第三十八話 カモがネギを背負って来る
エースター郊外の廃倉庫。
月明かりが差し込む薄暗い空間に、三つの影が集まりつつあった。
最初に姿を現したのは、踊り子アン──いや、正体を現した毒針使いのスコルピア。
黒いスーツに身を包み、髪の毛先から背中にかけ蠍の尾のような魔力の残滓が揺れている。
「……キャンクロー。あなた、マケとやり合ったそうね」
壁にもたれかかっていた大鋏使いキャンクローが、肩をすくめた。
「ちょっとした挨拶だよ。だがな、あの猫、ただの使い魔じゃねぇ。エリスの魔力に庇護されてやがる分、厄介だ」
スコルピアの目が鋭さを増す。
「……それこそが、エリスは健在で、しかも近くにいる証拠……そしてアーテーも見つけられたし、彼女にはまだ素性もバレていない。利用価値は十分にあるわ」
そこへ、ふわりと空気が揺らぎ、幻術使いピュートンがはい出るように姿を現した。
茶色い仮面をつけ、声はどこかくぐもっている。
「アーテーはエリスの側近。やつを泳がせれば、エリスの居場所に辿り着ける」
キャンクローが鋏を鳴らす。
「だが、マケが邪魔だ。あの猫、俺の気配を完全に読んでやがった」
ピュートンは静かに告げる。
「マケはエリスの魔力を帯びている。あれは使い魔契約で、感知能力が増幅されている。正面からやり合うのは得策ではない」
「それに、これからはピュートンの定点探査は使えねぇな。ばれちまった以上は」
「ここは確実に使えるカードを切っていきましょ。方針は決まったわ。アーテーは泳がせる。マケは排除対象だが……今は動かない。エリスの居場所を掴むまではね」
三人は議論を終え、静かに頷いた。
◆
日が完全に地の底へ沈み、かわりに様々な色の魔導灯が街を照らす時間になった。
踊り子・エイテことアーテーが劇場の楽屋で荷物を整理していると、アンが軽やかな足取りで近づいてきた。
「エイテさん、おはようございます。今日もお疲れさまです」
アーテーは笑顔で応じたが、その目は冷静だった。
アンは紙袋を差し出す。
「差し入れです。それによかったら、本番のあとお酒でもどうですか? アーテーさんともっと仲良くなりたくて」
アーテーは一瞬だけ迷ったが、すぐに丁寧に断りを入れる。
「ありがとう。でも……今日はちょっと疲れてて。また今度ね?」
「承知しました。でも無理はしないでくださいね」
アンはそれはしょうがない、といった風に応じ、挨拶をして立ち去っていく。
だが──
アーテーが片付けまで終え劇場を出ると、アンはすぐに影に溶け、スコルピアとして尾行を開始した。
(……アーテー。あなたの『帰る場所』を探らせてもらうわ)
◆
同じころ。
キャンクローとは決着がつかないまま、マケは部屋に戻り、エリスへと報告していた。
「にゃ……! あいつ、センサーを街中に撒いてたにゃ! 主様の魔力を!」
半身のアレスも、昼間の魔導植物園での事件を思い出し、険しい顔をしている。
エリスが口を開く。
「……キャンクロー。大鋏使いの戦士か。奴は魔法の類ではなく、純粋に力押しで攻撃を仕掛けてくるから厄介じゃな」
「知ってるの……?」
と、アレスが質問すると、エリスは煙たがるような口調で返した。
「ユノー配下に見覚えがある。となれば、残る刺客とやらも、おおかた絞られそうじゃがな」
だがアレスは眉をひそめる。
「でも……エリスさんの作戦、そんな都合よく集まるかな?」
エリスは腕を組んだ。
「そこが難しいところじゃ。刺客は単独行動を好む。暗殺者が目立ってもしょうがないからのう。同時に姿を見せることは滅多にない」
マケも尻尾をしゅっと立てた。
「にゃ……! あいつら、バラバラに動いてるにゃ。誰かが囮で引き寄せる役にならないと、うまくいかないにゃ」
エリスは先ほどから魔法陣を通してアーテーの位置をつかみ、経路を追う。
「この動き……刺客にでもつけられているのかのう? あやつがよく敵を撒くときの手口じゃ」
マケが尻尾を膨らませる。
「にゃっ! アーテー様が囮になってるってことかにゃ!?」
「本人はどこまで把握できてるかはわからんがな」
アレスは息を呑んだ。
「……エリスさん。でもこれってある意味、チャンスなんじゃ?」
「ふむ、お主もそういう考え方ができるようになってきたか。……近くにほかの刺客がおるかわからんが、手っ取り早いのはターゲットそのもの、つまりわらわが現れることじゃな。」
そうしてエリスは頷き、乾いたようにつぶやく。
「カモがネギを背負って来る……はたしてその『カモ』と『ネギ』は誰かのう?」




