窮地
「その通り! 私の名前はジンドウ! 神人様の使徒であり、エルガンテ様の忠実な部下である!」
エルガンテ……さっき空に見えた人ですね。
その人の部下という事は、これが聖戦の始まりなの?
ただ、魔物を操る敵の長が攻めて来たという事は、彼を倒せば戦況は変わるという事でもある。
兄さんのように逆転の好機と言いたいところなのですが……。
「あの男も不気味ですが、何ですの……あの魔物は?」
「はい、私も初めて見ます」
男性が乗る狼のような四足歩行の魔物は狂暴そうで、簡単には倒せそうにありません。
更にオウガの群れといった手強い魔物も多数引き連れており、はっきり言って私たちだけでは厳しいでしょう。
「ひ、怯むな! 一斉に狙え!」
「「「撃てぇ!」」」
考えている間に、後ろに下がっていた皆さんが一斉に『光弾』を放ちました。
五十は軽く超える光弾が謎の男性が乗る魔物へと直撃しますが、こちらの攻撃は魔物の皮を少し傷つけただけでした。
「んー……数を揃えるのは良い事だ。でもなぁ、無知は罪と言ったものよ。こいつは大勢の天族を食らい、天力に適応した変異種なのだ。その程度の天力の塊なぞ効かぬのだよ!」
「奇跡が通じないなら、別の手段を使うまでです!」
傷が出来るって事は、完全に効かないわけじゃない。
つまり天力に耐性があるだけで、皮膚は頑丈ではないのかも。
「知らないのならよく覚えておきたまえ。まあ、未来がない君たちには無駄かもしれないが、知識を得るのは無駄ではないからねぇ」
「何時までお喋りしているつもりですの!」
エルカさんが飛び出し、私は彼女のすぐ後ろに続きました。
魔物はエルカさんに目掛け右の前足を振るいますが、光翼を発現した彼女は天力で肉体を強化させ、その一撃を正面から受け止めていました。
その隙にエルカさんの後方から飛んだ私は魔物の顔面へと迫りますが、反対側の前足が振るわれたので槍で受け流そうとー……。
「ふん……ぬですわ!」
エルカさんは受け止めていた前足を力で弾き飛ばし、魔物の体勢を崩して私への攻撃を止めてくれました。
私は即座に構え直した槍を振るい、魔物の顔面や前足へと無数の傷を作りました。思った通り、武器は通じるようですね。
「おまけですわ!」
更にエルカさんが槍を魔物の目へ突き立てれば、魔物は大きく後退して悶えていました。
「困りますね。こいつは希少なのですから、あまり傷つけないでほしいものですな」
「ふん! ならそいつを連れてさっさと消えてくださるかしら?」
「それは無理なご相談です。仕方がありません。これ以上、天族の雛共が調子に乗るのも気に食わないので、少し現実を見せてあげましょうか」
ジンドウが顔を上げて何か呟いたその時、周り……いえ、戦場全体の空気が変わりました。
「何だ、こいつ等、急に動きが!?」
「側面に回り込んで……いや、挟みこもうとしているのか!」
「止めろ! 援護にー……くっ! こいつ等どこから現れた!?」
ただ目の前で暴れていただけの魔物が、急に組織的な動きを見せたのです。
それは私たちも使う戦術と同じ動きであり、正面からだけでなく側面に回り込んで挟撃を仕掛けたり、阻止しようと動けば先回りしていた集団に止められたりと、戦況が更に悪化していくのがわかりました。
「ははは……何やら顔色が悪くなったようだが、どうしたのだ? ほら、お前たち異種族の力……奇跡とやらで何とかしてみせるいい。出来ぬよなぁ……ははは!」
魔物を操る方法もですが、どうすればこんなに正確な動きを魔物へ伝えられ……いえ、それは後回しですね。
まずジンドウを何とかしなければと槍を構えたその時、何か自慢気に語っていた彼の様子が急に変わったのです。
「そうだ! 異能の力に頼らずとも、敵は簡単に潰せるのだ! どいつもこいつも奇跡や魔法だの……ふざけるなぁ!」
「な、何ですの一体?」
「戦略の重要さもわからぬ異種族共がぁ! この天才の私を虚仮にしおって! 全て全て全てすべてスベテ滅ぼしてぇー……はぁ……はぁ……」
ローブを羽織ったジンドウは顔しか見えませんが、彼は角もなく耳に特徴がないので人族だと思います。
そして人族は私たちのような特殊な能力がなく、嫉妬や羨望で色々と歪んでしまうと母さんから聞いた事がありますが、彼の場合は激し過ぎるというか、言葉を発する度にまるで別人のような印象を受けます。
それ程までに他の種族を憎んでいるのでしょうか?
一体何があればこんなにも……。
「ユキナさん! ぼーっとしている場合ではありませんよ?」
「あ……は、はい! でも、どうすれば? 兄さんと母さんが来るまで持たせられるか……」
「はぁ……はぁ……んん? ああ……そういえば私を探して、奥まで攻めた奴がいるとか言っていたか? 残念ながら、そいつはもう終わっているねぇ」
「えっ!?」
「空っぽの陣地に、何も仕掛けずにいないと思うのかい? 一気に終わらせようと深くまで入れば、一斉に囲まれて逃げ道を失い……貪られる。蜘蛛の巣のようにねぇ?」
深呼吸で落ち着きを取り戻したジンドウは、心から楽しそうに己の策略について語っています。
あの兄さんがやられるとは思えないけれど、罠があるならばすぐに戻って来ないかもしれない。やはり私たちだけで何とかしないと。
「エイジ様が罠なんかでやられる筈がありませんわ! それにしても、さっきから何もかも自分の思い通りに行くなんて、戦術家気取りですの?」
「気取りではなく、私は戦術家なのだよ! お前たちの動きを全て読み、次に何をするかを私は理解している! この戦い、後少しでお前たちは完全にー……」
「へぇ……じゃあこれも読んでいたんだよなぁ!」
「「「っ!?」」」
その聞き慣れた声と共に、突然ケティールの集団が魔物を吹き飛ばしながら私たちの間に飛び込んできました。
同時にケティールに乗った方々は散開し、生徒の皆さんを守るように近くの魔物を次々と討ち取っていきます。
そして先頭を走っていた一頭が私たちの横を駆け抜けたかと思えば、ケティールから飛び降りた人物がジンドウの乗る魔物を槍の一撃で仕留めたのです。
「ふん! ずいぶんと強そうな見た目の癖に、案外脆いものだな」
「兄さん!」
「うむ、待たせたなユキナ。それで、こいつが魔物を操っているのか?」
「うん! この集団の長みたいだから、彼を倒せばきっと……」
「そうか。後は俺に任せて、少し下がっていろ」
兄さんは槍を構え、魔物から下りてきたジンドウへと向き直ります。
しかし乗っていた魔物がやられたというのに、ジンドウは困った様子を見せないどころか、不思議そうに兄さんを見ているだけでした。
「おっかしいなぁ? あの仕掛けにかかって、無事に戻れるとは思えないんだが?」
「そもそも奥まで行っていないんだよ、俺は。あそこにお前はいないってわかったからな」
驚く事に、兄さんは突撃の反応で敵陣に指揮官がいないと察したらしく、戦場の空気や流れを読んでここへ戻る途中だったらしい。
そこで私が送った伝令と合流し、状況を知って急いで戻ってきたらしいけど……相変わらず兄さんは滅茶苦茶だなと思う。
そんな兄さんが、ただの勘だよと言いながら不敵な笑みを浮かべていると、ジンドウの様子がまた変化していた。
「勘……勘だと!? ふざけやがってぇ! 努力もなく手に入れた才能を自慢気に語るなぁ!」
「騒がしい奴だ。何かぐだぐだ文句を言っているが、俺には知った事じゃないな。特に弱い相手を真っ先に狙うような、卑怯な野郎の言葉にはな!」
碌に戦えない者を優先的に狙うなんて、兄さんからすれば気に食わなくて堪らないんだろうな。
兄さんから放たれる殺気を受けるジンドウですが、全く効いていないどころか寧ろ大声で笑い出したのです。
「はははははは! 何を言うか? 戦いは弱点や穴から狙うのは当たり前だろう! ご覧の通り、弱者を守ろうとして陣形が崩れ、士気にも影響が出ているではないか!」
「敵の急所を突くのは間違ってはいないが、負けているわけでもないのに、下種な真似を簡単にやろうとするその根性が気に食わねえんだよ!」
「甘い、甘いのだ! 先が見えていない、野蛮人の思考よ。聖戦はこの戦いだけではない! ならば先を見据え、将来の芽を潰しておくのは当然じゃないか!」
「……もう語るだけ無駄みたいだな。ユキナ、手を出すなよ。こいつは……俺が仕留める」
兄さんは別に説得するつもりはなく、ただ相手を知りたかったんだと思う。
そして救えない存在だと察したのか、兄さんは覚悟を決めた顔で槍を構えていました。
「私は戦術家ですよ。そんな私に正面から挑むのを恥とは思えないのですかね?」
「馬鹿を言え、そのローブの下に何を隠している? 随分と魔物臭いぞ?」
「ははは……その察しの良さ、本当に癪に障りますね! ならば神から授かった御業の数々……見せてあげましょう!」
そう言いながらジンドウはローブから取り出した容器をオウガへと投げつけて割っていましたが、それ以上に気になったのは……。
「な、何ですの!? そんな小型の竜を操ってー……え?」
「もしかして……腕なの?」
ジンドウの両腕は、まるで小型の竜の首をそのままくっ付けたようになっていたのです。
首の長い竜がいるだけと思っていたのですが、その竜の首は己の腕のように自在に動き、先程と同じ容器を懐から器用に咥えてこちらへ見せていたのです。
「素晴らしいでしょう? 神人様の御業により、私は人を越えた存在……粛清者となったのです!」
「……さすがに竜の腕とは思わなかったが、それがどうした? その竜の牙より速くお前を貫けば終わりだ」
「御業の数々……と言ったでしょう? これだけと思っているのですか?」
「何が……むっ!?」
話の途中でジンドウの後方にいたオウガが拳を振り上げながら飛びかかってきたので、兄さんは後方へ飛んで避けました。
しかし下がると同時に兄さんは槍を振るい、地面を殴ったオウガの腕を斬り落としていたのですが、何か様子が違うのか兄さんは追撃せず距離を取ったままでした。
「ん? 切った筈だが?」
私も確かに見たのに、腕がくっ付いたまま?
それどころかオウガはその腕を大きく振り上げ、再び兄さんへとその拳を振るってきたのです。
それでも兄さんは冷静に槍を振るっていますが、オウガは痛みに悶えるどころか何事もないかのように攻撃の手を止めません。それどころか、以前戦ったオウガよりも何倍も動きが速い。
すでに致命傷な筈なのに、何故まだ動けるのかと疑問に思ったその時、エルカさんが何かに気付き声を上げました。
「ユキナさん、オウガの頭部を御覧なさい」
そう言われてみれば、オウガの頭部に何か触手の塊みたいなものが付いていますね。
「気付いたようですね? それも神人様の御業の一つであり、魔物を何倍にも強くしてくれるのですよ。痛みすら感じず、傷も瞬時に再生させる。ああ……何と素晴らしい物を作られたのでしょうか」
持っている容器をうっとりと見つめている様子に、先程オウガに投げてあの容器を割っていたのを思い出しました。
つまりあの中に入っていた生物がオウガに寄生したという事?
「先程、貴方はこの状況を読んでいたのか……と仰っていましたよね? ええ、もちろんです。想定外に備え、貴方のような相手に対する手段は用意してあります」
「なるほど。ならこれならばどうだ?」
光翼を発現させた兄さんは、敵の大振りの一撃を避けたところで槍を一閃し、オウガの首を斬り飛ばすと同時に奇跡を発動させました。
兄さん得意の圧縮した天力を爆発させる奇跡により、飛んだオウガの頭部が跡形もなく吹き飛んだのです。
「さすがに寄生体ごとやってしまえばー……」
「なら、もう少し増やしてみましょうか」
兄さんがジンドウへと槍を向けるよりも早く、すでに寄生されたオウガが三体用意されていました。
もし、まだあの容器が残っているとしたら……。
「ユキナ。すまんが、奴を頼む」
「……はい!」
さすがに不味いと判断し、兄さんは私にジンドウを倒せと目で伝えてから、寄生されたオウガ三体へと向き直りました。
兄さんが率いていた部隊の方々は生徒の皆さんの護衛と、ジンドウから離れる為の誘導に当たっているので、ここは私とエルカさんでやるしかありません。
彼を守る魔物はまだいますが、二人で一気に突破すればきっと!
エルカさんと目を合わせて駆け出そうとしたその時、ジンドウの腕……竜の口が私たちへ向けられている事に気付きました。
「ははは! これがただの竜だと思っているのかい? 実際に味わわせてあげよう!」
まさかと足を止めた瞬間、竜の口から私たちを丸ごと呑みこむ勢いの炎が放たれたのです。
「その程度の炎で」
私が背中の盾を手にするよりも早く、エルカさんが前へ飛び出し炎を防いでくれました。
けれどその勢いは凄まじく、あのエルカさんでさえ辛そうに盾を支えていたどころか、炎が消えた時には火傷と疲労により膝を突く程でした。
「ふ……ふふ……楽勝……ですわ。やはり盾は最高……ですわね」
「エルカさん! 今、治療を……」
「ほうほう、これを防ぎますか。なら、もう少し強くすればどうかな?」
「くっ! させません!」
咄嗟に『光弾』を数発放ちますが、横から割り込んできたオウガによって防がれてしまいました。
それどころか、まだオウガが前にいるのにジンドウは両腕を前へ突き出し、再び炎のブレスを放とうとしていたのです。
「教えてあげよう! これはね、別名で獄炎とも呼ばれる、小さいながらも恐ろしい強さを持つ竜なのだよ」
「ユキナ!? くっ、貴様ら邪魔をー……おのれ!」
兄さんは目の前の敵を相手にしながらも、ジンドウへ向けて奇跡を放っていますが、やはり周囲のオウガが防いでしまいます。
「その竜のブレス……全力で放てば君たちだけで済むのかな?」
「「っ!?」」
多少離れているとはいえ、まだ私たちの後方には多くの味方がいるのです。
先程以上の炎だとすれば、私たちだけじゃなく大勢の方々が巻き込まれる!
とにかく前で受け止めて、少しでも後方への被害を減らさなければと、気付けば私は盾を手に駆け出していました。
「やりますわよ!」
「えっ!? エルー……」
消耗している筈のエルカさんが私の横に並ぶのを見たところで、凄まじい炎のブレスが私たちを襲いました。
「くっ!? う……うぅ……」
盾が……熱い。
手も……焼ける……でも……私は……。
「皆を守る……盾に……っ!? これ……なら……」
水と風の奇跡で少しでも身を守りつつ、私は激しい熱と衝撃に耐え続け……ようやく炎が鎮まったところで私は膝から崩れ落ちました。
「はぁ……はぁ……後は?」
草木や魔物の焦げる匂いの中、顔だけ振り返れば私たちの後方は焼け野原と化していました。
でも私たちが壁になった御蔭で焼けていない部分も多く、そこに生徒の皆さんがいる事に安堵の息が漏れます。
「やりましたよ、エルカ……さん?」
共に防いでくれたエルカさんは私のすぐ横にいた筈なのですが、気付けば彼女は私より一歩前へ出ており、盾を構えたまま立ち尽くしていたのです。
「ごほっ! はぁ……無事……ですのね?」
「エルカさん! 何……で?」
「それより……ごめんなさい……ですわ。もう少し……練習していれば……貴方の負担をもっと……」
盾に天力を集中させる事で防御範囲を一時的に広げる、エルカさんが考案した技。
ブレスに耐えている途中、突然炎の勢いが衰えたように感じたのはエルカさんの御蔭……だったのですね。よく見れば、私の火傷は比較的軽傷ですし。
でもその分エルカさんの負担は大きく、見るのも辛い程の火傷を負っていました。
何故一人で……と、問いかける私に、エルカさんは何時もの笑みを浮かべながらその場に崩れ落ちました。
「い、言ったでは……ありませんか。貴方は……私が守る……と」
「も、もう喋らないでください! すぐ治しますから!」
駄目……私の奇跡じゃ足りない。
もっと強く……でも、力を入れ過ぎたらまた光翼が暴走して……。
「ユキナ! 早く逃げろ! ぐっ!?」
「こちらもですが、向こうもしぶといですね。もう少し数を増やしましょうか」
兄さんも……どうすれば?
違う! 私が何とかしないと!
光翼を……レイア様と同じ力を……使いこなさなきゃ!
「ん? 今更光翼を出したところでー……何だ? 四つ……だと?」
焦らず……天力を背中へ流すように……。
「くっ!? ど、どうして? 何……で……」
天力が暴走しそうな感覚に、先日の出来事が頭をよぎり私は反射的に光翼を消していました。
こんな時でも私は……ううん、諦めるわけにはいかない!
もう母さんが近くに来ているかもしれないし、それに私はまだ……クエスさんに謝ってもいない。
ちゃんと謝って、また二人で一緒に……。
「……え?」
その時、足元に影が走り空を見上げれば、あの子が……我が家のケティールが飛んでいました。
あの特徴的な尾羽は間違いありません。まさか母さんがと思ったその時、あの子から飛び下りてきたのは……。
「クエス……さん?」
続きは、明日の17時投稿予定です。




