第十話 綱渡りの女子会
翌朝。
アレスとエリスの意識がゆっくりと重なり、ひとつの「核」へと収束していく。
「……ふぅ。アリス、起きたよ」
鏡の前に立つのは、金と黒紫が溶け合った髪、左右で色の違うオッドアイの少女――アリス。
そして今日は、エプロン姿となり、蒼い髪留めと、オルフェの腕輪を身につけている。
腕輪はアリスの姿でも効果は継続し、融合体の膨大な魔力を穏やかに抑えてくれる。
「これがないと……魔力が溢れちゃうからね」
アリスは腕輪をそっと撫でた。
「まずは……お茶を沸かして……」
アリスはアレスの記憶を頼りに、慣れた手つきで茶葉を量り、湯を沸かす。
「ヴィーナ、クッキー持ってくるって言ってたし……私は別のものを作ろう」
アリスは少し考え、アレスの記憶にあるレシピを引き出す。
「……マドレーヌにしよ。甘さ控えめで、紅茶にも合うし」
エリスの美意識とアレスの家庭的な知識が混ざり、アリスは器用に生地を混ぜ、型に流し込む。
(……なんか、楽しい)
オーブンに入れると、ふわりと甘い香りが部屋に広がった。
◆
コンコンッ
「アリスちゃーん、来たよー!」
表から聴こえた声に、アリスはびくっと肩を揺らした。
(は、早い……!)
慌ててエプロンを外し、髪を整えて玄関を開ける。
「ヴィーナ、おはよう」
「おはよー! 今日も可愛いね、アリスちゃん!」
ヴィーナはにこにこしながら、アリスの全身をじーっと見つめた。
「ねえアリスちゃん。その腕輪……昨日つけてなかったよね?」
アリスの心臓がドキッとした。
(やば……!)
だが、昨日頑張って設定の擦り合わせをした成果か、アレスの焦りとエリスの冷静さが混ざり、自然な返答が口をつく。
「これは……旅の途中で使っていた魔力調整の腕輪なの。昨日は荷物の中にしまったままで……」
ヴィーナの目がきらりと光る。
「魔力調整……? アリスちゃんって、魔法使えるの?」
「少しだけ、ね」
(危な……! でも嘘じゃない……!)
アリスは内心で冷や汗をかきながらも、笑顔を保った。
部屋に入ったヴィーナは、テーブルに並んだマドレーヌを見て目を丸くした。
「わぁ……アリスちゃん、これ作ったの?」
「うん。旅の途中で覚えたの」
「すごい……! いい匂い……!」
ヴィーナは嬉しそうにマドレーヌを手に取る。
「アリスちゃんって、料理上手なんだね。なんか……形とかもアレスの作るお菓子みたいだし」
アリスの背中に冷たい汗が流れる。
(やばい、やばい、やばい……! アレスの記憶で作ったから、そりゃ似るのよ……!)
しかし、アリスは自然に微笑んだ。
「えへへ……そうかな。優しい味って言ってもらえると嬉しいな」
ゆったりとした表情でありつつ、内心では気が気でないながらも、アリスはヴィーナへ席につくよう声を掛けた。
ヴィーナはクッキーの袋を開けながら、目を輝かせた。
「ねえアリスちゃん、好きな人っているの?」
「えっ……す、好きな人……?」
アリスの胸がどきりと震える。
「うーん……まだ、かな……旅ばっかりで、そういう余裕がなくて」
「そっかぁ。でもアリスちゃん可愛いし、絶対モテるよ!」
「そ、そんなことないよ……!」
この気持ちは、褒められ慣れてない、エリスの性格だ。
(なんで照れてるの、私……!?)
ヴィーナはさらに畳みかける。
「じゃあさ、好きなタイプは? 優しい人? 強い人? 頼れる人?」
アリスは思わず口元に手を当てた。
(優しい……強い……頼れる……それって……)
アリスは一呼吸置いて唾を飲み込み、ゆっくりと答えた。
「……優しい人、かな」
「わぁ、アリスちゃんらしい!」
次はファッションの話題。
「その髪留め、すっごく綺麗……! 見たことない珍しい模様だね」
「ありがとう。大事な人にもらったの」
「大事な人……!」
(またその反応……!)
アリスは笑いながらも、内心で何度も悲鳴を上げていた。
ふたりともお腹いっぱいになったころ、ヴィーナがふとアリスの腕輪を見つめた。
「ねえアリスちゃん」
「な、なに……?」
「昨日、アリスちゃんが歩いていった先って……このアレスの家しかなかったんだよね」
アリスに緊張が走った。
(やば……!)
「アレスとは……どういう関係なの?」
アリスは――それでも花が満開になるような表情で微笑んだ。
「アレスは……わたしにとって、大切な人の……家族みたいな存在、かな」
ここまで口にして、アリスは自問自答した。
(家族みたい……? 誰の!?)
アリス自身も分からない。だが、言葉は自然に出てきた。
ヴィーナはしばらくアリスを見つめ、やがて、ふっと笑った。
「そっか。アリスちゃんとアレスって、てっきり、もう恋人みたいな、そういう関係じゃないのかなって思ってた。でも、家族かぁ。アリスちゃんのホントの気持ちが分かってよかった」
危なかった、とアリスは胸を撫で下ろした。
◆
女子会は無事に終わり、アリスはヴィーナを途中まで送っていくことになった。
(……疲れた……)
しかし、胸の奥はどこか温かい。
「女子会って……楽しいんだね」
アリスのつぶやきに、ヴィーナもうなずく。
だが――
その背後には、魔界から迫る「追跡者」の影が近づきつつあった。




