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神域超越の継承者  作者: ネコ光一
1章 天族
11/15

宣戦布告


『ぐぅ……すぴー……』


 僅かに聞こえる寝息に、意識がゆっくりと浮上する。

 目を開けて周囲を確認してみれば、近くで眠るルルの姿が見られ、俺は見知らぬ部屋のベッドに寝かされている事を知った。


「ここはー……って、何度目だよ」

『んん……あっ!? やっと起きたの! もう、心配させて駄目な子だね』

「お前は俺の保護者か」

『保護者って言ったもん!』


 ルルに突っ込みを入れつつ、上半身を起こした俺はまず左腕を確認したが、痛みどころか目立った傷跡もない自分の腕で間違いなかった。


「あれは夢……じゃないよな?」


 そうだ……まだ完全ではないが、ようやく俺は記憶を取り戻し、己が何者なのかを思い出したのだ。

 まだわからない事は沢山あるものの、大きく前進したのは間違いあるまい。


『どうしたの? 腕なんか見てさ』

「何でもない。ところで、ここはどこだ? 俺はどれくらい眠っていたんだ?」

『私たちを吹っ飛ばしたあの子の家だよ。寝ていたのは……丸一日かな?』

「そんなに眠っていたのか……」


 どこか見覚えのある雰囲気だと思ったが、エルドラ家の屋敷だったのか。

 まあ予想するに、暴走に巻き込まれて気絶した後、彼女の案内でここへ運ばれたのだろう。


「ユキナとメリルは……どうなったんだ?」

『二人とも無事だよ。あの後、あんたが頼んでいた冒険者の人たちが来て、町まで運んでくれたの』


 そうか、二人は無事か。それだけでも苦労した甲斐があったものだ。

 ベッドから起き上がり、近くの鏡で体全体を確認してみたところ、特に変わった様子は見られなかった。あれだけ激しい衝撃波に巻き込まれたのだから、もっと怪我とか負っていても不思議ではないのだが、まさか傷一つないとはな。


『怪我なら、天族の人たちが奇跡で治してくれたよ。細かい傷が多かったけれど、あっという間だったね』

「治療の奇跡か。もう痛みもないし、やはり凄いものだな」

『この程度で済んでいるのが信じられないって言ってたよ。だってあそこにあった家が綺麗に吹き飛んでいた上に、あの悪い連中も全員死んじゃいそうだったんだよ?』

「だが死者はいないって事か。連中には気の毒だが、自業自得だな」


 ユキナの性格からして、敵とはいえ命を奪っていたら心に深い傷を負っていただろう。

 最悪は避けられた事に安堵の息を漏らしつつ、再び鏡に映る己の姿を見た。


「……うん、まあそうだよな」


 この町に初めて訪れ、宿にあった鏡を見た俺は自分の姿に違和感を覚えたものだが、それも当然だろう。

 以前の俺は、こんな色が抜けた白じゃなくて黒髪だったからだ。

 これもあの装置で長年眠っていたせいだろうか? よく見れば瞳の色も変わっているし、そりゃあ違和感を覚えるわけである。

 記憶が戻った事でこれまで感じていた疑問が幾つか解消されそうなので、思い出した内容を改めて整理する事にした。


『ねえねえ、何かあったの? ちょっと様子が変わった気がするんだけど……』

「そう見えるか? まあ、ちょっとな」


 俺が料理や素材に詳しかったり道具を作れたり出来たのは、記憶を失う前はそういう仕事をしていたからだ。頭ではなく体で覚えているというやつだろう。

 戦闘は避ける性分で、外に出れば仲間の体調を気にしたり、人と組めばサポートに回ろうとするのも、レイアたちに守られていた日々を過ごしていたからだと思う。

 だが、中には過去の記憶と違う点がある。

 この数日間、俺は剣だけでなく槍や体術でも戦える事が出来たが、そもそも俺は剣を多少齧っていた程度で、こんなにも強くなかったのだ。レイアたちと一緒にいた頃は、時折道具で援護するくらいで戦闘は完全に任せきりだったからな。

 レイアの槍を一番近くで見ていたせいもありそうだが、それにしては馴染むというか、何度も反復して体に染みついた動きが出来るのである。

 まるでレイアの技が俺にー……ん?


「客人、目覚めたようだな。入ってもいいかな?」

「あ……はい」


 扉がノックをされたので、思考を中断して返事をすれば、扉が開かれて一人の女性が部屋に入ってきた。

 それは女傑と呼ぶに相応しい美しくも勇ましい妙齢の女性だったが、その鋭い視線に思わず姿勢を正してしまう程だ。しかしその鋭さの中に愛情に近い優しさも感じられ、自然と惹かれしまう魔性のような魅力を放っている。

 そんな彼女のすぐ後ろには館の執事であるウルの姿もあり、もしかしてこの女性が……。


「初めまして……だな。私はこのエルドラ家の当主である、アイラ・エルドラだ」

「は、初めまして。俺……私の名前はクエスと言います」

「うむ……」


 お互いに紹介を済ませた後、こちらを目踏みするかのような視線を向けられて緊張が走る。

 だがその緊張も一瞬だけであり、次に彼女が取った行動は頭を下げる事だった。


「まずは、謝罪させていただきたい。娘のせいで、君に多大な迷惑を掛けてしまったようだ」

「い、いえ! 俺の方から関わった事ですから」

「それでもだ。世話になった相手だと言うのに、己の不手際で怪我をさせるなんてエルドラ家の当主だけでなく、母親として見過ごす事は出来ん。本当に申し訳なかった」


 そのあまりの潔さに、逆にこっちが悪い気がするくらいである。

 とにかく気にしていないと何度も伝え、ようやく納得してくれたところでアイラは頭を上げた。


「君の懐の深さに感謝しよう。それで、体の調子はどうなのだ? 部下に治療はさせたが、まだ痛みはあるか?」

「その辺りは大丈夫です。寧ろ倒れる前より好調ですね」

「それは良かった。他に何か必要な物があるなら遠慮なく申してくれ。可能な限り用意させていただこう」


 気付けばウルが部屋内のテーブルにお茶の用意をしていたので、彼女に促されて俺たちは向かい合うようにテーブルへと着いた。


「さて、君の事は娘や息子から聞いたが、記憶がないそうだな。ずいぶんと奇妙な状況のようだ」

「ええ、我ながら怪しいとは思いますがその通りでして。ところでユキナ……さんはどちらへ?」

「私の前だからと、あの子に関して畏まらずともよい。それでユキナだが、君が心配で傍から離れようとしないから、外へ無理矢理行かせたのだ。悲しむ暇があるのなら、失敗を繰り返さない為に鍛えて来いと蹴飛ばしてやったわ」


 不機嫌そうに鼻を鳴らしてはいるが、仕方ない子だなと言わんばかりに苦笑もしていた。

 厳しい人だと聞いてはいたが、娘を心配する母親のような優しさもしっかりと感じられ、家族を愛しているんだなと思わせる。


「なら、一緒にいた少女……メリルは?」

「あの子供はこの屋敷で療養中だ。迷惑を掛けた詫びとして、彼女の母親も保護して同じ部屋に招待しておいた。随分と衰弱していたが、数日もあれば回復するだろう」


 当主自らのお詫びとなれば、さすがのメリルも断れないだろうな。

 まああの子の場合は少し強引なくらいがちょうどいいし、酷い目には遭ったがこれはこれで結果オーライだとは思う。


「子供を誘拐した、あの冒険者たちはー……」

「随分とやられていたが、最低限の治療だけして町の牢屋に放り込んでやったわ。我々に喧嘩を売るどころか、あちこちで悪さをしていたようだからな。しっかりと裁いてくれる」


 凄い……な。こちらが聞きたい事を即座に察して返してくれる頭の回転といい、物事の対処の速さも早い。お飾りの当主とかではなく、能力に見合った地位を持つ優れた人だ。


「他に質問はないか? では改めて聞くが、君は一体何者なのだ? 何を考えて娘と関わろうとする?」

「彼女が失った俺の記憶に関係していそうだからです。その辺りについても、ユキナやエイジさんから聞いていませんか?」

「当然聞いている。しかし私は、君の口から直接聞きたいのだ。君はどこからともなくこの町に現れ、すぐに馴染んだかと思えば私の娘と接触するようになったのだ。怪しまれて当然だろう?」

「ええ、そう思われても仕方がないのは理解しています」


 報告ではなく、己の目で相手を判断したいのだろうな。

 すでに尋問みたいなものだが、こうなるのも予想はしていたので動揺はなかった。


「失礼ながら、少しだけ君を調べさせてもらった。様々な道具を作り、人族とは思えぬ実力を持っていながらも積極的には戦おうとしない。実に不思議な男だと思う」


 おそらくユキナと接触した辺りから、彼女の部下とかに監視されていたんだろうな。町の権力者でもあるし、そういう情報収集や監視専門の人員がいてもおかしくはない。


「だが、こうして直接姿を見て確信した事がある。君は……すでに何か思い出しているのではないか? その目、何もわからぬ者とは違う力を感じられるのだ」


 勘も鋭いときたか。

 こういう相手に下手な嘘や腹芸は通じないので、隠し事は止めた方がいいだろう。


「まだ完全に思い出していませんが、一つだけ確実に言える事があります。俺は貴方たちの祖先である、レイア……様と関係があるようです」

「曾祖母様と? その言葉、嘘はなかろうな?」


 虚言は決して許さんと、射殺さんとばかりに視線が俺へと突き刺さるが、こちらもレイアに関しては本気だ。

 怯んでたまるかと、アイラの威圧を正面から受けつつ続きを語る。


「ですが、まだ思い出せない事が多いのです。レイア様について知れば何か思い出せそうなので、彼女の事をー……っ!?」


 教えてほしい……と出掛けた言葉は、突如走った頭痛に止められた。

 何だ? 聞くのはそれじゃないって、何かに手を引っ張られているかのような……。


「どうした? やはりまだ調子が悪いのか?」

「い、いえ……大丈夫です。レイア様のー……そうだ、彼女の光翼は本当に四枚だったのですか?」


 記憶にあるレイアの光翼は、間違いなく四枚だった。

 だというのに、気付けば俺は導かれるようにその聞いていたのである。

 そんな俺の質問に、アイラはウルと軽く視線を交わしてから真剣な様子で答えた。


「我々からすれば、それは曾祖母様を侮辱しているように聞こえなくもないが……もちろんそのような意図はなかろうな?」

「ありません。自分でもわかりませんが、光翼の枚数がどうしても気になりまして」

「ふむ……これは天族の中で一部しか知らぬ事実であるが、知りたいのなら教えよう」

「アイラ様……」

「構わん。すでに勘付いている以上、下手にはぐらかすより真実を知ってもらう方がいい。君の言う通り、曾祖母様であるレイア様には光翼が四枚あったが、英雄と呼ばれるようになった時には三枚になっていたのだ」


 その事実が人々に知れ渡っていないのは、天族の上層部が秘匿しようと情報統制したせいであり、今は一部しか知らないそうだ。

 やはり英雄は人々の希望となる存在でもあるので、そういう特別なイメージを崩したくなかったのかもしれない。


「幸い、あの御方の強さは光翼を発現させなくとも飛び抜けておりましたからな。気付いた者は、貴方を除きほとんどいないでしょう」

「では、光翼を失った理由は伝わっているのでしょうか?」

「強敵と死力を尽くした結果と伝わっているが……実は一度だけ、私の母に本当の理由を語ってくれたそうだ」


 個人的な事情らしく、下手に探られたくないのか周囲には黙っていたらしい。その気持ちを汲んだアイラの母親は、この真実は目の前の二人にしか説明しなかったそうだ。

 そしてレイアが光翼を失ったその理由とは……。


「光翼はあげた……大切な人に譲ったそうだ」


「譲っ……た?」


 その言葉を聞いた瞬間、激しい頭痛と共に記憶の一部が蘇った。

 俺が入っていたあの治療装置、それを初めて見つけた時のだ。



 ※※※※※


『これは……もしかして治療装置なのか?』

『何それ? 何か色々くっ付いてる変な箱にしか見えないんだけど、お兄にはわかるの?』

『さっきこれと似たような装置から、腕がくっ付きかけた魔物が入っていただろ? つまりこの中に入れば、千切れた腕でも治るんじゃないのか?』

『へぇ……奇跡がなくても治せるんだ。本当にここって何なんだろう?』

『この透明かつ、円筒状の形が実にそれっぽい代物だな。さすがに入る気はないが……起動スイッチはこれで……駄目だ。動力パイプは繋がっているのに……壊れているのか?』

『お兄、こっちが何か開くみたいだよ?』

『それだ! この中に何か素材とか、お前の天力みたいなエネルギーとなる物を入れれば、こいつは動きそうだぞ』


 ※※※※※



 あの時、俺はあまりにも高度な技術の発見に、テンションが上がって治療装置を色々と調べていた。

 それを見ていたレイアたちは、後に死にかけた俺を見て治療装置の存在を思い出し、何とか助けようとしたのか?

 そして装置を起動させるエネルギーとして、レイアは……光翼を入れた?

 装置によって光翼は溶け、それが長い時を掛けて俺の体に混ざり合って適合し、彼女の技を継承した……とでも?

 あまりにも……あまりにも荒唐無稽な妄想だ。

 そんなわけないだろうと首を横に振りたいのに、己の中にある天力が……レイアの想いがそれを否定出来なかった。


「その様子、何か思い出したようだな」

「そう……ですね……」


 レイア……俺が本当に蘇るかどうかもわからないのに、お前は何で大事な光翼を…………いや、わかっているさ。

 それだけ、俺に生きていてほしかったんだな?

 なら残された俺が出来る事は、お前たちの分まで生きて、お前たちが残したものと、そして……。


「すいません。思い出せはしたのですが、混乱しているというか……少し整理してから話させてくれませんか?」

「……わかった。ただし、後で必ず聞かせてもらうぞ?」

「もちろんです」


 本当はさっさと聞きたいのだろうが、俺の様子を見て引いてくれたようだ。

 彼女から逃すつもりはないぞ……という圧を感じられるが、逃げるつもりはないので適当に受けながしておく。

 一息吐こうと用意されたお茶を口にしていると、その様子を眺めていたアイラが不意に口元を綻ばせた。


「ふ……ウルよ、確かにお前の言った通りだったな。彼と話していると、不思議と心地良い。ここまで語るつもりはなかったのに、つい口が軽くなってしまった」


 最初は厳しい目で見ていたのに、気付けばアイラは俺を認めたのかのように警戒を解いていた。

 ユキナや他の天族もそうだが、会って間もない俺を不思議と信頼してくれるこの状況は、おそらく俺の中にあるレイアの天力によって無意識に同族や仲間だと思わせてしまうのかもしれない。もちろん全ての天族ではなく、性格の違いや人族への嫌悪が強い者には通じていないようだが。

 技だけでなく様々な面で助けられたんだなと、改めてレイアに感謝を送っていると、お茶を一口飲んだアイラが思い出したかのように口を開いた。


「では少し話を変えようか。先程も聞いたが、欲しい物は決まったか?」

「欲しい物……とは?」

「君を巻き込んでしまったお詫びの事だよ。あまり金や物で解決するのは気に食わないが、こちらも誠意というものを見せねばならぬのでな」


 有名な家だからこそ、外聞の為にきっちりする必要もあるわけだ。

 しかし欲しい物と言われ、ぱっと思いついたのは……。


『美味しい物がいい!』


 ……あれは放っておくとして、現時点で金はそこまで困っていないし、今後を考えた物をー……今後か。


「なら、一つお願いがあります。ユキナの力になりたいので、彼女と一緒にいる許可をいただけませんか?」

「何っ!?」


 何故か虚を突かれたような困惑の表情をしているが、そんな驚くような事を言っただろうか? 


「う、うーむ……あの子にはまだ早い気もするが、これも経験だと思えばー……いやいや! さすがに男女の交際はまだ……むう……」

「アイラ様、彼にそのような意図はないと思われますよ。ただお嬢様の力になりたいだけだと思います」

「むっ!? そ、そうか……」

「すいません。ちょっと勢いで言ってしまったので、表現が悪かったかもしれませんね」


 まあ、聞き方次第では交際を申し込んでいるように感じるかもしれないが、こういう話は繊細というか苦手なのかもな。


「ごほん、それで? 娘の力になりたいと言ったが、もう少し詳しく頼む」

「前に、光翼が上手く発現出来ない話をユキナから聞き、俺は彼女の力になると約束したんです。ですが、どこまで口を出していいのかなとも思いまして」

「どこまで……か。確かにあの子の光翼については、どうしたものかと悩んではいた。いいだろう、君の好きにやるといい」

「えっ!? ですが、アイラさんの教育方針とかがあるのでは?」

「私が思いつく事は大半やらせたし、そもそも光翼の発現に明確な答えはないのだ。もっと多角的な方法を試そうかと思っていたところだし、何よりあの子はすでに君の影響を受けて変化を見せているからな」


 俺の影響というと、オウガと戦った時の事だろうか?

 アイラさんの補足によると、初めてユキナと会った時に見せた盾への拘りは、光翼からの現実逃避だとアイラさんは察していたらしく、敢えて盾と相性の悪いオウガに挑ませたそうだ。

 そうか、今更ながら気付いたが、彼女が裏から手を回したからこそ、登録したばかりのユキナでもオウガ討伐の依頼を受けられたわけか。


「私はな、あの子が盾を使う事を反対しているわけではない。だが盾に拘り過ぎて、せっかく学んだ槍の技術を使わないのはさすがに許せなかった。意地を通し、オウガに屈する可能性も考えて部下に見張らせてはいたが……ふふ、何が起こるかわからぬものだな」

「あの時、俺たちは見られていたんですね」

「過保護と思うか? それは否定しないが、あの子は曽叔母様と同じく、天族の英雄や希望となり得る存在。間違いがあってはならないのだ」


 厳しい表情ではっきりと言い放つが、娘の心情を思えば本当は監視なんてやりたくないのだろう。

 しかしユキナの特殊性を放置するわけにもいかず、かといって甘やかしていたら成長はしない。エルドラ家の当主と母親の葛藤に頭を悩ませていそうだ。

 更に悩みは娘の事だけじゃないらしく……。


「特に最近はやかましい連中が多くて、あの子を鍛える時間が中々作れぬのだ。全く! 町の為だとかそれらしい事を言っておきながら、何の為に学園が作られたか忘れおって!」


 学園と防衛の為の戦力の維持費を削り、町の発展にもっと回すべきだと、多くの権力者たちから突かれているらしい。

 関りがない俺からすれば、その権力者たちの言い分もわからなくもないが、アイラさんの反応からどうもキナ臭い話のようである。


「連中にもきちんと費用が回っているのに、足りぬ足りぬと騒がしい。懐に入れておれば当然であろうに。そろそろ仕掛けるー……」

「アイラ様、お客人の前でございます」

「む!? いかんいかん! ふぅ……君はある意味危険な存在だな。これは徹底的に語り合う必要がありそうだ。今夜、息子と一緒に一杯どうだ?」


 何か愚痴られてしまったが、これも信頼の証……なのか? 酒にも誘われたし、色々と覚悟が必要かもしれない。

 話が少し脱線したが、とにかくユキナの力になるのを認めてもらえて良かった。

 エルドラ家はレイアの子孫でもあるし、彼女への恩返しになるならば全力を惜しむ理由は一つもない。まあ記憶が戻る前にしたユキナとの約束が強固になっただけだな。

 そういえば、レイアの事で頭が一杯だったせいで、記憶がなくても唯一覚えていた事についてまだ考えていなかった。

 誰かを倒さなければならないという、復讐とは違う何らかの強い意志。

 結局その相手は思い出せないままだが、おそらく俺を瀕死にした存在の可能性が高い。最後に見たレイアたちの姿はボロボロで、相当な強敵だった筈なのだ。

 そこまで考えたところで、先程アイラから聞いた話に引っ掛かりを覚えた。


「あの、さっき何の為に学園が作られた……とか言いましたよね? 何か他に事情があるんですか?」

「そうか、君は知らないのだな。学園は将来を担う若人を鍛える為にあるのだが、本当の狙いは天族全体の戦力を増強する為でもあるのだ」

「戦力の増強……つまり何かと戦う予定だと?」

「そうだ。いつ訪れるかわからぬが、必ず現れると言われるー……何だ?」


 話の途中で、何かを感じ取ったアイラが周囲を見渡したかと思えば、窓から外へと視線を向けていた。

 その行動に首を傾げたその時、彼女が弾かれたように窓から外へ飛び出したので、俺も慌ててその後を追う。

 そして庭先でアイラが空を見上げているのを確認したその瞬間……。


『世界に巣食う害虫たちよ……審判の時だ!』


 まるで天から降ってきたかのような声が響き渡ったのだ。


『さあ、空を見るがいい! かの御方の秘めし力の片鱗……とくと目に焼きつけよ!』


 その言葉通り空を見上げれば、何もなかった青空に男の上半身が大きく写っていたのである。


「何者だ? それに、何故人が空に浮かんでいる?」


 それはまるで空をスクリーンにプロジェクターで投影されたかのような感じで、男の姿は若干透けて見えていた。ただ映像の精度は高く、見た目からおそらく五十代の人族だと思われる。

 更に響き渡る声も俺たちだけじゃなく町全体……いや、下手したら世界中へ届いているような気がするのに、不思議と耳が痛くならないのだ。

 あの映像技術に拡声器のような伝達方法だが、ファンタジーでありがちな不思議な力だけでなく、俺が知る科学技術を組み合わせたもののような気がする。

 そう分析をしている間、周囲で巨人が現れたと騒ぐ人たちがいたが、アイラが声を張り上げて落ち着かせていた。


『私はかの御方の使徒、『エルガンテ』なり! かつてあの御方のものであったこの世界を取り戻す為に、我々は世界の害虫共へ宣戦布告をする!』


 エルガンテと名乗る男の演説は熱を帯びていくのだが、かの御方という言葉に俺の記憶が揺さぶられる感覚が再び走る。


『この宣言が世界中に届いているのも、神の御業の一部だ! そう……我々は神の御業をお借りした粛清者である! そしてすぐに知るであろう。聖戦の始まりと……貴様たちの絶望をな!』 


 そうだ。俺が……俺たちが倒そうとしていた存在は……。


『よく覚えておくがいい! かつてこの世界を支配していた御方の名は……』




「……神人しんじん




続きは、明日の17時投稿予定です。

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