第二十七話 アレス、物件を探す
試験から十日後。
アレスの家に、一通の封筒が届いた。
「……来た!」
胸が高鳴る。
クロノスも隣で腕を組んで見守っている。
アレスは封を切り、震える手で紙を開いた。
――合格。
アレスは思わず息をついた。
「……受かった……!」
胸の奥でエリスが嬉しそうに笑う。
(当然じゃ。お主の努力は本物じゃからな)
クロノスも満足げに頷く。
「うむ。よくやったぞ、アレス」
通知には、簡易的な採点結果も記されていた。
筆記:高得点(ただし数問のミスあり)
実技:安定した評価
総合:合格ラインを大きく上回る
アレスは紙を見て、少しだけ悔しそうに眉を寄せた。
「……筆記、あれだけ勉強したのに……ケアレスミスで点落としてる……」
エリスは呆れたように、しかし優しく言う。
(あれは基礎中の基礎じゃ。物事で一番大事なのは、基礎と決まっておる。満点を取れぬのは惜しいが……間違いは誰にでもある、ということじゃな)
(エリスさん、慰めてるのか厳しいのか……)
(両方じゃ)
アレスは苦笑した。
その日のうちに、アレスはクロノスと共に入学手続きを済ませた。
銀行で入学金や半期分の学費を納付し、書類も一気に書き上げ郵送した。
入学試験に合格したことで魔導士免許二段の申請も行い、晴れて「初心者」からの脱却も果たすことになった。
その晩、アレスは学校のパンフレットを眺めていく。
魔導術専門学校は国立の、高校と大学の機能を併せ持った学校。
カリキュラムをはじめ、実習内容や修行合宿の説明、さらには現役魔導士の下でのインターン制度まで紹介されている。
だが――
「寄宿制度は……ないんだね」
アレスは案内書を見て呟いた。
クロノスが頷く。
「うむ。学費と引き換えにおんぶにだっこな私立の学園とは違い、ここは『自立した魔導士の育成』を理念としている。住居は各自で確保し自炊せねばならん」
アレスは少し緊張した表情になる。
「じゃあ……僕、ひとり暮らし?」
胸の奥でエリスがすかさず反応する。
(ひとり暮らしではないぞ。わらわもおるからな!)
(あ、そっか……実質ふたり暮らしだね)
(うむ! 同棲じゃ!)
(言い方……)
クロノスはアレスを心配し、優しく声をかけた。
「自炊に関しては、お前が全く問題ないのはじいちゃんが証明してやる! それにな、エースター市街には学生向けの物件も多い。わしも手伝うから、良い場所を探すとよい」
アレスは気を引き締めた。
「うん。学校生活を始める前に、ちゃんと住む場所を決めないとね」
エリスも意気込む。
(アレス! わらわは広い部屋がよいぞ! 台所も広い方がよい! あと風呂も!)
(エリスさん、僕より条件多い……)
(当然じゃ。わらわは魔王じゃからな。快適な生活を望むのじゃ!)
アレスは笑いながら、新生活への期待を胸に膨らませた。
◆
合格通知が届いて数日後、アレスとクロノスは、首都エースターへ向かった。
街は活気に満ち、一旗揚げようという若者や商材を抱えた商人が行き交い、たくさんの店や施設が立ち並ぶ大都市らしい雰囲気を放っている。
クロノスは馴染みの不動産屋へアレスを連れて行った。
「ここはわしの古い知り合いがやっておる。やや通好みな物件にも詳しいぞ」
店主はクロノスを見るなり笑顔になった。
「おや、クロノスさんじゃないか! 今日はどうした? ほう……お孫さんの物件探しですかい?」
「うむ。予算内で良い部屋をいくつか頼む」
店主は手際よく資料をまとめ、アレスに数件の候補を渡した。
「じゃあアレス、わしは仕事があるのでここまでだ。また後でここで合流しよう」
「うん、ありがとう、じいちゃん」
クロノスは後ろを向いたまま軽く手を挙げ、人混みの中へ消えていった。
一方、アレスは資料を片手に、エリスと共に内見へ向かった。
「アレス、まずはこの物件じゃ! 台所が広いと書いておる!」
「エリスさん、僕は部屋の明るさとかも大事なんだけど……」
「台所が広ければ料理が捗るのじゃ! わらわはお主の料理が食べたいのじゃ!」
「……はいはい」
一件目。
築浅で綺麗だが、台所が狭い。
「ここはダメじゃ!」
二件目。
台所は広いが、日当たりが悪い。
「うーん……朝起きた時に暗いのはちょっと……」
「アレス、贅沢を言うでない!」
「いや、生活するの僕だからね!?」
三件目。
広いが家賃が高い。
「ここは良い! ここにするのじゃ!」
「エリスさん、予算オーバー……」
「むぅ……」
アレスとエリスのこだわりが噛み合わず、なかなか決まらない。
四件目の物件。
少し古いが、広さも台所も悪くない。
「ここは……けっこう良さそうだね」
「うむ、キッチンも広いし……悪くないのう」
「収納の棚がさ、見た目よりも広くとってあるから備品が多く入るんだよね」
「ならば、わらわの収納魔法を活用すればよいではないか!」
「いやいや、あくまで僕がどう動く、だからさ」
アレスとエリスがよしあしの議論をしながら(傍から見れば独り言をブツブツつぶやいているように見えながら)、いったん外に出ようと扉を開けたところ、突然視界の右手から見覚えのある赤髪が現れた。
「……アーテーさん?」
アーテーは驚いたように目を見開いた。
「アレスどの!? ということは、エリス様も! なぜここに……?」
アレスも驚き、エリスは叫ぶ。
「それはこちらのセリフじゃ! な、なぜアーテーがここにおるのじゃ!?」
アーテーは少し気まずそうに視線をそらした。
「……実は、わたしもエースターで身を隠すために、隣の部屋に住んでいるんです。しかし、まさかエリス様たちが来るとは……」
ここで、エリスは少し嬉しい事実に気づいた。
「……つまり、マケもか?」
「にゃっ!?」
アーテーが返事をするよりも先に、どこか知った雰囲気のある、黒髪の少女が隣の部屋から顔を出した。




