第二十九話 予期せぬ再会
それは、穏やかな帰り道だった。
突然、背後から聞き慣れた声が響く。
「アリスちゃん……?」
アリスの足が止まる。
アーテーとマケも同時に振り返った。
そこに立っていたのは──
ヴィーナ。
アリスの胸が一瞬でざわつく。
(ヴィーナ!? ……どうしてここに?)
ヴィーナは目を丸くし、次の瞬間、ぱぁっとあの笑顔を咲かせた。
「やっぱりアリスちゃんだよね! ひさしぶりっ! 後ろ姿でわかったよ!」
アリスは思わず石像と化した。
そんな彼女に、ヴィーナは走って駆け寄り、手を両手で握りしめる。
「わぁぁ、こんなところで会えるなんて! すごい偶然だよね!」
アリスは慌てて笑顔を作る。
「え、ええ……本当に偶然ね」
アーテーは耳元で小声で囁く。
(アリス様、設定どおりに)
ヴィーナはアリスをじーっと見つめる。
「でもね……なんか不思議なんだ。アリスちゃんって、アレスと同じ空気を感じるの。仲良くなった子って、後ろ姿だけでわかるんだよね! あ、ちなみに、お隣にいるおふたりはどなた……?」
そこで取り急ぎ「設定」に沿う形で、アリスが二人を自分の付き人と紹介する。
「アーテーと申します」
「マケだにゃ!」
ヴィーナはマケの返し方に不思議そうなリアクションをとったが、すぐ切り替えて嬉しそうに話し始めた。
「実はね、私……美容師としてもっと腕を磨きたくて、ソル村を出てエースターで修行することにしたの!」
アリスは驚きつつも微笑む。
「そうだったのね。すごいじゃない」
「うん! エースターには有名な美容師さんがいてね、今働いているところの、店長もそこで勉強したんだって。それで店長から行ってみないかってお話があって、弟子入りできたんだ!」
アーテーは感心したように頷く。
「ヴィーナどのは努力家なんですね」
ヴィーナは照れながら笑った。
そして続ける。
「でもね……最初アレスが村を離れるって聞いた時、ちょっと寂しかったんだ。でもたまたま同じタイミングで私もエースターに行くことになって……なんか運命感じちゃうよね!」
アリスの表情が一瞬固まる。
(……運命!? やめて、そんな言葉……! 私は『アリス』であって、アレスじゃないのに……!)
アーテーは横で小声で囁く。
(アリス様、落ち着いて。設定を崩さなければ問題ありません)
マケはにやにやしている。
「アリス様、顔が赤いにゃ」
「赤くないわよ!!」
ヴィーナは首をかしげる。
「え? どうかした?」
アリスは慌てて笑顔に戻した。
「な、なんでもないわ!」
ヴィーナは嬉しそうに言った。
「ねぇアリスちゃん、これからも仲良くしてくれる?」
アリスは戸惑いを隠すように、今度はヴィーナの両手を温かく握り返す。
「もちろんよ、ヴィーナ。こちらこそ、よろしくね」
アーテーはその光景を見ながら、静かに胸をなでおろす。
(……アリス様としても、うまくやっていけそうですね)
マケは腕を揺らしながら言う。
「ヴィーナさん、これからよろしくにゃ!」
◆
ヴィーナと別れたあと、三人は、そのままアーテーの部屋へ戻ってきた。
アリスは買い物袋をソファに置き、ふぅっと息をつく。
「……なんとか、かわせたわね」
アーテーは苦笑しながら頷く。
「アリス様、ヴィーナどのの洞察力は侮れませんね。あの子、勘が鋭すぎます」
マケは腕を組んでうんうん頷く。
「アリス様、顔が赤くなってたにゃ」
「なってないわよ!」
アリスはふと、自分の手を見つめた。
「……そういえば、人化変身、前よりずっと長く維持できてる気がする」
アーテーもハッとした。
「たしかに……前はもっと短かったと0聞きしましたが、今日はまだ……」
マケも頷く。
「主様、魔力の安定がすごいにゃ。アレス様としてのレベルアップの影響じゃないかにゃ?」
アリスは少し考え、静かに言った。
「……そうね。アレスの魔力が成長しているから、私の姿も安定しているのかもしれない」
その瞬間、アリスの身体が淡く光り、魔力がほどけるように揺らぎ始めた。
「……あ、来るわね」
光が収まると、そこには本来のアレスとエリスが半々の姿で立っていた。
人格も、アレスとエリスの二人に分かれる。
エリスが声を響かせる。
「ふむ……やはりお主の力が増せば、以前のわらわの魔力に近づいていくようじゃな」
アレスは深呼吸しながら頷いた。
「たしかに、前よりずっと長く保てたよ。これなら潜伏とか、いろいろ融通が利きそう」
アーテーは安心したように微笑む。
「エリス様……そして、アレスどの。これなら十分にやっていけそうです」
アレスはふと思い出したように言う。
「そういえば……アーテーたちの部屋とソル村の僕の部屋、エリスさんの瞬間移動で行き来できるようになったんだよね」
アーテーは頷く。
「はい。一度訪れた場所でイメージがつかめれば、アレスどのの魔力が安定したことで、この距離の転移なら問題なく行えます」
エリスも行動範囲が広がり満足そうだ。
「これで夜中に腹がすいても大丈夫じゃな?」
「夜食目当てに首都までいかないでよ!」
エリスはアレスの注意にぶつくさ文句を言いつつ気を取り直し、幻惑擬態で姿をアレス側に寄せた。
「じゃあ……不動産屋に行ってくるよ。結構時間かかっちゃったしね」
エリスが胸の奥で言う。
(うむ。さぁ、戻ろうか)
アーテーは丁寧に頭を下げる。
「アレスどの、気をつけて。私たちはここでお待ちしています」
マケは手を振る。
「いってらっしゃいにゃ!」
アレスは笑って手を振り返し、不動産屋へ向かった。
◆
不動産屋に到着したアレスは、店主に内見の結果を伝えた。
「おお、決まったかい! じゃあ仮契約の手続きをしよう」
「アレス、よく決めたな」
クロノスが店に入ってきた。
「じいちゃん!」
アレスは書類にサインをし、クロノスが保証人となって、必要事項を確認し終える。
クロノスは満足げに頷く。
「とりあえず、住処が見つかってよかったな! 予算もそこそこで済んだし」
アレスも頷く。
「やっぱり、キッチンが決め手だったよ!」
新たなる隣人たちの存在は伏せたまま、アレスとクロノスは帰路につく。
クロノスはアレスを魔法の帯で抱え、飛行移動で空へ舞い上がる。
夕暮れの空を滑るように進みながら、アレスはエースターの街並みを見下ろした。
「……僕も、いつか飛べるようになりたいな」
クロノスは笑う。
「魔導術専門学校で学べば、遠くないうちにできるようになる。お前の実力ならばな!」
アレスは気を引き締める。
「うん……絶対できるようになるよ」
空を駆ける風が、新しい生活の始まりを告げていた。




