表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/62

第三十六話 マケのパトロール

 魔導植物園での騒動のあと、第3班はすぐに学校へ戻り、セレナ先生へ事の経緯を報告した。

 ヴェスタはまだ少し震えていたが、医務室での診察の結果、魔力の乱れはすでに安定しており大事には至らなかった。


「……ご迷惑を、おかけしました……」

「気にすることはありませんわ、ヴェスタさん。あなたは何も悪くありませんのよ」


 ディアナが優しく背中をさすり、アレスは黙ってヴェスタの荷物を持っている。

 ネプトは報告書をまとめながら、アレスにだけ聞こえる声で言った。


「……やっぱり、普通じゃないね。あの魔力の乱れ方」


 アレスは返事をしなかった。

 胸の奥で、エリスが静かに息を潜めているのを感じていた。

 魔道術専門学校マジクラフトはすぐに調査チームを派遣し、魔導植物園の全域を探索した。

 だが──


「異常な魔力反応は、あの一件以外に確認できませんでした」

「植物園の管理者にも聞き取りを行いましたが、管理業者の出入り程度で不審者の目撃情報はなし」

「引き続き警戒は続けますが……現時点では『単発の事故』として扱うしかありませんね」


 セレナ先生は眉をひそめたまま、アレスたちに告げた。


「皆は今日はもう帰って休め。特にヴェスタ、無理は禁物だ」


 ヴェスタは小さく頷いた。


「は、はい……」


 こうして本日は解散となり、それぞれ帰路についた。

 部屋に戻ると、アレスはすぐにエリスと向き合った。


「……エリスさん。あれ、やっぱり普通の植物じゃなかったよね」


 エリスは静かに頷いた。


「うむ。あれは闇魔法の一種……定点探査ポイントサーチがかけられておった。魔族の黒魔導士が使う、簡易センサーのようなものじゃ」


 アレスは息を呑む。


「センサー……?」

「触れた者の魔力を乱し、その反応を遠くの術者へ伝える。魔力の質、強さ、属性…そういった情報を拾うための術式じゃな」


 アレスはすぐに思い出した。


「……じいちゃんも、ソル村の結界の周りに似たようなものを張ってたよね」

「うむ。あれは光の、もっと高度な術式じゃったが……目的は似ておる。誰が通ったか、を知るための罠じゃな」

「じゃあ……あれは誰かが意図的に?」


 エリスは思案しながら答える。


「おそらく、刺客の手によるものじゃろう。魔力の集まる場所──つまり魔導植物園にばらまいたのは、魔力の質を測るためじゃ」

「魔力の質……?」

「うむ。断言はできぬが……わらわの気配を追っておる可能性は高い」


 エリスの声は静かだったが、その奥には確かな緊張があった。

 アレスは深く息を吐いた。


「……じゃあ、あれは罠のようなものってこと?」

「うむ。今回はお主の白魔法で打ち消してしまったが、本来ならば闇の魔力反応を見て、わらわを炙り出すつもりだったのじゃろう」


 エリスは続けた。


「だが──光闇の混交状態にあるわらわたちには反応せん。クロノス殿の結界のようにな。わらわの姿を直接見つけられないがゆえの罠じゃったのだろうが。」

「……となると、次はもっと強い手を?」

「可能性は高いのう。刺客は焦っておる。そして……こちらの動きも探っておる。アーテーやマケにも警戒を強めさせんとな」


 ここまで話を続けたエリスだが、そういえばマケの姿が隣室にもない。


「あやつは、また哨戒パトロールか」


 ◆


 夕方のエースター。

 石畳の路地を、黒い猫がしなやかに歩いていた。

 マケだ。

 尻尾をゆらゆら揺らしながら、時折立ち止まっては鼻をひくつかせ、周囲の気配を探る。


「ふんふん……今日も怪しい奴はいないにゃ。エリス様もアレス様も、安心して暮らせるにゃ」


 散歩という名の偵察。

 アレスたちが暮らすこの街で、危険な魔力の匂いがないかを確かめるのが、マケの日課になっていた。

 人間たちは、マケをただの可愛い野良猫だと思っているし、実際、使い魔といっても猫そのものの姿で区別はつかない。

 マケが魔界で生きていた頃、彼女の一族は「影走りの猫族」と呼ばれ、俊敏さと魔力感知に優れた小さな種族だった。

 だが、前大戦で重宝され、一族はほぼ全滅した。

 幼いマケは、瓦礫の中で震えながら、ただ生き延びることだけを考えていた。

 そんな時だった。


「おや……まだ生きている者がおるとはのう」


 黒いドレスをまとい、魅惑のまなざしを向ける女。

 将軍エリスが、倒れかけたマケを抱き上げた。


「助けてほしいのか?」


 マケは震えながらも、必死に尻尾を振った。


「……にゃ……」


 エリスは小さく笑った。


「面白い奴じゃな。よし、今日からわらわの使い魔になれ」


 マケは目を丸くした。


「にゃっ!? い、いいのかにゃ!? わたし……弱いし……他の猫族みたいに強くないにゃ……」


 エリスはマケの額を軽くつついた。


「そこが面白いのじゃ。普通なら絶望して動けなくなる状況で、お主は尻尾を振って返事をした。そんな魔族、見たことがないからの」


 マケはきょとんとした。


「……尻尾、振っただけにゃ?」

「うむ。泣きながら尻尾を振る奴など、初めて見たわ。死にかけているのに、まだ生きようとしている。

 その図太さ、嫌いではないしな。それに──」


 マケの小さな体を抱き上げ、額を撫でながら、エリスは笑う。


「お主、見ていて飽きないのじゃ。わらわの退屈しのぎにはちょうどいいしのう」

「にゃっ……! 褒められてるのかにゃ……?」

「褒めているぞ?」

「にゃふっ……!」


 こうして、マケはエリスと使い魔の契約を交わし、今に至る。


 ◆


 パトロールを続けていたマケは、ふと路地裏の空気が変わったことに気づいた。


(……にゃ? この魔力の匂い……)

 

 微かに漂う、人間のものではない魔力。

 その先には、倒れた木箱と、その下に挟まれた小さな影があった。


「にゃ……にゃあ……!」


 マケが親しくしている近所の雌猫、白毛の「シロ」だった。


「シロ!? ちょっと、何してるにゃ!」


 マケはすぐに駆け寄った。

 木箱は重いが、倒れ方が不自然だった。


(……これは偶然じゃないにゃ。ロープが魔力で切られてる……わたしが通るタイミングで落ちるように仕掛けた罠にゃ)


 これも刺客側の魔力感知センサーであった。

 マケは木箱の隙間に潜り込み、シロの体を引っ張り出した。


「にゃあ……!」

「大丈夫にゃ、シロ。ほら、こっちに来るにゃ」


 シロは震えながらマケにすり寄った。

 マケは木箱の上を見上げる。


(……やっぱりにゃ。魔力の残滓……刺客の匂いにゃ)


 シロが心配そうに鳴く。


「にゃあ……?」

「心配いらないにゃ。でも……これは放っておけないにゃ」


 マケは木箱の上に残った魔力の匂いを辿り、路地の奥へと駆け出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ