第二十六話 実技試験始まる
午前の筆記試験を無難にこなしたアレスは、キャンパス中央にあるガーデンへと足を運んだ。
ここは学生たちの憩いの場で、季節の花が咲き、噴水がきらめき、ベンチが点在する開放的な空間だ。
胸の奥から、エリスが弾んだ声を上げる。
(アレス! 早く弁当を開けるのじゃ! わらわは朝から楽しみにしておったのじゃぞ!)
(はいはい……そんなに急かさないでよ)
(急かすに決まっておろう。お主の味はプロ級なのじゃからな!)
アレスは苦笑しながら、芝生の近くにあるベンチへ向かった。
「じゃあ、ここで食べようか」
(うむ! ピクニック気分じゃな!)
アレスは思わず笑ってしまう。
「エリスさん、僕と口は一つなんだから、そんなにテンション上げてのどに詰まらせないでよ……」
(よいではないか。わらわは食べるのも楽しみなのじゃ!)
アレスが弁当箱を取り出そうとしたその時、近くのベンチに座る少女が目に入った。
黒髪のおさげ。
丸眼鏡。
制服のような地味なワンピース。
そして――完全に放心状態。
アレスは心配になって声をかけた。
「あの……大丈夫?」
少女はゆっくりとアレスを見上げ、涙目で呟いた。
「……お弁当……忘れちゃった……」
その瞬間、彼女のお腹が ぐぅぅぅぅ…… と鳴り響く。
アレスは思わず苦笑した。
(エリスさん……どうしよう)
(どうするも何もないじゃろ。お主はどうせ分けてやるつもりなのじゃろ?)
(……まあ、そうだけど)
アレスは少女に微笑みかけた。
「よかったら……僕の弁当、少し分けようか?」
少女は目を丸くし、次の瞬間、ぱぁっと顔を輝かせた。
「えっ……いいんですか!? あ、ありがとうございます……!」
アレスは弁当箱を開き おかずを少し取り分けて渡した。
少女は感激したように手を合わせる。
「いただきます……!」
アレスの胸の奥で、エリスがぷくっと頬を膨らませる。
(……まったく、お主はお人よしにもほどがあるぞ)
(だって、困ってたし……)
(それはわかるが……わらわの弁当が減るではないか!)
(えっ、そこ!?)
(そこじゃ! わらわは楽しみにしておったのじゃぞ!)
アレスは思わず吹き出しそうになる。
(エリスさん、嫉妬してる?)
(し、嫉妬などしておらん! ただ……わらわの分が減るのが嫌なだけじゃ!)
(はいはい……)
エリスの声は拗ねていたが、どこか可愛らしい。
アレスは少女に弁当を渡し終えると、残った自分の分を開き、食べ始めた。
(……うむ、美味い! やはりアレスの料理は絶品じゃ!)
(よかったよ……)
(じゃが、次からはわらわの分を先に確保しておくのじゃぞ)
(はいはい……)
その少女は先に弁当を食べ終えると、アレスに向け深々と頭を下げてお礼を言った。
「ありがとうございましたっ! このご恩は一生忘れません!!」
「そ、そんな大げさな……」
「いえ、ほんとに!! ……あ、あたしヴェスタ・アステっていいます! あなたの、お名前は?」
「僕はアレスっていうんだけど……」
するとヴェスタは、目をキラキラさせて改めて謝礼を述べる。
「アレスさん、ほんっとぉぉに、ありがとうございましたっ!!」
そうして、彼女はちょっと恥ずかしそうに何度か振り返りながら、講堂の方へ走っていた。
アレスは笑いながらヴェスタに手を振っていたが、エリスは心の中でそんなやりとりに冷ややかな目線を送っていた。
(こやつの、たらしっぷりときたら……)
◆
昼休みを終え、アレスは試験会場の訓練場へ向かった。
広大な魔法演習フィールドには、すでに受験生たちが並んでいる。
胸の奥でエリスが囁く。
(アレス、オルフェの腕輪はちゃんとつけておるな?)
(うん。全力出したら試験どころじゃなくなるしね)
(うむ。わらわの魔力も混ざっておるからのう。セーブしながらやるのじゃぞ)
アレスは深呼吸し、列に並んだ。
実技試験は、「基礎魔法の正確さ・制御・集中力」を見る内容だった。
的当てーー指定された距離から、初級魔法を的に当てる。
詠唱集中――周囲の雑音の中で、詠唱を乱さず魔力を練る。
魔法陣描写――基礎陣を正確に描き、魔力を流して発動させる。
どれも、アレスにとってはすでに「日常レベル」だ。
「受験番号一三番!」
「はいっ!」
呼ばれたアレスは前へ出る。
(よし……やるぞ!)
まずは的当て魔法。
アレスは軽く詠唱し、魔力を練り、的の中心へ――
「火炎散弾」
ピシッ!
小ぶりに抑えた火炎が正確に命中した。
試験官が頷く。
「ふむ、安定しているな」
次は詠唱集中テスト。
周囲でわざと騒音を立てられる中、アレスは微動だにせず魔力を練り続けた。
(アレス、よいぞ。魔力の流れも安定しておる)
(ありがとう、エリスさんが常に喋っている中でやっているおかげだよ?)
(なぬっ!? それは本当にわらわを褒めておるのか……?)
最後は魔法陣描写。
アレスは迷いなく線を描き、魔力を流し込む。
魔法陣が淡く光り、正確に発動した。
試験官は満足げに記録をつける。
「基礎は完全に身についている。問題なし」
アレスが胸をなでおろし列に戻ると、隣で試験を受けていた巨体の受験生が目に入った。
身長はアレスの倍近い。
筋骨隆々で、まるで戦士のような体格。
だが――彼が描く魔法陣は、驚くほど繊細で美しかった。
線の太さ、角度、魔力の流し方。
どれも完璧。
試験官が思わず唸る。
「……見事だ。この精度は、すでに上級生レベルだぞ」
巨体の青年は照れくさそうに頭をかいた。
「ウールカ……です。魔法陣、描くの……好き、なんです」
アレスは思わず感心した。
(すごい……あの体格で、あんな繊細な魔法陣を……)
胸の奥でエリスも感嘆する。
(人は見た目によらないとは……まさに、このことじゃ)
◆
全員の実技が終わると、試験官が声を張り上げた
。
「以上で本日の試験は終了! 合否の結果は後日、各自の住所へ手紙で通知する!」
受験生たちはほっとした表情で解散していく。
アレスは校門を出ると、迎えに来ていたクロノスに手を振った。
「師匠! 終わったよ!」
クロノスは満足げに頷く。
「どうだ、手応えは?」
「うん。筆記も実技も……たぶん大丈夫だと思う」
「そうか。ならば心配いらん。お前なら必ず受かる」
クロノスの言葉を受け、アレスは振り返って校舎を見つめると、一言つぶやいた。
(……さぁ、これからだ)




