第一話 心臓ひとつ、ココロはふたつ!?
ホワイトを基調とした修行用の法衣が、朝の風にふわりと揺れた。
白魔導士見習いの男子、アレスは、クヌギの杖を握る手をぎゅっと強める。
「……だ、大丈夫。今日は……昨日よりは、きっと……」
地面に描いた魔法陣は、線が少し震えている。
祖父であり師匠でもある大魔導士クロノスの言葉が頭をよぎった。
『魔法陣は一万回描け。頭と身体が覚えるまでだ』
成人扱いとはいえ、アレスはまだまだ未熟で、性格も弱気だ。
それでも、森の奥の修行場にひとり立ち、魔法陣を描き続けていた。
「よし……発動、してみよう……!」
杖を掲げた瞬間、森の空気が震えた。
「えっ……な、なんだ……?」
アレスの魔法ではない。
もっと巨大で、もっと禍々しい「裂け目」が、空間そのものを引き裂いていた。
◆
「わらわに逆らうとは……正気か、ユノー!」
黒い角としなやかな悪魔の尾を揺らし、妖艶な女魔王・エリスが叫んだ。
その前に立つのは、銀髪の女魔族、ユノー。
女性であるユノーには、エリスの「魅了」が一切効かない。
「正気ですよ、魔王エリス。あなたの魔力は確かに強大。ですが、あなたの統治は甘すぎる」
「甘いとはなんじゃ! わらわは楽しく、誘惑して、たまに脅して――」
「その『ボケ』が問題なのです」
「ボケ言うなぁぁぁぁ!」
エリスは魔力を放とうとするが、ユノーは一歩も引かない。
単純な魔力勝負では勝てないと理解しているからこそ、ユノーは別の手段を選んでいた。
「魔王エリス。あなたには、魔界から消えていただきます」
ユノーが両手を広げると、巨大な転移魔法陣が玉座の間に展開した。
「転移魔法……! わらわを追放する気か!」
「ええ。あなたを正面から倒すのは不可能ですから」
「ずるいのじゃぁぁぁぁぁ!!」
エリスは魔力を叩きつけ、転移魔法を抑え込もうとする。
だが、ユノーの魔力とエリスの魔力がぶつかり合い、空間が悲鳴を上げた!
「や、やばいのじゃ……! 魔力が反発して――」
「暴発しますね。あなたが抑え込めるなら、どうぞ」
「このくらいわけないのじゃぁぁぁぁ!」
魔力の衝突は制御不能となり、転移陣が暴走した。
「わらわを巻き込むでないぃぃぃぃぃ!」
黒い渦がエリスを飲み込んだ。
◆
「ひっ……な、なんか出てくる……!」
アレスの目の前に、黒い裂け目が広がった。
そこから飛び出してきたのは――
「誰でもいいから止めるのじゃぁぁぁぁぁ!」
黒いドレスを翻し、髪を乱した魔王エリスだった。
「えっ、えええええええええええ!?」
二人はそのままアレスの魔法陣の中心へ倒れ込む。
アレスの「未熟な魔法陣」と、エリスの「暴走した転移魔法」が重なり、光と闇が爆ぜた。
「ま、まずいのじゃ……! 魔力が……暴走……!」
「うわっ、うわああああああああああ!」
白と黒の光が渦を巻き、二人の身体を引き寄せる。
拒む間もなく、境界が溶けていく。
◆
世界が静まり返ったとき――
そこに立っていたのは、男でも女でも、人間でも魔族でもない。
右半身は白い法衣をまとった青年の姿。
左半身は角と尾を持つ妖艶な魔族の姿。
左右でほぼ男女半々の融合体。
『……っ、こ、これは……僕……? いや、わらわ……?』
声は混ざり、感覚も混ざり、だが二つの思考は完全には混ざらず、互いの感情だけが伝わってくる。
「ん……?」
アレスは気づいていない。
だが、融合体の口と舌は「ひとつ」しかない。
アレスが驚きの声をあげれば、その息は二人同時に肺から出てくる。
エリスが口を開けば、物理的に結合している舌が動き回る。
つまり、二人は常時キスをしているに等しい状態だった。
「お、お主……! な、なんという状態なのじゃ……! わらわの口が……お主の……!」
「えっ? な、なにが……?」
アレスはまだ理解していない。
だが、心臓はひとつなので、エリスの羞恥が昂れば――
ドクンッ!!
「ひゃっ……な、なんで僕、こんなにドキドキ……?」
「わらわのせいじゃ! わらわが恥ずかしいからじゃ!」
「ええええええええええええ!?」
こうして、白魔導士見習いの男と女魔王の奇妙な共同生活が始まった。




