第三十七話 路地裏の戦い
夕暮れのエースター。
街路樹の影が長く伸び、人通りが少なくなる時間帯。
マケは、罠に込められていた闇魔法の残滓を辿って街を走っていた。
(……この匂い、濃くなってきたにゃ。近くに撒いたやつがいるにゃ)
角を曲がると、街路樹の根元で作業する庭師がいた。
つば広帽子、作業服、剪定ばさみ。
見た目は完全に普通の庭師だ。
だが──マケにはわかる。
(抑えていても漏れてくる魔力の匂い……完全に魔族にゃ)
マケは足音を殺し、物陰からじっと観察した。
庭師は周囲を確認すると、街路樹の根元に小さな黒い石を埋め込んだ。
その瞬間、石から闇の魔力がふわりと立ち上る。
(……定点探査にゃ! やっぱり、こいつの仕業にゃ!)
マケは尾行を続けた。
庭師は一定の間隔で黒い石を埋め、街のあちこちに魔力感知の網を張っていく。
(こんな広範囲に……これは主様……狙われてるにゃ)
マケは罠に引っかからないよう細心の注意を払いつつ、庭師を追う。
すると庭師は人気のない路地裏に入ると、ふっと肩を落とし、ため息をついた。
「……やれやれ。猫に尾けられるとは、俺も落ちぶれたもんだ」
マケは驚き、身を低くした。
(気づかれてたにゃ!?)
庭師の姿が黒い霧に包まれ、ゆっくりと溶けていく。
現れたのは、巨大な鋏を背負った魔族の男。
刃は人間の胴ほどの大きさで、月光を受けて不気味に光っていた。
「名乗っておこうか。俺はキャンクロー。『切断』が得意な男だ」
マケは背中の毛を逆立て、低く唸った。
「にゃ……! あんた、刺客にゃ!」
キャンクローは楽しげに笑った。
「エリスの使い魔……マケ、だったか。猫の姿で尾行とは、なかなか芸が細かいじゃねぇか」
「わたしはもともとこの姿にゃ!!」
マケはそう反論しながら地を蹴り、一気にキャンクローへ飛びかかった。
「にゃあっ!!」
キャンクローは大鋏を片手で振るい、空気を裂く。
「遅ぇ!」
刃がマケの毛先をかすめる。
マケは壁を蹴って方向を変え、鋏の軌道をすり抜けた。
一瞬、空中にふわっととどまった毛の破片も、瞬きを終えた時には地面へと落下している。
(この鋏……切れ味が半端ないにゃっ! 触れたら終わりにゃ!)
キャンクローは楽しげに笑いながら追撃する。
「猫だけに、よく動きまわるじゃねぇか!」
マケは地面を滑りながら距離を取る。
「にゃ……! あんた、何のためにセンサーなんかバラ撒いてるにゃ!?」
「仕事だよ。もちろん、てめぇの主を探せってな!」
マケの黄色い瞳がカッと開く。
キャンクローは鋏を構え直した。
「さて……そろそろお縄を頂戴しようか、猫ッ!!」
マケは低く身を沈め、一気にキャンクローの足元へ滑り込んだ。
「にゃあっ!」
鋭い爪がキャンクローの足首をかすめる。
「チッ……!」
キャンクローは鋏を振り下ろすが、マケは再び壁を蹴って上へ逃げていた。
マケは空中で体をひねり、爪を出してキャンクローの顔めがけて飛びかかる。
「にゃにゃにゃっ!!」
キャンクローは鋏を横に払って防御する。
「しつこい猫だな……!」
刃が火花を散らし、マケの爪が鋏の表面を滑る。
(この鋏……ただの武器じゃないにゃ。魔力も切断する力が込められてるにゃ!!)
キャンクローは一歩踏み込み、鋏を振り上げた。
「フンッ!」
マケは地面に転がり、ギリギリで刃を避ける。
そして体勢を立て直すと、今度は地面を蹴り、キャンクローの腕に噛みつこうと飛びついた。
「にゃっ!!」
キャンクローは腕を振り回し、マケを振りほどこうとする。
「離れろ、チビ猫!」
「にゃにゃにゃっ!!」
マケは爪でキャンクローの肩を引っかき、その隙に地面へ飛び降りた。
キャンクローは肩を押さえ、笑った。
「……やるじゃねぇか。猫のくせに、痛ぇぞ」
マケは息を荒げながらも、鋭い目で睨み返す。
「にゃ……! いちいち、ねこねこうるさいにゃっ!」
その時だった。
「おーい、誰かいるのかー?」
「猫の鳴き声がしたような……」
表通りから、何人かの声が近づいてきた。
キャンクローは舌打ちした。
「チッ……人間か。面倒なことになったな」
マケも耳をぴんと立てる。
(……まずいにゃ)
魔族同士の戦闘を目撃されれば、お互い立場が危うくなる。
キャンクローは鋏を背負い直し、マケを見下ろした。
「今日はここまでだ。だが──次は逃がさねぇ」
マケは低く唸った。
「にゃ……! 次はあんたを捕まえるにゃ!」
キャンクローは霧のように姿を消し、マケも影の中へと飛び込んだ。
人間たちが路地裏に足を踏み入れた時には、そこには誰もいなかった。




