第六十一話 居残り組への課題
魔力乱流域での緊急事態から一夜が明けた。
朝の宿営地は、昨日の混乱が嘘のように静かだったが、空気のどこかに緊張の名残が漂っていた。
他の班は昨日の中断を受けて、今日から訓練を再開するため、早朝から装備を整えて出発していく。
一方、第3班はすでに中盤ミッションを終えているため、朝の点呼後も宿営地に残っていた。
ネプトが伸びをしながら、出発していく他班を眺めて言う。
「なんか変な感じだよな。他の班が出ていくのに、俺たちは残留って」
ディアナは冷静に答えた。
「昨日の件があったんだから当然よ。むしろ、私たちが先に終わっていたのは幸運だったわ」
ヴェスタは胸に手を当て、小さく頷く。
「わ、わたしたち……無事でよかったです……」
アレスは三人の様子を見ながら、一つ疑問に思った。
「そういえば、今日の僕たちは何をすればいいんだろう?」
そんな中、セレナ先生が姿を現した。
セレナ先生はいつもの凛とした表情で四人の前に立った。
その立ち姿は、宿営地のざわめきを一瞬で静めるほどの気迫を帯びている。
「第3班。改めて中盤ミッションのクリアを伝える。昨日の緊急事態における判断も、総じて適切だった」
ネプトが照れたように笑う。
「へへ……まぁ、アレスが全部判断したんですけどね」
アレスは慌てて手を振った。
「ち、違うよ。みんなが冷静に動いてくれたから……」
セレナ先生は軽く頷き、話を続ける。
「さて。あなたたちは一足先に2つ目のミッションを終えている。だが訓練期間はまだ残っているので、宿営地でも取り組める課題を与える」
ディアナが姿勢を正す。
「課題……ですか?」
「そうだ。昨日の乱流域での経験を踏まえて、魔力感知の精度を高める訓練を行ってもらう。それに加えて、班内の連携を強化するために役割を入れ替えての演習も行う。自分の役割以外を理解することは、連携の幅を広げるうえで重要だ。最後に、昨日の事例をもとに危険予測と判断のレポートをまとめてもらう」
ネプトが目を丸くする。
「役割交換って……俺が後衛やるとか?」
「そういうことだ。無理に戦わせるわけではない。動き方を理解するだけで十分だ」
ヴェスタは不安げに手を挙げる。
「わ、わたし……前衛は……」
セレナ先生は柔らかく、しかし凛とした口調で言った。
「心配はいらない。あなたたちに求めているのは『理解』だ。だが、得意ではないからこそ、実際に前に立ってみなければわからないこともある。そこで、序盤のミッションで使った召喚魔法陣を再利用して、レベルの低いモンスターで試そうというわけだ」
アレスは真剣に頷いた。
「……分かりました。やってみます」
セレナ先生は満足げに頷き、最後に言葉を添えた。
「あなたたちは訓練に集中してくれ。私は他の学生たちの見守りもあるのでな」
そう言い残し、セレナ先生は去っていった。
◆
宿営地の中央で、教務主任のエンディ先生が四人を呼び集めた。
白髪混じりの髪を後ろで束ね、眼鏡越しの視線は穏やかだが鋭い。
合宿全体の責任者であり、連絡係でもある彼は、昨日の混乱の中でも常に冷静だった。
「第3班。昨日の判断も含めて、よくやったな。さて。君たちには私がサポートに入る」
その時、宿営地の外周で重い足音が響いた。
黒い制服に身を包んだ精鋭たち――大統領警護隊が配置につく。
ネプトが目を丸くする。
「お、おい……なんで大統領警護隊が……?」
エンディ先生は淡々と答えた。
「昨日の暴走結晶の件もあったからな。まぁ、キミも要人の一人には違いないわけだが、彼らは戦闘の専門家でもある。それに、キミたちの訓練の見学も兼ねている」
ディアナは矢筒を握りしめ、緊張した声で言う。
「つまり……私たちの動きも見られるということですね」
「そういうことだ。だが気負う必要はない。普段通りに動けばいい」
ヴェスタは小さく震えながらも、前を向いた。
「が、頑張ります……!」
宿営地の裏手にある簡易訓練場で、エンディ先生が魔法で召喚した模擬モンスターが姿を現した。
実体を持つが、致命傷にはならない安全設計の訓練用魔獣だ。
エンディ先生が指示を出す。
「今回は、アレスが後衛ではなく後衛火力。ネプトが前衛補助、ディアナが前衛攻撃、ヴェスタが側面支援だ。普段とは異なる配置で動いてみろ」
ネプトが苦笑する。
「俺が補助系魔法か……まぁ、やってみるか!」
ディアナは魔力矢ではなく、魔力刀を構える。
「魔法剣……慣れないけど、やってみるわ」
ヴェスタは深呼吸し、炎を抑えた小規模魔法を準備する。
「そ、側面支援……! アレスさんみたいな火炎散弾で、敵の動きを止めるんですね」
アレスは仲間たちを見渡し、魔力の流れを整える。
「みんな、僕が火炎放射でトドメをさすから、モンスターの動きをかく乱して!」
模擬モンスターが突進してくる。
ネプトが氷の壁を展開し、ディアナが魔力剣で牽制し、ヴェスタが横から炎で動きを止める。
アレスは全員の魔力の乱れを補正しながら、自分は魔力を溜め、最後一気に火炎を送り込む。
エンディ先生は腕を組みながら、静かに観察していた。
「……悪くない。普段とは違う配置でも、互いの動きを理解しようとしている。第3班は、連携の伸びしろが大きいな」
大統領警護隊の隊員たちも、無言で頷きながら四人の動きを見ていた。
◆
模擬戦が終わると、四人は息を整えながら互いの動きを振り返った。
ネプトが笑う。
「いやー……補助魔法って大変だな! でも、面白かった!」
ディアナは真剣に頷く。
「前衛で牽制も悪くないわね。接近しないとモンスターの細かい動きとかわからないもの」
ヴェスタはアレスを見つめながら胸に手を当て、ほっとしたように微笑んだ。
「アレスさんって、やっぱり調整が上手いんだなぁって……改めて思いました。小さくまとめて狙いを正確にって、針の穴に糸を通す世界で」
アレスもヴェスタに言葉を返す。
「逆に、収束じゃなくて火を巨大化させるのって時間かかるんだよね。敵を一網打尽にするのに向いてるし。それをヴェスタは直感で一気に構築しちゃうんだから、僕もまだまだだよ」
アレスの心に潜むエリスにとっても、今回の訓練は興味深かったらしく、
(ふむ、あえて苦手なポジションで戦うか。今度はアーテーやマケたちと亜空間で模擬戦もよいかもしれんの)
と、感心するのだった。




