第十三話 大魔導士クロノス登場
パーンがエリスの闇の一閃で霧散した瞬間――
その死は、主であるメルクの胸を鋭く貫いた。
「……パーンが、消えた?」
メルクは目を細め、周囲の魔力を探る。
使い魔が消滅したときに残すという「主への反響」は、まるで心臓を掴まれたような衝撃として伝わる。
それは、ただの敗北ではない。
瞬殺された時特有の、途切れたような反応。
「……一撃、か。人間界でパーンを一瞬で消す存在……?」
メルクは即座に動いた。
黒い霧となり、森を駆け抜ける。
パーンが消えた地点に到着したメルクは、地面に残るわずかな魔力の乱れを確認した。
「……遅かったか」
そこには戦闘の痕跡がかすかに残っている。
しかし、肝心の「誰が戦ったのか」を示す情報はほとんどない。
メルクは闇魔力を指先に集め、探査魔法を展開した。
「闇視探査」
黒い波紋が地面を這うように広がる、が。
「……薄い。やはり人間界では、闇の探査は役に立たぬか」
魔界では数キロ先の魔力反応すら読み取れるこの魔法も、人間界では霧の中を手探りするような精度しかない。
闇の波紋は、パーンの消滅した痕跡すら正確に捉えられない。
「……誰がパーンを殺した?」
メルクは地面に膝をつき、残留魔力を慎重に読み取る。
「……魔族の気配は……ない。だが、人間の魔力とも違う……?」
微かに残るのは、光と闇が混ざったような、奇妙な魔力の残滓。
「……混合属性……? そんなもの、人間界に存在するはずがない」
メルクの眉がわずかに動いた。
「……パーンの視界も残っておらぬ。消滅が早すぎたか」
使い魔が死ぬ瞬間の映像や感覚は、通常なら主に断片的に伝わる。
だが今回は、何も残っていない。
「……一瞬で、完全に消された……」
メルクは立ち上がり、周囲を見渡した。
「この場にいた者は……すでに転移したか、逃げたか。いずれにせよ、今追っても無駄だな」
人間界では闇魔力の力が弱体化する。
魔界のように「魔力の匂い」を辿ることもできない。
「……厄介だ」
メルクは舌打ちした。
「まずは、この周辺の情報を集める。何でもいい。手がかりを探す」
メルクは黒い外套を翻し、森の方角へと歩き出した。
「そして……パーンを一瞬で消す存在に備え、戦闘体制を整える必要がある」
その声には、焦りも怒りもない。
ただ、冷静で、淡々とした殺意だけがあった。
「……必ず見つけ出す。魔王エリス――あるいは、ほかの何者なのかは知らんが」
その時。
ピシッ……!
空気が微かに震えた。
メルクは足を止め、振り返る。
「……今のは?」
だが、メルクにはその意味が分からない。
「……人間界の結界か。魔界のものとは違いすぎて、読みづらい」
メルクは苦々しそうに捨て台詞をつぶやくと、闇に溶けるように姿を消した。
◆
ところ変わって、こちらはアレスの住むソル村から遠く離れた港町パシズ。
大魔導士クロノス・オリンは、ようやく出張先での依頼を片付け、久しぶりに肩の力を抜いていた。
「……ふぅ。これで予定通り明日には帰れるな」
彼は武器屋の奥で、一本の杖を手に取る。
細身で軽く、魔力伝導率の高い木材を使った、使いやすい杖だ。
「弟子になったばかりのあいつには、そろそろ『相棒』が必要だろう。これなら扱いやすいはずだ」
祖父としての優しさと、師としての教えが混ざったような微笑みが浮かぶ。
「ふふっ、帰ったら驚くだろうな……」
そう呟き、店主に声をかけようとした――その瞬間。
ピシッ……!
胸元に下げていた魔道具が、かすかに震えた。
クロノスの表情が一変する。
「……結界が反応した?」
自宅周辺の森に張り巡らせた光の結界。
その警戒センサーが、闇魔力の揺らぎを捉えたのだ。
ごく微弱。
だが、クロノスは眉をひそめた。
「……闇魔力が人間界で? しかも、あの森で……?」
嫌な予感が背筋を走る。
アレスの顔が脳裏に浮かんだ。
「……まずいな。あいつだけではまだどうにもならん」
休息の空気は一瞬で消え去った。
クロノスは杖を握りしめ、店主へ短く声をかける。
「これを包んでくれ。急いでいる」
会計を済ませると、包みを抱えて店の戸を開けた。
武器屋の表に出たクロノスは、周囲の安全を素早く確認し、深く息を吸い込む。
そして空を見上げ、右手を掲げる。
「飛行移動!!」
魔法陣が足元に展開し、風が渦を巻く。
クロノスの体がふわりと浮き上がり、魔法力の淡い光が包んだ次の瞬間、彼は大空へと飛び立った。
「アレス……無事でいてくれよ。じいちゃんがすぐ帰るからな」
風を切り裂きながら、クロノスは一直線にソル村へと進路を定めた。




