第五十八話 乱流域の戦い
境界を越えてしばらく進んだ頃、森の静寂がふいに破られた。
地面の下から響くような低い振動。
風とは逆方向に揺れる葉。
それらにつられるように、茂みの奥から複数の影がゆっくりと姿を現す。
昨日の訓練とは異なる、葉や枝を生やしたモンスターたち。
アレスが息を呑む。
「……植物系の魔獣だ。乱流域の影響で、動きが変だ」
ネプトが眉をひそめる。
「なんだよあれ……カズラが勝手に跳ねてるぞ?」
ディアナは魔力の矢を構えながら、低く呟いた。
「花びらみたいな球体……内部に魔力花粉があるタイプね。刺激したら爆ぜるわ」
ヴェスタは一歩下がりながら、声を震わせる。
「に、ニードル系の茎もいます……トゲを飛ばしてくるタイプ……!」
四人の前に現れたのは、蔓が蛇のようにうねる「ツタワーム」、花粉を抱えた「ブロッサムポッド」、棘を射出する「ニードルシュート」という、三種が混ざった群れだった。
アレスはすぐに魔力の流れを読み取り、揺れる魔法陣を必死に安定させながら補助魔法を展開した。
「守護障壁!」
「活兎飛脚!」
光の膜が四人を包み、素早さも上昇する。
ネプトが息を吐きながら言う。
「助かる! これでトゲが来てもなんとかなる!」
ツタワームが地面を這い、四人の足元へ迫る。
ネプトは距離を取り、氷の砲撃を撃ち込んだ。
「氷結加農!」
氷塊は蔓の一部を凍らせたが、乱流域の影響で軌道がわずかに逸れる。
「くそっ、狙いがズレる……でも、まだいける!」
ディアナは風の乱れを読みながら矢を放つ。
「魔力一矢!」
矢は揺らぎに翻弄されながらも、彼女の修正によって棘の射出源を正確に撃ち抜いた。
「軌道が変わる……でも、当てるっ!」
ヴェスタは花びらを開きかけた球体へ向けて火炎を放つ。
「火炎放射!」
炎が花粉が爆ぜる前に外殻を焼き切る。
しかし、わずかに漏れ出た粉に炎が引火した。
バンッッッ!!
突如、激しい爆発が発生し、ブロッサムポッドごと吹き飛ばした。
「なにこれっ……!?」
「やばい、粉塵爆発だよ! 相性悪いから、ヴェスタはブロッサムポッドじゃなくてツタワーム攻撃。ネプトと交替して!!」
アレスが矢継ぎ早に指示を出す。
しかし戦闘が進むにつれ、乱流域特有の魔力反転が突然発生した。
空気が逆流し、ツタワームの動きが急加速する。
ヴェスタの足元に向かってツタが跳ね上がった。
「きゃっ……!」
アレスは即座に魔法陣を組み替え、散弾状の火球を連射した。
「火炎散弾、連射!」
火炎散弾がツタを焼き切り、ヴェスタの足元で動きを止める。
ヴェスタは驚きながらも、すぐに火炎放射でとどめを刺した。
「ア、アレスさん……ありがとうございます……!」
アレスは息を整えながら答える。
「大丈夫? 乱流域の反転は予測しづらいから、気をつけて」
息をつく暇もなく、アレスは周辺安定のために結界を張ろうとする。
「結界構築!!」
だがいつもと異なり、魔法陣の描写がややいびつで不完全だった。
(これが乱れ、整えるためには……出力を上げる!!)
アレスは、普段半分程度の魔法出力を七割まで上昇させ、一気に白いバリアが仲間たちを覆う。
その時、残っていたニードルシュートがトゲを発射するが、結界によって、すべて跳ね返された。
「ナイス、アレス!」
そう言うと、ネプトは待ってましたとばかりに氷結加農を放ち、茎を凍らせる。
「今だ、ディアナ!」
「任せて!」
ディアナの矢が急所を貫き、最後の一体が沈黙した。
四人は息を整えながら互いの無事を確認した。
ネプトが笑いながら言う。
「いやー……乱流域ってやっぱヤバいな。でも、俺たち結構やれるじゃん!」
ディアナは矢を収めながら、少し誇らしげに微笑む。
「乱れた空気でも、ちゃんと狙えるようになってきたわ」
ヴェスタは胸に手を当て、安堵の息をつく。
「み、みんながいてくれたから……わたし、撃てました……」
アレスは三人を見渡し、静かに頷いた。
「うん。みんなの動き、すごく良かったよ。乱流域でも、ちゃんと連携できてる」
すると、ネプトはアレスの肩を軽く叩きながらリスペクトする。
「いやぁ、やっぱ君はすごいや。結界の構築スピードとかもそうだけど、ちゃんとみんなに指示が出せてる。やっぱ、この班のリーダーはアレスだな!!」
「ええ、ネプトよりも冷静ですし、わたくしもアレスくんがリーダにふさわしいと思うわ」
「わたしも! あ、でも、ディアナさんって……ネプトさんに対しては、さっきのニードルシュートみたいになるんですね!」
最後のヴェスタのセリフも、よっぽどトゲがあるという感想を抱くアレスであった。




