り合いが少なくて、あの子はこんな私でも自然とー……って、ああもう、何でこんな事まで喋っているんだろう?」


 礼儀正しいのに、どこかちぐはぐな距離感の詰め方からして友達が少ないのかなと思ってはいたが、どうやら予想通りだったらしい。

 恥ずかしいのか先を歩いて行く彼女の後姿に苦笑していると、数人の男たちが突然ユキナの前に立ち塞がった。


「そこのお嬢さん。ちょっといいかい?」

「……何でしょうか?」

「俺たち、これから依頼の為に外へ行くんだが、ちょっと手伝ってくれないか?」

「ちょうど盾役が欲しいところだったんだ。そんな立派な盾を持っているなら、前衛を任せられそうだ」


 獣族と魔族、そして人族がいる四人の男たちがユキナを勧誘しているのだが、はっきり言って怪しいものである。

 確かにユキナは立派な盾を持ってはいるが、その大きさは中型なので前へ出て盾役となるには少し心許ない。もちろんその盾でも前衛は任せられるだろうが、どちらかと言えば体格が小さい彼女に盾役を頼むのはさすがに妙である。

 つまり男たちの目的は盾役ではなくユキナ自身であり、この他種族による混成メンバーからして……。


「ごめんなさい。私はもう一緒に行く人が決まっていますので」

「そんな男一人より、もっと集団でいた方が安全だって。ついでに、俺たちここに来たばかりだから町を案内とかしてほしいな」


 先程ユキナから聞いた、素行の悪い冒険者たちなのだろう。

 ユキナも俺と同様に男たちの正体に気付いているらしく、無遠慮に伸ばされる獣族の男の手をそっと避けていた。


「何だよ、連れねえなぁ」

「私はきちんと断りました。それに許可なく相手に触れるのは失礼ですよ」

「……もう知れ渡っているのか?」

「ちっ、面倒だな。少しくらい付き合ってくれてもー……」

「そこまでにしてもらおうか」


 今度は二人同時にユキナへと迫ろうとしていたので、俺は間に入って男たちを止めた。

 そして割り込んだ事で男たちの意識がこちらに向いたのを確認し、少し周囲を気にしながら男たちへ囁きかける。


「先程、警邏の人から声を掛けられたので、ここで騒げばすぐに飛んでくるかもしれませんよ?」

「ああ! 邪魔をするなってんだ!」

「…………」


 男たちは本能のまま短絡的な行動をしているようだが、中には冷静な者もいたので騒ぎになるのを嫌う筈だ。

 その予想が当たっていたのか、俺の胸倉を掴もうとしていた男の肩を別の男が叩き、短い会話を交わしてから去って行った。


「ふぅ……上手くいったな。つい割り込んでしまったが、余計だったか?」

「いいえ、助かりました。何とか言い返せてはいましたが、やはり手荒な事はしたくなかったので」


 荒事は苦手でも、いざとなればしっかりと振る舞える心の強さは持っているようである。本当に不思議な子だな。


「そういえば、君が警戒していた連中って……」

「ですね。あの人たちで間違いないと思います。ギルドへ報告しに戻った方がいいでしょうか?」

「いや、すでにギルドに話が伝わっているのだから、急がなくても依頼達成の報告時にでも伝えればいいさ。それにああいう連中は町に長居しなさそうだしな」


 引く時は素早い点から、好き放題やって悪評が広まれば次の町へ……と、住処を持たない流れ者の集団だと思われる。

 少なくとも報告以外に俺たちがやる事はないだろうと伝えれば、ユキナは少し気にしながらも頷いてくれた。


「わかりました。それでは、改めて出発しましょうか。前衛は私に任せてください!」

「はは、頼りにしているよ」


 少し頼りなく見えてもやる時はしっかりしているのだから、切っ掛けがあれば大きく変わりそうだなと思いつつ、俺は彼女を連れて目的の森へと向かうのだった。


続きは明日の17時投稿予定です。



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