第五十六話 復習の時間
スラッグリザードとの実戦訓練を終え、第3班は一度簡易結界内に戻った。
担当教師が、四人の前に歩み寄り、フィードバックを始める。
「第3班、よくやった」
教師はまずそう言って、四人の顔を順に見渡した。
「フォレストウルフとはまったく違うタイプの相手に、戦い方を変えて対応できたのは大きい。特にスラッグリザードは耐久が高く、火力だけでは押し切れん。動きを止め、注意を散らし、役割を分担して倒したのは評価できる」
ネプトが胸を張る。
「へへっ、やったなアレス!」
ディアナは肩で息をしながらも反省する。
「でも……最後の一体は危なかったわね」
教師はそこで表情を引き締めた。
「そうだ。最後の一体は討ち漏らした。あと少しで教師の介入が入る手前だった。だが――アレスの火炎散弾の連射で尾撃を中和し、ネプトとディアナが連携して仕留めた。あれは『実戦での判断力』として非常に良かった」
アレスは少し照れながら頭をかく。
訓練が終わり、緊張が解けたヴェスタがアレスに近づく。
「ア、アレスさん……さっきは……助けてくれて……ありがとうございました……」
アレスは慌てて手を振る。
「いや、僕はただ……間に合ってよかったよ。ヴェスタが無事で何よりだよ」
ヴェスタは胸に手を当て、少し震える声で続けた。
「それに……火炎散弾の連弾……あれ、わたしにはできません……あんなに早く、あんなに正確に……魔法を連続で撃つなんて……」
アレスは少し驚いたように目を瞬かせた。
「え? ヴェスタの火力の方がすごいじゃないか。僕のは……構築式だから、魔法陣の組み替えが早いだけで……」
脳内でエリスが小さく笑う。
(アレス、お主は自覚が薄いのう。構築式であれだけの連弾を撃てるのは、相当な技量じゃぞ)
ディアナも話に加わる。
「わたくしも……アレスの連射は素直にすごいと思うわ。わたくしは直感式だから、矢の生成は早いけど……三連射が限界で、それ以上は精度が落ちるのよね」
アレスは頷く。
「直感式は瞬発力が強みだよね。でも、生成スピードはどうしても限界があるって授業で……」
「そう。だから、もっと鍛えないといけないわね」
ディアナは悔しそうだが、どこか前向きな表情だった。
そこでネプトが、ぽんと手を叩いた。
「そうそう! 授業で先生が言ってたじゃん!」
三人がネプトを見る。
「同じ火の使い手でも、直感式と構築式では戦い方がまったく違う、ってさ。だからアレスの連弾はアレスの強みだし、ヴェスタの火炎放射はヴェスタの強みなんだよ」
ネプトはまっすぐな目でアレスとヴェスタを見た。
「どっちが上とかじゃなくて、役割が違うだけ。今日の戦い見てたら、マジでそう思ったよ。アレスの連弾がなかったらヴェスタ危なかったし、ヴェスタの火力がなかったら俺たち押し切れなかった」
ディアナも頷く。
「そうね。タイプの違いが、むしろ連携の幅を広げてるわ」
ヴェスタは顔を赤くしながら、
「み、みんな……ありがとうございます……」
と小さく頭を下げた。
◆
夕方の森は、昼間の熱気をゆっくりと手放しながら、静かに夜の気配をまとい始めていた。
第3班は実戦訓練を終え、宿営地に戻ると、すぐに担任でもあるセレナ先生とのミーティングが行われた。
焚き火の前に集まった第3班の四人に、先生が地図を広げながら説明を始める。
「明日からは中盤ミッションに入る。ここからが本番だ」
教師は地図上の森の奥、遺跡の手前を指し示した。
「第3班に与えるミッションは、この『魔力乱流域』の調査だ。ここは魔力の流れが不安定で、方向感覚が狂いやすい。地図だけでは不十分だ。連携と判断力が試されるぞ」
ネプトが腕を組む。
「つまり……迷子になりやすいってことですか?」
「そうだ。だが危険度は中程度。きょうのように落ち着いて対処すれば問題ない」
ディアナは真剣な表情で地図を覗き込む。
「魔力乱流域……魔法の精度も落ちる可能性があるわね」
ヴェスタは小さく頷く。
「わ、わたし……後衛からの支援、頑張ります……」
アレスは気を引き締めた。
「明日は『魔力の乱れ』が敵か。でも、これまで散々やってきた、修行の成果を試すチャンスってことだよね?」
エリスも前向きにとらえている。。
(オルフェの腕輪をつけたままであっても、乱流域では急激な変化になって魔力バランスが崩れることもありがちじゃ。わらわも補助するとはいえ、お主自身の集中力も試されるぞ)
(うん、エリスさん。平常心を忘れずに、だよね)
(うむ!)
教師は最後に言葉を締めた。
「明日は早い。しっかり休んでおけ」
夕食後、宿営地の端に設置された簡易風呂――大きな鉄釜を薪で焚いた野天風呂に、男子が順番に入る時間になった。
アレスとネプトは同じ時間帯に入り、湯気の立つ風呂に肩まで浸かる。
「ふぅ~~~……生き返る……!」
ネプトは湯に浸かると、全身の力を抜いて大きく息を吐いた。
アレスも肩まで沈みながら、
「今日の戦闘、まだまだ反省点もあったもんね……」
と苦笑する。
ネプトは目を閉じながら、ぽつりと呟いた。
「でもさ……なんか、アレスと一緒だと落ち着くんだよな。今日もそうだったけど……変に緊張しないっていうか……」
アレスは一瞬、胸の奥でエリスの気配が揺れるのを感じた。
(……エリスさん?)
(ふむ……やはり、まだ魅了が。ネプトは効きやすい体質のようじゃのう」
エリスの声が頭の中で静かに響く。
(えっ……まだ?)
アレスは心の中で驚く。
(微弱じゃ。わらわが虚無になって気配を抑えておるから、お主には影響せんが……ネプトには、ほんのり安心感として残っておるのじゃ」
アレスは湯の中で小さくため息をつく。
(魅了は恋愛感情に直結しているから……なんか複雑……)
ネプトは気づかず、のんびりと湯に浸かっている。
「明日のミッションもさ、アレスがいれば大丈夫って思えるんだよな。なんか……根拠はないんだけどさ」
アレスは苦笑しながら答える。
「ありがとう。でも、みんなが頑張ってるからだよ」
「へへっ、そうかもな!」
風呂から上がり、夜風に当たりながらテントへ戻る途中。
ネプトはアレスの肩を叩きながら言った。
「よし、明日も頑張るぞ! アレス、頼りにしてるからな!」
左のエリス側の身体に触れたことで、エリスがややびっくりして心拍数が上がる。
つまり、心臓を共有するアレスも心拍数が上がることになるわけだが、そこの感情を表には出すことなく平然とした態度で言葉を返す。
「うん、一緒に頑張ろう」
アレスは深く息を吸い、夜空を見上げた。




