表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/60

第四十一話 戦いの経験値

 白黒の亜空間は、すでに何度も魔力の衝撃で波打ち、空間そのものが歪んでいるようだった。

 だが、エリスは息を整えながら、額に滲む汗を指で拭った。


「……ふぅ……わらわの魔力、やはり落ちておるのう……」


 エリス自身の魔力は、アレスとの融合の影響で大幅に低下しており、以前のように圧倒的な力で押し切ることができない。

 そのため、戦いは想定よりも長期戦となっていた。

 スコルピアは毒針を連射し、キャンクローは大鋏を振り回し、ピュートンは闇魔法で味方を回復し続ける。

 一方で、アーテーは補助系の魔法を絶え間なく飛ばし、マケは影のように走り回って攻撃を入れ、エリスは空間を歪めながら攻撃魔法を撃ち続ける。

 互いに一歩も引かない乱戦が続くと思われた。

 しかし、戦いの経験値そのものは違った。

 エリス、アーテー、マケ。

 この三人は、魔界で寝食を共にし戦い続けてきた。

 互いの癖も、呼吸も、魔力の流れも熟知している。

 アーテーが魔法を放つタイミングに、マケは自然と動きが重なる。

 エリスが攻撃する瞬間に、マケは死角を利用して敵の懐へ滑り込む。

 アーテーは二人の動きを見て、必要な補助を一瞬で判断して差し込む。

 言葉はいらない。

 視線すらいらない。

 三人の動きは、まるで一つの生き物のように連動していた。


 対して――

 スコルピアたちは暗殺者。

 基本は単独行動。

 仲間と連携して戦う経験は少ない。

 ピュートンは後方支援に徹するが、前衛二人の動きに合わせるのがわずかに遅れがちで、強化魔法のタイミングが噛み合わない。

 キャンクローは力任せの突撃が多く、スコルピアの毒針の射線を塞いでしまう場面もあった。

 三人は確かに強い。

 だが、チームとしての完成度には大きな差が存在した。

 それにエリスが魔王の座に上り詰めたのは、魔力だけではない。


「……そなたら、魔王エリスを甘く見ておるのう」


 エリスの瞳の奥に妖しい光が宿る。

 サキュバス族としての本質、魅了チャーム

 アーテーも強力な魅了を持つが、エリスはそれをさらに上回る。

 魔王になれた理由のひとつでもある。

 だが、融合後は弱点が生まれた。

 アレスと融合したことで、エリス自身が「女性魔族の魅了」にかかってしまうという致命的な欠点が発生したのだ。

 メルクの使い魔・ラーレス戦で露呈したものの、未だ克服には至っていない。

 そこで、アレスへの影響を避けるために、エリスもアーテーも魅了の発動を封印していた。

 しかし、戦いが長引けば、今度は逆にアレスへの肉体的なダメージが避けられない。


「……アレスを苦しませるわけにはいかぬ。よりましな方法ならば――使わぬ理由はないのじゃ」


 エリスがゆっくりと息を吸い込み、胸の奥から妖しい魔力を引き上げる。


魅惑魔眼チャーム・アイ


 紫の光が瞳から溢れ、空間に甘い香りのような魔力が広がった。

 スコルピアが目を見開く。


「……っ、これは……!」


 キャンクローの動きが一瞬止まり、ピュートンの詠唱が途切れる。


「な……なんだ……頭が……ぼうっと……」

「くっ、魅了!? サキュバス族の奥の手か!」


 スコルピアだけは女性であるためまったく効いていない。

 だが、キャンクローとピュートンは違った。

 キャンクローの大鋏が力を失い、ピュートンの黒魔法が霧散する。


「……エリス……お前……こんな……反則……」

「反則? 戦場に反則などないわ。そなたらがアーテーを狙った時点で、わらわは容赦せぬと決めておった」


 エリスの声は甘く、しかし冷たい。

 魅了にかかったキャンクローは、マケの攻撃を避ける反応が鈍り、マケの爪が肩口に深く食い込む。


「にゃっ……今にゃ!」

「ぐああっ……!」


 ピュートンは魅了で集中力を奪われ、アーテーの浄化魔法に呪文を相殺され続ける。


「くっ……詠唱が……続かない……!」


 スコルピアは必死に毒針を放つが、仲間が弱体化したことで攻撃の密度が落ちていた。

 エリスは静かに微笑む。


「さて……ここからが本番じゃ」


 魅了でキャンクローとピュートンの動きが鈍り、アーテーの補助とマケの高速攻撃、そしてエリスの攻撃魔法が噛み合い始めたことで、戦況は明らかにエリス側へ傾きつつあった。

 スコルピアは毒針を握りしめ、歯を食いしばって状況を見渡す。


「……っ、まずい……! このままじゃ押し切られる……!」


 彼女は暗殺者としての勘で悟っていた。

 この三人は、魔力の強弱ではなく、連携の質で自分たちを上回っている。

 その差が、じわじわと戦場に滲み出ていた。


「……なら……連携ごと断ち切ればいい……!」


 スコルピアの瞳に、決意の光が宿る。

 彼女は毒針を逆手に持ち替え、地面――いや、亜空間の床へと突き立てた。


分断領域ディバイド・フィールド!!」


 瞬間、白黒の空間に巨大な亀裂が走り、紫の光が爆ぜた。

 エリスが目を見開く。


「……っ、これは……!」


 アーテーが叫ぶ。


「エリス様、マケ! 離れて!」


 しかし、もう遅かった。

 亀裂は空間そのものを裂き、三人の足元を飲み込むように広がっていく。


「にゃっ……!?……引き離されるにゃ……!」

「くっ……空間が……さらに分割されておる……! 亜空間の中でやるとは無茶な……!?」


 エリスが空間制御で抵抗するが、スコルピアの魔法は連携を断つことに特化しており、限界があった。

 そして――空間が三つに割れた。

 エリスは白黒の空間の一角へ弾き飛ばされ、視界からアーテーとマケが完全に消える。

 別の空間では、アーテーがピュートンと向かい合い、魔力の風が渦を巻いていた。


「……ここは……私とピュートンだけ……!」


 さらに別の空間では、マケがキャンクローと対峙し、互いに低く唸り声を上げていた。


「にゃ……タイマン勝負にゃ……!」


 そして最後の空間では、スコルピアがエリスを見据えていた。


「これで……あなたたちの連携は使えない。1対1なら……勝機はある!」


 エリスは静かに息を吐き、紫の瞳を閉じた。


「……なるほどのう。連携を断つことで、わらわたちの強みを消したか」


 スコルピアは毒針を構え、口元に薄い笑みを浮かべる。


「暗殺者はね……『ひとりぼっち』の方が得意なのよ?」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ