最初の一言
この物語には、
世界を救う力も、派手な奇跡も出てきません。
主人公が持っているのは、
ほんの少しだけ――
「嫌な未来が来そうだ」と分かってしまう感覚です。
それは予言でもなく、
誰かに誇れる能力でもなく、
ただ頭痛と一緒に流れ込んでくる、
断片的で曖昧なもの。
だから彼は、未来を語りません。
忠告もしません。
理由も説明しません。
ただ一言、こう言うだけです。
「……僕がやりますね」
それで何かが避けられたとしても、
誰かに感謝されるわけでも、
理解されるわけでもありません。
それでも、
何もしないよりはいいと思ってしまう。
これは、
そんな青年と、
彼の隣の席に座る一人の女性を中心にした、
静かな一年の物語です。
日常の中で、
少しだけ未来がずれていく話。
どうぞ、ゆっくり読んでいただければ嬉しいです。
配属初日。
隣の席に座る同期にかける言葉としては、
たぶん、最悪だったと思う。
「あの……今日は、カレーやめたほうがいいですよ」
自分で言っておいて、
(あ、やった)と思った。
真っ白なブラウスに、きっちり整えた髪。
背筋を伸ばしてパソコンに向かっていた彼女――
一ノ瀬舞は、キーボードに置いていた指を止め、ゆっくりこちらを見た。
「……は?」
怒っている、というより。
純粋に意味が分からない、という顔だった。
「い、いや、その……なんとなくです」
フォローになっていない。
分かっている。
「あ、同期の神寺です。神寺蒼真。よろしくお願いします」
一拍。
舞は小さく息を吐いてから、視線を画面に戻した。
「……変な人」
それだけ言って、もうこちらを見ない。
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
でも。
それでも、言わずにはいられなかった。
(今日は、やめたほうがいい)
理由は説明できない。
説明したところで、信じてもらえるとも思っていない。
ただ、
そうしないと、よくない未来になる気がした。
それだけだ。
――これは、
未来が“分かる”力じゃない。
頭の奥が、じくりと疼く。
嫌な予感と一緒に、
細かい断片が、脳裏をかすめては消えていく。
白い布。
茶色い染み。
周囲の視線。
(……外れてくれよ)
心の中でそう願いながら、
僕は何事もなかったように、パソコンの電源を入れた。




