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心臓ひとつ、ココロはふたつ!? 魔力暴走の果てに見習い白魔導士男子、女魔王様と半分ずつ融合してしまいまして……  作者: 冬馬
第一章 見習い白魔導士男子、女魔王様と半分ずつ融合してしまいまして……
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第六話 お散歩へ出かけた先には……

「ふむ……ならば、変身魔法で人間の娘になるのじゃ」

「む、娘!? なんで女の子!?」

「わらわの衣装がそのまま使えるからじゃ。合理的であろう」

「合理的って……!」


 アレスの抗議は、エリスの左半身によって軽く押しつぶされた。

 そして、ふたりが身に着けている衣装がふわりと舞い出る。


「では、いくぞ。人化変身ヒューマ・ナイズ


 エリスが詠唱すると、融合体の身体を淡い光が包んだ。

 その光は、昨夜の転移暴走の残滓のように不安定で、アレスは胸の奥にざわりとした違和感を覚えた。


「エリスさん……なんか、変じゃ……」

「気にするでない。わらわの魔法は完璧じゃ」


 だが――その瞬間。

 光が弾け、二人の意識が溶け合った。

 アレスの思考が揺らぎ、エリスの声が頭の中に流れ込み、二つの人格が渦を巻くように混ざり合う。

 アレスの慎重さ、エリスの大胆さ、二つの人格が渦を巻くように混ざり合い、境界が溶けていく。

 胸の奥で、ひとつの「新しい声」が生まれた。


「……ふぅ……」


 鏡の前に立ったのは、アレスでもエリスでもない少女。

 肩までの髪は、アレスの淡い金色と、エリスの深い黒紫が溶け合ったような色合いで、光の角度によって表情を変える。

 根元は柔らかな金色なのに、毛先に向かうほど黒紫が混ざり、まるで朝焼けと夜の境界を一本の髪に閉じ込めたようだった。

 左右で色の違うオッドアイ。

 声はエリスの若返り版のように軽やかで、しかしアレスの柔らかさも混ざっている。


「……わたし、アリス……」


 自然と名乗りが口をつく。

 アレスもエリスも、もう「別々」ではない。

 アリスというひとつの人格として統合されていた。


「なんだか……身体が軽い……」


 アリスは胸に手を当て、深呼吸した。

 魔力の流れは穏やかで、しかし確かに強い。

 人間の少女の姿なのに、魔王としての力が脈打っている。

 そして――

 胸の奥に、強い衝動が湧き上がった。


「……外、歩きたいな」


 それはアレスの記憶でも、エリスの命令でもない。

 エリスの「自由への渇望」と、アレスの「村への親しみ」が混ざった結果だった。


「誰にも気づかれないし……ちょっとだけなら、いいよね」


 アリスは軽くスカートをつまみ、くるりと回ってから家を出た。


 ◆


 朝のソル村は、柔らかな光に包まれていた。

 石畳は夜露でしっとりと濡れ、家々の煙突からは朝食の煙がゆらゆらと上がっている。


「……わぁ……」


 アリスは思わず息を呑んだ。

 アレスの記憶で知っていた景色なのに、自分の足で歩くとまるで違う。

 風が頬を撫でる。

 草の匂いが胸いっぱいに広がる。

 遠くで子どもたちの笑い声が響く。


「こんなに気持ちよかったんだ……」


 アレスとしては「当たり前」だった景色が、アリスには新鮮で、胸が弾む。

 そんな彼女の耳に、初めてでありつつも、聞きなれた声が耳に入ってきた。


「ねえ、そこの子。見ない顔だね」


 振り向くと、栗色の髪を三つ編みにした少女が立っていた。

 アリスの胸がどきりと跳ねる。


(ヴィーナ……! アレスの幼馴染……!)


 しかし、アリスは自然と笑顔を浮かべた。


「えへへ、旅の途中で寄っただけなの。わたし、アリスっていうの」

「アリスちゃん? かわいい名前だね!」


 ヴィーナはぱっと笑顔を咲かせた。

 その明るさは、アレスの記憶のままだ。


「どこから来たの? 服もすごく可愛い……!」

「えっと……ちょっと遠くから……かな?」

「そっか! よかったら村を案内するよ!」


 アリスは胸の奥が温かくなるのを感じた。

 アレスの懐かしさと、エリスの好奇心が混ざり合っている。


「うん、お願い!」


 ヴィーナに連れられ、アリスは村を歩いた。

 パン屋の前では、焼きたてのパンの香りが漂い、アリスの鼻がくすぐられる。


「ここのパン、すっごく美味しいんだよ!」

「……いい匂い……」


 アリスの声は自然と弾んだ。


 共同の井戸端では、おばさんたちが洗濯物を干しながら談笑している。


「まあ、可愛い子ねぇ」

「旅の子かい? 困ったことがあったら言いなさいね」


 アリスは軽く会釈した。

 胸の奥がじんわり温かくなる。

 雑貨屋を覗くと、色とりどりの布や小物が並び、アリスは思わず目を輝かせた。


「これ、可愛い……!」

「アリスちゃん、似合いそう!」


 ヴィーナが笑うと、アリスも笑った。

 歩けば歩くほど、アリスの胸に広がるのは「自由」の感覚だった。

 魔王としての責務も、アレスとしての不安も、今だけは遠い。


「……こういうの、いいなぁ」


 アリスは空を見上げた。

 青空がどこまでも広がっている。


「アレスの村って……こんなに素敵だったんだ」


 アレスの記憶が、エリスの感性で塗り替えられていく。

 しかし、太陽が高くなるにつれ、アリスの身体に微かな違和感が生じ始めた。


「……あれ、なんか……戻りそう……!?」


 胸の奥で、アレスとエリスの人格が再び分かれようとしている。

 アリスは慌てた。

 ヴィーナが目の前にいるこの場で、元に戻るわけにはいかない。


「ヴィーナ、ごめんね。ちょっと……用事を思い出しちゃって!」

「え、ほんと!? まだこの村にいるの?」

「あ、うん。もうちょっとね! それじゃ、またね!」

「そっか。なら、また会おうね、アリスちゃん!」


 アリスは手を振り、急いでアレスの家の方向へ戻っていった。

 だがあまりにも慌てていたのか、咄嗟に髪から外れたピンの存在に気付かなかった。


「あ、これって、アリスちゃんのだ!」


 ウィーナは、珍しい装飾がされている蒼い髪留めにすぐ気づき、拾い上げるとハンカチに包んだ。


 ◆


 玄関を閉めた瞬間、変身魔法がふっと解ける。

 光がほどけ、アリスの姿が揺らぎ――


「うわっ……戻った……!」

「ふぅ……やれやれじゃな」


 アレスとエリスの声が、再びひとつの口から重なった。

 ふたりは床にへたり込み、深いため息をついた。


「……エリスさん……アリスのとき、勝手に散歩してたよね……?」

「む? わらわは何もしておらんぞ。アリスが勝手に動いたのじゃ」

「僕の身体なんだけど……!」

「ふふん、アリスは自由奔放なのじゃ。わらわとお主の心が混ざった結果じゃな」


 エリスは口ではそのように答えてはいたが、実際にはものすごく楽しく、幸せなひとときだった。

 そんな彼女の気持ちも手に取るようにわかってしまうアレスは、この時ばかりはその余韻を邪魔しないよう、気を緩めるのだった。

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