記憶・天
「……ん?」
気付けば、俺は不思議な世界を漂っていた。
足元の感触はなく、ふわふわと浮いているかのような感覚の中、何故俺はここにいるか考えるが……。
「夢……なのか?」
ユキナの暴走に巻き込まれたのは覚えているが、あれで死んだとは思えなかったので、そう考えるのが妥当だろう。
だが夢にしては妙に現実感があるなと、ぼんやりとした頭で周囲を見渡してみれば、自分の周りに光の玉が数個浮いている事に気付く。
何となくそれに手を近づけてみれば、光の玉は淡い光を放ちながら消失した。
そして消えると同時に、俺の頭へ流れ込んできたのは……。
「……冷蔵庫? いや、これは……俺の記憶だ」
光の玉に触れた事で、忘れていた記憶の一部……過去に俺が冷蔵庫を作ろうとしていた事を思い出したのだ。
もっと思い出そうと近い光の玉へ手を伸ばそうとしたその時、どこからともなく一枚の羽根が舞い、少し大きな光の玉へと吸い込まれたのである。
何だ? まずはこれから……という意味なのか?
わけがわからないが、気付けばその羽根に導かれるように俺はその光の玉へと手を伸ばしていた。
すると記憶が一気に溢れ出し、まるで当時の映像を再生するかのように……。
※※※※※
それは唐突だった。
まるで長き夢から覚めたような、急にスイッチが入ったような感覚というか、とにかく世界が大きく変わったかのように感じた。
「……何だ?」
いや、世界が変わった感じではなく、本当に変わっていた。
周囲を見れば全く見覚えのない部屋に、見知らぬ大勢の子供たち。
だが最も驚くべきは無邪気に遊び、走り回る子供たちの姿……特徴だった。
「耳……長いし、あれは猫か? しかも角が……何で……え?」
まるで漫画やアニメに出てきそうなエルフみたいな耳に、獣の耳と尻尾。そして鬼のような角を生えていたりと、様々な特徴を持つ子供たちを俺はしばし茫然と眺めていた。
夢……じゃないよな?
思わず自身の頬を抓りつつ、体のあちこちを手で触れて確認してみるが、他の子供たちのような特徴が見当たらないので、俺は普通の人間のようだ。
人間なのだが……本当に俺なのか?
近くに置かれた鏡を見れば、八歳児くらいの子供が俺の気持ちを表すかのような困惑の表情で映っているのだから。
「誰だこいつ? いや、俺?」
そろそろ、自分を誤魔化すのも限界か。
同じなのは黒髪だけで、今の俺は全く見覚えのない子供になっているのだ。念の為に手を振ったり笑ってみたりするが、鏡に映る子供も同じ動きをしている。
「というか、どこなんだここは?」
年期が入った木造の壁は落書きや傷だらけであり、床には使い古された遊び道具が乱雑に転がっている。
そんな子供だらけ環境に、この独特な雰囲気からして、ここは……。
「孤児院……か?」
確証はないが、ここは身寄りがない子供たちを引き取り、育てる孤児院に間違いあるまい。
そう判断出来た理由は、俺は孤児院出身だからだ。
だが俺が孤児院を出たのは数年前の話であり、しかも俺が別人の子供になっているこの状況は絶対に普通ではない。
どうしたものかと頭を抱えていると、部屋の扉が開かれて犬の耳を生やした大人の女性が入ってきた。
「皆さん、お食事の用意が出来ましたよ」
「「「はーい!」」」
食事と聞き、子供たちが元気よく返事をしながら一斉に部屋を出て行くが、未だ混乱して動けずにいる俺に女性が気付き、優しそうな笑みを浮かべながら近づいてきた。
「どうしたの? 今日は何だか元気がないね」
「は、はい……」
「ふふ、きっとお腹が空いているのね。ほら、早く行きましょ」
女性が俺の手を取り優しく促してくるので、とりあえずついて行く事にした。
言われてみれば腹が減ったし、まずは食べながら考えるとしよう。
それから数日が経過し、俺は現状を徐々に理解していった。
まず、俺は転生して別の世界にやってきたと考えて間違いないだろう。
こんな特徴のある子供たちなんか初めて見たし、何より外の植物や生物は明らかに別世界としか思えないものばかりだったからだ。
移動手段も馬車が主といった感じで、世界の化学技術は前世の千年くらい前……中世時代くらいのレベルだと思われる。
まさか、こんな漫画やゲームみたいな状況に自分がなるとは思わなかったが、なってしまったのは仕方がないので受け入れる他なかった。
そうして現状を受け入れた事で冷静になれたのか、ここで目覚める前の自分を思い出せた。
以前……いや、前世の俺は十八歳の若者であり、個人が経営する田舎のリサイクル店に勤めていた。
電化製品の修理が主な店で、頑固で口煩い親父さんに怒鳴られながら、電気機器に関する勉強をしていたのである。
そして前世で最後に覚えているのは、修理した洗濯機を車で配達している途中、信号無視で飛び出してきた車が迫る瞬間だ。
激しい衝撃……浮遊感……体全体に走る激痛……いや、詳しく思い出すのは止めよう。とにかくあの交通事故によって俺は命を失い、この世界へやってきたと思われる。
その時に何か青い空間を見たような気がするんだが……何はともあれ、俺は前世の知識を持ったまま異世界に転生したわけだ。
多少の人生経験がある俺は、子供でありながら大きな利点を持っているだろう。
しかしこの異世界を知っていく内に、自分はかなり先行き不安な立ち位置であるのを理解した。
孤児だから……ではない。まるで魔法のような特殊な力を持つ他の種族と違い、人族という種族である俺はそういう能力を持っていないのだ。人を襲ってくる魔物と碌に戦えないだろうし、ただ漫然と過ごしていたらすぐに死んでしまう気がする。
その為、多くの人族が至る生産業や発明家の道に進もうと思い、この世界の知識をもっと得ようと決めた。
最初に始めたのは、この世界の文字を覚える事だった。
言葉は前世の記憶が戻る前の日々で身についているのだが、文字はきちんと勉強しなければならない。
孤児院の大人たちは忙しいので、本を読んでは地面に文字を書いたりと、傍目には子供とは思えない日々を俺は過ごしていた。
「うわーん! 私の人形取ったー!」
「うるさいなぁ! 俺の物だって!」
「喧嘩するなって。ほら、こっちの人形とかどうだ?」
他にも、喧嘩ばかりする子供たちの仲裁をしたり、下の子の面倒を見たりもしていた。
俺も子供だし、他の子を気にかけなければいいと思うのだが、子供が泣いているとどうしても放っておけないというか……性分なんだろうなと諦めている。
幸いにも、前世も孤児院出身で下の子たちの面倒をよく見ていたから、子供の扱いには慣れていた。
とまあ、忙しいながらもあちこち動き回る日々を過ごしていたので俺であるが、一人だけ常に俺の傍にいる子供がいたのである。
それが……。
「お兄! お兄ってば! 何をしているの?」
天族の女の子……レイアである。
俺の二つ年下の子で、少し前にこの孤児院に入ってきたばかりの子だ。
入ったばかりの頃は元気がなかったが、色々世話を焼いている内に笑顔を見せるようになり、今では俺をお兄と呼びながら慕ってくれている。普段から元気の塊のような子であるので、慕うと言うより子犬に懐かれたような感じが近いかもしれない。
寂しがり屋なのか、特別な状況を除き俺の傍から離れようとしないレイアは、今日も元気よく俺の周りではしゃいでいた。
「人形を作っているんだよ。ちょっと不格好だが、数が足りていないからな」
「やっぱりお兄は上手だね! 私の分は?」
「その内な。よし、こんな物かな? 後は誰にあげるかだが……」
「ケイちゃんがいいかも。さっき向こうにいたから、行こ!」
あまりにも一緒にいるので、レイアを探すなら俺を探せばいいと大人たちが口にしているくらいである。
こんなにも傍にいられると、年頃の男としては恥ずかしいやら鬱陶しいやらで追い払いたくなるだろうが、あいにく俺の精神年齢は見た目より高いのでそんな気持ちは微塵も浮かばなかった。寧ろ妹が出来たみたいであり、勉強して学んだ事を教えてやるのが楽しいくらいだった。
「ねえねえ、今日は何をするの?」
「森で薬草摘みだ。あまり俺から離れるなよ?」
「もっちろん!」
その日、俺たちは薬草を採取して、町で売って小遣い稼ぎをしようとしていた。
もちろん森に入れば危険だろうが、この周辺に魔物が出る事は滅多にないし、一応用心棒がいるからな。
「お兄は私が守るんだから!」
長い棒をブンブンと振り回しながら、レイアは元気よく返事をする。
滅茶苦茶に振り回しているように見えるが、技のキレは年相応とはとても思えず、今の彼女はゴブリン程度なら軽く対処出来る程の腕前を有していた。
切っ掛けは、俺が勉強の合間に体を鍛えようと棒切れを振っていた時だった。
当然ながら自分もやりたいとレイアは言い出して棒を振るっていたのだが、剣ではなく槍のように振るう方が楽しかったらしく、今ではレイアと言えば槍となっている。
レイアにとって槍は本当に合っていたらしく、彼女は進化とも呼べそうな勢いで槍の腕をめきめきと上達させていった。
「槍は突くだけじゃなく払ったり、石突きだったりと、槍の長さを意識した振り方が大事だと思うぞ」
「へー……こう?」
そんな彼女に対し、俺は漫画やアニメで見た槍の振るい方や、必殺技のようなものを教えていた。
前世の中学生の頃、寮のルームメイトがアニメやゲームに詳しい男だったので、勉強を教える代わりに色々と見せてくれたので、そういうネタはかなり持っていた。
そのせいで自分のテストの点数が下がったりもしたが、あの時そういう娯楽に触れていなければ、俺は心に余裕がない面倒な大人になっていたかもしれないな。
「そうそう、回転の勢いを緩めないようにして、最後に槍で一閃する感じかな?」
「む……ん……難しいよ、お兄!」
わかっている。実戦なんか当たり前の異世界で、漫画というか空想の技が通じるのだろうか……と。
それでもレイアの純粋な瞳にせがまれ、俺は無理のない範囲で教えてしまっていた。
だが、そんな妄想の技術や必殺技をレイアは再現したどころか、実戦でも通じる技に昇華させたのだ。
冗談で、槍を高速回転させれば空を飛べるんじゃないかと言ってみたら、彼女は数日の練習後に本当に飛んだのである。まあ飛んだと言っても僅かに浮いた程度だったが、それでも見た時は驚きを越えて恐怖を覚えたくらいだ。
とにかく天才という言葉以外に片付かないくらい、レイアには槍の才能があった。
気付けば俺よりも遥かに強くなっており、もう俺の助言なんか必要ない筈なのに、それでもレイアは槍の事を何度も聞いてきた。
次第に再現可能な技はネタ切れとなり、不可能としか思えない技を話しても練習しようとするレイアに、何故そこまで出来るのかと質問をした事がある。
「だってお兄が言ったんだもん! お兄が言うなら、出来て当たり前だからね!」
そんな元気かつ真っ直ぐなレイアの信頼を、俺は裏切れる筈がなかった。
どれだけ力が足りずとも、この子の兄に相応しい男であろうと決意した瞬間だったと思う。
「そう……だな。出来ないと思っていたら、駄目だもんな」
「うん! でも、槍から竜みたいな天力を放つって、どうするの?」
「さ、さあ?」
半年後、天力を竜の形に変えて槍の先端から放つ技を、レイアは見事に再現したのであった。
そして……●●……●●が増えて……数年後。
成長したレイアは遂に光翼を発現出来るようになったが、彼女の光翼は四枚ある事が判明したのである。
他の天族とは違う事にレイアは落ち込んだりもしたが、こんな事で躓く彼女の姿を見たくなかったので、俺はとにかく励まし続けた。
「凄いじゃないか。この光翼はきっと特別で、レイアにしか出来ない事が沢山あるんじゃないか?」
「お兄……」
「それにお前の光翼が何だろうと、俺の妹には変わらないさ。文句を言う奴がいたら、強くなって見返してやれ!」
「……うん! 私、もっともっと強くなる!」
レイアは強くなる事に貪欲だった。
故に力に溺れたり、驕ったりしないように言い聞かせていたのだが、弛まない努力を続けるレイアには無用な心配だったかもしれない。
とまあ、光翼を発現出来るようになったレイアは更に成長し、子供でありながら大人顔負けの実力となっていたので、孤児院だけでなく町でも有名な子になっていた。
そんなある日、町の近くに現れた魔物を一人で討伐した姿がとある名家の耳に入り、レイアを養子として引き取りたいと言って来たのである。
血筋だけでなく個々の実力を評価するという、天族の中では高名なエルドラ家に選ばれたのだ。
レイアはこんな小さな孤児院で収まる器ではない。
だからこそ、養子の話は彼女の良き未来への一歩になると思っていたのだが、遠く離れた町へ行かなければならないと聞いたレイアは嫌がった。
「私が強くなりたいのは、お兄を守る為なの! 離れるなんて嫌!」
「……その気持ちは嬉しいよ。でもさ、何でレイアは俺の事をそんなに守りたいんだ?」
「お兄は私の最後の……お兄なんだもん!」
レイアがこの孤児院へ来る事になったのは、盗賊団の襲撃により家族を失ったからだった。
そして俺は実の兄にどこか似ているらしく、一緒にいる内に俺を残された唯一の家族だと思うようになったのかもしれない。
もう家族を失いたくない……守りたい……それがユキナの強さへの原動力だったわけである。
だからこそ……。
「だったら、もっと強くなる為に行ってこい。これから先は、槍以外にも学ぶ事が沢山あるからな。あの家ならば、お前の世界をもっと広げてくれるさ」
「でも……でも……」
一緒にいたいという、お前の気持ちは尊重してやりたい。
けどな、今は珍しく思われているだけだが、レイアの特殊な光翼は欲に塗れた連中に狙われたり、不吉の象徴だと広まって立場が悪くなる可能性だってあるのだ。
その為にも、高い権力を持つ名家にいた方が彼女は安全だと思う。
「俺はそう簡単にいなくなったりしないさ。そうだな、エルドラ家で一番偉くなって、俺を家で雇うとかさ」
「…………」
渋るレイアを納得させる為に、後先考えない事を色々と言った気もするが、数日に亘る説得によりレイアはようやくエルドラ家の養子になるのを決めた。
こうして、レイアと過ごす日々は終わるのだった。
数年後……青年と呼ばれる年齢になった俺は孤児院を出て、町の道具店に住み込みで働くようになった。
あれから様々な知識を得て、薬の調合や生活に役立つ道具を自作出来るようになったので、町の人たちや冒険者の要望を聞いては必要な物を作る日々を送っていた。
「店員さん、この間貰った保湿くりーむ……だっけ? あれは良い物だね。皆にも好評だからもっと作ってちょうだい」
「いたいた。前に作ってもらった回復薬だがよ、もう三個用意してくれよ。あんたが作ったのは飲み易くて助かるんだ」
「教えてもらった通りあの料理を作ってみたが、確かに美味かったな。まあ、ここの香辛料がないと作れないのが欠点だがな」
前世の便利用品を再現した道具は人々に結構好評で、時に個別で依頼を受けたりしたので、俺は町でそれなりに名が売れているようだ。
他にも、暇を見ては前世の機械のような道具……この世界では魔道具と呼ばれる物を作ってもいた。
魔道具を簡単に言うなら、電気ではなく天力といった異世界特有のエネルギーで動く物だろうか。
こういう魔道具を作れるようになれたのは、前世で学んだ化学や電気機器を弄っていた御蔭だろう。
エアコンのような精密機械は無理だが、扇風機のようなわかりやすい物はパーツの代用品となる素材があれば作れていた。
「そろそろ冷蔵庫を作りたいところだが……」
長年掛けてカレーは再現出来たが、他にもっと前世の料理を再現したい……というか味が恋しいので、食材を長く保存出来る物がほしい。
だが新しい物を発明するには金と時間が必要であり、更に冷やす機能に適した素材や機能の代用品となる物が見つかっていないので、冷蔵庫はまだしばらく保留だな。
まあ急ぐ理由もないし、のんびりと過ごしながらやる事をコツコツ進めて行こう。
そう思いながら道具を作り、前世の料理を再現する為の試行錯誤、そして金を稼ぎながら平和な日々を過ごしていたのだが、ある日を境に不穏な事態が周囲で起き始める。
魔物が妙に活発というか凶暴さが増しており、外で襲われる人が妙に増えてきたのだ。
実際、俺も町の外で素材を採取していたら多くの魔物に襲われ、手製の閃光弾を使って何とか逃げられた。魔物が一、二体程度なら対処出来るくらいに体は鍛えているが、さすがに囲まれたら俺の実力では無理だ。
そのせいか、町に冒険者の数も増えているようで、何やら物々しい空気が町全体に広まっていた。
そして、とある話を詳しく知ったのは、外からやってきた冒険者の客と雑談していた時である。
「治療薬を十個……と。随分と買いますが、遠出でもするんですか?」
「ああ。何でもよ、とんでもなく強い魔物が現れたから、中央の方で討伐隊を募集しているらしいんだ。種族問わずらしいから、相当にでかい話のようだぜ」
中央って言うと、この大陸で一番大きな町の事だろうか?
そこが募集しているって事は、かなり大規模なかつ深刻な状況みたいだな。
「種族問わずの討伐隊となれば、余程強い魔物なんでしょうね」
「だろうな。こいつは噂だが、最近魔物が暴れているのはそいつのせいだって噂もあるんだ。もしそれが本当なら、討伐隊に参加した報酬は期待出来そうじゃないか?」
「でも、そんな凄そうな相手に挑むのは危険では?」
魔物を操っている可能性があるんだろ?
そういう奴ってゲームで言えば魔王と呼ばれるような、ラスボス的存在っぽいんだが、随分と楽観的だな。
「ははは! 俺一人で挑むわけじゃねえし、やばくなったら逃げりゃいいんだよ。それに各種族の有名な戦士たちも集まっているらしいから、そいつ等を是非見たくてな」
こんな大陸の端っこにある町にまで噂が届いたのも、その有名な実力者がいるからだろうか?
何だか更に怪しくなってきたが、そもそも俺に出来る事は何もないんだよな。
前世の知識はあっても、世界を救えるような特殊な力があるわけじゃないし、せいぜい有事の際はすぐ逃げられるように準備しておくぐらいか。
とにかく俺には関係がないと結論付け、いつも通り道具の在庫を確認するのだった。
そんな噂を聞いてから、数日後。
魔物の騒ぎのせいで治療薬が次々と売れる中、俺は店番をしながら治療薬の調合を行っていた。
お客はおらず、店内は俺が調合する物音だけがしていたのだが、突然外の喧騒が増した事に気付く。
店長はまだ帰る時間帯じゃないし、とりあえず目が離せないこの工程を終えてから外を確認しようとしたのだが、その作業を終えるよりも先に店へ誰かが入って来たのである。
「いらっしゃいませ! すいません、ちょっと手が離せないのでお待ちー……」
「お兄! やっと見つけたよ、お兄!」
懐かしい声に思わず顔を上げてみれば、店のカウンターの向こうに天族の女性と……●●と●●が立っていた。
随分と綺麗な女性だが……誰だ?
思わず首を傾げるが、その俺へ甘えるような呼び方……もしかして?
「どうしたの? 何かぼーっとしているけど、もしかしてお兄、私たちの事を忘れちゃったの?」
目を離したせいで調合は失敗してしまったが、それどころじゃない。
もしかして、お前たちは……。
「レイア……か?」
「うん! 久しぶり、お兄!」
※※※※※
……今の光の玉から思い出せたのはここまでらしく、記憶の再生が途切れた。
そうか……幼いレイアと一緒だった点から、やはり俺は過去の人間だったんだな。
しかし、わからない事はまだ沢山ある。
続いて現状に至った理由を思い出そうと、全ての光の玉に触れてみたのだが、どうも上手くいかない。
何故なら思い出した記憶が穴だらけというか……例えるなら、明らかにピースが足りていないパズルを作ろうとしている状態なのである。
それでも、ようやく前へ大きく進めたのだ。
簡単に諦めるわけにはいかないので、冷静に……全てを思い出そうとするのではなく、レイアと再会した後を可能な限り思い出して行こう。
「久しぶり……だな。大きくなったなぁ、レイア」
「ふふん! 当然でしょ? あの頃の私とは全然違うんだからね!」
背も伸びて、見た目も随分と大人らしくなったようだが、口を開くとあの頃からほとんど変わっていない感じがする。
何にしろ、久しぶりに会えた妹分に俺も嬉しくなり、すぐさま茶を用意して歓待したのだが、彼女たちは真剣な表情で俺に頼み事をしてきたのだ。
「お兄、お願いがあるの。私たちの旅に付いて来てほしいの」
「……は?」
突然旅に誘われ、意味も分からず俺は首を傾げる。
理由を聞いてみれば、●●をー……駄目だ、記憶に穴があるのか、その理由が思い出せない。
碌に戦えない俺が何故誘われたかわからないが、俺はレイアたちの願いに応えたのか、次に思い出したのは旅の準備をしてレイアたちと町を出発する自分の姿だった。
そこからは先の記憶は更に穴だらけで、まるで写真を見ているかのように断片的にしか思い出せなかった。
とにかくレイアたちと旅に出た俺だが、当然ながら戦闘では役に立たず守られてばかりで、どちらかと言えば足手纏いになっていたと思う。
だから道具や食事の用意に加え、買い物や宿の交渉事をしたりと、まるでレイアたちの従者みたいな立ち位置ではあったが、俺に不満は特になかった。
「レイア、そろそろ腹が減っていないか? それと、疲れた時は酸っぱい物も食べるといいぞ」
「あはは! お兄ったら、まるでお母さんみたいだよ」
俺が世話を焼く事が嫌いじゃなかったのもあるが、レイアたちは決して俺を蔑ろにせず、家族のように接し続けてくれたからだ。
大変な事は沢山あったが、レイアたちと一緒にいて辛いと感じた事はなく、寧ろ世界を回れて俺は楽しんでいたと思う。
おそらく四つある大陸全てを巡ったと思われ、そこで得た知識や新しい素材を見つけた事で、多くの魔道具を開発出来た。念願の冷蔵庫が出来た時は、俺は大いにはしゃいで皆から呆れた視線を向けられていたのも思い出した。
そして……。
「お兄ぃ! しっかりして、お兄ってば!」
最後に思い出したのは、仰向けに倒れた俺にレイアたちが泣き叫びながら縋っている光景だ。
同時に左腕から焼けるような激しい痛みが走るが、それも当然である。この時の俺は左腕が消し飛んでおり、血も大量に失って意識も朦朧としていたからだ。それでもまだ命を繋ぎ留められているのは、レイアが必死に治療の奇跡を使っている御蔭だと思われる。
そんなレイアたちも俺程ではないがボロボロなので、おそらく彼女たちですら苦戦する強大な敵と戦い、その激戦の余波で俺はやられてしまったのだろう。
待て……左腕がなくなっているのに、何故今の俺には腕がある?
もちろん義手とかではなく、痛みも感じる神経が通った己の腕だ。
ある筈なのに失った左腕の痛みを感じる中、次に思い出したのは……。
「良かった……お兄……」
液体に満たされた装置に入った俺を、安堵と不安が入り混じった表情で見ているレイアたちの姿だった。
この装置は……間違いない。数日前、俺が目覚めた時に入っていたあの装置だ。
そして俺がこうして生きているって事は、やはりこの装置はアニメやゲームとかで見られる治療装置なのか? 腕が治るというより生えているのも、これの御蔭なのかもしれない。
だとしたら、あの装置は明らかにこの世界において異質だ。
技術革命が数回起こるレベルというか、最早次元が違う。他所の世界から来たと言われても不思議ではない程に。
あの時俺は……俺たちは一体どこにいたのだろう?
それに、過去の存在である俺はこれから何をすれば……。
続きは、明日の17時投稿予定です。




