第三十一話 国立エースター魔道術専門学校 後期入学式、挙行
翌朝。
アレスは新居で真新しい制服に袖を通し、隣室のアーテーとマケに軽く挨拶をしてから外へ出た。
学校近くの広場でクロノスと合流すると、彼は珍しく険しい表情をしていた。
「アレス、時間通りだな。だが……今日は少し、物々しいぞ」
魔導術専門学校の校門前には、重厚な鎧を身にまとった兵士たちがずらりと並んでいた。
さらに魔導銃を携えた者、魔力探知器を構える者、空中には監視用の魔導装置まで浮かんでいる。
アレスは思わず足を止めた。
「……これ、学校の入学式だよね?」
胸の奥でエリスが呟く。
(どう見ても大物の警備体制じゃな。とはいえ、ここまで厳重なのは異常じゃ)
アレスは列に並び、魔導兵による物体透過の手荷物検査を受けた。
魔力反応、魔導具の有無、さらには物理的なボディチェックまで行われる。
さすがに、エリスの幻惑擬態やオルフェの腕輪までは見破られなかったが、ふたりは一瞬肝を冷やした。
(……しかし、なぜここまで?)
エリスの疑問は、すぐに答えを得ることになる。
校門前に一台、黒塗りの魔導車が滑り込んできた。
兵士たちが一斉に敬礼し、周囲の空気が張り詰める。
アレスも思わず振り返った。
「誰か来るの……?」
クロノスが低く答える。
「……あの車は、共和国政府の要人専用車だ」
車の扉が開き、重厚なコートをまとった男が姿を現した。
白髪混じりの髪、鋭い眼光、威厳をまとった佇まい。
アレス周囲の者たちがざわめく。
「あれが本物の……?」
「なぜ入学式に……?」
アレスは息を呑んだ。
クロノスが静かに告げる。
「アレス、よく見ておけ。あれが──」
黒塗りの魔導車から降り立った男。
兵士によってその名が読み上げられた瞬間、アレスは思わず息を呑んだ。
「ガレッシア共和国大統領──ウラノ・オットー閣下」
(……オットー?)
胸の奥でエリスが反応する。
(アレス、その名はたしか……!)
アレスは小さく頷いた。
「……入試の日に声をかけてきたあの子……ネプト・オットー。同じ名字……」
クロノスが小声で説明する。
「アレス、驚くのも無理はない。ネプト・オットー、彼は大統領ウラノ・オットーの息子だ」
アレスは目を見開いた。
「えっ……!?」
「しかも、今年度後期入試の成績1位。つまりはだ、新入生代表として挨拶することになっている」
エリスが呟く。
(……あの少年、ただ者ではなかったということじゃな)
アレスの脳裏に、入試の日のネプトの姿が蘇る。
──「君、魔力の流れが綺麗だね?」
──「また会える気がするよ!」
あの時のハイテンションかつガッツリと迫ってくる態度。
だが、今思えばあれは「観察」の目でもあった。
(……あの時も、僕のことをいろいろ見ていたのかな?)
エリスは慎重に言う。
(アレス。ただ一つ言えるのは、あの息子も表裏併せ持った、ただならぬ者ということじゃ)
◆
関係者一同が会場へ着席したのち、やや遅れて壇上へ向かうウラノ・オットー。
その背筋は真っ直ぐで、魔力の圧が周囲の空気を震わせていた。
教師たちが一斉に頭を下げる。
アレスは思わず呟く。
「……すごい威圧感だ」
(あれほどの魔力……人間の中でも最上位の強者じゃな)
式が始まる。
壇上に立ったのは、校長 デーメテール・ケーレス。
深い緑のローブをまとい、長い銀髪をゆるく束ねた女性魔導士。
その佇まいは静かでありながら、魔力の気配が会場全体を包み込むようだった。
杖を軽くコンッ、と床に触れさせると、ざわついていた会場が一瞬で静まる。
「新入生のみなさん、魔道術専門学校へようこそ」
その声は柔らかいのに、響きがよく通る。
アレスは改めて背筋を伸ばした。
デーメテール校長は、ゆっくりと会場を見渡しながら語り始めた。
「魔導術とは、力です。そして力とは、選択です」
エリスが胸の奥で呟く。
(……この女も、相当な……)
校長は続ける。
「みなさんがこれから学ぶ魔導術は、世界を便利にし、豊かにするでしょう。しかし同時に──争いの火種にもなり得ます」
その言葉に、来賓席のウラノ大統領がわずかに目を細めた。
「だからこそ、みなさんが『力の使い方』を、自らの意志で正しく選び取れる魔導士となることを願います」
校長は短いスピーチながらも、新入生への激励と自分のたちあり方を説いていた。
彼女は一礼すると、司会の声が響く。
「続きまして、新入生代表挨拶。ネプト・オットーさん、壇上へ」
会場がざわめく。
アレスは息を呑んだ。
ネプトが壇上に上がる。
入試の日と同じ、気合の入った高いテンション。
だが、その背後には大統領の影がある。
ネプトは堂々とした声で挨拶を始めた。
「本日より、魔道術専門学校の一員となることを誇りに思います! 魔法の未来を担う者として、初心を忘れず学び続けることを誓います!!」
アレスはその姿を見つめながら、彼の中に複雑な感情が渦巻いていることを察した。
(……ネプト、君は……)
新入生代表・ネプトの挨拶が終わり、会場が拍手に包まれる。
しかし司会が来賓の挨拶を告げると、再び張り詰めた空気に豹変した。
「来賓代表といたしまして、ガレッシア共和国、ウラノ・オットー大統領閣下よりご挨拶を賜ります」
登壇したウラノ大統領は、議会での演説でみせるような、ややオーバーながらも力強い口調で生徒を鼓舞する。
「諸君、入学おめでとう。わがガレッシアは、魔導技術の研究において世界でも最先端だ。魔道術専門学校の卒業生たちは、我が国の各界において、それぞれ非常に重要な任務に就いている。諸君らも先輩たちに続き、この国にとってかけがえのない存在へと成長することを望む」
式典は終了し、先にアレスを含む生徒たちは各クラスへ誘導されていく。
すると、来賓席から離れたウラノ大統領が、ゆっくりと保護者席のクロノスのもとへ歩いてきた。
アレスは思わず息を呑む。
(……じいちゃん?)
周囲の教師や兵士がざわめく中、大統領はクロノスの席前で足を止めた。
「……クロノス・オリン元老院議員殿」
その声は低く、よく通る。
クロノスは一瞬だけかしこまるが、すぐに笑みを作った。
「これはウラノ大統領。本日は来賓としてのご参列、恐れ入ります」
ウラノはわずかに口角を上げた。
「あなたがこの場にいるとは思わなかった。議会の重鎮が、入学式に顔を出すとは」
クロノスは静かに答える。
「わしは今日は議員ではなく『孫の保護者』として参りました」
アレスはその様子をうかがいつつ退場していった。
(じいちゃん……大統領と普通に話してる……)
ウラノは去っていくアレスの姿を視界に入れる。
その視線は鋭く、何かを測るようだった。
そして、ゆっくりと言葉を続ける。
「あなたの孫と──私の息子が同じ学び舎ですごすことになるとは……実に、感慨深いものだ」
クロノスは笑みを崩さずに答えた。
「ええ。若い者同士、良い刺激になればと思います」
ウラノはその言葉に、どこか含みのある物言いで返した。
「刺激……ですか。ふむ、それは楽しみだ」
そして、それ以上は特に話は続けず「ではまた」とだけクロノスに告げると、護衛に囲まれながら会場を後にしていった。




